新たな『英雄伝説』

第80話 公女暗殺計画



大洪水による全滅を免れたロトと家族達は、過酷な世界を懸命に生き抜いていった。

そんなロトと家族達に『天空神ソラテス』は各地に散らばり繁栄する様に命じた。

こうして、ロトの子孫らは大洪水後の世界各地に散らばっていったのである。


時が経ち、いつしか、かつての文明にすら追い付くほどの繁栄を見せた“人類”だったが、かつての苦い経験を教訓に、各地で別れて暮らす事が人心の荒廃と暴虐を生み出すと考えたロトの末裔達は、『方舟伝説』を参考に一つ所でまとまって生きていく事をいつしか考えるようになった。

新たなる技術を結集して、『天』にも届く強大な『塔』を建てて、そこに共に暮らそうと考えたのである。


しかし、『天空神ソラテス』は、その“人類”の行いにまたしても怒りを感じて見ていた。

『天』は『天空神ソラテス』の『領域』であり、なおかつ、自身の命に背いた“人類”が、『神』に対する挑戦を挑んだと考えたのである。


「なるほど、そなたらの考えは分かった。しかし、私は各地で繁栄せよと命じたのだ。そなたらは私に背いたのである。」

「おお、我らが父よ。御心みこころに背いた事は謝罪致します。しかし、我らはかつての記憶を教訓として『塔』を建てているのです。けして、我らが父に挑もうなどとは・・・。」

「ならぬ。そうか、そなたらの『言葉』が同じであるから、“結託”したのであるな。ならば、その『言葉』を乱す事としよう。」


『天空神ソラテス』がそう言うと、ロトの末裔らの『言葉』は途端に通じなくなってしまった。

こうして、『言葉』の通じなくなったロトの末裔らは、『塔』の建設を断念し、再び各地に散らばる事を余儀なくされたのであるーーー。


ー『アクエラ創世記 背信の塔』の記憶の断片よりー



『世界』を産んだ代償により、長らく『眠り』に就く事を余儀なくされた『大地神アスタルテ』は、再び目覚めた時に、再三に渡る我が子らに対する『天空神ソラテス』の“天罰”を知り、激しい憤りを感じていた。

“人類”に『自由意思』を与えたのは彼ら『神々』であるにも関わらず、己の“意向”に従わなければ“力づく”で矯正しようとする『天空神ソラテス』の浅ましさ、身勝手さ、矮小さに激しい怒りを感じたのである。


「おお、『偉大なる母』よ。心中御察しします。私も、我が弟達が苦しむ様には心痛めているのです。」


そこに現れたのは、『原初のわざわい』にして、今や『奈落』を統括する『魔神』・セロスであった。

セロスは言葉巧みに『大地神アスタルテ』を懐柔し、『神々』を対立させようと画策していたのである。


「『奈落』にて、生前の『罪』を“浄化”されたとて、『地上』がこの“有り様”では、我が弟達も浮かばれますまい。しかし、私にはどうする事も・・・。」

「・・・皆まで言うな、セロスよ。我は『天空神ソラテス』の排除を決めた。お前にも協力して貰うぞ。」

「おお、『偉大なる母よ』。謹んでお受けしましょう。この『地上』に、我が弟達の『楽園』を、再び築き上げようではありませんか。」


こうして、のちに“人類”をも巻き込んだ、長きに渡る『神々の争い』が、この地に巻き起こる事となったのであるーーー。


ー『偽典・ブリューゲルの書 女神の怒り』の記憶の断片よりー



◇◆◇



『ヒーバラエウス公国』は、『ロマリア王国』の西側の隣国であり、過去に『ロマリア王国』の『大公』が独立して築き上げた『国』でもあった。


『政治体制』と言うのは結構いい加減で、それ故にややしくなるのだが、現在の『日本』におけるそれも、もちろん『中央政権』が事実上は統括しているモノの、各『地方政権』はある意味では一つ一つは独立している『国』の様な形式にも

