第160話 観察力を養いましょう



厳密には冒険者には治安維持部隊(警察)の様な、所謂“捜査権”や“逮捕権”が与えられてはいない。

ただ、冒険者が治安維持部隊の仕事を一部代行したり業務を委託される関係で、一時的にそうした権利を行使する事が可能、と言うだけの事なのである。

これは、言わばこの世界アクエラ特有の人手不足解消の為であった。


そもそも、この世界アクエラの冒険者とは、所謂“何でも屋”みたいな側面がある。

向こうの世界地球にも存在する“何でも屋”ではあるが、残念ながらその知名度や需要はあまり高いとは言えないのが現状ではあるが、この世界アクエラにおいては、この“何でも屋”が非常に重宝される職業・環境なのである。


以前にも言及したが、国が抱えられる軍事力には限りがある。

何故ならば、騎士団や憲兵などの軍属、治安維持部隊は、言うなればその国の国家公務員に該当する存在だからである。

国家公務員である以上、雇用主は国と言う事になる。

つまり、国の資金によって彼らは雇用されている訳であるから、その国の規模によっては多少の差違はあれど、際限なく人材を抱える事は人口や資金の観点からも物理的に不可能だからである。


ただその一方で、この世界アクエラでは、魔獣やモンスターなどの危険な生物や、盗賊団の様な無法者達がそこら辺を跳梁跋扈ちょうりょうばっこする環境である事から、そうした国の軍事力や治安当局だけでは到底カバー出来ない部分も多く存在するのである。

騎士団や魔法士部隊などの所謂軍人は、基本的に他国に対する抑止力であり、(もちろん『パンデミックモンスター災害』の様な災害レベルの何かしらの異変の際はその限りではないが)つまりは有事の際に動かすべき人材であり、逆に言うと有事の際以外では防衛の観点から国を空ける事は出来ない立場でもあり、また憲兵などの治安維持部隊は、都市部や街、村などの“中”の治安を守る役割がある訳だ。

それ故、そうしたカバー出来ない“外”の脅威に対抗する為の人材として、冒険者の需要が必然的に高まり、その仕事をスムーズに行える様に、所謂“私人逮捕”的な行為が認められる様になっていった流れが存在するのである。


しかし、当然ながら、そうした場合、所謂“誤認逮捕”や“誤解”が生じてしまう恐れもある。

通常、治安維持部隊が検挙や逮捕する場合、しっかりとした調査を行ってから踏み切るのが普通だ。

もちろん、それでも向こうの世界地球においても冤罪が無くなってはいないのだが、冒険者の場合は、その個人や団体の力量や錬度にもよるのだが、やはり治安維持部隊に比べたらそうした裏取りに劣っている印象が否めないのである。

故に、そうしたトラブルを回避する上でも、特に対人戦闘に特化した『賞金稼ぎバウンティハンター』系の冒険者は、実力はもちろんの事、高い見識や調査力、思慮深さが必要になってくるのである。

(『傭兵マーセナリー』系もある意味ではこれに該当するが、こちらは護衛がメインの仕事であり、つまり相手が襲ってくる前提の話であるので誤解のしようがない。

ただ、大半の冒険者は、全く別の種類の仕事、例えば、魔獣やモンスターの調査や討伐を請け負う事もあれば、貴重な薬草や鉱石などを採集する仕事、果てはただ単に公共事業の人足としての仕事を請け負う事もあるので、むしろそうした注意点は、冒険者全員が心得ておくべき事柄でもあるが。)


むしろ、懸賞金がかかっている盗賊団などを追う『賞金稼ぎバウンティハンター』系の冒険者は、最初からターゲットを決めているのが普通であって、(先程述べた“誤認逮捕”や“誤解”を避ける意味でも)何の下調べもせずに盗賊団を潰して回る様な行為はしないのである。

今回のアーロス達の様に、突発的に盗賊団(と思われる集団)に遭遇するケースもある事はあるのだが、その場合も、必要最低限の相手の情報、裏取りをしてから対応を決めるのが一般的である。

