第91話 『グーディメル子爵家』の夜会(パーティー)にて 3
◇◆◇
ディアーナ公女殿下の後に姿を現したのは、黒い『宮廷服』を身に纏った、年の頃14、5歳の黒髪長髪の少年と、アイボリー色のドレスを身に纏った、浅黒い肌をした小柄な十代後半の美しい少女であった。
その少女は、おそらく『ドワーフ族』だろう。
私も、『グーディメル商会』を預かる身として、『商談』において『ドワーフ族』の方々とはそれなりに付き合いがある方だ。
『ドワーフ族』は、特に『職人』の男性に多いのだが、卓越した『職人』としての『腕』を持ちながらも、事『商売関係』の話においては疎い者が大半を占める。
そうした場合、実質的な『商談』、『経営』や『金勘定』に関しては『ドワーフ族』の女性が表に立つ事が多いのである。
故に、『グーディメル商会』との『取引窓口』となる『ドワーフ族』の女性達とは、私もそれなりに面識があるのでピンと来たのだ。
『ドワーフ族』の女性達は、男性達と違い、身体的特徴では『人間族』との見分けが付きにくい。
もちろん、小柄で浅黒い肌をしていて、肉感的な肉体を持っていると言う特徴はあるものの、それは『人間族』の女性の中にもいない訳ではないからだ。
『ドワーフ族』の男性達は、小柄で浅黒い肌をし、それでいて、筋肉粒々のガッシリした体格と特徴的な髭をたくわえているから、まだ分かりやすいのだが・・・。
しかし、私は、その美しい少女よりも、この少年から目が離せなかった。
『神々』から与えられたかのごとき神秘的な容姿に圧倒的な存在感。
だと言うのに、穏やかな雰囲気を感じさせる物腰に、不思議と暖かみのある雰囲気。
その目元は涼やかであり、しかし生命力と力強さを感じさせる。
ーただ者ではない。ー
彼を一目見て直感的にそう感じ取った。
そして、その自分の『勘』は間違っていない事にすぐに気付く事となる。
父さんからの紹介で、彼らはそれぞれ名乗りを上げた。
「お前達、こちらは『リベラシオン同盟』の『独立部隊』にして、『冒険者』パーティー・『アレーテイア』を率いるアキト・ストレリチア殿だ。かの有名な『ルダ村の英雄』殿だな。そして、そちらはアキト殿のお仲間で、『ドワーフ族』のリーゼロッテ・シュトラウス嬢だ。」
「改めまして、はじめまして。今ご紹介に
「同じく、はじめまして。『リベラシオン同盟』の『独立部隊』にして、『冒険者』パーティー・『アレーテイア』所属のリーゼロッテ・シュトラウスと申します。よろしくお願いいたします。」
えっ!!!???
私とジョルジュは顔を見合わせた。
私達も『商人』であり『貴族』の端くれだ。
当然、『リベラシオン同盟』や『ルダ村の英雄』の“噂話”は聞き及んでいる。
しかし、彼はあまりに若すぎる。
いや、彼の雰囲気から、それはまごうことなき事実であると断言出来るのだが・・・。
それを確認しようと父さんに声を掛けると、ちゃんと挨拶をしなさいとたしなめられてしまった。
『商人』として『貴族』として挨拶は基本中の基本なのに、それすら簡単にすっ飛んでしまった。
いやはや、お恥ずかしい。
しかし、慌てて挨拶を交わす私達を彼らは気にする様子もなく、穏やかに微笑んでいた。
人見知りの激しい
こ、これ、失礼だろうっ!
しかし、アキト殿とリーゼロッテ嬢は、ニコニコと微笑み、私達夫婦の焦りを手で制されて無言で頷く。
そして、おもむろにディアンヌを抱きかかえ、ディアンヌは、キラキラとした表情を浮かべ、非常に嬉しそうだった。
若干、父親としては複雑な気分だが・・・。
そして、若干気まずそうなジョルジュの挨拶を経て、私達は驚きの事実を知る事となった。
・・・
話はディアーナ公女殿下の『暗殺
どれもこれも、私達の想像をはるかに越える話ばかりであった。
しかし、聞けば聞くほど『
“噂話”と言うのは、尾ひれが付く事が一般的だ。
それ故、私達も『商人』としては『情報』には敏感だが、その一方で“噂話”を全て鵜呑みにする事はほとんどない。
誤った『情報』は、時としては私達に『不利益』をもたらさないとも限らないからだ。
しかし、『
淡々と語ってはいるが、どれもこれも一個の組織程度に出来る範囲を大きく逸脱している。
もちろん、ディアーナ公女殿下や父さんが冗談を言う訳はないし、私達は『荒事』に関しては
故に、それらが当然事実なのだと、何となく納得していた。
「今日の
「お前達には、その『農作業用大型重機製作プロジェクトチーム』の『プロジェクトリーダー』の座に就いて貰いたいのだ。」
ディアーナ公女殿下と父さんが、そう話を締め括る。
「それはっ・・・、もちろん『グーディメル商会』や『グーディメル鉱業』としては願ってもない話ですが、その、よろしいのですか・・・?」
私は、アキト殿の顔色を窺いそう尋ねる。
これは、話を聞くだけでも途方もない『利益』の絡む話である。