『イギリス』における『連合王国』や『アメリカ』における『合衆国』の例にもある様に、“小さな”『国』が集合し、一つの“大きな”『国』を形成している、などと言うケースはこちらのアクエラでも向こう地球でも歴史的に枚挙に暇がない。


それと同じ様に、これは以前にも言及したが、『ロマリア王国』でも、もちろん『ロマリア王家』が便宜上は統括していると言うていにはなっているが、それぞれの『領地』にはある程度の『自治権』が認められており、『領主』、あるいは『領主家』が実質的には支配しているのである。

『ロマリア』も、形式的には“小さな”『領地』が集合し、“大きな”『ロマリア王国』を形成して出来ている『国家』なのである。


そして、現在の『ヒーバラエウス公国』の一部も、かつては『ロマリア王国』が支配する『領地』の一つだったのだが、『大公』の『影響力』が増大すると、『ロマリア王国』の内乱を恐れた当時の『王家』や元老院が、『大公国』としての独立を認めたのである。

こうして、広大な『ヒーバラエウス』の土地を手に入れた『大公』は、この地に『ヒーバラエウス公国』を築き上げたのであった。


ちなみに、『大公』というのは、『貴族』の『爵位』とは少し違い、ここら辺も少しややこしいのだが、ここでは『ロマリア王家』の直系の血統筋の者が名乗る『称号』であった。

この世界アクエラでは双子は忌避されているので、双子の兄弟・姉妹は事実上抹消されてはいるのだが、そうでなくとも当然兄弟・姉妹がいる事はある。

通常、王位継承権第一位である皇太子が、次代の『国王』に即位する事となるが、その『継承レース』から脱落した元・王位継承者達も当然出てくる訳である。


そして、これは時代や国、考え方にもよるが、そうした第二王子、第一王女以下の者達は、その後『他国』との『関係強化』を含めた『政略結婚』の道具となる事もあれば、有力な『貴族家』との、これまた『政略結婚』の道具となる場合も存在する。

後者がマルセルムの公爵家や、ジュリアンの侯爵家などに分流し別れていったのに対して、前者が『大公』として台頭していったのである。


が、血筋における“骨肉の争い”と言うモノは、いつの世も存在するモノで、特に自身の『権力』を増大させたい『貴族』からしたら、『王家』に連なる者達は『政治的』な『御輿みこし』とするには都合の良い存在だ。

(形としては少し違うが、マルセルム公爵が『王派閥』の中心人物だったのも、フロレンツが『貴族派閥』の中心人物だったのも、元々はその血筋に由来する所が大いにあった。)

まぁ、『王家』の『権威』が絶大である内は、納得した上で『大公』の名を捨て、『他国』や『貴族家』に入り、『王家』の補佐役に徹したり、別アプローチからの自身の『権力』を高める方法を模索したりするのだが、中には『貴族』に唆されたり、高い『自尊心プライド』を利用されたりして、『大公』として『自国』にすがり続ける例も少なからず存在するのである。

当然、そうした者達を『政治的』に下手な扱いをする事は出来ないが、かと言って『王家』の『直轄領』にて好き勝手に動かれるのも困りものである。

そうした末に、『ロマリア王家』はその『大公』に『ヒーバラエウス公国』の一部を含めた『領地』を与え、ある種の『隔離政策島流し』を実施したのであった。

まぁ、先程も述べたが、その『政策』は結果的に失敗に終わり、内乱を恐れた当時の『王家』や元老院から、『大公国』としての独立を認められて、ていよく放逐される事となったのである。



さて、これは以前にも言及したが、『ヒーバラエウス公国』は様々なすったもんだのあげく、『ロマリア王国』と一応の『不可侵条約』を結んではいるが、『ロマリア王国』の豊かな資源や農作地を虎視眈々と狙っているのは周知の事実であった。