アキトの言う通り、何も考えずに突っ込んで行って、それでもし相手が犯罪者でなかった場合、当然ながら今度は自分達が犯罪者や殺人者の仲間入りを果たしてしまう恐れがあるからである。


余談だが、そうした盗賊団などと誤認して攻撃を仕掛けてしまい、冒険者同士のトラブルに発展するケースはそれなりに多い。

大抵の場合は、攻撃を仕掛けた側が自分達の過失を認め、謝罪や賠償をする事によって、和解、手打ちとするのだが、中にはそうした事が原因となってケンカに発展し、更には傷害や殺人に発展してしまうケースも残念ながらある。

当然ながら、そうした事を起こした冒険者は、冒険者同士のネットワークから締め出される事になり、冒険者ギルドからは登録抹消の処分を受ける事となる。

その果てで、裏の冒険者とも言える『掃除人ワーカー』や、盗賊団などの反社会勢力に身を落としていく者達も一定数いるのであった。


また、更に余談ではあるが、そもそも今現在の『魔獣の森』に、盗賊団などの勢力が隠れ潜む事など不可能である。

何故ならば、以前にも言及したがクロとヤミが『白狼はくろう』の社会に合流した影響で、『魔獣の森』全体の難易度が跳ね上がっており、上級冒険者でさえ油断すればやられてしまうほどのエリアに変貌しているからである。


日々己の実力や知識などを鍛える事に余念のない冒険者に比べて、盗賊団などの無法者達は基本的に人生の落伍者であるから、いくら腕っぷしに自信のある者達でさえ、上級冒険者相当の腕前を持つ者達など限られている。

そんな程度の盗賊団などの勢力が、『魔獣の森この森』で生き残る事など不可能であり、拠点を構える事など自殺行為に等しいのである。

そんな訳で『魔獣の森』は、盗賊団と遭遇するリスクが全くない、極めて珍しいエリアとなっているのだった。


先程言った、調査力や下調べをしていれば、そうした事は自ずと分かってくる。

故に、アキトを盗賊団などの無法者達と同じであると勘違いする事などそもそもありえないのである。

しかし、残念ながらアーロス達は、以前にも言及したが、その実力は確かにアキトに匹敵するレベルではあるが、その一方で、冒険者として見た場合の経験値は、残念ながら駆け出しレベルでしかない。

それ故に、そんな冒険者としての当たり前のすら知らなかった事を改めてアキトに指摘される事となった訳であるーーー。



◇◆◇



それは、考え得る限りの中で最も最悪に近いファーストコンタクトであった。

何せ、探していた人物を、儂らはそうとは知らずに攻撃を仕掛けてしまったからである。


本来ならば、ここからより良い関係を構築する事は困難だろう。

当たり前だ。

この人物、アキト・ストレリチア殿も言っていたが、何の落ち度もないのにいきなり攻撃されたら、そりゃ誰だって腹が立つモノだからである。

場合によってはヘソを曲げて、もはや儂らの言葉には一切耳を傾けてくれない可能性すらあった。


しかし、アキト殿は、言葉では手厳しい事を言っているが、それは彼が言っている様に、あくまで忠告としてであった。

何故ならば、彼は理知的で冷静でもあり、これほどの失態を犯した儂らを、本心ではそこまで気にしていない様な感じが窺えるからである。

もしかしたら、彼にとってはこの程度のトラブルは日常茶飯事なのかもしれんな。

あるいは、彼としてはそこまで怒っていないのだが、仲間達の手前、抗議するを取ったのかもしれん。

そうすれば、彼の仲間達の溜飲もある程度下げる事が出来るからである。

いずれにせよ、彼が“大人”である事は、その一連の流れからも窺い知れた。

いや、アーロス殿の事はあまり快く思っていない様子だが、まぁ、それも致し方ない事であろうーーー。



しかし、改めて見ると、アキト殿はとてつもなく美しい青年であった。

いや、儂らの仮の姿アバターも、各々が時間をかけてキャラメイクしているので、自分でも言うのも何だが、相当美形揃いであると言う自負はあるが、彼の容姿は根本的に何か違う様にも感じる。