アキト殿からは、我が妹たるリリアンヌ同様に、所謂『強欲さ』は感じられないものの、それでも彼の力なら、彼自身が主導しても良いのではないかと思ったからであった。
「『
「なるほどなぁ・・・。姉さんはそうした事には疎いし、父さん達はディアーナ公女殿下の補佐で手一杯。それ故、我らに話が回ってきた、と言う訳か・・・。」
なるほど。
私もジョルジュ同様に納得していた。
そこまで考えた上で私達に話が持ち込まれた訳だ。
私達は、何故今回の
素人同然の『政治家』としてではなく、『グーディメル商会』と『グーディメル鉱業』の代表として呼ばれたのだ。
「そうです。それと、もう一つ。これは、少し先の話になりますが、『農作業用大型重機製作プロジェクト』が軌道に乗って成果が現れるまでには、しばらく時間が掛かるでしょう。その間を埋める意味でも、また、『
ついで、とばかりに、アキト殿はサラッととんでもない提案を更にぶちこんできた。
「それは、もちろん有り難い申し出だが、少し難しいのではないですか?『食糧輸送』にはそれなりに時間が掛かる。『ロマリア王国』から『ヒーバラエウス公国』に至るまでには、『食糧』が大抵は腐ってしまってとても食べられた物じゃない。もちろん、『保存食』としてでも交易を強化出来るのなら、随分助かりますが・・・。」
それには、流石に私も疑問を呈した。
“噂話”では、『ロマリア王国』・『ヒーバラエウス公国』・『ドワーフ族の国』とを結ぶ要所であり、交易の盛んな『ダガの街』周辺は、『
事実、『グーディメル商会』と取引のある様々な『商会』は、それらのルートを使って多大な『利益』をもたらしてくれている。
しかし、『食糧輸送』となるとまた話は別だ。
「それも問題ありません。鮮度抜群、とまではいきませんが、『保存食』ではない、腐っていない『食糧』をお届け出来ますから。」
「なんとっ・・・!?」
しかし、アキト殿は、何でもない風にその問題に解決策がある事を示唆した。
「・・・それは、噂に聞く、『
「・・・おや、よく御存知ですね?」
「私も噂に聞いた程度でしかないのですが・・・。『ロンベリダム帝国』では、そうした物の普及が、少しずつ始まっているとかなんとか・・・。」
ジョルジュは、何らかの『情報』を持っていたのか、半信半疑でアキト殿にそう尋ねた。
しかし、それも無理からぬ事だ。
私も、ジョルジュの口から『ロンベリダム帝国』の名前が上がった事で内心納得していた。
『
『
大変失礼だが、近年の『ロマリア王国』はまた話は別だが、しばらく前は、『魔法技術』において一歩劣っている印象のあった『ロマリア王国』の出身者であるアキト殿達が、『最新技術』をすでに持っている事に驚きを禁じ得なかったのだ。
いや、我が妹にして身内である私の目からも見ても“天才”に映るリリアンヌと共に、『
「御存知なら話は早い。まぁ、そうした訳で、お二人には、
「そうですな。」
「・・・分かりました。」
「・・・はい。」
終始圧倒されっぱなしだった私達に向けて、アキト殿はそう話を締め括るのだったーーー。
・・・
「どう思う、ジョルジュ?」
「ふむ・・・。」
その後盛大に始まった
もっとも、私達も『貴族』であり『商人』である者の一人として、こうした場でボロを出す様な立ち居振舞いはしない。
正直、半分以上覚えていないが、無難に挨拶や受け答えが出来ていた事だろう。
挨拶回りが一通り済み、
先程の話から、そろそろディアーナ公女殿下が姿を見せる頃合いだろう。
私はそのタイミングで、先程から気になっていた事をジョルジュに問い掛けたのだった。
「こんな事を言うのは、『商人』としては本来ならありえないんだろうけど、俺はすでにアキト殿を
「ふむ・・・。ジョルジュも私と同じ意見か・・・。」
私達は、『グーディメル商会』と『グーディメル鉱業』を引き継ぎ、それぞれ『代表』の『地位』に就いてはいるが、それでも『権限』としては独自の裁量で判断を下しても問題ないのだが、そうする事は滅多にない。
なぜなら、私達は『組織』においては“
確かに私達は、所謂『創業家』の人間かもしれないが、実際に『組織』を運営してきたのは、私達の先祖や『組織』の人間達であって私達ではない。
故に、大事な局面においては、時間が掛かろうとも、全体の『総意』を大切にする事を心掛けている。
これは、私達と『組織』の人間達との『信頼関係』を構築する事が目的だからである。
こと『商売事』においては(まぁ、これは他の『分野』でも同じ事なのだが)、結果が全てである。
何の実績もない者を信頼する者など普通は皆無だ。
だから私達は、一つ一つの実績を積み重ね、『組織』の『代表』として皆に認めて貰う努力をしてきた。
もちろん、『商談』は“生き物”であるから、時に“即断即決”が必要な場面も出てくるのだが、それでもなるべく多くの『
今回の話にしたってそうである。
