第67話 『山の神』・エキドラスと『限界突破』の『試練』 1



◇◆◇



『アスラ族の集落』から、更に奥深くに登っていった先の『ノーレン山』の山頂付近には、『山の神』・エキドラス様の住まう洞窟があるそうだ。

『神』の住まう(と考えられている)土地一帯を『聖域』・『神域』と見なす文化や風習は、『地球』でも各地で類似したモノがあるが、それはこの世界アクエラでも変わらないらしい。

そこに至る登山口の“入口”に、『日本』で言うところの『鳥居』の如く、『俗界』と『神域』とを分ける『境界』、『アスラ族』が造ったと思わしき『門』の様な構造物があった。

そこをくぐった時から、“場”の雰囲気が一変した様に僕らは感じていた。


「ここから先は、『山の神』の『領域』です。皆さん、私の後をくれぐれもはぐれない様に気を付けて下さい。」


『立会人』であり、『案内役ガイド』のラインハルトさんは、後ろを振り返り緊張した面持ちで僕らに注意を促した。

それに、『同行者』のルイードさんとレルフさんはコクリと頷いた。

僕らは、これがある種の『結界テリトリー』である事を『経験』から理解していた。

険しい『山道』でもあるし、“正規のルート”を外れると危険であると言う意味合いももちろんあるんだろうが、おそらくここら辺一帯は『竜種』が支配する土地であると思われる。

それ故に、“正規のルート”から外れると、『山の神』の『眷属』たる『竜種』に襲われる危険性もあるのだろう。


「はぁ、はぁ、え、『英雄』殿達は、随分余裕そうだな・・・?」


その緊張感に加え、低酸素、気圧の変化などにより、大きく息を乱しているルイードさんが息もたえだえながらも呟いた。

『高地』に住む『鬼人族』であるルイードさんがそんな状態になるのは若干違和感があったのだが、よくよく考えてみれば昨日彼とは『力比べ』をしたばかりなのである。

僕の方はダメージを受けてはいなかったが、彼には『カウンター』でそれ相応のダメージを与えている。

治療の効果と『鬼人族』の『回復力』を鑑みても、体調は良いとはとても言えない状態だろう。


「ああ、ルイードさんの体調の事を失念していましたね。ラインハルトさん、少しペースを落としましょうか?それと、ルイードさんにはを。」

「はい。」

「・・・これは?」

「『体力回復ポーション』ですよ。まぁ、一般的な物と違って少しな物ですが、水分補給と疲労回復にはもってこいですからね。」

「・・・そうか、すまねぇな。」


僕から“水筒”を受け取ると、ルイードさんは少しずつ口に含んだ。


「お前は少し身体能力に頼り過ぎなんだよ。『身体操作』や『呼吸法』は教えただろ?アキトくん達は、ごく自然にを行っているから余裕があるんだ。」

「そう、なのか・・・?」


僕らは並みの『冒険者』以上に“旅慣れ”してるからね~。

『レベル制』のあるこの世界アクエラであるが、体力の消耗は当然ながら常に付きまとう問題だ。

『ゲーム』と違い、厳密には『HP』と『体力』は別物なので、『HP』が減っていないから疲労はしない、なんて事はありえないからな。

それ故、移動一つ取っても、『テクニック』が重要になってくる。

『ペース』を一定に保ったり、なるべく疲労が蓄積しない様な『身体操作』や『呼吸法』を身に付ける事で、移動における負担を大幅に軽減出来るのである。

“旅”を生活の一部とする『冒険者』や『旅商人』などにとっては、ある種必須のスキルと言える。

これに関しては、『レベル』の高い低いは関係ないので、『高レベル者』だろうと相当な『使い手』だろうと、効率の悪い動きをしていればすぐに疲労が蓄積してしまうのである。


「こればかりは“慣れ”ですからね~。」

「しかし、それも『強さ』の一つだよ。この世界アクエラでは、いつ何時襲われるか分からない。いや、正確には『危機察知』スキルや『気配察知』スキルなどである程度の『予測』は立てられるが、その時に疲れて動けませんでしたでは話にならないからな。だから、にも常に一定の“状態”を保っていられない者は、どれだけ優れた『戦士』だろうと、『冒険者』ならば三流もいいところだからな。」

「っ!!!」


おや?

