第130話 終わりと始まり
◇◆◇
ガックリと膝から崩れ落ちたマイレン候を遠巻きに眺めながら、私、ティオネロは、大きな決断を下した父、マルク王を改めて見据える。
そこには、何処か晴れ晴れとした表情の父の姿があった。
やはり、長年国を預かる重責から解放されて、ホッとしていた面もあるのかもしれない。
これからは、その椅子に私が座る事となる訳だが、果たして私にその大役を務める事が出来るだろうか?
そんな事を、今更ながら私は考えていたーーー。
マルセルム公から、父の
当初は、その父に対する不敬に当たる話に私も聞く耳を持たなかった。
父、マルク王はまだまだ健在であり、健康上の不安もない。
私から見れば、父に何の落ち度もないと言うのにそんな話が出ると言う事は、明らかな反逆行為だと考えたのである。
もっとも、マルセルム公は長らく父や、引いては
故に、私もその話は聞かなかった事にするので、今一度考え直す様にと諭したのだった。
本来ならば例え実行に移していなくとも、そんな話が出た時点でマルセルム公は罰しなければならないが、彼のこれまでの功績を考慮した結果、それが私なりの恩情であったのだ。
しかし、マルセルム公の決意は固かった。
いや、その表情には苦渋に満ちた焦りにも似た感情すら浮かんでいた様に私には見えた。
そのマルセルム公の態度を不審に思った私は、とりあえず詳しい事情を聞く事とした。
そして明かされる衝撃の事実。
その話を聞いた当初、私は
何故
しかも、
今考えると、私も随分政界に毒されていたモノである。
しかし、詳しい事情を聞く内に、私はその考えを改める様になった。
すでに、
その流れで、悪化していた他国との関係を取り持ち、国交回復の話が現実味を帯びたのも、
更には、半ば政権の中枢を握っていたフロレンツ侯を排し、『王派閥』が実権に返り咲けたのも彼らの功績であった。
また長らく停滞気味であった
もちろん、その過程で、様々な貴族家や組織の尽力があったのは否定しないが、それも結局は彼らが中心となっていたのである。
だと言うのに、それを私は、いや、私達は知らずにいたのだ。
いや、それどころか、この降って湧いた様な幸運に群がっただけで、根本的な
フロレンツ侯らの様な、明らかな不正行為をした者達とは別に、
これを是正するのが、父や
もちろん、私もその一人ではあるが・・・。
だが、言い訳をさせて貰えれば、これは致し方ない事でもある。
何故ならば、これは
与えられた幸運では、人は学ばないモノだ。
いや、マルセルム公の様に先が見えていた者達や、ある種の危機感を持っていた者達は色々と働き掛けをしていた様だが、肝心の政権の中枢にその意識が浸透していなかったのである。
その末での、今回の
私達は、
もちろん、
そこから鑑みれば、
そして、その話は単なる夢物語ではなく、
いや、それどころか、
しかし、我々はそんな事すら知らずに、小さな国の小さな主導権争いを今だに繰り返そうとしていた訳だ。
そして、その末で
まぁ、その結果、
すでに生まれ変わる
それを上手く活かせなかったのは、
その
ここでマルセルム公らが動かなければ、反逆とか反乱とかの小さな話ではなく、
そんな話を聞き、私は唖然としてしまっていた。
私が、いや、私達が知らない間に、
その中心にいるのは、私とそう変わらない年回りでありながら、すでに多くの大人達すら圧倒する
ーぼくが『
・・・今考えると、私も大それた考えを持っていたモノである。
残念ながら、私には
日々、政界に生きていると、自分の矮小さを思い知らされる毎日であったが、マルセルム公は、そんな私の
父、マルク王には政策上の落ち度はない。
しかし、同時に某かの大きな功績もないのだ。
父の政権下では、これ以上の進展は望めそうにないと考えるのも無理からぬ話である。
そう考えて、マルセルム公らは政権交代を画策したのである。
しかしこれは、どちらかと言うと、父と言うよりも、その父の
いや、時間を掛ければ、政権交代をする事なく上層部の刷新は可能だったかもしれないが、
時間がない中で、マルセルム公らにとっての最善の手は、父の
マルセルム公も、父の
一方の私も、すでに腹は決まっていた。
私の兄弟達は、私よりもまだまだ若い。
残念ながら、彼らが父の変わりに政権に就く事は不可能に近い。
いや、傀儡としてならあり得るかもしれないが、そんな事は許容出来る事ではないのだ。
故に、私が立つしかないし、私が立つべきなのだ。
「・・・話は分かりました。」
「おお、それではっ・・・!」