と、言うのも、『ヒーバラエウス公国』は『領土』の半分以上が荒れ果てた山に覆われているからであった。

ならば『開拓』をすれば良い事だと思うだろうが、話はそう簡単ではない。

当然ながら、『開拓』をする為には多大な『労力』が必要になってくるし、『地球』と違い『大型重機』などこの世界アクエラには存在しない。

その代わり、『魔法技術』は存在するが、一部の『特権階級』や『魔術師ギルド』が『独占』しているし、何よりも、『ヒーバラエウス公国』の山々はこちらの世界アクエラの一般的な農作物を作る農作地としては適しているとは言い難かった。

その一方で、『鉱脈』(や『古代魔道文明』に関わる『遺跡』)は無数にあるので、『ヒーバラエウス公国』は『ロマリア王国』や『ドワーフ族の国』との『交易』と、やっとの事で『開拓』した農作地で何とかやりくりしていた。

面白いのは(と言うのは失礼かもしれないが)、『交易』により『ヒーバラエウス公国』は莫大な『富』を持っている。

しかし、猫の額ほどの農作地の為、また『冷蔵技術』が発展していなかった為、『富』はあれど『食糧』が慢性的に不足気味なのである。


そうした状況の中で、『ヒーバラエウス公国』は、今や国内を大きく二つの『勢力』が二分していた。

先程も述べた通り、『ヒーバラエウス公国』の『大公家』は、元々『ロマリア王家』の直系の親戚筋にあたる。

それ故、『ロマリア王国』の正当なる『後継者』を主張して、『ロマリア王国』を侵略・占領し、ある種に『ロマリア王国』の資源や農作地を簒奪しようと画策する『主戦派』。

もう一方は、『ロマリア王国』との関係を重視し、『交易』による『関係強化』を図り、この局面を打開するとともに、将来的な『布石』を打っておこうとする『反戦派』である。


『開拓』などによる『副産物』として、『ヒーバラエウス公国』の『魔法技術』は独自の発展を遂げており、『ロンベリダム帝国』とはまた違った方向で『魔法技術先進国』の一つであった。

この大きな“武器”を背景に、『主戦派』の主張が優勢であったのだが、『ヒーバラエウス公国』から見れば『魔法後進国』である『ロマリア王国』は、『英雄アキト』の影響により、近年少しずつ『ロマリア国内』の『魔法技術』も変化しつつあった。

さとい者は、それに新たな『価値』を見出だすのだが、これは何事にも言える事だが、“”が通るのではなく、“”がまかり通るのが世の常である。

息を吹き返し始めた『反戦派』に対して、国内情勢の悪化も手伝って、『主戦派』はより『』な“手段”に打って出ようとしていた。

それが、『ヒーバラエウス公国』の『第三公女暗殺計画』であったーーー。



◇◆◇



現・『ヒーバラエウス公国』の君主である『アンブリオ大公』には、5人の子供達がいた。

“第一公太子”である『ドルフォロ』、“第二公太子”である『グスターク』、“第一公女”である『ベネディア』、“第二公女”である『ニアミーナ』、そして末娘であり“第三公女”である『ディアーナ』である。

この内、“第一公女”と“第二公女”は『他国』の有力な『貴族家』との『政略結婚』をしており、所謂『継承レース』からすでに外れているのだが、今現在の『ヒーバラエウス公国』国内では第一公太子・ドルフォロと第二公太子・グスターク、そして第三公女・ディアーナをも巻き込んで泥沼の『継承権争い』が激化していた。

と、言うのも、末娘である事もあり、アンブリオ大公の寵愛を一身に受けているディアーナに、『貴族』連中からある事ない事吹き込まれたドルフォロとグスタークが、ほの暗い『嫉妬心』を剥き出しにしていたからであった。


そもそも、これは『ロマリア王家』と『ヒーバラエウス大公家』の確執のもとともなっていたが、『王位継承権』、あるいはそれに類似する『継承権』とは、継承をめぐる争いを未然に防ぐ為にもしっかりと明確化しているケースが多いのだが、にも関わらず結果的に『継承権争い』が巻き起こる事が非常に多いのである。

