拝啓:聖人を育てる事になったサキュバスです

地獄屋

拝啓:魔界の皆様。私は呪王の御使い様を腹上死させましたので逃げさせていただきます

 拝啓 呪王まじないおうの城に御集まりくださった御歴々様。

 

 どーも。

 皆々様方。

 本日の呪王まじないおう復活前夜祭はいかが御過ごしでしょう。

 希少な食材に晴れやかなエンターテインメントの数々。特に、人間のセックスショーは如何でしょうか? そのもよおしは私がこしらえたものです。希少な人間界の、容姿に胆力に技術にと、選りすぐった人間です。用意した私自身が語るには烏滸おこがましさ甚だしいでしょうが、とても笑えたものだったと自負しております。ショーの後の解体ゲームも楽しんでいただけたかと。御味の方は……まあ、言わずもがなでしょう。


 さて。


 早速ですが、本題に参りましょう。この紙を手に取っているということは、おそらく目の前で干物になっている呪王まじないおう遣い、、について知りたいと御想いになられている頃でしょう。


 彼の者を殺したのは、何を隠そう。この私──アンヘルフィアでこざいます。

 アンヘルフィア・ロマンツェツカ、でぇえええございまぁあす。

 そう、最古のサキュバスにして、始祖の魔族に恥ずかしながらもギリギリ名を連ね、性の最高のテクニシャンであり最強の色肌の持ち主の魔族でございます。

 嘘偽り無く。

 清く正しい真実。

 でぇええ、ございます。

 えーっと。

 …………………………。

 ごめんなさいッ!

 いや、マジですまんッ!

 悪気は無かった!

 事故!

 そう、事故だッ!

 どこの魔界に、狙って腹上死ふくじょうしさせる生き物がいるだろうかと、私は切に皆々様方に問いたいッ!

 やろうと思えば簡単だけど、じゃあやろうかなどと思うバカはサキュバスのガキにだっていやしませんって!

 ……えー。

 事情を説明しますと。

 遣いの方が私と楽しもうとしたのが発端です。

 祭に気分が高揚したのでしょう。そりゃあ、ええ、凄いテンションの上がりっぷりでした。やれ、呪王が聖人、、に封印されて千年もの間も想い続けていただとか、やれ修行が大変だったとか、やれ今の魔界はクソだとか、そりゃあもう口から出るわ出るわヒロイズムに不幸自慢。明日、呪王まじないおうを復活させられる事による興奮が抑えきれず、何かに発散させたかったのでしょう。

 私以外にも魅力的な悪魔族はいたはずなのですが、遣いの方的には私の経歴が魅力的だったのでしょう。これでも悪魔族の始祖柱しそちゅう長女、、ですので。

 サキュバスですが。

 低級魔族と指差されていますが。

 といっても、私としては他にも若くてピチピチの、征服欲が満たし満たせさせられる可愛いサキュバスもいるわけで。数万年もただダラダラと欲望塗れに生きてきただけのダラしないサキュバスを相手にしても得はないと、遣いの方には言ったのですよ。

 ええ、言いましたとも。

 遠回しに面倒くせえとも言いました。

 直球に、遣いの方が好みじゃないとも言いました。

 だってチビのガリガリの腕5本に舌3本にアレ、、が6本ですよ? ムリムリ。人間の司祭の真似事みたいな格好もダサくて似合っていなかったですし、正直凄い私は我慢していたのです。

 それでも。

 まあ。

 遣いの方は馬鹿だったのでしょうね。

 私の言葉が理解できなかったのでしょうね。

 つまりアホだったのですよ。

 構わないと仰った訳です。

 流石は呪王まじないおうとかいう、長生きの私でさえ見聞きしたことのないマイナーな王の遣い様だ。つーかよくお前らも集まったな、そんな王に。これだから崇拝者はアホなんだ。

 おっほん。

 とまあ、なかなかどうして、肝が座り脳が捻じ曲げった御方であることかと思った次第です。私よりも年下であるというのが勿体ないくらいです。

 まあ私としても、久方ぶりの情事。ええ、300年ぶりでしたので。

 見た目も性格もまるで見当違いに全く好みではない相手とは言え。




 楽しもっかなー、なんて。




 少し本気を出したら、ええ。

 遣いの方が干物になってしまったのですよ。

 30秒位でしたねぇ。

 私としては、よーし、じゃあどこからいこうかなあ、なんて考え始めて手を動かしていた段階で、全ての精気を吸い取っていたようです。

 まっこと情けない声をちょこっと出して、全部吐き出してしまったのですよ。

 魂も何もかもありとあらゆるものをみっともなく吐き出して、果ててしまったのですよ。

 ああ。おいたわしや。

 どれほどの魔力と知力を持っていようと、アソコのステータスは人間の赤子にも勝るとも劣らないとは。トホホ。私の最弱記録のワーストを更新してしまいましたよ。


 まあ。

 そんな感じで。

 私、逃げるから。

 皆様に殺されたくはないので。

 んじゃあ、バイバイ。


 ……つーか、訳分からねえ王の祭なんかやってんじゃねえ。アホか。


 敬具




「こんなもんでいっかなー」

 生まれ落ちて数万年と幾ばくか。魔族に置き手紙をするという、初めての経験ながら、そこはかとなく体裁の整った文章なのではないかと、体液臭い部屋で私は思った。人界で遊びに言って、男女問わずに食い散らかしながらも、時にはまったりとした長期的な大恋愛プレイをこなしてきた経験が生きている。