遠目だったとは言え、この様な人物が狼藉を働くと考えていた数分前の儂自身を殴ってやりたいわ。

いや、見た目で判断する事は悪手であろうが、そう思わせるだけの神々しさが彼にはあったのであるーーー。



・・・



「じゃ、じゃあ、アンタが俺らと同じ『異世界人地球人』、なのかっ・・・!?」

「そうですね。まぁ、正確には、元・『異世界人地球人』と言う事になりますが。僕の向こうの世界地球での人生や肉体は終わりを迎えていますので、現在の僕の立ち位置は、『前世』の記憶を持っているアクエラ人、とも言えますからね。」

「ふ、ふぅ~ん・・・?」


驚愕の事実にアーロス殿がアキト殿にそう問い掛けると、アキト殿は淀みなくそう応え、更に追加情報まで付け加えてくる。

それに、分かった様な分からない様な曖昧な相槌を打つアーロス殿に儂は軽く呆れながら、その真偽を確かめようとする。


「失礼ですが、それを証明する事は出来ますか?」

「うぅ~ん、それは難しいですねぇ~。物理的な証拠は何一つありませんから、強いて言えば、僕の記憶が証拠、と言ったところでしょうか?」


・・・いや、これは意地悪な質問であったな。

儂らでさえ、自分達が『異世界人地球人』である事を証明する事は出来ない。

強いて言えば、アキト殿と同様に自分達の記憶が証拠であるし、またある意味では儂らの装備している武器や防具、アイテムの数々が証拠とも成り得るが、その場合も『TLWゲーム』の知識を持っている事が前提となる。

故に、武器や防具、アイテム類では、せいぜい珍しい物を持っているな、ぐらいの認識であって、決定的な証拠とは成り得ない。


それに、ククルカン殿を介したウルカ殿の情報通り、アキト殿本人はそう認めていた、と言う点は符号する。

更には、儂らを即座に『異世界人地球人』であると看破した点も考慮しなければならない。

これらの事から、アキト殿が何かしらの事情に詳しい事は疑い様のない事実であり、なおかつ、儂らに対する情報も持ち合わせていると言う事である。


「いえ、これは愚問でしたね。貴方の言葉が本当ならば、貴方は我々と違って『転生』と言う形になる。当然、向こうの世界地球に関する物的証拠を持っている筈もない、か。」

「御理解頂けて何よりです。貴女は、中々頭の回る方の様だ。」


ニコリと微笑むアキト殿に、不覚にも儂はドキリッとしてしまった。

こ、ここへ来て、恋愛経験の低さが裏目に出るとは思わなかったわ。

こ、こんな時にトキメいている場合ではないっ!

現在、儂と彼の立場は極めて微妙なのだっ!!

場合によっては、敵対する事もありえるのだから、し、しっかりせんとっ!!!



「我ガ父ナガラ、アノ天然ジゴロ、ドウシマショウカ?」(呆れ)

「・・・うん、私はもう慣れたよ・・・。」(遠い目)

「もはや、あれは主様あるじさまの一つの能力であると割り切った方が良いかもしれませんね・・・。」(達観)

「嫌な能力だねぇ~。いや、ボクも人の事は言えないんだけどさぁ~。」(溜め息)

「い、いや、それはそれとして、旦那はんが『異世界人』って、どういう事やのん?」(困惑)

「「「「・・・あっ(アッ)・・・。」」」」



何だが、アキト殿の仲間達が騒がしいのだが、彼女達(改めて見ると、非常に魅力的な女性ばかりじゃな・・・。)は静か(?)に内緒話をしているのに対して、こちらの空気の読めない仲間は、またしてもここに割って入ってきた。

