Bounce、播種、Vacances!!!

眞壁 暁大

第1話

異世界転生した。

いろいろ仕込みはあったがその辺は省略。よくあるトラックでお引越しの奴だ。

最近はスーパーの中でもトラックが走るようになったのだからそこは驚きではある。

意表を突かれたものの、そこから何か話が広がるかというとそんなこともないので「トラックで異世界お引越し」というニュアンスだけ伝わればよい。

それは措く。

多少は狼狽えるべきだが、そこは措く。


「なんじゃこりゃぁあ!!!」

遥か昔の刑事ドラマじゃないが、俺は転生した己の体をたしかめて絶叫した。

縮んでいる。

子供になったとかではなく、犬猫以下のサイズになっていた。具体的には妖精とかそんなレベル。人間の頭部の長さに及ばない程度の身長に縮んでいた。

それだけではない。


俺は俺であるにもかかわらず、俺であるという意識の統合が出来ずにいる。


「はぁい」


チョロい感じの神様がそんな俺の頭上でくるくる回る。俺は今自分の現状を把握するのに忙しいし、そのことに集中したかった。

ハッキリ言って邪魔。死ねばいいのに。

相手をせずに頭を抱えていると、神様は蠅のようにぶんぶんと俺の小さくなった頭の周りを回り始めた。イラつく。

顔を上げて睨みつけてやった。ぱんつ見えた。女か。


「初めまして。ようこそ異世界へ! 貴方のことはなんて呼べばいいのかしら?」


答えずにいると


「お鼻さん、とでも呼べばよろしい?」


女神様はすべてお見通しだ、と言わんばかりにささやく。

なんでそれを!? といっしゅん驚きかけたが、異世界の神様なんだから知ってて当然だろう。落ち着こう。深呼吸する。

深呼吸するとふくらはぎから太ももに沿って股間に空気が抜ける気配。くそイライラする。

かえって落ち着かない。

いつものくせで鼻の頭を掻こうとしたが両腕は腹の上に伸びる。ますますイライラする。


「ああ、クソ!」

「ふふふ。慣れてないようね」

「どうなってんだよこれ」


俺はたしかに俺。

だが、俺そのものではない。

俺は俺なのだが、このフェアリーサイズな俺は五体満足な俺ではない。

というか、身体感覚としては鼻であるという意識しかない。

意識の上で、俺は俺であるという感覚はあるが、同時に俺の意識が今まとっているこのフェアリーサイズの体は「俺の鼻」という体の一部分にすぎないという意識。

すごくややこしい。

音も聞こえる、目も見える。五感はちゃんと機能している。それなのに嗅覚だけに頼っているような気持ちがある。薄気味悪い感覚だった。


「ただ転生させるのもつまらないじゃない、そろそろ」

「ころすぞ」

「あら怖い。けどそのカラダじゃ無理よ?」


女神様の気まぐれ。その犠牲者なわけだ俺は。これはもう女神様などと呼ばなくていいね。女神でいい。

いやむしろ疫病神?

まてまて、それでもこんなのに「神」ってつくのはなんか腹立つ。

なので俺の中でこいつは今後「クソ女」と呼ぶことに決定する。


「で、なんで呼んだんだクソ女」

「その呼び方酷いわね。もう少しどうにかならない? …けど意外ね。思ったより落ち着いてるじゃないの」

「異世界は割と読んでるからな」

「それ! それなのよ!」


クソ女が思わぬところに食いついてきた。食い気味に体を寄せてくるクソ女。

昨夜だか今朝だか知らんがうどん食ったなコイツ。出汁と小麦粉の匂いがする。


「どいつもこいつも呼んでも呼んでも簡単に問題解決しちゃうじゃないの! 「あ、予習済みっス」みたいに!!! つまんないったらありゃしない」

「いや世界救ってほしいから呼んでるんならそれでいいだろ」

「そうじゃなくて! アタシが欲しいのはカ・タ・ル・シ・ス! 分かる?! もっとこうグッとくるカタストロフなスリルが欲しいのよ!!