これは、もちろん様々なケースがあるものの、前述の通り、“家族”ならではの『嫉妬心』を『他者』に『利用』され、無垢な子供らをていよく唆す“悪い大人”が、いつの世にも存在するからである。


順当に考えれば、第一公太子であるドルフォロが次期君主につくのは火を見るより明らかなのであるが、それでは面白くない者達も一定数いるのである。

そうした者達は、言葉巧みに『継承権』を持つ者に取り入り、『洗脳教育』や『思想教育』を用いて、自分達の都合の良い様に『継承権』を持つ者を『駒』に仕立て上げるのである。

言うなれば、一種の『傀儡』である。


以前にも言及したが、『自分自身自我』と言うがまだ確立していない『精神性』の幼い少年・少女が、『他者』から様々な“影響”を受ける事は避けられない現象である。

一般的な『家庭』であれば、子供らが『自立』するまでは、大抵は親が、または周囲の大人達がそうした“影響”から守るのであるが、『国』のトップなどの高い『社会的地位』を持つ『家』などでは、公私ともに多忙を極める為に、その様々な教育などを『他者配下』に任せる事も多い。

(もちろん、しっかりと自分達で教育する者達も中にはいるが。)

その『配下』が信頼の厚い者ならば、むしろ少年・少女達は立派な紳士・淑女として成長していく事となる訳だが、その『配下』との『信頼関係』が浅ければ、“裏切られる”可能性は非常に高いのである。

何せ、そうした『立場』の者達には、大人であろうと、子供であろうと、近寄ってくる“悪い大人”が後を絶たないのだから。


本物の『悪党』と言うのは、意外なほど狡猾で計算高く、初めから大きな『結果』を求める事はない。

それ故に、を握らされたその『配下』の『罪悪感』も薄い傾向にあるのだ。

ちょっとした小遣い稼ぎ程度の認識で、少しだけ偏った『教育』を吹き込むだけなのだから。


しかし、『裏社会』の『常套手段』でもあるが、それが大きな“罠”なのである。

そうした『悪事』を繰り返す内に、段々感覚も麻痺してくる。

“沼”にハマってしまえば『悪党彼ら』の思うツボである。

段々と『要求』がエスカレートしていき、それを断る事が出来なくなるのである。


その末でそれぞれ歪んだ形でしたのが、今現在の第一公太子ドルフォロと第二公太子グスタークであり、ドルフォロは『主戦派』寄りの『保守派』として、グスタークは急進的な『主戦派』の中心人物として、それぞれ台頭していったのである。


一方、第三公女ディアーナは、アンブリオ大公のお気に入りであった事もあり、また、早々に『継承レース』から外れた第一公女ベネディアと第二公女ニアミーナとの姉妹仲も良かった事から、まともな『愛情』と非常に高水準の『教育』を受けて育った為に、聡明かつまともな感覚の持ち主として成長していた。

その見た目の『美貌』もさることながら、『知性』と『慈愛』を兼ね備えた才媛である彼女は民衆からの支持も厚かった。


ディアーナは、その高い『知性』から、“先”を予測する能力にも長けており、『ヒーバラエウス公国』が長年抱えていた『食糧問題』に、近年一筋の光明を見出だしていた。

それが、『英雄アキト』の影響で変化しつつある『ロマリア王国』の『魔法技術』であり、『ロマリア王国』との『技術提携』を実現させれば、『食糧問題』を解決する一歩になると考えていた。

当然ながら、ディアーナにとっては、安易な侵略や占領などもってのほかである。

もちろん、侵略や占領によって、『土地』や様々な『技術』を奪う事は可能かもしれないが、ハッキリ言うとこれは悪手である。

『戦争』を完璧にコントロールする事は、言うなれば、軍人一人一人を完璧にコントロールする事になる訳で、そんな事は現実的に不可能だ。

『情報』の(意図的なのか偶発的なのかはこの際置いておくとして)行き違いで、『ロマリア王国』側の『魔法技術』の『第一人者』である人物やあるいは組織を失ってしまったら、その『技術』を復興する為には多大な時間と労力を必要とする事は火を見るよりも明らかであり、それならば、『間諜スパイ』による『技術情報』を密かに盗ませたり、『技術者』を金品などで引き抜いたりした方がまだ現実的である。