「ええ、私で良ければ、協力させて頂きます。」
こうして、私はマルセルム公の策に乗る事とし、私達は運命の日を迎えたのであるーーー。
結論から言えば、父の
いや、もちろん父も何度も熟考を重ねた結果の結論であろうが、そもそも
いや、場合によってはその話を突っぱねて、国を割る事態ともなっていた可能性もあるが、それは最悪な選択肢でもある。
何故ならば、誰も得をしないのだから。
国を預かる者として、自身の、しかも一時的な保身の為に父がその選択肢を取らなかった事に私は安堵していた。
少なくとも、父は引き際を心得ていたと言う事だからである。
「マルク王、いえ、父上・・・。わ、私はっ・・・!」
「良い、ティオネロよ。何も申すな。・・・私が不甲斐ないばかりに、お前には嫌な役回りを演じさせてしまったな。後の事は頼む・・・。」
「っ!!!」
「マルク王よ・・・。」
「そなたもな、マルセルム公よ。そなたの
「も、勿体無き御言葉っ・・・!心得まして御座いますっ!!」
父の決断に、場が騒然となる中、私とマルセルム公は父のもとにてそんな言葉を交わしていた。
父から託された
私に大役が務まるかどうかではなく、やらねばならんのだと、私は決意を新たにするのだった。
ーーーさて、色々とゴタゴタしてしまったが、やらねばならん事が山積みである。
さしあたっては、まずはこの場の収拾からか。
そう考え、私は口を開いた。
「お聞き及びの通りだ、諸君っ!マルク王は、自らの
「「「「「「「「「「っ!!!」」」」」」」」」」
ザワッと、その場は一時騒然となるが、すでに反対意見を出す者達もいなかった。
その経緯はともかく、父、マルク王が自ら決断して私に王位を譲渡したのはまごうことなき事実。
それらを踏まえた上で、いやらしい話、ここで私やマルセルム公らの不興を買うのはあまり得策ではない、と判断したのだろう。
私の宣言と共に、戸惑いながらも皆ゾロゾロとその場を後にしたのだったーーー。
・・・
「見事よ、ティオネロよ。よもや、お前にその様な統率力があろうとは・・・。」
「いや、何を申される父上。これは父上から学んだ事ですよ?」
「いやいや、ティオネロ皇太子殿下。いや、最早ティオネロ王と御呼びするべきですかな?貴方様は、すでに王の器を持っておりますぞ。」
「いやいや、何をおっしゃるマルセルム公。まだ気が早いですよ。」
「そうですね。まだまだやる事は山積みです。とりあえずの前提条件を突破した、と言った状況でしょうからな。」
「おお、そなたはジュリアン侯。」
「此度の件は大変失礼致しました、マルク王。貴方様の御心に背く様な真似を致しました・・・。」
「いや、最早気にする必要はない。こうなったのは、ひとえに私の不徳の致すところ。そなたらは、
そこにはすでにわだかまりはなく、何処か晴れ晴れとした表情のマルク王らの姿があった。
スポーツマンシップの如く試合が終われば敵味方はない、と言う訳ではないが、彼らがマルク王憎しで立ち上がった訳ではない事を、マルク王自身すでに気付いているからだ。
どちらかと言うと、マルク王が取り零した諸々の問題を解決すべく、彼らがこうして
そのマルク王の言葉に、ジュリアンは少し罰の悪い表情を浮かべた後で言葉を返す。
「ええ、まぁ・・・。折角我が父、フロレンツを排したと言うのに、私がこのまま立ち止まる訳にはいきませんでしたので・・・。結果として、マルク王から権限を剥奪したのは、断腸の思いではありましたが・・・。」
「ああ・・・。」
「ジュリアン侯・・・。」
以前アキトらの活躍により、
ジュリアン自身、
ジュリアンとしては、折角それほどの代償を支払ったのだから、何としてもそれに見合った対価を獲得したいと考えたとしても不思議はない。
いや、別に立場がどうのと言う話ではない。
贖罪ではないが、フロレンツが乱してしまったある種の秩序を、
しかし、ジュリアンの期待とは裏腹に、
その末で、ある意味元凶ではあるが、ジュリアンの一番の恩人でもあるアキトに、
ジュリアンからしたら、これは許容出来ない事だっただろう。
いや、あるいは、マルセルム以上に、アキトの恐ろしさを知っているだけに、アキトが本気で
何せアキトは、もちろんノヴェール家にも利のある事とは言え、フロレンツと心中するかノヴェール家の存続かを天秤に掛けさせた張本人でもある。
ジュリアンの懸念はもっともであろう。
そして、その懸念は的中する事となる。
アキトは冷酷な人間ではないが、さりとて海の様に広く寛大な心を持った人間でもない。
