第75話 『テポルヴァ事変』 3
◇◆◇
『TLW』における“善性”とは、『法』や『秩序』を重んじる事であって、『善悪』における『絶対的な善』の事ではない。
言うなれば、“考え方”の一つの方向性であり、現実世界で言えば『保守派』などがこれに該当する。
『保守派』は、一種の『事なかれ主義』の事であり、当然ながらそれ相応の欠点も存在する。
それは、『法』や『秩序』を乱す者とは相容れない点である。
もとより、『自然界』とは『弱肉強食』の『世界』であり、その『世界』では大きな『群れ』を成しているのは、はっきり言うと『弱者の証明』である。
しかし、特に『人間種』の『世界』においては、『文明』が発達して、『社会』が形成されていくと、その“
それが、『ルール』であり、『法』であり、『秩序』である。
それ自体は特段悪い事ではない。
安定した生活基盤と言うのは、ある種の『理想的』な『社会』だからである。
しかし、それにも慣れてくると、人は簡単な事を忘れる。
『
『法』や『秩序』は、『
この世に、『完全なる法』など存在しないのである。
では、“悪性”とは何だろうか?
『TLW』における“悪性”とは、“善性”とは真逆の『自由』を重んじる事であって、『善悪』における『絶対的な悪』の事ではない。
現実世界で言えば、『リベラル派』などがこれに該当する。
『リベラル派』は、一種の『進歩主義』の事であり、『法』や『秩序』を重んじる『保守派』とは常に対立構造にある。
一見すると、『自由』とは良いイメージを持つ事もあるが、裏を返せば全て『自己責任』と言う事でもある。
ある意味では『自然界』の『弱肉強食』の『強者の証明』でもあるが、こちらも当然ながら欠点が存在する。
それは、『食物連鎖』のバランスを完全に無視している点である。
『自然界』の『弱肉強食』は、一見『強者』が『弱者』を搾取している『システム』に見えるが、これはしっかりしたバランスあっての事である。
当然ながら、『食物連鎖』の頂点である『強者』が増えると、安定したバランスが崩れ『弱者』の『絶対数』もそれに反比例する様に数を減らしていく。
そうなれば、『強者』は生き残る為にも、『強者』同士での争いを余儀なくさせる。
それが、『人間種』の『世界』では『戦争』であり、『覇権』をかけて争った結果、最終的に『弱者』をも巻き込み、『強者』の生命線とも言える存在を失い、『強者』自身の首を絞める事となるのである。
この世に、『完全なる自由』など存在しないのである。
では、“中立”とは何だろうか?
『TLW』における“中立”とは、一種の“バランサー”の事である。
前述の通り、“善性”にも“悪性”にも、それぞれメリットとデメリットが存在する。
その“善性”と“悪性”の良いとこ取りのハイブリッドが“中立”と言えば聞こえは良いが、ある意味では『日和見主義』であるとも言える。
人は結構『白黒』はっきり着けたい生き物だ。
そして、最終的には『論理』よりも『感情』で動いてしまいがちである。
“中立”とは、“善性”・“悪性”の『勢力』から言えば、「どちらの味方でもない」のではなく、「どちらの敵でもある」『勢力』に他ならない。
故に、ある意味では一番『正しい』のであるが、“中立”の『主張』は軽んじられる傾向にある。
この世に、『完全な公平』など存在しないのである。
とは言え、これは大まかな“カテゴリー”分けであり、実際の『社会』や人々の『心』や『主義』・『主張』はもっと複雑怪奇な訳であるが・・・。
◇◆◇
『治療班』の活動が“光”だとすると、『警戒班』の活動は“闇”の部分に相当するだろう。
いくら『テポルヴァ』の住人達を守る為とは言え、『
しかし、『LOL』以外の者達は、その行為に対してそれほど“忌避感”は持っていなかった。
比較的『秩序』の安定していた『
まぁ、実際に戦えるかはまた別の話であるが。