その末で、『政治的』な『裏工作』はある程度黙認しつつも、『ロマリア王国』との正式な『外交交渉』を主張するディアーナは、いつしか『反戦派』の『旗印はたじるし』として祭り上げられていたのであった。

もっとも、ディアーナ自身は『権力』に対して執着を見せず、あくまで君主の『補佐役』として、『ヒーバラエウス公国』の『国益』を鑑み自身の能力を最大限に活かそうと考えていたのだが。


しかし、己の『権力』に執着する者達には、ディアーナの存在は脅威でしかない。

彼女にそのつもりはなくとも、彼女の『実力』と『人気』は無視出来ないモノであり、密かに彼女を次期君主に擁立しようと画策する者達も出てくるのは時間の問題だ。

その前に、彼女を“排除”しようと考えるのも、まぁ、『政治的』にはよくある話であろうーーー。



◇◆◇



『リリアンヌ』子爵令嬢は、『ヒーバラエウス公国』では有名な変わり者の『古代魔道文明研究者』であった。

前述の通り、『ヒーバラエウス公国』には『古代魔道文明』に関する『遺跡』が多数発見されている。

しかし、現状の『ヒーバラエウス公国』には、それら『遺跡類』など無用の長物でしかなく、もちろん、『古代魔道文明』に関連した『魔道具マジックアイテム』や『失われし神器ロストテクノロジー』は、発見されればとてつもない『歴史的発見』ではあり、ある種の『武器』ともなりうるが、『ロマリア王国』の例にもある様に、そうした発掘や調査はこの世界アクエラでは後回しにされる傾向にある。

あるかどうかも分からない、しかも使どうかも分からない過去の『技術』を追い求めるよりも、新しい実用的な『技術』を開発した方が現実的だと言うのは、まぁ、この世界アクエラの大半の人々の『本音』であろう。

この世界アクエラの人々は、その厳しい環境柄、良くも悪くも“現実主義者リアリスト”なのである。


もちろん、『ロンベリダム帝国』の様に、皇帝自ら『古代魔道文明』の『資料』や『物品』を収集・研究させていたり、『ライアド教ハイドラス派』の様に、実際に有用な『失われし神器ロストテクノロジー』を手に入れた例も存在するが、これはある種の例外であろう。

これは、使える『資金』が豊富にある、あるいは簡単に“都合”をつけられる背景があるからであり、現状の『ヒーバラエウス公国』には残念ながらそんな余裕は存在しない。

豊富な『鉱石類』はあっても、一番のネックである『食糧問題』に解決の目処が立っていないのだから。


しかし、そんなリリアンヌに『資金提供』を申し出た酔狂な者が現れた。

他でもないディアーナである。

方向性は違うが、現状の『ヒーバラエウス公国』の『生命線』は、その独自の発展を遂げた『魔法技術』である事はディアーナもしっかり認識しており、『外交交渉』をより有利にする為にも、『古代技術』の『知識』や『資料』に『利用価値』を見出だしていたのである。


それに(アキトの周囲は例外であるが)、この世界アクエラに置ける『女性』の『社会的地位』は高いとは言い難いのが現状だ。

男社会である様々な『分野』で、(一般的評価は低いかもしれないが)一線級の活躍を見せる同じ『女性』に、ディアーナがある種の『シンパシー』を感じていたとしてもおかしくはないだろう。


しかし、それ故に、リリアンヌの『護衛魔法士』であるレティシアの胃痛は加速度的に増大していった。

ただでさえ、自由奔放なリリアンヌに振り回されているのに、そこに『ヒーバラエウス公国この国』の『重要人物』の一人であり、情勢的に『敵』の多いディアーナが、ちょくちょく顔を見せるのだから。