もちろん、父さんやリリアンヌが関わっている話なので、我々に損がない事は分かりきっているのだが、『組織』の『代表』としては、それでも慎重であるべきなのだ。
しかし、ジョルジュの言葉通り、私達はすでにアキト殿を
これは、『商人』としてはあるまじき事である。
我々『商人』は、嫌らしい話『損得勘定』で動かなければならない。
もちろん、『金銭』の絡む話であるから、『取引相手』との『信頼関係』は重要な要素ではあるものの、極論を言ってしまえば、『取引相手』の『人間性』などは『判断材料』の基準としては二の次なのである。
だと言うのに、私達はアキト殿の発する圧倒的な雰囲気を間近に触れて、
まぁ、もっとも、それはアキト殿の方から
「いずれにせよ、向こうから
「そうだな。」
と、そのタイミングで父さんがご来客の皆さんに声を掛けていた。
いよいよ、『
多少過剰な演出と共に、『反戦派』の『
◇◆◇
『グーディメル子爵家』主催の
目的は、もちろん『主戦派』に取って不利な『情報』を数多く持つモルゴナガルの“口封じ”の為である。
もっとも、すでにアキト達はモルゴナガルから得た『情報』をもとに、『主戦派貴族』達の不正行為や“
当然『資料』も『証拠』としては重視されるのだが、やはり一番状況を左右するのは“当事者”の『証言』であるから、公式の場でモルゴナガルに発言される事は『主戦派』に取っても一番避けなければならない事でもあった。
故に、この時点でも、モルゴナガルの“口封じ”には、それなりに意味がある事なのである。
「おや、お食事の時間ですかな?本屋敷では、さぞや盛大な
ハッハッハッと、半ば開き直った態度でモルゴナガルは皮肉めいた事を言う。
もちろん、ただの虚勢である。
『公女暗殺計画』が失敗に終わり、『グーディメル子爵家』に幽閉されるーーー。
これだけならば、まだモルゴナガルに取っては何とかなるレベルだった。
仮に拘束されたとしても、色々と理由をつけては身柄の解放を要求出来る。
これは、『公女暗殺計画』の“首謀者”と目されるモルゴナガルであっても同様である。
もちろん、彼の仕出かした事はとてつもない『重罪』であるが、今回の件においては、彼が関与した『証拠』は『状況証拠』と当事者達の『証言』しかない。
『特権階級』の者達を公式に罰するとするならば、それなりの確固たる『証拠』が必要なのである。
一度拘束を解かれてしまえば、それは『政治』の世界では『解放』と同義である。
後は、適当な『証拠』をでっち上げ、
何とも理不尽かつおかしな話だが、えてして『政治』の世界ではよくある事なのである。
心証的には完全に『クロ』なのに、捕らえる事が出来ない案件と言うのが、この世の中には意外とありふれているのである。
しかし、ここにアキトが関わると、話は大きく変わってくる。
『常識』が通用しないのは、アキトも同様である。
アキトは『
更に、『神域』に足を踏み入れたアキトは、“物理的制約”や“精神的制約”すら軽く飛び越えてくるので、より“
絶対に明るみに出せない、幾重にも厳重に守っている『
事実、今回の『主戦派貴族』達の『情報』にしてもモルゴナガルには漏らした
だと言うのに、いつの間にか至極当然の如く、アキト達はそれらを知っていて、もはやモルゴナガルにはそれに抗う
モルゴナガルがそうした事を経験し、半ばやけくそになるのも無理からぬ事であろう。
まぁ、彼のこれまでの行いを鑑みれば、同情の余地はないのだが。
「モルゴナガル卿とお見受けいたしますが・・・?」
しかし、そこに現れたのは、給仕に遣わされた『グーディメル子爵家』の執事や侍女ではなく、目だけを闇夜に浮かび上がらせる怪しげな格好をした男だった。
すぐに、モルゴナガルは事情を察した。
「おや、これはこれは。いかにも、私がモルゴナガルですよぉ。・・・いやはや、私には“最後の晩餐”を楽しむ事すら許されない、と言う事ですかねぇ。」
「残念ですが・・・。我が
ヒュッ!!!
『暗殺者』が静かにそう宣言すると、彼の姿はかき消えた。
斬っ!!!
ブシュゥゥゥッーーー!!!
「カヒュッ・・・!!!」
『主戦派』の息のかかった『暗殺者』は、かなりの手練れであった。
『暗殺者』の凶刃は、モルゴナガルの“首”と“胴体”を簡単に
その瞬間、モルゴナガルの口から声が漏れた様な気がしたが、おそらく幻聴か、空気が漏れたと言った様な事だろう。
モルゴナガルは、悲鳴も断末魔も上げる間もなく、驚愕の表情を浮かべたまま、その命を
「・・・。」
勢い良く吹き出た返り血を避け、短剣に付いた血糊をピッと払う仕草をした『暗殺者』は、しばらく流血が収まるのを待つと同時に、モルゴナガル
これが、この『
その後、流血が収まると、『
こうして、『
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