しかし、そうした面では、『
・・・
「『感知』しましたっ!『
「了解しましたっ!私とN2さんで先行しますっ!行きましょうっ、N2さんっ!」
「了解ですっ!」
「くそっ!? 性懲りもなく、また現れたのかっ!?」
「『
「ツェッチーニ殿っ、『衛兵』の皆さんの協力を仰いでもっ!?」
「ああっ、よろしく頼むっ!!」
駐留軍と合同で警戒に当たっていた『LOL』の『警戒班』、ドリュース、キドオカ、N2、アーロス、アラニグラ、タリスマン、そして、駐留軍の“現場指揮官”であるツェッチーニが、これで何度目かも分からない襲撃にそう辟易しながら叫ぶのだった。
『歴戦の雄』たる駐留軍の“現場指揮官”・ツェッチーニをして「見事な手際」と言わしめた緻密な“作戦行動”は鳴りを潜め、まさしくただの『暴徒』と化した『カウコネス人』達が、好き勝手に無作為に暴れまわっているだけなのだから。
まぁ、それもその筈、『
エルファスを失い、ただでさえ『士気』がボロボロに低下していて、更にマトモな統率も取れていない『
とは言え、『
ここで退いても、『ロンベリダム帝国』側としては、当然報復措置を取る筈だ。
そうなれば、『戦力差』から『カウコネス人』側の敗北は火を見るより明らかであり、結果的には良くても『戦後賠償』を支払う必要に迫られ、最悪の場合は『カウコネス人』そのものが『滅亡』の憂き目にあうのは想像に難くない。
何より、その『判断』を下せる『
前述の通り、『カウコネス人』側の『実質的指導者』はホンバではあるが、エルファスを失ってからは彼に対する『信頼』や彼の『求心力』など有って無い様なモノだ。
むしろ、若者達が“暴走”してその首を取られてないだけ、まだかろうじて理性的であった。
まぁ、見も蓋もない言い方をすると、戦後の事を考えれば、最終的に『責任』を取るべき人物はやはり必要だからである。
まぁ、一種の『人身御供』としてホンバは生かされている、と言った状況である。
「くそぉぉぉぅっ、『侵略者』共がぁぁぁっーーー!!!」
「もとはといえば、お前らが攻めてこなけりゃこんなことにはぁぁぁっーーー!!!」
「「「「「『カウコネス人』達の襲撃ですっ!!『市民』の皆さんは中央広場に退避をっ!!『衛兵』の皆さんは、足止めをして下さいっ!!!」」」」」
「うりゃあぁぁぁっ!!『
『
これにより、今まさに
事『諜報』関係の『スキル』においては、『
しかし、そうした事からドリュースの『役割』は、自ずと『後方支援』となってしまう。
その代わり、現場に真っ先に駆け付けるのは、『LOL』のメンバーの中では最速の『スピード』を誇る『
キドオカは、『
N2は、『
「だからって、無抵抗な人間をその手にかけて良い理由にはならないだろーがっ!!!」
「・・・。」
キドオカとN2に少し遅れて、アーロスとアラニグラが迎撃に参戦する。
『
いや、正確には“本気”を出せばそれも可能なのだが、それをすると、“手加減”が出来ないし、無差別に周囲に被害が出てしまう恐れがある為、使用には注意が必要なのである。
似たような理由で、『
事、『市街地』における『ゲリラ戦』では、色々と制限の掛かる『守り手』の方が圧倒的に不利なのである。
とは言え、『LOL』の『力』は、
「くそぉぉぉうっ、バケモン共がぁぁぁっ!!!」
「退け、退けぇぇぇっーーー!!!」
「逃がすかよっ!!!」
『LOL』や駐留軍の活躍によって、瞬く間に瓦解した『カウコネス人』達は撤退して行った。
ある種の『フラストレーション』の溜まっていたアラニグラは、それを追撃すべく声を張り上げるが、すかさずタリスマンからの制止が掛かった。
「いけませんっ、アラニグラさんっ!!!深追いは禁物ですっ!!!」
「けどよぉっ!!!」
「『治療班』の皆さんの活躍により、撤退準備は整いつつありますっ!『
所謂『タンク』タイプである『