意外と厳しいなぁ~、レルフさん。

言っている事は、正論も正論だが、『冒険者』的なスキルは素人同然、なおかつ体調の良くはないルイードさん相手にそこまで言うとは思っていなかった。

しかし、昨日あれから二人にどんな会話があったかは知らない僕が口出しする事でもないだろう。

衝撃を受けたであろうルイードさんも、昨日の様子から反発するかと思っていたが、素直にそれを受け止めて反芻している様だし。



まぁ、そんなやり取りがありつつも、その後『体力回復ポーション』で持ち直したルイードさんも脱落する事なく、僕らは何とか『ノーレン山』の山頂付近に到達していた。

結局、『竜種』との遭遇こそなかったものの、遠くから様子をうかがう様な『気配』を複数感じていた。

『食物連鎖』のメカニズムから考えても、『竜種』の数自体はそう多くないのだろうが、どの『気配』も強力な『力』を内包している印象だった。

流石はこの世界アクエラでも『最強種』の名を冠する『竜種』である。

ラインハルトさん達が緊張感を持つのも無理はない。

その中にあって、洞窟から漏れてくる『気配』は、一際異彩を放っていた。

今現在は、『亜竜種』でさえ圧倒出来る『実力』を持ち、おそらく『竜種』とも互角に渡り合えるだろうアイシャさん、ティーネ、ハンス、ジーク、ユストゥス、メルヒ、イーナをもってしても、その『気配』は強烈なモノだった。


「昔はおぼろげながらにしか分からなかったけど、はそのが伝わってくるよぉ~。」

「これほどの『存在』と一対一で・・・。主様あるじさまっ!」


ティーネの悲痛な声が僕の耳にも届くが、僕は不思議と恐怖を覚えていなかった。

確かに『神』の名を冠するに相応しく、恐ろしい『力』の持ち主である事は頭だけでなく五感全てで理解している。

しかし、それでも僕はむしろ何故か懐かしい気持ちさえ感じていた。


「大丈夫さ。」


当然、僕としてもそこまで余裕がある訳ではないのだが、自然とそう口から言葉が漏れ出た。

僕は頷くと、ラインハルトさんに目配せをする。

ラインハルトさんは息を整えると、洞窟の入口に立ち、声を張り上げた。


「『山の神』よっ!『アスラ族・族長』、ローマン・ノーレン・アスラの『名代』、ラインハルト・ノーレン・アスラですっ!本日は、『試練の儀』を御指南頂きたく参上致しましたっ!」


