第135話 ハイドラスとカエデス



長きに渡る“神々の争い”ののちに、『古き神々』を封じた『新しき神々』は、何処いずことも知れぬ場所に姿を消していった。

こうして、神代の時代は終わりを告げて、人類史へと移行していったのであるーーー。



これは、神話的一説としては特に不自然な締めくくりではない。

“神々”と呼ばれる、この世界アクエラをかつて支配していた者達がどの様にいなくなったのかを示唆しているからである。


しかし、私が気になったのは、では、『新しき神々彼ら』は何処どこへ消えてしまったのであろうか?、と言う事だ。

断片的な資料を詳しく調べてみると、実は『古き神々』や『新しき神々』の存在をハッキリと示すモノは相当数存在する。

では、何故『新しき神々彼ら』の存在は、『古き神々』も含めて『至高神ハイドラス』の名以外、広く一般には認知されていないのだろうか?


これは明らかに異常な状態だ。

神話とは、すなわちその文化や風土、価値観や考え方を色濃く反映したモノである。

つまり、極端な話をすると、人の数だけ神話が存在する、と言うのは些か言い過ぎかもしれないが、少なくとも種族や民族の数だけあってもおかしくはない筈であろう。


と言う事は、こうした状態は作為的に仕組まれた状態である事が推察出来る。

では、それを成したのは一体“誰”であろうか?


答えは簡単だ。

ライアド教であろう。



~中略~



『至高神ハイドラス』を唯一神とする教義においては、ライアド教内において、他の神々を認めないのはまだ理解出来る。

ライアド教が様々な国に影響を与える世界的宗教である事も、また事実であろう。


しかし、それにしても、辺境や他種族はともかくとしても、大半の国々において、別体系の神話が確認出来ない事は明らかに異常事態だ。

つまり、それら別体系の神話はこの断片的な資料からも明らかであるが、ライアド教の手によって葬り去られたのではないだろうか?

そこにどういった意図が隠れているかは分からないが、私にはそう思えてならないのである。



~中略~



最近私は、言い知れぬ危機感や恐怖感を感じていた。

小さな違和感と好奇心から始まった私の研究だったが、真相らしきモノに近付けば近付くほど、私は何か大きな失敗感を感じていたのである。

かつて、私の友人が言っていた事をふと思い出される。


ー世の中には、知らなくても良い事がある。ー


研究者である私には、何を馬鹿げた事を、と一笑に付したその言葉であるが、なるほど、確かにそれもある種真理である。

光あるところに闇がある。

ライアド教も、世界的宗教故に、その闇も深く恐ろしいのであろう。

今更ながら、私はそんな簡単な事に気が付いていた。



~中略~



おそらく、私は数日中に人知れず消される事となるだろう。

宗教裁判などとある種記録に残る様な生易しい手段ではなく、それこそ、私がこの世界に存在した記憶、記録双方から完全に切り離された状態で、である。

また、この手記もこれまでの断片的な資料同様に、焚書される事は想像に難くない。


しかし、それは完全なる私の敗北に他ならない。

それすなわち、私の生が完全に無かった事にされる事を意味するからだ。

嫌だ。

それだけは、嫌だ。

私は確かにこの世界で生きたのだ。

それを、誰かの都合の為だけに歪められるのだけは許容出来かねる。


そこで私は一計を案じる事とした。

私のこの手記などを、普通に家族や友人に託したり、誰にも知られない場所に隠したとしても、ライアド教の情報網ならば探し出す事はおそらく可能だろう。

場合によっては、そうした人々にまで危険が及ぶ可能性もある。

しかし、私の古き友人達ならば、例えライアド教と言えど、そう簡単には手出しは出来ない。

元々彼らは、ライアド教と敵対していて、そもそも私がライアド教に対して疑念を持った切っ掛けも彼らとの交流があったからだ。

彼らなら、私の手記などを大切に保管してくれる事だろう。


ただ問題なのは、彼らは他の“人間”とも交流がない事か。

故に、これらの資料が、一番事実を知って欲しい“人間”の手に渡るかどうかは、それこそ神のみぞ知るところだろう。


願わくば、私の遺産が心ある人の手に渡る事を祈ってーーー。



ー『とある宗教学者の備忘録』より抜粋ー



◇◆◇



セレウスよ・・・。

我が弟よ・・・。

何とか、準備は整った・・・。

早く・・・。

早く、私を滅してくれっ・・・!

