未来を選び取る手

篠岡遼佳

未来を選び取る手


 ――――昔々という物語よりも、それはずうっと昔の話です。


 とある種族が、死に絶えようとしていました。

 あらゆる神やそれに相当するものに祈りましたが、疫病も不作も収まらず、ただこのまま、つい果てるだけだと思われていました。


 しかしそのとき、「来訪者」が現れました。

 飛び越えられるはずのない『何か』を飛び越え、通り抜けられるはずもない『何か』を通り抜け、確かにそれはやってきました。


 その『存在』たちも、死に絶える寸前だったのです。そのために、時空を越えてここまで来たのでした。


 それは、こちらに契約を持ちかけました。

 「あなたがたはうつくしい。私たちと一緒に、未来を選ばないか」と。

 つまり、一族の併合です。

 最低限、健康な若者たちがつどい、うつくしい金の髪を持つ『存在』たちと混ざり合いました。


 そして、それは間に合いました。

 新たなる種族は、地に満ち、増え、今の我々人類の礎となったのでした――――




「ねえ、それってさ」

「ん、なに? ”せかいの不思議 そのいち 人類と『存在』のであい”に、何か問題が」

「いや、なぜ、小学生向けの学習マンガが高校の図書室にあるのか、については今は問わない」

「じゃあなんだい」

 貸し出しカウンターの上に上半身を伸ばして、金の髪をした少女が答えた。

「それって、お互いに美しくなかったら、今の人類はいないってこと?」

「そういうことだね」

「なにそれ。人生結局は見た目ですってことか!?」

「そうはいっていないよ、潮路しおじちゃん。よく考えてみるんだ。今日家に帰って、自室のドアを開けたら、”瀕死の、ちょっとねっちょりとしたゲル状で少し臭い異世界人”がいたらどうする?」

「うっ」

「ほらね。助けるのにちょっと迷うでしょ。美的センスって大事なものなの」

「それはそうだけど……」

 くるくると髪を指で遊びながら、潮路と呼ばれた少女は続ける。

「……恋愛も結局そうだと思う? 沙耶さや?」

「恋愛ねえ、私からは縁遠いからな、わからんけれど……」

 ぱん、と本を閉じて、眼鏡をつい、と指で押し上げながら、翠の目の少女は続ける。

「つまり彼氏とまた何か問題があるの?」

「あぁん、沙耶ってほんとに話を先に進めるのうまいね!!!」

 ほめてないぞ、という顔で潮路が言った。

「めんどくさいから、話が読めたら先に行くに限る」

 腕組みをしながら沙耶は言い、

「今度は何だ、浮気か何か?」

「どうしてわかるの!?」

「この前は、”メールが重すぎないかな”だったから、反動で”もしかしたら好きじゃないのかも”とでも思ってるんじゃないかと」

「恋愛の神がいる……ゴッドだ……」

「潮路がわかりやすいだけだから……」

 何もない中空を手で払うようにしてから、沙耶は「それで?」と先を促す。

「うん、あのね、手紙を書いたの」

「ほう、メールが重いと思ったのに、それはまた」

「だって、もう先輩卒業しちゃうじゃない……?」

「うむ、もう二月も終盤だ。無事に三月が来ればそうなる」

「だからね、覚えててもらいたくて、かたちに残るものがいいなと思って、手紙を手書きで書いたの」

「潮路、字はきれいでよかったね」

「暗に頭はよくないと言っているのはわかるからね!」

「やだな、小論文上手じゃないか、私は数学しかできないよ」

「くそう、世の受験生を敵に回しおって……」

「それで? 手紙を送って?」

「そう、あの、読んでください、って、この間の登校日に渡して……」

「ふんふん」

「……なのに返事がないんです……」

 おや、と沙耶は片眉を上げた。

「どのくらい?」

「二週間……」

「先輩の進路は?」

「とっくに決まってるよ! 都内の私立大学! 理工学部! 推薦!」

「あー。すごいとこなんだっけ」

「そうだよ! そうだから、だから……」

 うる、と潮路の琥珀の瞳に涙が浮かんだ。

「私絶対同じ大学行けないし、会うのだってどんどん減っちゃうでしょ? だから、だから、だから……」

「おうおう、泣くな泣くな、乙女の涙がもったいない」

「浮気されたかなぁとか思ったし、そうするとなんか心がじくじくしてどよーんて淀むし、もう翻弄されてばっかりなんだよ~」

 わーん、と机に突っ伏して潮路が言う。

「どうしよう、嫌われたのかな、どうしよう、私変なこと書いたのかな……」

「ちなみに……なんて書いたの?」

「進路は違うけど、これからも一緒にいてください、って」

「ふーむ。ほかのメールは? LINEは?」

「既読スルー……」

「あらら」

「もうこれはフェードアウトで終了の合図なのかな!? いいよ別に、フェードアウト慣れてるよ! 3回目くらいだし!」

 やけくそなのか、手元にあった貸し出しカードに返却済み、のはんこをバンバン押していく潮路。

 しかし、その手はだんだん動きが鈍り、止まる。

「未来が書いてある設計図がほしい……」

「ほしいのか」

「あればいいのに。最初っから、全部決まってる人生だったら」

 こんなに悩んでない。悩みもしない。いっぱい泣いたりなんか、しなくていい。

 いつも元気で、そして誰かに恋をしている、潮路の泣き顔を沙耶は間近でよく見ていた。

「ほんとに、全部決まってていい? 確かめていく未来じゃなくていい?」

「ふえ?」

「もしそうだったら、私と君は会ってないだろうね。性格も何もかも、全然違うもの。そうじゃない?」

「…………」

「未来は手探りで、自分だけで進んでいくものだ。私はそう思う。

 だから一人きりでも、偶然があって、奇跡があって、突然に出会う。

 『存在』と出会った我々の祖先のように」

 なでなで、と金髪を優しく梳きながら、沙耶は笑った。

「気にすることない、もう一度聞けばいい、はっきり、先輩本人から、どう思ってたんですか、って」

「うん……」

「家は知ってるんだろ? もう待ち伏せだよ、あるいはピンポン押しちゃえ!」

「か、考えたこともなかった……」

「君は変なところで引っ込み思案だからなぁ……よしよし、ちゃんとついていってやるから、そろそろ行こうか」

「うん!!」

 にへ、とまだ目尻に涙を残して、潮路は笑った。

 そう、その、不屈の笑顔。沙耶も応じて笑う。

 二人は本を片付け、図書室を出た。


「信じていればいいんだね。未来のことも、先輩のことも」

「そうだな。きっと、それでいい。それしかできない私たちだから」



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未来を選び取る手 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka

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