・・・元々、折衝や交渉は儂の役割だと最初に確認しておった筈なんじゃがなぁ~・・・。


「そ、そんな事はどうでもいいだろっ!?それよりもさ、アンタッ!俺達を元の世界に戻す方法を知っているんだろっ!!??」


そんな言動や態度では、教えて貰えるモノも教えて貰えないぞ・・・。

アキト殿も、そんなアーロス殿の短慮さに軽く呆れていた。

アキト殿の仲間達に至っては、“それが人にモノを教わる態度かっ!?”、と言った感じの不快感を示していた。


「まぁ、それも含めお話させて頂きたいのですが、まずはお互い落ち着く為にも、一旦場を変えませんか?皆さんも、長旅でお疲れの事でしょうし・・・。」


しかし、そんな表情も一瞬の事で、最悪のファーストコンタクトを果たしたにも関わらず、アキト殿の対応は実に誠実であった。

今は、お互いに偶発的に出会ったところだ。

当然ながら、お互い冷静ではない状況であり、場所も森の中と、話をするにはとてもじゃないが適した場所とは言えない。

その為、改めて場を仕切り直す事によって、お互いに状況を整理する事が出来る訳だ。

なるほど、見た目的な年齢では、アーロス殿とアキト殿は同世代に見えるのだが、その立ち居振舞いや所作、言動やこちらに対する配慮は、まさしく“大人”と“子供”ぐらいの差があった。


「そんな悠長なっ・・・!!!」


にも関わらず、焦りもあってかアーロス殿はまだそんな風にごねてみせる。

・・・そろそろ、儂も我慢の限界じゃの。


「いっ・・・!」

「まあまあ、少し落ち着こうよ、アーロス。」

「ドリュース・・・?」


しかし、儂が思わずアーロス殿に対して“いい加減にしろっ!”と叱りつける前に、ドリュース殿が間に割って入って来た。


「アーロスが焦るのも無理はないけど、運良く、と言うのは多少語弊があるかもしれないけど、僕らは探し人を見つける事が出来たんだ。今更ここで焦っても仕方ないだろ?・・・それに、これ以上相手の心証を悪くするのは色々と都合が悪い。誤解であったとは言え、僕らが彼らを攻撃してしまったのは事実だからね。故に、ここは相手の言い分に従った方が懸命だよ。それに、折衝や交渉は、ティアさんに任せた方が無難だよ?(ヒソヒソ)」

「そ、それもそうだな・・・。(ヒソヒソ)」


仲の良い友人であるドリュース殿の言葉は、アーロス殿の耳にも素直に入っていくらしい。

いや、言わんとする事は分かるのだが、まるで全て儂に丸投げされている様な気がするのぅ・・・。

せめて、謝罪の言葉くらい、自発的に述べて貰いたいモノだが・・・。

少し、言い含めておく必要があるかもしれんなぁ~。


「・・・お話はつきましたか?ならば、僕達の後に着いて来て下さい。」


その様子を眺めていたアキト殿は、話がついたと判断して、そう促してきた。


「えっと、どちらへ?」


今更こちら側に否はないのだが、それまで無言を貫いていたN2殿が、何処まで行くのか気になったのか、そうアキト殿に問い掛けた。


「なに、そう遠い場所ではありませんよ。ちょっと行った場所に、僕のがありましてね。そこに向かうつもりです。そこならば、少なくともこの場よりは安全ですし、落ち着いてお話が出来る環境が整っておりますので。」

