マタンゴさんは増えたい

タハノア

マタンゴさんは増えたい

 ブレーキ音、空を舞う俺、転生す。


 太郎、心のテンプレ俳句……。


 転生特典で選んだのは”胞子で自分を増やすマタンゴ”になるだった。


 俺は無事にどっかの森に生まれ落ちた。


 さっそく繁殖だ! 世界中に俺の種を拡散してやるぜ!


 体を大きくゆすり頭の傘をバサバサと上下させる。胞子が舞い周囲の土や木へと付着する。


「あふん♪」


 ついおかしな声が漏れる。予想通り最上の幸福感が訪れる。体からくるドストレートな無敵の幸福感!


「こいつは病みつきになるぜ」


 ばらまいた胞子のいくつかは物に取り付くとすぐにきのこの形になり、やがては手足が生えて自ら歩き出した。


「一回で五人増えた、すげぇ」


 そう声を出した俺を俺たちがじっと見つめてきた。そのうちの一人の俺が俺に近づいてきて俺に声をかけてくる。


「お前が、マタンゴ太郎の本体? ってか俺ってこんな見た目なの? キッショ!」


 マタンゴ太郎ってのはなんか響きがいいな……まるで俺が嫌われながらも大人気なような気がしてくる。


 見た目に関してはまったく同じ感想を持った……。毒々しい傘の色にずんぐりむっくりした体型……。体型だけ見れば可愛いが顔の部分が気持ち悪すぎる。まるで壁に浮き出た呪いの人面模様だ。


「「「「俺も同じ感想だ。俺キッショ!」」」」


 周囲の俺も賛同する。


「そんなことより……増えないか?」


 不毛なやり取りを断ち切るように俺は、快感を再び味わおうとする。増殖童貞であるこいつらは女に飛びつくようにすぐに同意した。


「レッツ・ダンス!」


 掛け声で俺たちはその場で好き勝手踊り始めた。ヘッドバンキングする俺、マサイジャンプをする俺、連獅子のように頭を振り回す俺。


 基本は同じみたいだけど性格に差がある? もしかして完璧なコピーじゃないのか?


 六匹が踊り増え、増えたやつがまた踊る。増殖は止まらない……。なぜならみんな脱童貞したいからであった……。


 森の見える範囲が俺で埋め尽くされた頃それは起こった。


「人間を見つけた!」


 その声が響くと同胞たちは道を譲った。分身たちは誰かに許可をしてもらいたいようで、必ず俺のところに来る。


 ついにこの世界の人間と遭遇したらしい。


 囚われた罪人のように突き出されたのはボロボロのイケメンと美女だった。激しい戦闘の後に捕縛されたのだろう……。


「まだこんなに……いやがったのか……」


 ボロボロのイケメンが苦しそうにうめいた。


「いやぁ……」


 美女は怯えきった様子でガクガクと震えている。


「マタンゴ太郎! おれ人間と融合したい!」


 俺は驚いてそいつを二度見した!


「え? 何言ってんの?」

「いやぁ、前世の名残かな? ちょっと人間に戻りたい感じがするんだよね」


 その言葉を聞いたイケメンと美女は大暴れを始めた。イケメンと美女の泣き叫ぶ声がとても耳障りだ。完全に俺が悪者っぽくなってるじゃん……。


「もう、うるさいから好きにして!」


 俺の言葉を聞いて二人はすぐに黙ったが、時すでにお寿司。人間になりたい”人間派”が誕生してしまった。そいつは自分の核を体から引き抜くと、男の口に叩き込んだ!


「むごむっごおお!」


 イケメンは懸命に吐き出そうとするが粘着質なので吐き出すことができない。


「ああ、あれ粘菌か」


 どうやら俺の核は粘菌のようだ。こいつが体の隅々まで触手を伸ばし体を動かしているようだ。


 すなわちキノコの体の代わりに人間の体を使おうという発想だな!


「恐ろしい子!」


 俺は思わず白目をむいた。俺怖すぎ!


「おごごあがが」


 イケメンだった何かは奇妙な声を上げると静かになった。


「いやー! 勇者様ー!」


 美女が悲鳴を上げた。勇者って……俺の分身がヤバイことしちゃってない?


 しばらくじっとしていた勇者が立ち上がる。


「すばらしい……融合とはなんと素晴らしいのか! 生きているだけで最上の幸福感を感じるぞ!」


 そりゃそうだろうね人間になりたいって体の欲求が永続的に叶ってるんだからね……。


「聖女……君もぜひ融合してもらうべきだ!」


 あれ? もしかして融合しても記憶とか全部あるのか?


「なぁ人間派の俺ちゃんよぉ。それどうなってんの?」


 俺が声をかけると勇者はひざまずきこう答えた。


「記憶や人格がすべて融合されておりますが、人間としての意識が勝っています。ですが、この快楽を味わってほしいとの思いが大変強いです」


 うわ……。これヤバイタイプの感染パニックホラーだ……。


「おごうごっご!」


 うわ、次は美女が餌食に……。


「怖くて仕方がなかったけど……勇者様のおっしゃるとおりこれは素晴らしいわ……」


 美女がうっとりした表情でビクビクと痙攣し快感に浸っている。なんだかとってもエロい、今の俺にチ○コがあったら絶対反応しているだろうな。と思ってたらチ○コを持った俺が隣に存在しているわけで……。


「お前がずっと好きだった!」

「いけません勇者様! 聖女の力が失われてしまいます!」


 ああクソ! そう言えば”人間派”も元は”増えたい派”だった。第一の欲求が叶えば次は第二の欲求だ! 胞子散布機能を失った”人間派”はもちろん……。


「あんっ……ダメ……。でも聖女の力を失っていく背徳感がたまらないわぁ……」


 勇者の手が聖女のお股でクチュクチュと卑猥な音を立てる。 


「もう良いかい? 僕は我慢できないよ……」


 アーアー何も聞こえないし何も見てない!


