幕間 続・アキトを巡る人々

第136話 幼い冒険者達



「お、おい、やっぱ止めようぜっ!」

「なんだよ、今さらぁ~。お前も見てみたいって言ったじゃねーかっ!」

「た、確かに言ったけどさぁ~。」

「え~、なになにぃ~?もしかしてお前、ビビってんじゃねぇ~の?」

「べ、別に、ビ、ビビってなんかねぇ~しっ!」

「強がりはよせよぉ~。確かに、案外森の中って薄暗くて不気味だもんなぁ~?」

「そ、そうそうっ!そろそろ陽も落ちてきて危ないし、また今度にしようぜっ、なっ!」


『魔獣の森』の入口付近、鬱蒼とした森に入る手前のところで、年の頃12、3歳の少年二人が、そんな軽い言い争いをしていた。


ロマリア王国では、13歳で成人と認められ、冒険者登録も可能である。

この二人も、身形は動きやすく、それでいて急所を守る防具を身に付け、その腰や背中には武器を携帯していた。

恐らく、駆け出しの冒険者であろう。


しかし、以前にも言及したが、今現在の『魔獣の森』は、非常に難易度の高いエリアへと変貌を遂げている。

ぶっちゃけ、中級以上でもキツいエリアだ。

駆け出しの冒険者が挑む様な場所ではない。


それ故、戻ろうと提案した少年の判断は正しい。


しかし、彼らの目的はあくまで『魔獣の森』の浅い場所だ。

故に、もう一人の少年は、友人が臆病風に吹かれたと半ば小馬鹿にしていたのだった。


「だからこそ、さっさと行こうぜっ!レイナード達の話じゃ、ここからそう遠くないみたいだしさぁ~。」

「ええ・・・。お前、まだ行くつもりなの?」

「ここまで来たんだし、だだ何もせずに戻るのもバカらしいだろ?それに、やっぱってどんなトコか気になるしよぉ~。」


そう、彼らの目的は、アキトのかつての住居、『シュプール』であった。


だが、残念ながら『シュプール』には、今現在は誰も住んではいない。

(公式的には)アルメリアが行方不明となったので、それを切っ掛けにアキト達も『シュプール』を後にしたからである。

だが、建物自体は依然として残っており、アルメリアがいなくなった影響で、彼女が施した『領域干渉』も消え去っていた。

一見すると、今や誰もが進入可能な建物となっていた訳だが・・・。


ちなみに、アキトやリベラシオン同盟の名は、この間の泥人形ゴーレム騒動の折に一躍有名となり、以前は知る人ぞ知る存在だったのに対して、今や国民からの認知度もかなり高くなっていた。

そうでなくとも、特に一部貴族や騎士などの治安維持を任務とする者達、冒険者などの間では以前から噂され、現代の英雄であるアキトやその仲間達に憧れを抱く者達も少なくなかった。


そして、この二人の少年は英雄に憧れを抱いたクチだ。

そんな憧れの英雄の生家が目と鼻の先にあるのだ。

ファン心理ではないが、まだ年若い少年の気持ちがはやってしまったとしても、それは無理からぬ事であろう。


「け、けどさぁ~。」

「あぁ~、もうっ!じゃ、お前は戻れよっ!俺は一人でも見に行くからなっ!」

「あっ、お、おい、待てよぉ~!」


・・・ワォーンッ、アォーンッ・・・!


