一人の冒険者の記憶。
シグマ
第1話
田舎の少年少女たちは鬱屈した日々に嫌気がさして、夢みる冒険者を目指しギルドのある町へと向かう。
その多くは村の近くで戦う冒険者を見かけて憧れた者や、はぐれゴブリンを倒したことがあるといった理由からだ。当然ながらに、それだけで冒険者として食べていけるようになる保証などは無い。
数年のうち命を落としたり、夢半ばで冒険者として大成することを諦めて、大人しく土いじりに戻る者も多いのだ。
「おーい、ザルツ! こっちを手伝ってくれ!」
「ああ、分かった」
ザルツと呼ばれた男もまた冒険者を目指して村を飛び出したのだが、夢半ばで諦め田舎にUターンして戻ってきた一人だ。
最高でDランクまで順調に昇格したものの、Cランクへの昇格試験で命を落とし掛けてから鳴かず飛ばずの日々を送った。しかし厳しい冒険者生活に体がついて行かなくなったこと、そして密かに思いを寄せていた女性に振られたことが決定打となり、冒険者という職業に終止符を打ったのだ。
「そろそろ収穫期だな、リーナ」
ザルツは幼なじみのリーナに話しかける。
「フフ、そうね」
「何がおかしいんだ?」
「いやー、ザルツもすっかり農家の顔になってきたなってね」
「なんだそりゃあ……」
汗水たらし泥を付けながら働くザルツは、もう冒険者だった面影はない。
こうしてザルツの日常は、たわいの無い話をしながら村の日常に溶け込んでいく……はずだった。
しかし、そんな平穏は突如として崩れ去ることになる。
「ゴ、ゴブリンだ!!」
ザルツはゴブリンが出ただけで大騒ぎし過ぎではないかと思う。しかし今回は単に森で、はぐれゴブリンに出会ったという話ではない。
村を襲う規模の数のゴブリンの足跡が見つかったのだ。放置していれば確実に村は襲撃され、悲惨な結果を招いてしまうだろう。
「ぼ、冒険者を呼ばなくては……そ、そうだ、ザルツは何処だ?」
田舎の村には冒険者が在住しているはずがない。魔物などによる問題が発生したら町まで早馬を飛ばして、冒険者ギルドへ依頼をするしかないのだ。
しかしこの村には冒険者上がりのザルツが生活している。
村では緊急の集会が開かれ、そこで村長がザルツにゴブリンの討伐を頼む。
「頼む、ザルツ!」
「む、無理だ。俺にはもう剣なんてない! それに村を襲うゴブリンの群を一人で相手出来る訳がないだろう!!」
村の長から懇願されるも、当然ながらにザルツ一人でなんとか出来る状況ではない。
村の周辺に残された無数の足跡は、襲うための偵察した跡だ。明日、明後日にでも、三桁を超えるゴブリンが大挙として村を襲うだろう。
とてもではないがDランク程度の実力で太刀打ち出来る筈がない。
瞬く間に囲まれて蹂躙されるのが目に見えているので、ザルツは青ざめた表情で首を振るう。
「逃げよう! ゴブリンが来る前に!!」
ゴブリンの恐怖に怯えた一人の村人が叫ぶ。
しかしそんなことが簡単に出来るのであればゴブリンの被害など出る筈がない。つまり目をつけられた村の周辺には、既に見張りのゴブリンが配置されて逃げ出さないように監視しているのだ。
武器を持たぬ村人が簡単にそれを突破出来る筈がない。
「ワシらはどうすれば……」
ザルツの説明に村長は頭を抱えてしまう。だがザルツにはどうすることも出来ない。その手に持つのは剣ではなくて、鍬なのだから。
そしてゴブリンの監視を潜り抜けて冒険者ギルドに早馬を出せても、田舎である故に救援を呼んで来れるのには数日が掛かる。その間にゴブリンが村を襲わずに待ってくれる保証などはない。
「戦おう。黙って襲われるのを待つ必要なんてねぇよ!」
血気盛んな男が声を上げる。
その声に次々に賛同するものが出てくるが、しかし群れとなったゴブリンの脅威を知るが故にザルツは乗り気になれないでいた。
「ザルツ……」
しかし後ろで震える幼なじみのリーナが、小刻みに震えながらザルツの裾を掴む。それを見てザルツは気後れした自分を恥じて、決意を新たにする。
ここで戦わなくては新たに手に入れた日常を失ってしまうことになるのだ。
武器は無くとも一人であれば村から逃げる事は出来るだろうが、村の人たちを見殺しにして一人助かる事など出来る筈がない。
「みんな、聞いてくれて──」
ザルツは躊躇った先程の自分に喝を入れるように両の手で顔を叩き、そしてゴブリンに立ち向かう考えを皆に伝えていく。
鍬や鎌などの道具で出来ることなどは限られているが、村人たちは諦めることはしない。
村のため、自分の命をを守るため、そして何より愛する人を守るために、立ち上がる。
こうしてザルツと村の運命は変わることになったのだが、それはまた別のお話。
一人の冒険者の記憶。 シグマ @320-sigma
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