タリスマンがルキウスに
もちろん、『迎撃』であれば致し方ないが、『侵攻』となると話は別だった。
「ちっ!ったく、りょーかいっ!」
しかし、“
「けど、皆さんが手伝って下されば、鎮圧も簡単に済みそうですよねぇ~?『
「おいっ、トロメーオっ!言葉を慎みたまえっ!!『
「す、すいませんっ!!!」
若者特有の思慮の浅さから、そう軽口を叩くトロメーオに、ツェッチーニはそう叱責した。
ツェッチーニは、『緊急通信』にて『
「申し訳ありません、『LOL』の皆さん。皆さんの素晴らしい『お力』に部下が魅せられてしまった様でして。彼の失言をお許し下さい。そして、出来れば忘れて頂けると幸いです。」
「申し訳ありませんでしたっ!!!」
ツェッチーニの謝罪に、慌ててトロメーオも頭を下げた。
「いえ、こちらの『立場』を尊重して頂いてむしろ感謝します。」
タリスマンは、その謝罪を快く受け取り水に流したが、アラニグラは、そのトロメーオの言葉に少し考え込むのだったーーー。
◇◆◇
男と言う生き物は、何だかんだ言って競い合う事が好きな生き物なのである。
その証左ではないが、幼い男の子達は、『強い者』に強く惹かれる傾向にある。
その“対象”は人それぞれだろうが、アラニグラは、その“厨二病的嗜好”からも分かる通り、『悪』に対してそれを持っていた。
と言っても、別に『犯罪者』に憧れを抱いてる訳ではない。
むしろ、『悪』のイメージとしての、何者にも“
しかし、彼は普通の『一般常識』をしっかり持つ理性的な青年だったし、『
それ故、ある意味健全に、その“嗜好”を『
ところが、彼は、『オタク』ならば一度は憧れる『異世界転移』を現実のモノとした。
初めこそ『混乱』し、『
もちろん、『
そうした意味で、彼は『
「ドリュース。少しいいか?」
迎撃から戻ったアラニグラは、その足でドリュースのもとを訪れた。
「お疲れ様でしたっ、アラニグラさんっ!どうかされましたか?」
「『カウコネス人』達の
「えっ・・・!?ま、まぁ、調べ
アラニグラの言葉に、訝しげな表情を浮かべてそう答えるドリュース。
「なら調べてくれ。俺が一気に叩き潰すっ!!!」
「ちょっ、アラニグラさんっ!?それは、いくらなんでも・・・。」
アラニグラのその発言には、ドリュースもギョッとした。
「・・・ドリュースも、やはり
「はっ???
「いや、何でもない。今の言葉は忘れてくれ。」
とは言うものの、アラニグラは落胆の表情を浮かべていた。
と、そこへ、
〈なら、僕が教えてあげよっかっ?〉
「なっ!!??だ、誰だっ!?」
「っ!!??」
『
そこには、
・・・
「貴様っ、何者だっ!?」
「おやおや、警戒させちゃった様だねぇ~?僕は別に君達の『敵』じゃないよ?まぁ、『味方』でもないんだけどさぁ~。」
ヴァニタスは、
そして前述の通り、
(もっとも、これは『
二人が警戒するのも無理からぬ事であろう。
「それじゃ、自己紹介しておこうか。僕はヴァニタス。“願いを叶える者”だよぉ~。」
「ヴァニタス・・・?」
「“願いを叶える者”・・・?」
そのヴァニタスの胡散臭そうな“自称”に、二人は更に警戒感をあらわにするのだった。
ヴァニタスは、その二人の様子を面白そうに眺めていた。
「まぁ、突然現れてそんな事言い出したら警戒するのも無理ないけど、本当の事だよぉ~?まぁ、もっとも、その“願い”の『結果』を良いモノとするか、悪いモノとするかはその人次第なんだけどねぇ~?」
「何を言って・・・。|
「耳を傾けるな、ドリュースっ!離脱して、仲間達と合流しようっ!!」
「別に僕はそれでもいいけど、君自身の為にもそれは止めておいた方が良いんじゃないかなぁ~?それに、そのまま『
「っ!!??なぜ俺の『本名』をっ!!??」
ネトゲなどでは、『リアル』の詮索は『マナー違反』である。