「な、なるほど・・・?」


サラリととんでもない事を述べるアキト殿。

今現在のアキト殿や儂らにとっては、『魔獣の森この場所』はそこまで危険な場所ではないが、一般的にはとても人が住む様な環境ではないだろう。

なるほど、幼い頃よりこうした環境で育ってくれば、自ずと戦う術が身に付くと言うモノ。

先程も少し見たが、アーロス殿らを相手取っても互角以上に渡り合えるのも、そうした経験があっての事なのだろう。


颯爽と踵を返すアキト殿の背中を追って、儂らも移動し始めながら、儂はそんな事を考えていたーーー。



◇◆◇



主様あるじさま、もしやシュプールに彼らをいざなうおつもりですか?」

「そうだけど、何か問題でもあるのかい?」

「いえ、そういう訳ではありませんが・・・。」

「アキトが決めた事だから、特に不満はないんだけどさぁ~。正直言うと、私はあまり彼らに良い印象を持っていないんだよねぇ~。」

「まぁ、いきなりダーリンを攻撃してきたからねぇ~。ボクも、ボクらにとっても特別な場所であるシュプールに、彼ら招き入れるのはあまりいい気はしないなぁ~。」


僕がシュプールに移動を始めると、ティーネ、アイシャさん、リサさんが、その言葉とは裏腹に不満を述べていた。

まぁ、気持ちは分かる。

僕も、もし彼らがただの冒険者であったならば、シュプールに招き入れるつもりはなかったからなぁ~。


ただ、彼らは僕と同じく『異世界人地球人』である事から、その場に放置する事も出来ない。

彼らのチカラの片鱗は見せて貰ったので、ぶっちゃけると『魔獣の森この森』の適当に開けた場所で会話を交わしても良いのだが、彼らのそのとは裏腹のその経験値の低さから言えば、森の中だと緊張感や興奮度が高まってしまって、冷静に落ち着いて話する事も出来ない恐れがある。

それ故に、シュプールに招き入れる事としたのであった。


・・・それに、これは、ある意味ではこちらのに持ち込む為でもある。


「ナルホド、オ父様ノオ考エガ分カリマシタ。アクマデ友好的二、カツ自身ノペースデ交渉ヲ行ウオツモリナノデスネ?シュプール二招キ入レルノモ、ゴ自身ノ“領域テリトリー”ヲ最大限利用スル為デアル、ト。」(予測)

「なるほど・・・。自分のの方が、交渉事においては何かと都合が良いわな。」

「まぁ、そういう事です。それはそれとして、ヴィーシャさんには、本当の事を言ってなくてすいませんでした。時期が来れば、その内お話する予定だったのですが・・・。」

「ええて、ええて。ホンマの事を言うと、いまだによく分かってはいないんやけど、旦那はんには何か事情がある事は何となく分かっとったからなぁ~。ウチは、とりあえず大人しくしときますよって。」


僕がそう謝罪すると、ヴィーシャさんはカラカラと笑ってそう言った。

・・・うん、こういう言い方はアレだが、この理解力と場の空気を読む力は、残念ながらすでに向こうの人達とはレベルが違うなぁ~。

本当に、僕は仲間に恵まれている。


「・・・しかし、中々一筋縄ではいかんで、旦那はん。向こうでマトモそうなんは、あのティアって女のお人だけや。」

「それは僕も分かっています。後は、まぁ、こういう言い方はアレですが、おそらくに乏しい印象ですね。」


まぁ、分からなくはない。

向こうの世界地球でも、幼い頃は“強さ”がある種のアドバンテージとなるからだ。

故に、ガキ大将や不良が幅を効かせるし、そうした者達にある種の憧れを抱く者達も多い。


この世界アクエラでは、強い者達は一目置かれる傾向にあるのがより顕著だ。

何故ならば、身近にモンスターや魔獣、盗賊団などの無法者達の脅威がある世界だからである。

それ故に、自分達の身を守る為にも、強い者達をもてはやす傾向にある。

まぁ、それ故に、ある種無法者達の台頭を許す下地が出来てしまっているという側面もあるが。


だが、強いだけで何とかなるのは、子供の世界だけである。

何故ならば、大人の社会では、責任が常につきまとうからである。


当たり前の話として、野生動物の社会とは異なり、人間種の社会では強さや暴力で全て話を片付ける事は出来ない。

これは、様々な要因が考えられるのだが、やはり大きいのが、人間種には高度な知性が備わっているからであると推察される。

故に、チカラで押さえ付け様としても、そこには反発が生まれてしまって上手くいかないのである。

武力による支配が悪手である事は、これは歴史的にも証明されているしね。


つまり何が言いたいかと言うと、チカラを持つ者達は、常に責任と覚悟を持たなければならないと言う事である。

これは、僕らの様な常人を軽く越えるチカラを持つ者達の矜持であるとか、そうした複雑は話ではなく、もっと一般的な話だ。


先程も述べた、大人と子供云々に通じる話なのだが、その自覚や覚悟があるかどうかはともかくとして、一般的には大人とは成人した者、一人前として認められた者、という意味合いの他に、自身のやってしまった(やらかしてしまった)事に対して、自分で責任を負える者達の事を言うのである。