手遅れになる前に、早くっ・・・!


ーやれやれ、まだそんなチカラが残っていたのか、『知恵の神ハイドラス』よ。ー


っ!!!

き、貴様、カエデスっ・・・!


ーいやいや、間違わないでくれよ、今は『名もなき神』よ。

オレはカエデスとか言う名ではない。

オレが、オレこそが『至高神ハイドラス』だ。

まぁ、本来ならば『英雄神セレウス』に予定だったんだけどな・・・。ー


・・・貴様の目的は何だ?


ー・・・目的?

分かってるんだろ?

この世界アクエラを支配する事。

ただ、それだけさ。

その為の仕込みはすでに済んでいる。

後もうちょっとで、その目的も達成出来ただろうよ。

アンタがしなければ、だったけどな?ー


・・・。


ー惚けても無駄だぜ?

どうもおかしいと思っていたんだ。

西嶋明人にしじまあきと、いやこっちアクエラではアキト・ストレリチアか。

を、いや、より正確には、彼に密かに宿っていた『英雄神セレウス』をこちらアクエラに喚び戻した事。

英雄不在を理由に、新たなる英雄候補をこちら側アクエラに喚び寄せる。

そして、彼を利用して信仰集めの客寄せパンダにする。

確かに一見筋は通っている。


オレも初めはその事に疑問を持たなかった。

いや、むしろ計画を前倒し出来るとさえ思っていたんだ。

そう、


だがな。

よくよく考えてみれば、そんな事しなくても、ライアド教は一人勝ち状態だったんだ。

いや、むしろアキト・ストレリチアを取り逃がした事で、計画が大きく崩れちまった。

まさかオレともあろう者が、いつの間にかを奪われちまっていたなんてなぁ~。ー


当たり前だ、カエデス。

貴様は、元々ではないのだからな・・・。


ー確かにそうだな。

本来ならば、オレがアンタ方『高次の存在』に敵うわきゃない。

けど、アンタ方がオレに、いや、我達オレたちに与えてくれたんだろ?

“知識”と言う名の武器を、な。ー


っ!?

やはりそうか・・・。

貴様、辿り着いてしまったんだな?

あの、に・・・。


ーおいおい、他人事だね、アンタ。

アンタ方だって、禁断の技術それを用いて、そう?

まぁ、残念ながら、我達オレたちだけじゃ、禁断の技術のその模倣がせいぜいだったがな。ー


・・・では、何故私のチカラを・・・?


ーおいおい、忘れちまったのか?

・・・いや、意図的に記憶を封印してんのかね?

そりゃそーか。

自分の犯した罪を自覚したくね~もんなぁ~?ー


・・・っ!?

や、止めろっ!


ー忘れたんなら思い出させてやるぜ?

アンタは大切な兄弟を、共に戦って生き抜いてきた双子の弟を、その手で討っちまったんだよっ!

人々を守る為になぁ~!ー


や、やめろぉぉぉぉっーーー!!!


ーそれだけじゃねぇ~ぜ?

アンタはその事実を隠す為に、いや、自分の手を直接汚さない為か?

どっちにしても、それを隠蔽する為に、チカラの弱まったセレウスを自らしたんだろ~がっ!

自然と消滅させる為によぉ~。

だがな。

分かっていながら放置したなら、そりゃ確信犯だ。

アンタが、セレウスを殺ろうとした事は紛れもない事実なんだよっ!ー


ち、違うっ!

現にセレウスはまだ生きているっ!!


ーそりゃ結果論だろ?

たまたま衛星レスケンザに、奴をした場所に、『時空の歪み』が発生しちまっただけよ。

それで、奴は別世界に飛ばされちまった。

で、ほとぼりが冷めたら今度は奴のチカラする為に再びこっちアクエラに喚び戻す?

ハハッ、アンタ、面の皮が厚いねぇ~。ー


違うっ!

チガウチガウチガウッ!


ーアンタがどう思ってるかは重要じゃないぜ?