よほど親しい相手や親しくなった相手でなければ、『リアル』の『情報』を交換する事はデメリットが大きい、と言い換えてもいいだろう。
(まぁ、その人の『ネットリテラシー』にもよるのだが。)
アラニグラはその辺の意識が特に高く、他のメンバーがある程度『リアル』の『情報』を交換する中で、彼だけは今現在に至るまで『リアル』の『情報』を流出した事がなかった。
「僕、これでも『神性』の端くれだからさぁ~。まぁ、にわかには信じられないかもしれないけどねぇ~。そっちの彼の『本名』も分かるよぁ~。“
「っ!!??」
「・・・。」
アラニグラは、ドリュースの『本名』を知らなかったが、ドリュースの表情からそれが正解なのだと理解した。
「ヴァニタス、と言ったか。何が目的だっ!?」
「だから言ってるでしょ?君の“
「何をっ・・・!!」
バカな事を、と言おうとして、アラニグラは言葉を紡げなかった。
それは、彼が今まさに感じていた事なのだから。
「むしろ
「なっ!?」
「そんなっ!?」
サラッとヴァニタスからもたらされた衝撃の事実に、アラニグラとドリュースはショックを隠せなかった。
しかし、これは
もっとも、ヴァニタスが『LOL』と『至高神ハイドラス』との『縁』の事を知っているかはさだかではないが。
「まぁ、それはともかく、アラニグラくん。君にはこれを貸してあげよう。」
ショックを受ける二人には特段興味を示さず、ヴァニタスはあくまでマイペースに話を進める。
ヴァニタスがふいにアラニグラに放り投げたのは、何とも不思議な感じのする
反射的にアラニグラはそれを受け止め、警戒しながらそれを観察した。
「何だ、これはっ!?」
「それは、『神の眼』と言う『
「・・・そんな貴重な物を他人に預けて、壊されるとか考えないのかっ?」
「ああ、無駄無駄。ただの『人間種』では傷一つつかないよ。例え、『
会話による“揺さぶり”を仕掛けてみても、まさに「暖簾に腕押し」状態だった。
ケラケラと面白そうに笑うヴァニタスに、アラニグラは苦虫を噛み潰した様な顔をした。
「ま、そんな訳だから、『
「あっ、おいっ!!!」
ヴァニタスは、好き勝手に言うだけ言うと、また
事『交渉事』・『折衝事』においては、これほど厄介な相手はそうはいないだろう。
なんせ、あらゆる意味で『コミュニケーション』が一切成立しないのだから。
残されたアラニグラとドリュースは、しばらく狐につままれた様な顔をしていた。
そして、アラニグラの手もとに残された『神の眼』の存在により、今の出来事が“夢”ではなかったと理解した。
「ど、どうしましょうか、アラニグラさんっ!?皆さんに今の出来事を報告した方がいいんじゃっ・・・!!??」
ドリュースは、得体の知れない
それ故に、ジーっと『神の眼』を見ながら考え込んでいたアラニグラの内心の変化に全く気付けなかった。
「・・・悪いな、ドリュース。」
「・・・えっ!?」
「【
「な、何をっ・・・。Zzz・・・Zzz・・・。」
しばらく考え込んだ末に、ある種の決意をしたアラニグラは、ドリュースに対して『睡眠攻撃』を仕掛けた。
「ちょっと、
◇◆◇
「よろしかったのですか、ヴァニタス様?あの者に、貴重な『
「別にかまわないさ。本当は『
相変わらずむっつりとした陰気な雰囲気を醸し出したまま、遠くからアラニグラ達を『監視』していたエルファスは、戻ってきたヴァニタスにそう問い掛けた。
「
「う~ん、それも面白そうだけど、
「おお、こわいこわい。『カウコネス人』共にはとっては、まさしく『悪夢』ですな。」
「君に言われたくはないなぁ~。」
エルファスは、ちょっとした仕返しの様にヴァニタスに少し前に彼から言われた台詞を再現してみせた。
これには、ヴァニタスも心外そうに頬を膨らますのだったーーー。
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