煮え切らない態度の友人に痺れを切らし、活発な方の少年はズンズンと進んで行った。

しばしの逡巡の末に、もう片方の少年も少し無鉄砲なところのある友人の後を渋々追い掛けていったのであったーーー。



・・・



「おっ、あれじゃないかっ!?」

「お、おい、あんまり大きな声出すなよっ・・・!」


それから歩く事数分後、確かに以前アキトも言及した通り、森の極浅い場所に『シュプール』は存在した。

それを見付けるや否や、活発な方の少年、オックスは思わず大きな声を上げていたが、慎重な方の少年、ラッセルにそれを窘められる。


確かに、ここはもはやモンスターや魔獣などの生物の暮らす領域だ。

故に、不用意に自身の存在を知らしめる様な行動は控えるべきだろう。

場合によっては、その声を聞き付けて、危険な生物に襲われる可能性もあるからだ。


だが、幸いな事に、その場に近付く生物は存在しなかった。

故に、ラッセルの慎重な対応は空振りとなり、それがオックスを更に調子付かせる事となった。


「大丈夫だってっ!心配性だなぁ~、ラッセルは。英雄だって住んでいた場所だぜ?そうそう危険な事なんてないってっ!」

「そ、そうなのかなぁ~・・・?」


それは見当外れの見解だ。

確かにアキトも平気でここに住んでいたが、それはアルメリアの『領域干渉』があったからだし、更にはアキト自身や仲間達が単純に強かったからだ。

故に、未熟な彼らが油断しても何も良い事はないのだが、まぁ、しかし、まだまだ経験の浅い者達ならこうなるのも致し方ない。

幸運が続いているだけの事を、と錯覚する事はよくある事だ。


そうした心理がそうさせたのか、オックスは更に大胆な行動を提案する。


「なぁ、もう少し近くで見てみたくねぇ?」

「いや、お前、もう満足しただろ?流石にもう戻ろうぜ?」


当初の目的は達成した訳だし、本当に危なくなる前に帰るべきだと主張するラッセルに、軽い溜め息を吐くオックス。


「はぁ~、ここまで来てまだそんな事言ってのかよ?平気だって。大人達やレイナード達が大袈裟に言ってるだけだよ。現に俺らは、ここに来るまで何にも襲われなかっただろ?」

「そ、そりゃ、そうかもしれないけど・・・。」


これまで大丈夫だったから、これからも大丈夫、なんて事はのだが、まぁ、ここら辺もよく陥る罠である。

人は良くも悪くもで判断してしまいがちだからである。


「確かに、あの建物より奥は危なそうだけど、あの建物の近くまでなら大丈夫だって。近くで見たら、今度こそ帰るからさ。なっ?」

「本当だな?・・・はぁ~、分かったよ。」

「っし。」


根負けしたラッセルは、今度も渋々頷いた。

どうも彼は、周りに流される傾向にある様だ。

空気を読む事は人間関係においては重要な事だが、断る勇気も時には必要である。


「んじゃ、行こうぜぇ~。」

「・・・ああ。」


だが、この選択を、二人はすぐに後悔する事となる。

何故ならば、


「グルルルルッ、ワンワンッ(・・・そこで止まれっ。)」

「グルルルルッ、ガウガウッ(これ以上の侵入は、敵対行為と見なす。)」

「「・・・・・・・・・へっ???」」


ちょうど、アルメリアの『領域干渉』があった部分を越えた瞬間、二匹の白狼はくろう』にいつの間にか挟まれていたからであるーーー。



・・・



白狼はくろう』は、向こうの世界地球で言うところのおおかみに類似した魔獣である。

流石に、この世界アクエラ最強種と名高い『竜種ドラゴン』に比べたらかなり劣るが、それでも生態ピラミッドの上位に位置する強力な魔獣である。

実際、この『魔獣の森』の中では、ぬしとも呼ばれる最上位の存在である事からもそれは明白であろう。


ただし、冒険者ギルドが提議する危険度で言うと、実はそれほど高くはない。

何故ならば、『白狼彼ら』は、縄張り意識こそ強いが、しっかりとルールを守れば、比較的回避する事が容易だからである。

これは、『白狼彼ら』が慎重でプライドが高いからだと言われている。


向こう地球おおかみ同様に、集団で狩りをする習性がある『白狼彼ら』は、隠密性に非常に優れている。

何故ならば、狩りの対象ターゲットに姿を認識されれば、それだけ狩りの成功率が下がるからである。


そうした事からは分からないが、人前に姿を晒す事を嫌う傾向にあると言われているのだ。

では、どの様にして『白狼はくろう』を認識すれば良いのだろうか?