ディアーナに何かあれば、自分の首どころか、リリアンヌの生家であり、レティシアに取っても大恩ある『グーディメル家』にまで迷惑が掛かる。


もちろん聡明なディアーナは、『敵』に対する対策も講じていたが、彼女は頭は良いが、半面『経験』に乏しく、『海千山千』の『狸親父』達が蔓延はびこる『政界』で渡り合うには、まだまだ『力不足』な感は否めなかった。

良いか悪いかはともかく、どんな人間も“使”次第である。

そこに、まだ彼女は気付けていなかった。



・・・



「はぁ~~~んっ!!!こんな事になるなんてぇっ~~~!!!やっぱりワタシって、ツイてないんだぁっ~~~!!!」

「落ち着きなよ、レティシアぁ~。彼らも、ボク達を殺すつもりはないってっ!」


栗毛の髪を短く切り揃え、急所のみを防護する軽装の鎧に身を包んだ凛々しい女性と(今現在はその面影もないほど泣き崩れているが)、高級そうなローブを、これでもかとヨレヨレになった状態で気崩しているポヤポヤした雰囲気の黒っぽい髪色をした女性が、とある『盗賊団』の“アジト”にてされていた。

そしてもう一人、動きやすい旅人風の衣装に身を包んでいるが、その上品で高貴な雰囲気から、ドレスを身に纏っている様にしそうな、アッシュ系プラチナブロンドの美しい女性が、取り乱す二人(?)に対して申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「・・・申し訳ありません、リリ、レティシア。わたくしの判断が誤っていました。まさか、こんな『』な“手段”を打ってこようとは・・・。」


綺麗な所作で頭を下げるディアーナに、泣きわめいていたレティシアも、ポカーンとしたリリアンヌも、面食らって慌ててしまった。


「お、お顔を上げて下さい、ディアーナ様っ!今回の件は、ワタシの失態なのですからっ!!ワタシの『力不足』故に、御身をこの様な危険にさらす事となってしまいっ・・・!!!」

「そうだよぉ~、ディアーナ様が謝る事じゃないよねぇ~。けどけど、レティシアは十分頑張ってくれたよぉ~?ディアーナ様の護衛の人達は簡単にやられちゃったのに、ボク達はこうして無傷で済んでるんだからさぁ~。けどけど、心配は要らないんじゃないかなぁ~?ボクらの顔を知ってるみたいだったから、多分『身代金』目当てなんじゃなぁ~い?」


『古代魔道文明』と『魔法技術』以外には、とんと無頓着とは言え、リリアンヌも一応子爵の娘としてのある程度の自覚はあった。

しかし、人間の『悪意』に鈍く、『政治的』な事には興味がなかったリリアンヌは、『身代金』目当ての『誘拐』だとある種楽観的に考えていた。

しかし、当然ディアーナはリリアンヌのその言葉に首を振る。


「いいえ、リリ。貴女を狙ったのなら、その可能性もありますが、彼らはわたくしの事も知っているそぶりでした。ならば、十中八九狙いはわたくしの方です。それに、今改めて考えてみたら、わたくしの護衛達は簡単にやられ過ぎです。多勢に無勢とは言え、精鋭中の精鋭であるわたくしの護衛が、『盗賊団』ごときに後れを取るとは考えづらい。わたくしは、いいように嵌められていたのかもしれません。」

「ご明察ですよぉ、ディアーナ公女殿下。」


そのディアーナの推論に、肯定の言葉を発しながら監禁部屋に入って来た、高貴な身形をしているモノの何ともいやらしい表情を浮かべる40そこそこの男と、それに付き従う様に数人の男達がゾロゾロと現れる。


「ディアーナ様、リリアンヌ様、ワタシの後ろにっ!!!」

「ひゃうぅっ!!」

「貴方はっ!!??モルゴナガル卿っ!!!」

「おやおや、私の様な者の名前を覚えておいでとは。流石は聡明なディアーナ公女殿下であらせられる。」


大仰な言葉遣いをして、人をくった様な態度を取る男。

彼はモルゴナガル伯爵。

ヒーバラエウス公国この国』では、ドルフォロを主体とした『保守派』、グスタークを主体とした『主戦派』、そのどちらにも良い顔を見せる『コウモリ』と『貴族』間では揶揄される男だった。