 ただ世界を救うだけの転生者は要りません、っていうかむしろ死ねなの」

「ひでえ」

 

ろくでもない。クソ女の暇つぶしの相手に呼ばれたっぽいことに気づいて絶望する俺。

じゃあこの異世界で何をこなせってんだ。


「いい、お鼻さん? 貴方は別に魔王を退治するとか、この異世界を救うとかしなくてもいいのよ?

 お鼻さん以外の貴方の体を、この異世界で集めてほしいの。こちらの世界じゅうにばら撒いておいたから。

 もちろん、適当にパートナーは見繕ってちょうだい。今回は魔王は居ないけども、他の魔物はあちこちに生息してるから」

「……」


クソ女の都合で呼び出されたうえ、ばらばらになった俺の体を集めて回れと。俺の手足はアレか、ド●ゴン●ールか。


「とりあえず体は四八個に分けておいたわよ。あんまり少なくても、お鼻さんも張り合いがないでしょう?」

「まじでころすぞ」

「あら怖い。それじゃ今からでも一〇八個に分けようかしら?」

「ごめんなさいウソです」


違った。

●ろろのほうだったようだ。

それにしても…四十八個か。あと四十七個。

その前にパートナー探し。なるべく強そうで、それでいてフェアリーになった俺の言うことを聞いてくれそうな屈強なタフガイを探さないといけない。

いや待て、そもそもフェアリー(でいいよな、多分)になった俺の持ってるスキルってなんだ?

こういう時俺の読んでた異世界モノでは……主役にスキル集中してて他はみんな引き立て役かチョイ役だったな。

ダメじゃねえか。何の参考にもならん。


「なぁクソおん…女神様。パートナー探すのはいいけど、俺の売りって何かあるのか?」

「ないわよ」

「は?」

「だって今まで呼んだ転生者のみんな「スキル全部くれ」って人たちばっかりだったもの。チートすぎるでしょ。だから、お鼻さんにはなし」

「ふざけんなよ」

「ふざけてないわよ? 別に魔王倒せって言ってるわけじゃないのだしスキルなんて要らないでしょ? それに」

「それに、なんだ?」

「フェアリーは幸運のマスコットだから、スキルなんてなくても、どのパーティからも引っ張りだこよ、安心なさいな」

「うぅむ…」


そう言われるとフェアリーってそんな扱いだった気がしなくも…ないな? もう少し異世界モノいっぱい読んで知識を仕入れておけばよかった。

何となくクソ女に丸め込まれた気がするが、俺は仕方なく下界へ、異世界のリアルへ降りる心構えを調える。

どのへんに落ちればいいだろう?

パーティがたくさん溜まってそうな王都に落ちるべきか、無難なところではじまりの村とかに落ちるべきか。


「頑張ってね、お鼻さん。全部集め終わったら、ご褒美にアタシのこと好きにしてもいいわよ」

「それご褒美でもなんでもないよね」

「それはあなたがお鼻さんだからよ? お目目さんや●ん●んさんだったらぜったいものすごく興奮するわ。アタシ女神だもの。

 貴方も五体満足になって戻ってきたら分かるわ」

「俺の知ってる女神は●ん●んとか言わないな」

「そう? まあそれはどうでもいいけど、急がないと危ないわよ。

 お鼻さん、今のその体に慣れてくるとすっかりフェアリーになってしまうから」

「そんな縛りまであんのかよ……どれくらいの猶予があるんだ?」

「そうね……一年くらいにしておくわ」

「あきらかにいま思いついたよね、それ」


こんな雑でいい加減なクソ女が「運命の女神さま」をやっていられる異世界なのだから、そうとうヌルい世界観だというのは想像がつく。

肩をすくめるしぐさをして、鼻をヒクつかせるような感触を覚えるこの心地悪さに慣れる前に、身体の全てを集めたい。


「じゃあ行ってくる」

「行ってらっしゃい、頑張ってね」

「あのさ、女神様」

「なぁに?」

「五体満足で戻ってくる頃には、もうちょっと香水とか気を遣ってくれよな。うどんの匂いじゃさすがにちょっと気分がアガらない」

「!」


振り返らず俺は落ちる。あのクソ女に一矢は報いた、ほんの少しの満足感を抱いて。

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