少しの間の後、重々しい“声”が辺りに響いた。


〈・・・中に入るがよい。〉


僕らは顔を見合わせると、意を決して洞窟内に入って行くのだった。



洞窟内は、思いの外洗練されている印象だった。

流石に複雑な構造物がある訳ではなかったが、自然が作り出した『芸術』とも言うべき鍾乳洞は、『人間種』では到底造り得ない圧巻の美しさを誇っていた。


「「「「「「「「「「おぉ~!!!」」」」」」」」」」

「俺もこの“場”に至るのは初めてだ。なんと神秘的な場所なんだっ・・・。」

「少し意外でしたね。レルフさんほどの方が、『試練の儀』を受けた事がないとは。」

「・・・俺はまだ若い内に『外』に出てしまったからな。今にして思えば、少し勿体ない事をしたかもしれんな。」

「ああ、なるほど。」


依然として『山の神』が放つ『気配』は健在なのだが、僕らはその事も忘れ目の前の自然が造り出した『芸術』に感嘆の声を上げていた。

まぁ、『山の神』の放つ『気配』に『敵意』がなかったと言うのもあるが。

逆に言うと、『敵意』も『戦意』もなくこれほどの『気配』を持つ『山の神』の『力』が、如何いかに強大かと言う事でもあるのだが・・・。

しばらく進むと、一際大きな大空洞に出た。

その中央には、年の頃は30になるかならないかくらいのの姿があった。


〈待ちわびたぞ、『英雄』よ。よくぞまいった。〉


それが、『山の神』・エキドラス様との邂逅だったーーー。



◇◆◇



を認識した瞬間、皆弾かれた様に思い思いに敬意を示す体勢を取った。

ひざまずく者、両膝をついて頭を下げる者、祈る様に両腕を重ね片膝をつく者などなど。

僕も同じく深々と一礼する。

本来『神前』の『作法』は色々とあるのだが、相手に敬意が伝われば良いのであって、そこに複雑なモノは必要ではないのだろう。

もあまり気にした風もなく言葉を発した。


〈良い。面を上げよ。〉

「はい。」


とは言え、僕以外の者達は依然として頭を下げたまま動けずにいた。

の放つ強力な『気配』にあてられているのだろう。


「お初にお目にかかります、『山の神』よ。僕が『英雄』の“称号”を賜っております、アキト・ストレリチアです。」

〈儂はエキドラスだ。〉

「・・・『』、いや、『』の術、ですか?」

〈ほう、流石に一目で分かるか?普段は『元の姿』で眠っているのだがな。『人化こちら』の方が何かと都合が良いのだ。酒もたっぷり飲めるしのぅ~。〉


カラカラと笑う、もとい『山の神』・エキドラス様。

確かに『元の姿』、正確には僕は彼の『元の姿』は知らないが、『亜竜種』や『竜種』の例を鑑みれば、かなりの巨体である事は想像に難くない。

その巨体に見合う酒量となると、“トラック”何台分になるか分からんからな。

流石に『鬼人族』とは言え、それほどの量を造る事も運ぶ事も困難だろう。


「そ、そうでした、『山の神』よ。こちら献上品でございます。」

〈おうおう、催促したみたいですまんのぅ~。〉


僕とエキドラス様の会話から、ラインハルトさんは皆で運んで来た供え物の事を思い出し、彼の前に献上する。

それを、エキドラス様は上機嫌で受け取った。


〈とは言え、『試練の儀』、いや、『限界突破』の『試練』を受けに来たのだろう、アキトよ?そちらを先に済ませてしまうとしよう。〉

「はい。」

「しばしお待ちを、『山の神』よっ!発言をお許し下さい。」


そこに割って入って来たのは、意外にもレルフさんだった。

エキドラス様は特に気分を害した風もなく、レルフさんを一瞥すると疑問の声を上げた。


〈なんじゃ、『鬼人族』の『古強者ふるつわもの』よ?〉

「・・・『限界突破』の『試練』とは何なのでしょうか?『試練の儀』は私も聞いた事がございますが、『限界突破』の『試練』の事は今回初めて伺いました。それを『山の神』が司っている事も。」


レルフさんは、意を決した様にエキドラス様に問い掛けた。

それは僕も疑問に思っていた事だ。

僕らは、息を飲んでエキドラス様の『』を待った。

しかし、エキドラス様は神妙に首を横に降った。


「ふむ。好奇心や知識欲が旺盛なのは良い事だ。しかし、残念ながら、お主はその事を知るに足る『』を有しておらん。それに、儂にも何かと『制約』があるからのぅ~。〉


やはり、エキドラス様もアルメリア様と同様に『制約』を持つ様だな。


「そう、ですか・・・。」

〈すまんな。しかし、おればお主ほどの者ならば何かの“糸口”が掴めるかもしれんぞ?お主を同行させたアキトの“読み”は当たってるかもしれんのぅ~。〉

「・・・御存知でしたか。」

〈何、ただの推測だ。流石に儂も『心』が読める、などと言う『力』は有しておらんわ。『神々』の中には、そうした『力』を持つ者もおるが、あまり使い勝手の良い『力』とは言えんしのぅ~。〉


カラカラと笑うエキドラス様。

・・・なかなか食えない『お人』の様だ。

そのままエキドラス様は踵を返して、更に奥に進もうとするのだが、僕以外の者が今だに動き出そうとしない事に気が付いた。


〈これ、いつまでもヘタっておる。さっさとついてこんか。〉



◇◆◇



大空洞より更に奥には、『龍脈』を利用した巨大な『魔法陣(魔法式)』による“超構造体”が存在した。


「こ、これはっ!ま、まさか、『失われし神器ロストテクノロジー』っ!?」


僕が驚愕の声を上げると、エキドラス様はそれを否定した。


〈そんな生易しい物じゃないわい。これは『神代の息吹エンシェントメモリー』。儂がこの『山』に括り付けられとる理由じゃよ。〉

「『神代の息吹エンシェントメモリー』・・・?」


・・・『太古の記憶』、と言ったところだろうか?