 森の中で突如おっぱじめた二人から背を向け、俺はまたダンス大会へと戻っていくのだった。


 勇者と聖女はやることをやると、人間派の核を瓶詰めにしそれを抱えて人間の街へと旅立っていった……。


 それから俺は何もかも忘れるように踊り狂った……。


◆ 


「お久しぶりでございます」


 俺は久しぶりに声をかけられて我に返った。しばらく前に出ていった人間派の勇者くんじゃないか。


「おお久しぶり! そっちはどうだ? こっちは変わりないよ」

「実は相談があります」


 なんか頭が良い雰囲気になってるな。だいぶ馴染んだのかな? もう野外でおせっせすることはなさそうだな。


 勇者は俺の前にひざまずくと懐から王冠を取り俺の頭に載せた。


「王都を完全掌握しました! 貴方を新たな王として迎え入れます!」


 え? 何やってくれちゃってんの、この子……。


 俺が「うん凄いね」とだけ言うマシーンと化している間に勇者に馬車に押し込められ王都送りとなった。


 俺の予想ではゾンビパニックのように世界が滅亡していると予想していた。しかし反応はまったく違った。


「我らの王がきてくださったぞ!」

「キャー! マタンゴ太郎様を初めて生で見れたわ!」


 この声援である……謎の大人気。増える毎に少しずつ変化があった俺は、末端までいくと完全に別の性格になっていた。


 こうして俺は王になり王都へと引っ越したのであった。


 俺が王になって数年がたった……。


 派閥はどんどん拡大していき様々な派閥が生まれた。


 犯罪、人助け、創作などの人間的な欲求は、素晴らしい物や見るに堪えない悲劇を生み出し、俺たちの暮らしに彩りを添えていく。


 そして他の者と融合したい欲求は知識があればあるほど拡大していった。


 魔獣、悪魔、魔人、そしてついには魔王までその手にかけた……。


 俺は玉座でその報告書に目を通す。



「ここまでだ魔王!」


 勇者が魔王に剣を突きつける!


「ぐぅ、なぜこんな短期間で実力を上げた!?」

「ふふふ、王……いや! 神の加護によるものだ!」


 へたり込む魔王によく似た小さな子共が駆け寄った。


「逃げなさいと言ったはずだ! なぜここにいる!」

「おとーしゃん、ごめんなさいぃ……」


 勇者はその光景を見て思わず剣を下げた……。


「頼む勇者……都合が良いのはわかっている……しかしこの子だけは……」

「だいじょうぶ! おとーしゃんも! これを飲めばいいの!」


 そんな我が子の言葉に魔王は首を傾げた。


「ね! ゆーしゃさん!」


 にやりと口元を歪めた勇者を見て、魔王は我が子を振り払おうとする! しかし、すでに遅かった! 魔王の子供は、握っていたネバネバを魔王の口に押し込んだ!


「だいじょうぶ、くるちいのは、はじめだけだよ♪」


 勇者と魔王の子供はニコニコとしながら、もがき苦しむ魔王を見つめるのであった。



「怖いわ! こんな報告書を読ませないでくれ!」


 俺はホラーな報告書を投げ捨てると次の報告書を手にとった。


 ”植物及び、無機物への融合派閥に関する報告”


 それをペラペラとめくりながら読むと、驚くべきことが書いてあった。ついに同胞は、悟りを開くように植物や岩石や土など意識がないものと融合し始めたのだ。


「ついにここまで来たか……おれは同胞がここまで来たら決めていたことがある……」


 オリジナルに近い俺の周囲の者たちは、同じ考えに至ったようで固唾をのんだ。


「国民に発表する……」


 各派閥のトップたちは各所に連絡を取り城の周りに人を集めた。


 俺は城のバルコニーに出るとあたりを見回す。


 そこは、様々な種族が入り混じり差別なく暮らす素晴らしい都市となっていた。


「みんな聞いてくれ! 俺は先ほどある決意をした!」


 民衆たちは顔を見合わせざわついている。


「前々から決めていたことだ。私は王の座を降り後を民主派に任せることにする!」


 俺の声明を聞いたものは喜ぶ人々から嗚咽を漏らして泣き崩れるものまで様々だ。中には意味がわかっていない者までいるようだ。


「そして、私はこの星と融合を果たす!」


 これは前々から決めていたことだ、自然と融合しだす奴がでたら、俺もこの星と融合し、気候を操りすべての俺を守る決意をしていたのだ……。


 俺の宣言に喜んでいた者たちも驚きを隠せないようだ。王政は好かなかったが、謎の俺の人気は衰えていなかったようだ。


 俺は体が朽ちるイメージをするとその核が露出する。分身した俺とは違い核は生前の俺とおなじような人形をしていた。


 俺は空を飛び市民の上空を名残惜しく何度か回る。


 そして、はるか上空に飛び上がり核を大爆発させた。


 飛び散った俺は、この星に降り注ぎ星を掌握していく。


 そして俺は、星と融合し、かすかな意識で様々な俺を見守ることになったのだった。

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