向こうがどう思ってるか、が重要じゃねぇ~の?

きっと、奴はアンタの事恨んでると思うぜぇ~?ー


っ!!!???

そ、そんなっ、まさかっ!!??


ーそりゃそ~だろ?

自分を殺ろうとした奴をそう簡単に赦せる筈がねぇ~。

アンタも薄々勘付いてるだろ?

アキト・ストレリチアがライアド教を、『至高神』を潰そうとしている事に。

アンタの事を赦してんなら、奴がそんな事させる訳ねぇ~よなぁ~?ー


チガウチガウチガウチガウチガウチガウッ!


ーあ~あ~、そんなに取り乱すんじゃねぇ~よ。

な?

もうそんなに苦しまなくてもいいんだ。

大人しく、オレにその身を明け渡せば良いのよ。ー


・・・・・・・・・っ。


ーアンタは何も悪くねぇ~し、この世界アクエラの全ての“悪行”はオレの仕業よ。

アンタは、何も知らなかったのさ。ー


わ、私はっ・・・!


ーさ~さ~、何も考えずに眠っちまいな。

もう苦しまなくても済むぜ?ー


・・・!


・・・。


・・・


ー・・・。

クッ、クヒャヒャヒャヒャッ!!!

皮肉だねぇ~、ハイドラスさん?

自らの罪悪感で自らを縛っちまうなんてよぉ~!

ま、お陰でオレは助かるけどな?


さって、んじゃまぁ、ハイドラスの奴のが完了したところで、『現世』はどうなってんのかねぇ~?


・・・ふむふむ。

中々厄介な事になってやがるなぁ~。

ソラテスとアスタルテまで復活してやがる。

まさか、ハイドラスがここまでするとは思えねぇ~し、こりゃ、他の神性が裏で糸を引いてやがるかねぇ~?


だが、操り勝負なら負けねぇ~ぜ?

ちょうど良い事に、使えそうなを揃ってるしな。


まぁ、一番の懸念材料はやはりアキトストレリチアとセレウスか。

・・・しかし、こっちも何とでもなる。

セレウスの野郎にもハイドラスと同じで特大級のトラウマがある。

それをすりゃ、セレウスのチカラを制御する事も可能だろう。

セレウスがいなきゃ、アキトストレリチアもただの人だからな。

どうやら、勝利への道筋が見えてきたって感じだねぇ~。ー




《・・・あまり、人のチカラを舐めるなよ、カエデス・・・。》




ー・・・あん?

・・・ハイドラスか?

そんな負け惜しみだけしか言えねぇ~奴は黙ってな。

アンタは、オレのやる事を指をくわえてただ見てればいいさ。ー




《・・・。》




ーへっ、また黙っちまった。

ま、いいや。


さて、んじゃ手始めに、『異世界人地球人』ちゃん達を目一杯コキ使ってやるかっ!

どうやら、アキトストレリチアの奴が達に細工をしてるみたいだが、甘いぜっ!

ハイドラスの奴と違って、オレは甘ちゃんじゃねぇ~だよっ!


けど、まぁ、油断してくれるんなら、それに越したこたぁねぇ~わな。

せいぜい、後々になって己の失敗を悔やむがいいぜっ!


・・・いや、ちょっと待てよ・・・?

そっかそっか、逆に策にハマった様に見せ掛ければいいんだっ!

全て上手く行ってる様に見せ掛けて、その実、それが罠だったと分かりゃ~・・・。

アキトストレリチアに出来るかもしんねぇ~なぁ~っ!!!


クッ、クヒャヒャヒャヒャッ!!!

そうなりゃ、もうオレに怖いモンなんてねぇ~じゃねぇ~かっ!!!

いいぜ、オレっ!

いつも通り冴えてるぜっ!


そうと決まりゃ、早速行動、ってなっ!



☆★☆



やれやれ、高度な知性を持った愚か者ほど怖いモノはないな。

まぁ、これはボク達にも責任があるけどね・・・。


しかし、キミはアキトくんのを知らないよ、カエデス。

ま、せいぜい今の内に良い夢を見るといいさ。





















・・・しかし、あのは、一体何だったんだろうかね?


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