真夏くんの初恋日記
夏山茂樹
第1話 8月1日
今日は不思議な出会いをした。塾に行かずに映画を観に行ったことが親父にバレて、ケンカになった。ぼくは自分を殴ってくる父に対抗しようと、精一杯の力でその頬にグーパンチをお見舞いしようとする。だけど父はオレの攻撃をするりと華麗に交わし、オレの首を掴んだ。
ギリギリと少しずつ気道が締められる感覚を覚えながらも、酸素を求める脳内で必死に抵抗する方法を考えた。その結果、親父の股間に蹴りを入れて一瞬ゆるくなった手を掴んで親父を押し倒した。
「誰が私立に行くもんか! バーカ」
そう吐き捨てて逃げるは近所の湖水浴場。一キロ近く距離があったけど、有り余る体力で必死に走って派出所で一度その足を止めた。
新しい指名手配欄に載った好青年の笑顔が印象的で、その不思議な名前もすぐ覚えてしまった。柚木藍。ゆぎらん。その名前を口にしながら暗くなった派出所を後にしてやっと着いたのは、誰もいない湖水浴場。
ぼくは砂に沈むその足で砂浜を歩き続けた。できるだけ父に見つからないように、遠くへ、遠くへ。
でも先客がいたようで、その人はどこか暗い顔をして湖の向こう側を眺めている。その姿がどこか美しくて、ぼくはその人の顔を見ようと近づく。するとまあ、きれいなおでこにきっと吊り上がった大きな猫目。その瞳には虚ろ光がさしている。切り揃えた前髪は光に当たると紫に映り、とても人間とは思えないほどの美人だった。
その美しさに思わず立ちすくんで、ぼくは彼女の隣に座ってみた。
「月がきれいな夜ですね」
すると彼女は涙が流れる顔をこっちに向けて聞いてきた。
「……だれ?」
「ぼくは加藤真夏と言います。あなたは?」
「琳音。玉が鳴り合う音に音を重ねて琳音」
彼女は砂に自分の名前を漢字で書いた。琳音。なるほど、これは読みにくい上に中国人にいそうな文字だ。
「あなたは笑ったほうが素敵です」
「誰がそんなことを言ったの?」不思議そうに聞く彼女に、ぼくは答えました。
「オレの思いっす……」
それからふたり、黙りこんでいたのだけど彼女が口を開いてこう聞いた。
「苦しいのに笑うのって何か意味があるの?」
「どうしてですか?」
「だって、体中に傷が……」
ぼくは「しまった」と思いながら彼女にポッケの中にあったハンカチを差し出した。
「あなただって泣いてますよ」
「ありがとう。でも、鼻血が出てるわよ」
そう言うと彼女は自分のティッシュでぼくの鼻血を吹きました。その仕草の一つ一つに惹かれたからでしょうか。ぼくは、いつの間にか彼女に恋していました。胸が熱くて、心臓が音を立てているのがよくわかった。
それからすぐ二人とも黙り込みました。ですが、彼女が突然こう吐いた。
「私、あなたのことが好きになったみたい」
ぼくもそれに反応して、彼女を抱きしめていった。自分よりも頭ひとつ分大きい彼女を抱いて。
「おれも好きだよ。琳音」
それから琳音を押し倒し、キスをした。その唇はふっくらと膨らんでいて、砂糖のように甘い口づけをくれた。そのキスがあまりにも甘くて、ぼくは何度も何度も、琳音の唇を食んで口づけをしたから、彼女に怒られてしまった。でも、彼女は笑って言うのだ。
「もうやめてよ! 真夏ったら、何度もキスするんだから……」
「いいじゃねえか」
ぼくがキス音を立てながら彼女の体を弄ると、何か膨らんだものを下半身に感じた。それはポークピッツのような形をしていて、自分の持っているものと同じだった。
また黙り込むぼくと琳音。しばらくすると、琳音がその身を起こして聞いてきた。
「嫌いになった?」
ぼくは今まで同性愛を嫌っていた。でも、その時のぼくはその一線を既に踏み越えていた。もう下がることはできなかった。
「いや、お前のことが好きだよ。だから明日も来てくれよ、なあ?」
すると琳音は小さく微笑んで涙を流していた。
「……うん……!」
「ほら、泣かないで」
ぼくは手で琳音の涙を拭ってやった。月が琳音の背中にさして、黄金色の光が後光のように光っている。琳音はぼくの中で神様のような、恋人のような不思議な存在になったのだった。
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