いつかの未来、銀河のどこか

熊坂藤茉

ある土着生命体の暴走から見る地球文化との付き合い方

『本日はご搭乗いただき、誠にありがとうございます。賢者の海宙港発アストライア航宙1845便は、まもなく地球大樹公園宙港へ向けて離陸致します。シートベルトをご着用の上、今暫くお待ち下さい』


 機内アナウンスを聞きながら、僕は窓の向こうで輝く光をぼんやりと見つめている。コールタールのように真っ暗な宙に、ぶちまけられたスパンコールの如く輝く流れ星――のような、星間宇宙便の巡航船。

 西暦3020年。ここ天の川銀河の地球から発生を始めた人間は、そろそろアンドロメダ銀河おとなりさんと交流出来そうなくらいに発展を遂げたのである。


 今から数百年前のこと。地球で暮らす人間達のその数はめちゃめちゃ増えた。もうこれでもかってくらい増えた。バクテリアか何かかと思うレベルの増加っぷりを見せ付け、どれだけ上や下に居住区域を伸ばしても賄えない程に溢れてしまったのだ。

 その原因は、各国で婚姻・出産に関する法の改正が行われたからとも、大国の経済活動のたまものとも、はたまたマンネリを感じた神様のどんでん返しデウス・エクス・マキナなのだとも言われているが、どうあれ人間が増えたという事実だけは間違いない。

 そうすると、増えた人間をどうするのかが課題だった。かつての地球では、出産制限を掛けることで増える数を抑えた国や、生まれた子供や老いた者を“間引く”ことで全体のバランスを取っていた国もあったと聞く。けれど現在の倫理観では――何より、それ以上に物量と技術的な部分で、そんな減らし方はもう不可能だ。

 ――故に地球の人間は、星の外へと赴いた。それまでにいくつか作られていた宇宙ステーションを居住用に改造し、そこを足掛かりに数多あまたの星に手を加えて、広く、より広くへとその領域を拡大し、今や天の川銀河で最も多い種となっている。


「全く、ご苦労なことだ」

 そんなに増えてどうしようというのか。繁栄と消費は表裏一体。これだけ栄えたということは、どこかで必ずワリを喰ったモノが存在する。それは自然環境かもしれないし、もっと別の、概念的な何かだったかもしれない。もしかすると人間はそうと気付かなかっただけで、他の星の原住民を犠牲にしていたとも考えられる。

「ま、僕には関係ないや」

 月での留学期間も昨日で終わり。今日は地球に立ち寄ってから、のんびり実家に戻るつもりだ。

「……結局、月でもあんまり変わらなかったな」

 留学中にいくつかの星に旅行もしたけど、どこもかしこも地球産の文化に染まり切っていた。勿論これは人間が異星へ入植したという歴史上、そうなってしまうのは自明の理である。分かってはいるが、それでも入植先の星への敬意があまり見られず、自分の慣れ親しんだ文化一色に塗り替えるその様は、ある種の汚染のようにも感じられた。

 人間という種が銀河に拡散し、そして銀河を自分達のいいように染め上げる。地球にとって在来種であろうと、一歩他の星へ踏み出してしまえば、彼らの方が紛うことない外来種。よく今まで駆逐されなかったものだと感心する程だ。


『ご登場のみなさま、大変お待たせ致しました。賢者の海宙港発アストライア航宙1845便、離陸時刻となります。シートベルトのご確認はお済みでしょうか』


 出発前の最終アナウンスが機内に響き渡る。名残惜しさがないわけではないが、そろそろ月ともお別れだ。


『3、2、1――離陸成功。それでは到着まで、快適な宇宙そらの旅をお楽しみ下さい』


 さようなら、お月様。次に来る時はどんな風になっているか、期待しすぎず楽しみにしてるよ。


* * *


 科学の発展とは著しいもので、たった数時間で目的地に到着した。かつては大掛かりな準備をして数日掛けていたというのだから、当時の人間がこの様子を見たら腰を抜かすだろう。

「んーっ、久々に乗ったからやっぱり疲れるなあ。ここからまた移動しなくちゃだから――」

 到着ロビーで伸びをしたところで、ぱん、ぱん、と乾いた音が響き渡る。音の方へ振り向くと、どこから現れたのか仮面で顔を隠した名状しがたい異形が仁王立ちをしていた。恐らく手であろう部位で随分と古めかしい銃を持った彼らが、高らかに名乗りを上げる。


「我々は貴様ら人間がメイオールと呼ぶ銀河の者に保護された、冥王星と名付けられた星の土着知性生命体。人間の入植によって母星を追われ、復讐の機会を待ち続けてたモノだ! 星々を侵略し植民地とする蛮行、その報いを受ける時が遂に来たと知れ!」