この世界アクエラの住人が、むやみやたらに森に分け入る事は滅多にないが(もっとも、オックスやラッセルの様なまだまだ未熟な者達や、己の力量を過信した冒険者などが入ってしまう事は当然あるが)、仮に入ったとしても、をしっかり認識していれば、そこが『白狼彼ら』の縄張りである事を察する事が可能である。

そのとは、所謂『遠吠え』の事である。


『遠吠え』とは、おおかみや犬などに見られる習性で、『白狼はくろう』もその習性を持っているのだが、そこには様々な意味合いがあるそうだ。

一つは、仲間とのコミュニケーションとして使用する例。

集団で暮らす、または狩りをする『白狼はくろう』は、遠く離れた仲間への合図やコミュニケーションを取る為に、この遠吠えを活用する。

時には、はぐれた仲間の探索の為に用いる事もあるそうだ。


一つは、縄張りを主張する為の威嚇や警告として用いる例。

先程述べた通り、他の動物や人前に姿を晒すのを嫌う傾向にある『白狼はくろう』は、こうした手段で縄張りを主張しているのである。

もちろん、こうした縄張り意識は様々な動物に見られるモノだが、その主張方法は、種族によっても千差万別なのである。


他にも、様々な意味合いが存在するらしいが、重要なのはとりあえずこの二つ。

もし『白狼はくろう』の遠吠えが聞こえたのなら、それは自分が狙われているのかもしれないし、『白狼彼ら』の縄張りに侵入してしまったかもしれないのだ。

故に、遠吠えが聞こえたのなら引き返す事によって、事前に危険を回避する事が可能、という訳である。


もっとも、森には数多くの生命が同時に存在する。

水のせせらぎや風に揺れる木々の葉音、鳥のさえずりや虫の鳴き声などなど。

静かなイメージがあるが、実はかなり賑やかな場所なのである。

故に、注意深く周囲にアンテナを張っていないと、そうした重要なを見落としたり、聞き逃したりする事は、例えベテランの狩人ハンターや冒険者でもあり得る事なのである。


先程も述べたが、森はモンスターや魔獣などの野生動物達の領域なのだ。

決して、油断して良い場所ではないのであるーーー。



・・・



「ヤ、ヤベぇ・・・。黒い『白狼はくろう』だっ・・・!」

「な、なんでこんなところにっ・・・!『白狼彼ら』の生息地はもっと森の奥のハズなのにっ・・・!」

「「・・・。」」(ギロリッ)