これは、向こうの世界日本で言うところの、刑事罰に関する話である。


例えば、子供同士のケンカと大人同士のケンカは、大きく意味合いが変わってくる。

子供の場合、どれだけ大言壮語を吐いても、仮に相手を傷付けてしまった場合、その責任を負う事が出来ない。

これは、本人がどうこうではなく、社会的に認められていないのである。

故に、必然的にその尻拭いは親などの保護者が行う事になる。


一方の大人と呼ばれる者達が、仮にこうした事を起こすと、これはただの傷害事件となる。

故に、普通に逮捕されるし、刑事罰を受けるし、場合によっては相手に損害賠償を支払わなければならないのである。


もっとも、それが分かっている未成年者もいるし、それが分かっていない成人もいるので、何を持って大人と定義するか子供と定義するかは一概には言えないのだが、やはりこの差は大きいのである。


こうした事を理解していれば、いくら気に食わない事があったとしても、相手をいきなり殴るなんてとてもじゃないが出来ない。

そして、それはこの世界アクエラでも同様なのである。


今回、誤解であったとは言え、いきなり『異世界人地球人』達に攻撃をされた訳であるが、まぁ、冒険者同士ではある意味よくある事である。

故に、そんな事をいちいち気にしていたら、とてもじゃないが冒険者と言う職業は務まらない。


だが、彼らの場合は、その後の対応の悪さが問題なのである。

ローブ姿の女性は、即座に謝罪の言葉を述べたが、残念ながらそれ以外の人達からは謝罪の言葉を伝えられてはいない。

ここら辺は、彼らが完全にに乏しい子供である証左とも言える。

あるいは、ある種の増長が引き起こしている事態かもしれないが。


まぁしかし、ぶっちゃけると僕としては、同郷であるとは言え、彼らが周囲からどう思われ様と関係ない。

ただ、この世界アクエラに悪影響を与える可能性があるので、それをどうにかする必要があるだけだ。

だが、ここら辺は人の心理ではないが、こちらに対して友好的で誠実であれば、こちらとしても出来る限りの事をしてあげたい気持ちになる、と言う結構単純な話でもある。

まぁ、案外、こんな単純な事が見えていない事も往々にしてあるモノだが。


「ですが、それならそれで対応するまでですよ。人は、現状自分の持っている武器モノで闘うしかないのですが、それは向こうにも当てはまる言葉ですからね。」

「っ!!!・・・おぉ~おぉ~、こわぁ~。」


僕が、ニヤリ笑うと、ヴィーシャさんは何かを察した様に大袈裟におののいて見せる。

僕はそれに、コクリと頷くも、再びシュプールへと移動を再開するのだったーーー。



起こってしまった事はもはや覆し様のない事だ。

僕自身も、なるべくならば『異世界人地球人』達とは平和的に接触出来たら良かったのだけれど、残念ながら、それは叶わない夢だった。


ならば、この状況を最大限利用するべきだろう。

ローブの女性以外は、現状に対する認識がよく分かっていないのだろうが、この状況はある意味こちらに有利なのである。

先程述べた通り、誤解やすれ違いとは言え、彼らがいきなりこちら側を攻撃してきた事は事実。

更には、それに対する明確な謝罪の言葉もない(まぁ、ローブの女性は謝罪したが、当事者である騎士風の青年や銃をもったエルフっぽい青年は何も言っていないからな)。

つまり、向こう側には、ある種の失点が最初からあるのである。

交渉事において、これは非常に大きな問題となる。


相手に落ち度があるのだから、先程も述べた通り、客観的にはこちら側には謝罪や賠償を請求する権利が発生する。

もちろん、別に僕はそんなモノには興味はないのでその権利を行使する事はないが、その代わりと言ってはなんだが、こちらの話を無条件で飲ませるチャンスを与えられたに等しいのである。

当然ながら、僕としても無茶な事は言うつもりはないが、ウルカさんとの交渉はすでに失敗しているし、キドオカさんはよく分からない立ち位置だ。

故に、他の『異世界人地球人』とは、なるべくしたかった訳であるが、想定とは違うまでも、その機会が向こうからやって来たのである。


感情論はとりあえず脇に置いておいて、与えられた武器状況を最大限利用する。

残念ながら、僕はそれが出来るなのであったーーー。


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