6.どっちの俺か
夕食の時間、俺は非常に気まずい時間を過ごした。
喧嘩をしたわけではないのだから、避ける理由も何も無いのだが、時々送られるミューリナの視線に、ハートマークでも乗っかっているんじゃないだろうかと思うと、目を合わせることが出来なかったのだ。
翌日、リリシェラを問い詰めようと外に出ると、彼女は都合よく庭に居た。
「リリシェラ!」
「ん? なに?」
突然声をかけられ、少々驚いた様子を見せつつも、俺の顔を見ても視線を外す事はしない。俺に何かを言われるとは思っていないように見える。
「昨日、ミューリナに何か変な事言わなかったか?」
「は? 普通に遊んでいただけだよ。何かあったの?」
リリシェラは問い掛けにも慌てる様子もなく、表情もさして変わらない。不思議そうに首を傾げる姿に、本当に何も知らないのだろうと思う。
「あ! もしかして」
何かを察したようにリリシェラの美しい顔が、小悪魔のような笑みを湛える。
「昨日、兄妹って結婚できるのか、って聞いてきたから、それ?」
「うっ……」
「おぉ、図星かぁ」
そう言う笑顔の裏で一瞬舌打ちが聞こえたような気がしたが、気のせいだろうか。
「……で、何て答えたんだよ?」
「普通の兄妹はできないけど、ミューリナみたいな血が繋がってない義理の兄妹ならできるんじゃない、って」
ああ、まさにそれですよ。俺は大きくため息をついた。
まったく、余計な知恵を与えてくれて……と追求しようと思ったら、リリシェラが横を向いて何やらブツブツとつぶやいている。どうにも話しかけられる状態では無い気がするのだが。
ただ、リリシェラが直接の犯人で無いという事は分かった。が、そうするとミューリナの方が問題だ。
とりあえずは今まで通り接していれば、昨日の発言などそのうち忘れるだろう。俺はそう決めると、小さくため息をついた。
そして数日が経ち、学舎へ向かう日を向かえた。
学舎は八歳からということで、ミューリナも一緒に通うことになっていたが、年齢別に分けられるので、俺やリリシェラとは別の教室となった。
『小学校みたいなもんか』
『そうだねえ、学校自体がこの街では始めてだから、みんなは勝手が分からないだろうね』
周囲に気付かれぬよう、小声で日本語を使用する。こういう二人だけの会話をしたい時には意外と便利なのだ。
この日は顔見せよろしく、自己紹介と教材の受け渡しだけで終わる事になっていた。まさに小学校の初日のようなものだ。
子供というのは意外と社交的なもので、この日のうちに何となく友人のような連中が出来た。
これはリリシェラも同じだが、中には明らかに彼女の外見に魅せられたような男が数名混じっていて、余計な虫を付けたくない俺としては黙っていられなかった。
「ちょっと近づきすぎだ」
「何だよお前、邪魔するなよ! お前はリリシェラちゃんの何なんだよ!」
そう言われて、一瞬返答に悩んだ。
止めようとしているのは、彼女の兄としての俺なのか、幼馴染としての俺なのか。
「……隣家の幼馴染だ」
とりあえずはこの世界ではそういうポジションで間違いない。だが、この一言である程度男共は引き下がった。
この辺りの慣例として、幼馴染が婚約者になるケースが少なく無いらしい。もちろん俺の親もリリシェラの親も明言はしていないが、その腹積もりなのは何となく分かっている。
男共もその慣例を察したのだろう。
直後にリリシェラが寄って来た。
『今のは何で止めたの? 兄として見ていられなかった? それとも嫉妬?』
小声でにやりと笑う。
まあ随分とストレートに答えにくいことを聞いてくれるものだ。
『どっちだと思う?』
『嫉妬』
即答された。
『じゃあ、俺の所に女の子が寄ってきたらどうする?』
見抜かれていたようで、何となく悔しいので聞き返してみる。
『多分、追い払う』
『何で?』
聞き返した時だった。
「何を話してるの?」
近所の裁縫店の娘、フォルティが寄って来た。小声でのやりとりだったので、言語の不自然さにも気付かなかったようだ。
「いや、妹がどうしているかなって」
「ああ、ミューリナちゃん? 気になるなら覗きにいってみたら?」
言われてふと思った。ミューリナに男が言い寄っていたら、俺はどうするだろうか、と。
そんな考えを読んだのだろうか、リリシェラがちらりと俺を見た。
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