確かに、『山の神』たるエキドラス様が守護しているくらいだ。

その“価値”は、『失われし神器ロストテクノロジー』どころの騒ぎではないのかもしれない。


〈さて、通常の『試練の儀』では先程の大空洞で、儂が『人化この姿』で稽古をつけてやるのじゃが、『限界突破』の『試練』は少しおもむきが違ってのぅ。〉


スタスタとエキドラス様は『魔法陣(魔法式)』の中に突き進んで、中央の『祭壇』の様な場所に辿り着く。

僕らは流石に無防備に『魔法陣(魔法式)』の中に立ち入る事は躊躇していた。

僕と仲間達は『領域干渉』や『結界術』、『魔法技術』の『知識』や『経験則』から。

ラインハルトさん、レルフさん、ルイードさんは、おそらく『本能的』な部分で。


〈正解じゃぞ。アキト以外の者は無闇に立ち入らん方が身の為じゃよ。『魂』がステージ段階』に達しておらんからのぅ。アキトは儂の所まで来るが良い。〉


エキドラス様の言葉に、僕は意を決して『魔法陣(魔法式)』の中に踏み込んだ。

ちょっとした『抵抗』の様なモノは感じたのだが、特に身体に異変は感じられず、僕は拍子抜けする。

が、が活性化していくのは感じていた。


〈『祭壇そこ』に触れるが良い。〉

「・・・はい。」


言われるまま、僕は『祭壇』に手を伸ばす。

エキドラス様も僕と同じく『祭壇』に触れ、何事か呟いた。


〈・・・!〉

「・・・えっ!?」


一瞬目映い光に包まれたと思ったら、場所が変化していた。

見渡す限りの広大な広野。

まさか、『転移』かっ!?