 とは思ってみても、果たして城にいる魔族の中で、冷静に文章を読んでくれる奴らがいるかどうかは怪しいものだが。

 というか文字読めるのかあの連中? どいつもこいつも頭良さそうじゃなかった、脳筋だらけの馬鹿ばっかじゃねえか。魔族としてのランクは高そうだけど。

 訳分からん状況を前に、ただただ大暴れしそうなんだよなあ、アイツら。

 だから逃げるんだけどね。

 どちらかというと、この手紙は、メディサの姉御に向けた意味合いが強い。

 このパーティーに呼んでくれた姉御に、いやマジゴメン、という意味を込めて書き綴った。つーか置き手紙の一つや二つねえとぶっ殺される。魔眼で石にされて、部屋に飾られて、馬鹿みたいなポーズ取らされる未来なんてゴメンだ。

 つーか姉御もこんなのに私を呼んでんじゃねえし、姉御も顔出しに来てんじゃねえよ。

【楽しそうな催しがあるみたいなのよぉ~。だけどバカか間抜けしかいないからぁ、華を飾ってくれなぁい? アンちゃんに千年前の英雄の男の人をあげるからさぁ。今は石で保存してるけどぉ、戻せばムッキムキのギンギンの英雄よぉ?】

 なんで私はあんなチョロい要求に頷いてしまったのか。

 英雄と楽しめるというのがそんなに魅力的だったのか……いや、うん、魅力的だったけども。人間の英雄は希少である。

 ……まあいい。

 手紙をベッドの上に置く。人界だとクイーンサイズのベッドは、呪王まじないおうの遣い及び現干物の魔族が吐き出した(私が出させてしまった)体液塗れだが、掃除する気はサラサラ無い。

 さて、と。

 服を着た。

 人界で売れば金目になりそうなものは、人界の勇者から昔もらった(つーか代金、、として奪った)超収納スーパー袋にぶちこんだ。

 飯もあらかた食ったから腹も問題ない。

「よし!」

 逃げるか。

 いざ、人界へ!

 ヘイカモン! 私の穏やか逃亡生活ッ!



 …………………。





 そうして。

 私は、魔界から逃げる事にした。

 おそらく前魔未到の所業。王位キングクラスの魔族の、その遣いを腹上死させるという伝説を残して、人界へと足を運んだ。

 正直な所、人肌が恋しかったというのもあったのかもしれない。

 魔界の交尾なんて、面倒な事この上ないものばかりだ。姿形だけではなく、臓器や魂の在り方諸々が違うのばかり。つまりそれは、愛の形が一定ではないという事だ。正解もルールも分からない恋愛など、暴力と何ら変わらない。

 サキュバスでありながらも、最古の魔族の端っこでありながらも、私は私なりに人間という存在を敬っている。

 素質や文化が異なろうと、結局の所の性愛は変わらないからだ。

 簡単で分かりやすい、故に、手に取りやすく親しみやすい。

 遊び半分で人間の振りをして、百も2百も超える愛で遊んできた。

 人界で、大恋愛ロールプレイングしながら500年も生きていれば、私のしでかした事は、あらかたの魔族は忘れているだろう。

 魔族は馬鹿ばかりである。

 人界の、【知性で解きほぐされるかい】と異なった、【生命力ばかり溢れたかい】が魔界なのだから、当然だ。つまり脳筋である。いや、筋肉が脳なのだ。

 森の奥深くでと品性の良い男と日がな一日のんびりと、田畑でも肥やしながら自給自足の日々と、月に一度は愛溢れる熱狂的な性愛を営む。

 それぐらいののんびりとした時間を過ごそうか。

 逃げながら、そんな妄想を考え、それを実現してやろうと思っていた。そして私には、それが出来るのだという自信があった。

 だって私は、最古のサキュバスなのだから。




 だけど──。

 どうして、こうなっちゃったんだろうなあ。




御母様おかあさま

 レイ、、が、私の前に立っている。

 あんなに泣き虫で、甘えん坊だった拾い子が。

 私の前に、聖人として立っている。

 聖剣を地面に突き立てるようにして。

 堂々と、厳かに、立っている。

「お久しぶりでございます」

 金色の短髪。

 魔界にはない、その美しい色を、私は何度、赤子の頃から手櫛で宥めてやったことだろうか。

 スラリとした頬を、私は何度、唇を押し当ててやったことだろうか。

 ああ、懐かしい。

「どうでしょうか? 御母様。レイは──御母様を心配させないくらい、強くなれたでしょうか? 強くなったように、映ったでしょうか?」

 知らねえよ、そんなの。

 魔族の私が、聖人のお前を見る目は、たった一つだ。

 殺すだけだ。

「どうぞ、レイを御殴りください。御母様。レイは強くなりました。今度こそ、御母様をお助け出来る程の男になりました。だからどうか、御殴りください。情けないレイを、御叱りください」

 魔族の私と、聖人の息子。

 血も魂も何も繋がらない親子。

 なのに、こうして殺す殴れと、訳の分からない対峙をしてしまっている。

 魔族と聖人として、来るべき時が来たというだけなのに、奇妙な対立だ。

 はあ。

 かくも親子の縁というのは。

 愛というのは。

 面倒極まるものだ。

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