 そうわめき散らす冥王星出身だという彼らは、なおも主張を続けていく。演説をするならもっと周囲に気を付けてからやるべきなのにな、などと思いつつも、別段僕がそれを教える義理もない。


「大体貴様らは何なのだ! 勝手に惑星という物の定義を作り、研究が進んだからといって『やっぱ惑星じゃなかったわ』と一方的に評価を取り消す! 貴様ら人間に惑星の枠組みから外されて以降、我々の母星がネタ扱いされていたのはこちらも把握しているぞ!」

 若干涙声のように聞こえるその叫びに、ロビーの人々が一斉に目を逸らした。あ、みなさんネタ扱いの自覚はあったんですね。


「だが、貴様らの蛮行もこれまでだ! 本日ただいまより、我々は母星の奪還と自治権の獲得の為、今ここに戦争を――え、本部から通信? 一旦引き上げろ? いやここから全てが始まるんだけどなんで?」

 ときの声を上げようとした彼らだったが、何やら仲間同士でわちゃわちゃやり始めた。うーん、内輪揉めの予感。


「ええい、本部に戻って直接話し合わねばらちが明かぬ! 今日は一旦引くとするが、自らが蹂躙じゅうりんして来たモノ達からの復讐に怯え、震えて沙汰さたを待つがいい!」

 言いたいだけ言い捨てると、彼らはあっという間に姿を消した。その場を目にしていたのだけれど、どうやってその場を後にしたのかを説明出来ない消え方だった辺り、少なくとも人間でないのは確かなようだ。人々は突然の宣戦布告未遂に震えて混乱――することなど微塵もなく、到着ロビーはいつも通りの空気に戻っていく。

「ここまで歯牙にも掛けられないのは、流石にちょっと同情するね……」

 苦笑しつつ、実家へと連絡を取る。ついでに聞きたいことも出来たしね。

「……あ、もしもし父さん? 今さっき地球に着いたよ。……うん、いつもの大樹公園港」

 月にいた時も連絡はしていたものの、こうして会話をすると一層実家が恋しくなるのは何故なんだろう。気分がノって来たのか、口からするする言葉が滑り出す。

「え、地球拠点の荷物回収やっといてくれたの? ありがとう、凄い助かるよー。そしたら解約手続きが残ってるから、迎えは今から地球時間換算で18時間後くらいに――あ、一個聞いていい?」

 危うく聞かずに終わらせるところだった。僕は一番聞きたかったことを父さんに問い掛ける。


?」


 一瞬、父さんとの会話が途切れた。直後、とんでもない勢いで爆笑されて、脳がくらくらと揺らされる。

「ちょ、何その爆笑!? 僕こんなとこでぶっ倒れたくないんだけど! ……は? メイオールの件はそもそもあっちの銀河の総意じゃなくて、一部が勝手に冥王星の奴をかくまって、更にそいつらの手を離れた当事者達が暴走しただけ? ガチの内紛だからノータッチ? そっかー」

 いやもう「そっかー」以外の感想が出なかった。単なる保護生物管理の不行き届きじゃんか。


「やるなら上手くやればよかったのにね、アンドロメダ僕らみたいに」


 ――西暦3020年。ここ天の川銀河の地球から発生を始めた人間は、そろそろアンドロメダ銀河僕達と交流出来そうなくらいに発展を遂げた。己の銀河で星々を支配し、種の拡散を続けた彼らが、僕らのところで同じことを繰り返す可能性は少なからず存在していた。

 いつかの未来、アンドロメダと天の川は、ひとつの銀河と化すと言われている。確定で言い切らないのは、僕達の技術をもってしても、宇宙のことは分からないことだらけな為だ。

 そんないつかが来た時に「ひとつになったんだからこっちの方も自分達のだ」などと主張されては困ってしまう。かといって、真っ先に出会う人間以外の知的生命体に名乗りを上げる気はさらさらない。ロズウェルの話とか先輩達から聞いてるし。

 なのでこうして、ひっそりと地球文化圏にもぐり込み、人間達の方向性を修正したり色々するのが僕の留学中のお仕事だったのだ。


「じゃ、お迎えよろしくね。父さん」


 迎えを頼んで会話を終わらせる。さて――1000



「宇宙開発するなとは言わないけど、人間っぽい形してない奴は全部排除するとかしちゃ駄目だし、人間っぽい形してるからって友好的とは限らないから、その辺肝に銘じておくといいよ。じゃないと、折角僕達で増やした人間を元の数より減らすことになりかねないから――ね?」

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