Cotton Story〜綿花の物語
高麗楼*鶏林書笈
綿花の来た道
桓武天皇の御世、参河の国ーー
ある日、小船が漂着した。乗っていたのは二十歳くらいの青年だったが一風変わった風体をしていた。背丈は五尺五寸(約2m)と高く、肌は浅黒く、大ぶりの耳をしていた。身体には布を巻いて僧侶のようだった。彼は自分は崑崙人(インド人?)だと称していた。
船は破損し自力での帰国は難しいと思った彼は、当分この地に滞在することにした。
持参した物を売って町の西側の家を手に入れた彼はそこに暮らした。毎日、一弦琴を奏でていたが、その妙なる調べに道行く人は立ち止まり耳を傾けるのだった。
秋になると彼の家の庭の木に羽毛のような花が咲いた。
その地の役人が尋ねると布地の材料になるとのことだった。興味を感じた役人は後日、この花の種を貰って朝廷に献上した。
朝廷はこの種を各地に配って栽培するように命じたが、どの地域でもうまく育たなかった。
それゆえ、この植物の存在は忘れられていった。
朝鮮 慶尚南道丹城ーー
思隱は岳父とともに満開の白い羽毛の花を眺めていた。
その表情は感慨深げだった。思隱は数十年前のことを回想した。
彼は当時、前王朝である高麗の朝廷に出仕していた。
三十代中頃に、彼は当時の宗主国である大元帝国に使節の一員として行った。
その頃、元の朝廷は、意のままにならない高麗の恭愍王を嫌っていた。又、自身の実兄を朝廷から追い出した第二皇后である高麗人奇氏も王を憎んでいた。
こうしたなか、奇皇后は時の皇帝・順帝を唆し、仲間たちと共に恭愍王を廃して元に在住していた王族・德興君を王位に就けることを画策した。
これを知った高麗朝廷は王支持派と德興君支持派に分かれた。思隱は宗主国がついている德興君の側に付いた。
しかし彼は判断を誤ってしまった。皇后たちの“クーデター”は失敗に帰してしまったのだ。
反逆罪を犯してしまった彼は重苦しい気分で帰国することになったが、元を出る前に綿花の種を数粒懐にしのばせた。
高麗にはまだ綿花がなく木綿布は元から輸入していたのである。自身が罪に問われた際、これを献納すれば少しは減刑されるかも知れない下心もあったが、母国にとっては役に立つと考えたのであった。
幸い罪に問われることはなかった。だが、彼の仕える王朝はなくなってしまった。
二君に仕えることを潔く思わなかった思隱は、新王朝である朝鮮には出仕しなかった。
故郷である丹城に戻った彼は元から持ってきた綿花の種を蒔いた。思いのほか良く育ち花咲いた綿花が実を結んだ時、彼はその種を献上しようと思った。この国の民のために。
江戸時代 慶安年間ーー
「かたじけない」
対馬藩士国分は朝鮮士大夫の文峰に礼を言った。
日本での木綿布需要に耐えられなくなった朝鮮国は難儀していた。対馬藩も綿布が入手出来なければ困ってしまう。
そこで国分と文峰は話し合い、綿花の種子を貰い受け、日本で栽培することにしたのであった。
「これで貴国も自足出来るであろう」
「うむ、ところで我が国にはかつて綿種が到来したことがあるそうだ」
「ほう」
国分の言葉に文峰は興味深そうに応じる。
「八百年ほど前三河国に漂着した天竺人が綿種を持っていたらしい」
「そういえば西域にも伝わったそうだ」
「そうか‥」
その後、綿花は日本でも栽培され、国内各地で綿布が織られるようになったのだった。
Cotton Story〜綿花の物語 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu
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