しかし、分かる者には分かるが、そうした“立ち居振舞い”が出来ると言う事は、狡猾で計算高く、胆力や謀略にも長けていると言う裏返しでもあった。


「これは、貴方が画策した事なのですわねっ!!!」

「流石はディアーナ公女殿下。左様。生憎とには貴女様は邪魔でしかない。しかし、公女殿下をただただ『暗殺』するのは悪手でしかない。本来なら、『ロマリア』側の『組織』に手を掛けさせる案もあったのですが、『ダガの街』周辺の『空白地帯』の治安も良くなってしまってましてねぇ~。都合の良かった『組織』が軒並み消えていってしまっているんですよぉ。そこで『代案』として、『遺跡類』を根城とする『盗賊団』に襲われて命を落とした、と言う“シナリオ”に差し換えたのです。」

「なるほど・・・。リリとわたくしの関係を鑑みれば、わたくし達が『遺跡類この場所』でそうした者達に襲われたとしても不自然ではない。“お忍び”で訪れている事も計算に入れて、奮戦空しく命を落とした、と言う事にしようとしているのですねっ!?」


ディアーナ達には、残念ながら現状を打開する『力』はない。

しかし、彼女はその明晰な頭脳をフル活用して、『舌戦』にて、少しでも『時間』を、『活路』を見出だそうとしていた。


「ええ、ええ。もちろん、公女殿下の護衛は精鋭中の精鋭。少し言いにくいのですが、本来なら有象無象の『盗賊団』程度に後れを取る事はありますまい。しかし、多勢に無勢は世の常ですから、仮にやられてしまっても、これもある程度は世間も納得するでしょう。何か卑劣な罠を仕掛けられたのだろうとか、適当に納得出来る理由を想像してねぇ。そもそも、公女殿下ほどの高貴な方が、“お忍び”で『遺跡類この様な場所』に訪れる事自体が『常識』では“有り得ない事”なのですよぉ。些か己の『知性』に自惚れた公女殿下が油断してしまったのだろうと考える事でしょう。まぁ、いずれにせよ、貴女様に『弁解』の機会は永遠になくなるのですから、『真実』は闇の中、ですがねぇ?」

「っ!!!やはり、護衛達とも“結託”していたっ!?」

「ええ、ええ。彼らは生きていますよぉ。流石に、このまま『』に戻る事は出来ませんが、私も優秀な護衛が欲しかったところなのです。ワガママなに振り回されるより、より『』の良いところでその『力』を奮いたいと思うのは当然の事でしょう?彼らも、別に貴女様に忠誠を誓った『騎士』ではなく、あくまで『職業軍人』なのですから。」

「くっ!!??・・・『盗賊団彼ら』はどうするのですかっ!?わたくし達を討ったとなれば、『ヒーバラエウス公国この国』も黙ってはいないですよっ!!??貴方達は、使い捨ての『駒』にされているのですよっ!!!???」


圧倒的不利を確信して、ディアーナは『仲間割れ』を誘発する為に、『盗賊団』の『頭目』と思わしき男に声を掛ける。

それに、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて男は答えた。


「嬢ちゃん、残念だが、旦那とはナシがついてんのよ。ま、部下のバカ共は殺られんだろーが、俺にゃあカンケーねぇ。俺ぁ、いただいた大金を持って、どっかヨソで悠々自適に暮らすとするさぁ。」