「「ひっ・・・!」」


自分達を軽く越える体躯に、鋭い目付きに圧倒的な存在感。

非常に精悍な顔立ちをしている『白狼はくろう』は、滅多にエンカウントしない事からも神秘的で高潔な魔獣として、一部の冒険者や生物好きの間では、実は非常に人気が高い。

向こうの世界地球でも、野生動物を信仰の対象とする事もあるので、そうした心理に近いかもしれない。


しかし、残念ながら今現在のオックスとラッセルにとっては、カッコいいとか思っている余裕はなく、ただ単純に恐怖の対象であった。

二匹のひとにらみに、オックスとラッセルは震え上がった。

当然だ。

とてもじゃないが、この二匹は二人の手に負える相手ではないのだから。


黒い二匹の『白狼はくろう』。

彼らは、『黒双王』の異名を持つ、『魔獣の森この森』のぬしである。

まぁ、ぶっちゃけるとこの二匹は、かつてのアキトの弟分であった、あのクロとヤミなのだが、オックスやラッセルにとってはそれは知るよしもない。

故に、


「ワンワンッ(早く立ち去ってくんないかなぁ~?)」

「ガウガウッ(ね。こっちも危害を加えるつもりはないし・・・。)」


などと言う、実際には緊張感の欠片もないのんきな会話を交わしていたのだが、二匹の言葉が分からない二人にとっては、威嚇にしか聞こえなかったのである。


「く、くそっ・・・!」

「ば、バカッ!勝てる訳ないだろっ!」

「そ、そんな事分かってるよっ!け、けど、逃げられる訳もねぇだろっ!?」

「た、確かにっ・・・!」

「ワンワンッ(えー・・・。)」

「ガウガウッ(あ~あ、抜いちゃったよ・・・。)」


オックスは、ガクガクと震える手を何とか動かして、自身の武器を構える。


彼らにしてみれば、生き残る可能性に懸けるならこの方法しかない。

野生動物もそうだし、モンスター・魔獣にも共通する事だが、もしそうした生物と遭遇した場合、背を向けて逃げるのは悪手も悪手。

故に、刺激しない様に相手を見やりながら、徐々に後退するのが望ましい。


だが、いざという時に人はそこまで冷静な判断を下せる訳ではない。

故に、全力で逃げなかったのは評価に値するが(もっとも、クロとヤミならば見逃してくれたのだが)、オックスはワンチャンに賭けて、己の獲物を構えたのであった。

流石のオックスも勝てるとは思っていなかったが、襲撃された場合に抵抗出来る方が良い訳だし、仮に上手く攻撃が当たれば、それに怯んで撤退してくれるかもしれないからである。


正しく、オックスにとっては命を懸けた選択であった。

オックスの言葉に触発されて、ラッセルも震える手で同じく武器を構える。

もっとも、逆に下手に攻撃を当ててしまった場合、相手を怒らせる危険性もあるのだが、それを考えている余裕は彼らにはなかった。


「ワンワンッ(はぁ~、仕方ないかぁ~。じゃ、適当に眠らせて、森の外に置いておこうか?)」

「ガウガウッ(ま、それしかないよねぇ~。)」


だが、クロとヤミにとっては、刃物をチラつかされても何ら脅威ではなかった。

ただこの場から去って欲しいだけのクロとヤミだったが、残念ながらその真意は伝わらなかった様だ。

まぁ、そもそも言葉が通じないので、それも致し方ない事だが。


オックスとラッセルの様子から、威嚇や警告は無駄だと理解したクロとヤミは、実力行使に出る事とした。

アキトやアルメリア直伝の『格闘技術』を身に付けている二匹にとっては、相手を傷付けずに眠らせる事など朝飯前だ。

まぁ、あんまり人間と対立したくない思惑がある二匹にしてみたら、それはあまり好ましくない選択肢なのだが。


「ワンワンッ(じゃ、ヤミはそっちの子をお願い。)」

「ガウガウッ(オッケー。)」

「ひ、ひぃっ!!!」

「く、来るなっ、来るなっ!!!」


悠然と歩むクロとヤミに圧倒され、ブンブンとそれぞれの獲物を振り回すオックスとラッセル。

無茶苦茶な軌道を描くそれは、かなり危なっかしく、かつ厄介だったが、それでもクロとヤミの勝ちは揺るがなかった。


スッ・・・!


「なっ・・・!!!???」

「きえっ・・・!!!???」


『魔獣種』特有の瞬発力バネと特殊な歩法を組み合わせたクロとヤミお得意の速攻に、オックスとラッセルは全く反応が出来なかった。

当然だ。

彼らの目からは、それこそクロとヤミが消え去った様に見えたのだから。


終わったーーー。


半ば諦め気味に、オックスとラッセルは自分達の死を予感していた。


まぁ、これはただの誤解だ。

クロとヤミに二人を傷付ける意図はない。

軽くのして、二人を咥えて森の外に追い出そうとしているに過ぎないのだから。


しかし、


「ッ(へぇっ・・・!)」

「ッ(ほうっ・・・!)」


シュッ!

ガキンッ!


二人の前に突如割り込む存在を察知して、クロは咄嗟に封印していた爪を使用する。

それに、金属音が打ち響く様な音と共に、軽い鍔迫り合いの末にクロは後退。

ヤミは、突然射られた矢を察知して、それをすんでのところで回避し後退する。


「ふぅ~、危ねぇ危ねぇっ!!!」

「えっ・・・!?」

「レ、レイナードっ・・・!?」


そこには、アキトの幼馴染みにして、今やかなり良い男になったレイナードが二人の前に立っていたのだったーーー。





















「オメェら、ここには来んなっつったろっ!・・・後、“さん”をつけろよデコ助野郎っ!!」

「「デ、デコ助っ・・・!!!???」」


どうやらレイナードは、アキトからいらん事を吹き込まれている様であるーーー。


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