a24 テスト勉強(中間テスト)



 幼馴染みや同級生の女子たちとの学校生活や私生活にも慣れてきた日常も、ついに佳境に差し掛かった。時は五月の半ば。最初の定期テストである中間テストまで残り一週間を切った。


 百色が中学校に入学してから初めて臨む全学年での一斉テスト。期間は二日間。初日は三教科、二日目は二教科の恐怖の日程だ。


 中学校の先生たちも最近は心なしか、表情や言動が迫力を増している。肌に受けるピリピリとした空気。自分が受け持っているクラスの生徒たちの学力を必死に上げようと躍起になっている様子が伺える。

 中学校の教諭きょうしたちにとって生徒の学力などというものは結局、自分の給料に結びつく業績にしか見えていないのだ。大人たちの醜い拝金主義をよそに、子供は子供でこの理不尽な定期テストの仕組みに対抗しなくてはならない。


 その為にも、今日は一カ所に集まって五人の叡智を結集させる時だった。選ばれた場所は百色の幼馴染みの一人、芳野みどりの部屋。和室の女子の部屋に制服の男女の幼馴染みたち五人が集まり、丸いちゃぶ台の上に教科書とノートを広げあっている。


「一日目はなんだった?理科と国語と英語でよかったのかな……?」

「そうそう。それで二日目が数学と社会。社会ってどこまでなの?」

「先生はp6~23までって言ってたけど。わたしたちのクラス、社会は遅れてるんだよね。

でも範囲は容赦なく石器時代から古代中国まで」

「え。それだけ覚ればいいの?」

「それだけってこれは歴史の分だけだから、地理は別で。地理は教科書p10~24まであるけど」

「え~と、世界の大陸の名前と国の名前から世界地図の特徴? ダメ、わたし地名苦手」

「地名が苦手なら、数学もいっちゃうか。数学の出題範囲は教科書p8~55の正の数負の数だけ」

「これねぇ。なにこれ? 分数の割り算かっこ分数の割り算って、こんなのどうやって計算すればいいの」

「それは小学校の問題だと思うんだけど……」

「なにか言った? タマミ」

「う、ううん。何も……」

「とにかくだ。残りは理科と国語と英語だろ。国語はp7~49で「川のかけい」までか」

「あ、それ違う」

「え?」

「国語のテストの出題って、教科書とは別の題材を出してくるからウチの学校」

「は?」

「だから、似通った文の別の題材の作品で出してくるの! ウチの学校の国語のテストはっ。

聞いてなかったの?」


 みどりが呆れて言うと百色はブンブンと首を振る。


「いい? 国語は二年も兼ねてる松尾先生が主だから松尾先生の好みで出してくるよ。それ以外の国語は読解力と漢字の知識の問題だから、そこの所は暗記勝負ね」


 丁寧に教科書の場所を指差したミドリがノートに目を戻すと、隣の紗穂璃が理科の教科書のページを捲って呟く。


「理科はp5~50まで。植物の仕組みと光合成」

「……光合成……か」

「はい、そこ。余計なことは考えない。モモはいっつも余計なことを考えすぎ」

「光合成の何が余計なことなんだよ」

「教科書で書かれている以上の事を考えてるってこと! 知ってる? モモって理科の寺賀先生に睨まれてるから」

「おれが?」

「そうだよ。わたしD組なんだけど、たぶんモモの事を言ってるんだと思う。これ以上の事を分かってるヤツはこの学年でも一人ぐらいだ、って」

「寺賀……先生が……?」


 そんな事を言っていたのか……、あの先生。


「だとしてもそれはぼくの事じゃないでしょ。A組かB組の子だよ、きっと」


 百色は、授業中に自分が教諭せんせいから聞き取った出題範囲のメモを見ながら言う。それを見ると正面の詩織も、白いプリントの束を卓の上で整えた。


「じゃあ、ここでやっと本命の英語の範囲です。英語の範囲は教科書p5~40まで。内容はないよう……じゃなくて「基本文」「肯定文」「否定文」「疑問文」と「be動詞」なのかな。おおまかに言って」


 言った詩織が百色を見る。


「この英語の出題範囲についてはどう思う? ヒャッくんは」

「なんでそれをオレに聞くの?」

「なんでって、英語は得意でしょ?ヒャッくんは」


 詩織が確かめるように言うと、それに続いて他の三人の少女も百色に視線を集める。


「別に英語が得意な訳じゃないよ。それに、おれの英語と学校の英語ってやっぱり違うし……」

「たとえばどんなところが……?」


 顎を乗せた可愛い頬杖を両腕で付き、詩織は興味津々で訊いてくる。


「この教科書のイエス、アイアムとか、ぼくはあんまり見かけないから慣れないんだよね」

「英語の新聞には載ってないんだ?」

「アーユーとかそんなに見ないから。……ちょっと不安になる」

「へー」

「ふーん」

「すごい」


 感心してるような呆れられてるような声がちらほら散らばる。


「それよりも英語の単語だよ。heとかthisみたいなpronounを使う文章を覚えさせたいのかな?先生たちは」


「p……?」

「プ……プロ……?」

「pronoun.代名詞プロノウンのことだよ。読み方は適当だけどね。本場の言い方は知らないから。あとbe動詞もそうなんだけど、これbe動詞ってa,verbでしょ? a,verbは結構やっかいなんだよね。やっぱり。……これって期末だと、どこまで出るんだろ?」

「え、えーべーぶ?」

「a,verb。この綴りでエーベーブって読むの。本当はauxiliary verbオグジアリーベーブっていうらしいんだけど、ぼくは面倒だから略してエーベーブって呼んでる。日本語で言うとなんだろ?主動詞って意味合いになるのかな? 英語でよく使うことになる動詞の事だよ。まあ英英辞典これ使ってるとイヤでも出てくるんだけどさ。こういうのって」


 百色は両親から自分にだけ強制されている英英辞典を持ち上げて見せる。


「モモって、そういうの使ってるからなぁ~」

「ねぇちょっと、これ見て。百ちゃんの英語のノート。これ。英単語の意味、全部英語で書いてあるんだけどッ!」

「なにこれッ? 和訳にする意味がないじゃないっ。なになに? morningの意味は to night to come fust bigan. なにこれ? こんなのが本当にその辞書に書いてあったの?」

「あ、ごめん。それはおれの創作」


 百色は、さっさと白状すると手を上げる。ジト目で睨んでくる四人組のセーラー服に囲まれて、一人だけ白いワイシャツの少年は中間テストを目前にしたまま、居ずまいを悪くした。



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