チャンスを何度か与えたにも関わらず、変わる気配がなかった
アキトにとって重要なのは、もちろん“国”と言う器、形も大事だが、もっとも重要視しているのは結局は“人材”でもある。
客観的に判断して、
ならば、“国”と言う器や形にこだわる必要はないのではないか?と考え始めていたのだ。
無論、『三国同盟(仮)』が“国”と言う枠組みを越えた組織である事も考慮した結果であるが。
だが、ジュリアンからしたら、これはマルセルムもそうであるが、“国”と言う器や形も重要なのである。
その末で、マルセルムらと相談した結果、
もっとも、マルセルムはどうかは知らないが、ジュリアンはアキトが自分達が動く事はすでに承知しているモノと理解していた。
しかし、アキトからは某かのアクションもなかったので、これは黙認されている、いや、あるいは自分達は試されていると感じていた。
これは、半分当たりで半分外れである。
いくらアキトとは言え、全てを見通している訳ではない。
むしろ、アキトの強みは、理解力の早さと、その応用力の高さなのである。
ある程度の情報は仕入れているが、結局は情報は情報でしかなく、そこから何を読み取るかは個人によって千差万別である。
アキトは、その中から、もっとも
もっともアキトは、『前世』での高校のサッカー部時に起こった事件の様に、時としてそこに自身の感情などを一切無視して効率だけを考えてしまうきらいもあるので、人々には理解されなかったり不気味に思われてしまう事もあるのだが・・・。
まぁ、それはともかく。
その結果として、ティオネロ、マルセルムやジュリアンとしては、一番のベストな落としどころで今回の件は決着したのである。
もっとも、それによって影響を受ける者達も出てくる訳だが・・・。
「ま、まぁしかし、これによってアキト殿も納得するのではないですかな?」
「う、うむ、そうだな。そういえば、彼の存在をすっかり忘れておったわ。元々は、彼と『リベラシオン同盟』に褒賞を与えると言う話だった訳だが・・・。」
「そういえばそうですな。もしや、彼らも先程のティオネロ皇太子殿下の宣言を受けて、この場を辞してしまったのでしょうか?」
すっかり蚊帳の外にしてしまい、なおかつ下手に口出ししてこなかったアキトの存在をマルク王達は忘れ去ってしまっていた。
そういえば、ヴィーシャやグレンの姿も見えない。
そんな事を考えていると、マルク王らは謁見の間の片隅で何やら話し込んでいる一団に気が付いたーーー。
・・・
「あのスケベ親父ったら、こっちは婚約者がいるってのに、構わずしつこく誘ってくるんですよっ!?こっちは角が立たない様にやんわりと断っているのに、それをイケるとか勘違いしてるんですよっ!!どう思います、アキト様っ!!!???」
「そ、それは非常に問題だと思いますね。モナさんが魅力的な女性なのは事実ですが、それにしてもそれはパワハラやセクハラの
「パ、パワっ・・・???」
「ああ、失礼。えぇ~と、自身の立場を利用して、立場の弱い者に対して色々と強要する事。あるいは、異性に対する性的な事を含めた肉体的・精神的ないやがらせをする事、ってところでしょうか?」
「あぁ~、そういう奴おるなぁ~。ウチも変な色目使われて、ホントに参る事があるわぁ~。」
「まぁ、政界は基本的に男社会ですからねぇ~。女性がいると悪ノリしてしまうのは、まぁ、男の
「ねーねーアキトぉ~、モナとヴィーシャお姉さんとばっかりおはなししてないで、ノエルともおはなししてよぉ~!」
「こ、これ、ノエルっ!」
「ああ、ゴメンよ、ノエルちゃん。」
「なーなーアキトぉ~、ハゲのおっちゃんのはなしはもうあきたよぉ~。なんかおもしろいぼうけんばなしをきかせてくれよぉ~!」
「だ、だれがハゲのおっさんだ、このガキっ!!!」
「ま、まあまあ、ドロテオさん。相手は子供ですし、皇太子殿下ですから。」
「それに、ドロテオ殿がハゲてるのは事実ですしなぁ~。」
「いやいや、グレンさん。これは剃っているのであって、決してハゲている訳ではっ・・・!!!」
「「・・・えっ!?」」
「な、何ですか、ダールトンさんまでっ!!!」
そこには、アキト、ダールトン、ドロテオ、ヴィーシャ、グレンに加え、幼女と少年と妙齢の女性とオロオロとする豪華なドレスを着た40そこそこの女性の姿があった。
「うむ・・・、これはどういう状況だ?」
「さ、さあ・・・?」
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