「貴方、騙されていますわっ!!!『裏事情』を知っている者を、モルゴナガル卿が生かしておくとでもっ!!??」

「ハハハハハッ、おかしな事を言う嬢ちゃんだなぁ~。ねぇ、旦那ぁ~。」

「ええ、ええ。本当に単純で助かりますよ、。」

「へっ???」

「くっ!!!???」

「キァアアアアアッーーー!!!」

「な、なんという・・・。」


モルゴナガルが手を上げると、『盗賊団』・『頭目』の男はモルゴナガルの配下に胴を貫かれた。


「な、なんでっ・・・!?」

「公女殿下の仰る通りです。護衛の皆さんは、私に取っても『利用価値』のある『力』を持っていますが、アナタ方程度は、生かしておいても害悪にしかならない。まあまあ、大金を事は出来たでしょう?私は『嘘』はつかないのですよぉ。まぁ、だからと言って、と言う訳ではありませんがねぇ?」


完全に致命傷を貫かれた『盗賊団』・『頭目』の男は、放心状態で間もなく絶命した。

その衝撃シーンは、ディアーナ、リリアンヌ、レティシアにも緊張感を走らせる。

モルゴナガルは、、と。


「み、皆さんも見たでしょうっ!!??この男は、血も涙もない本物の『悪党』ですよっ!!??貴方達も無事では済まされませんよっ!!??」


それでもディアーナは、気丈にモルゴナガルの配下達に訴え掛ける。

しかし、彼女は、やはり『政治的』な面においては、モルゴナガルに一歩劣っていた。


「いえいえ、公女殿下。私は私が認めた者達は重宝するタチでしてねぇ。一度部下や配下にした者達を、もちろん不始末をおこしたらその限りではありませんが、私から切り捨てる事はありませんよぉ。それに、仮にここで貴女様を助け出したとしても、その先は茨の道です。『損得勘定』がしっかり出来れば、そんな愚かな『選択肢』を取る者などおりませんよぉ。」

「・・・申し訳ありません、公女殿下。」

「そんなっ・・・。」


いくら高い『能力』を持っていても、『国』や『政治』を、それは『リーダー』としての『力』がないのと同じである。

人一人の『力』で出来る事など、たかが知れてるのだから。

『人心掌握』の観点から、ディアーナはそれを怠ってしまった。

なぜなら、彼女は自身が動く事で、それに惹かれて人々が勝手についてきてくれたのだから。


しかし、これもまた『人生』である。

『人生』とは、常に『準備不足』の連続だ。

その中で、如何いかに一見無駄とも思える『準備』に奔走しておくか。

あるいは、“アドリブ”で如何いかに上手く切り抜けるか、である。

ディアーナは、それを自身の『命運』がつきかけるタイミングで、ようやく悟ったのであるーーー。



・・・



しかし、そうした数々の『謀略』や『思惑』も、いとも容易くにしてしまう“存在”がいる事も、モルゴナガルは忘れてはならなかった。


無言でモルゴナガルが手を上げると、モルゴナガルの配下達はディアーナ達に殺到する。


「貴様らぁっーーー!!!」

「いやぁぁぁぁっーーー!!!」

「くっ!!??だ、誰かっ・・・!」

「無駄ですよぉ、公女殿下。貴女様を守る者など、ここにはおりません。」

「・・・いるさっ!ここにひとりなっ!!」

「ヒューッ!!!って、コ〇ラじゃねーかっ!!!」

「「「「・・・えっ???」」」」


レティシアは玉砕覚悟で最後の抵抗を試みようとし、リリアンヌとディアーナがお互いを守り合う様に寄り添って悲鳴を上げる。

ディアーナの祈る様に漏れ出た呟きに、モルゴナガルは嘲笑う様に『絶望的』な『最後通告』を言い渡すが、そこに“場違い”なほど絶妙なタイミングで割って入った者達がいた。

何を隠そう彼らこそが、(最近随分出番が少なかった為に少しノリノリな)『英雄神』・セレウスと『英雄』・アキトの、もはや『事象起点フラグメイカー』どころか、『事象破壊フラグブレイカー』すら可能にした“空気”の読めないKYコンビと、その仲間達であった。


「何か、ごめんねぇ~。」

「いえいえ、アイシャ殿。『悪党』共に謝る必要などありませんよ。」

「ダーリンとセレウス様、楽しそうだねぇ~。」

「「「「・・・誰っ???」」」」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る