・・・いや、この世界アクエラには『転移魔法』はない筈だ。

先程見た巨大な『魔法陣(魔法式)』による“超構造体”でも、それほどの『魔素エネルギー』を賄う事は叶わないだろう。

だとすると・・・。

そこまで考えて、僕は思考の中断を余儀なくされた。


〈さて、存分に戦り合おうぞっ!〉

「くっ!!!???」


全長十数メートルはあろうかと言う、巨大な『ドラゴン』が僕の前に顕れたからだったーーー。



・・・



「アキトっ!?」「主様あるじさまっ!?」「ダーリンっ!?」


アキトとエキドラスが『祭壇』に触れた瞬間、二人は意識を失い倒れ込んだ。

それに驚いたアイシャとティーネ、リサは、慌てて駆け寄ろうと『魔法陣(魔法式)』の中に足を踏み込もうとした。


「待て、三人ともっ!!!」

「「「っ!!??」」」


そこにレルフから鋭い叱責があり、三人は『魔法陣(魔法式)』に踏み込む寸前で思い留まる事が出来た。


「『山の神』の“警告”を忘れたのかっ!?お前達ほどの『使い手』なら理解出来る分かるだろうっ!?そのは、俺達の踏み入っていい『領域』じゃないっ!!!」

「けどっ!!」

「落ち着きなさい、アイシャ殿。ティーネにリサ殿も。レルフ殿の仰る通りです。主様あるじさまは気を失っているだけ。『気配』で分かるでしょう?」

「・・・えっ?い、イーナ・・・?」

「全く、貴女達は主様あるじさまの事となるとすぐに我を忘れるんですから。」

「えっ・・・?」

「えぇ~~~!?」


普段は間延びした喋り方の子どもっぽい印象のあるイーナだが、今は年相応の、いや、それ以上に落ち着いた物腰の女性らしい態度に急変していた。

それには、彼女をよく知る仲間達だけでなく、彼女と接点のそう多くないラインハルト、レルフ、ルイードも面を食らって唖然としていた。


「あら、皆『演技』に気付いていなかったの?主様あるじさまはお気付きになられていた様なのだけれど・・・。」

「な、なぜそんな『演技コト』をっ!?」


特にイーナと共にアキトのもとに来たティーネ達は、昔から親しくしているイーナのその変化に狼狽していた。


「これでも貴女達よりは少し“お姉さん”ですからね。優秀なんだけど、どこか『猪突猛進』な傾向にある貴女達の『ストッパー』になる為に、ね。とは言え、この『小隊』のリーダーは貴女ティーネですし、貴女達の精神的な成長を促す上でも、私がでしゃばるのもどうかと思って、あえて『演技』をしていたのよ。グレン様にもよろしく頼まれていたしね。」

「お、お爺様から・・・!?」


以前にも言及したが、『エルフ族』は長命な『種族』だ。

それ故、『肉体』の成長に比例して、『精神』の成長も『他種族』に比べて成熟には時間が掛かる。

これは『肉体』と『精神』が密接な関係にあるからである。


例えば、『人間族』はこちらの世界アクエラでは15歳前後、『地球』でも20歳で『成人』と見なされるのが一般的だが、『エルフ族』の成長速度で換算すると、『人間族』の15歳、20歳くらいは3~4歳の子どもに当たる。

もし、『エルフ族』が『人間族』と同じ速度で『精神』が成長したとしたら、『肉体』と『精神』に大きな隔たりが出来てしまうだろう。

そうなった場合、最悪『精神崩壊』・『人格崩壊』を起こす可能性さえあるのだ。

アキト自身も、『前世』では30代のおっさんだったが、こちらの世界アクエラでは“赤ん坊”に『転生』している。

もし、アキトに『英雄の因子』と言う特殊な『能力』がなかったり、アルメリアの『加護』がなければ、その“ギャップ”に上手く適合出来ずに『幼児退行』を引き起こし(と言うよりかは、元々の“赤ん坊”としての『人格』に飲み込まれ形で)、『西嶋明人』と言う『人格』は霧散してしまった事だろう。

仮にその“赤ん坊”が成長し、何かの拍子に『西嶋明人前世』の記憶を思い出したとしても、今の様な“アキト・ストレリチア”になる事はない。

ま、それはともかく。


それでも、アキト自身も自覚しているが、“アキト・ストレリチア”の『肉体年齢』に引っ張られる形で『精神』も若々しく(子どもっぽく?)なっている。

そこら辺は、上手く『肉体』と『精神』のバランスを取った結果だろう。

とまあ、この様に、『生物』には己の『尺度』に見合う成長速度をそれぞれ持っているのである。


話を元に戻そう。

ティーネ達は、年齢的には100歳前後。

『人間族』で換算すると、『肉体』的にも『精神』的にも20歳前後の年若い集団である。

こちらの世界アクエラ基準では、20歳前後は社会的には一人前の『成人』と認められているが、とは言え、重大な“プロジェクト”を任せるには、やや不安の残る年回りでもある。

当然ながら、『年齢』が必ずしも物事の優劣に直結する訳ではないが、『経験』や『価値観』にはやはり違いが出てくるからだ。

それ故、アイシャにレルフがいた様に、リサにドニがいた様に、(出来れば)年長者の『指導者』や『引率者』、『導く者』あるいは『ストッパー』がいる方が好ましい。

それが、ティーネ達の場合はイーナだったのである。

彼女は、ティーネ達より『肉体年齢』的にも5歳ほど(『人間族』でいうと1歳)上であり、『精神年齢』はそれ以上に成熟していた。

後述するが、とある理由でティーネの祖父で『エルフ族の国』の『最高意思決定機関』、通称『十賢者』の一人であるグレンフォード・ナート・ブーケネイアの元・教え子でもあった(ティーネ達はその事実を知らない)。

その関係から、ティーネ達を陰ながら支え、『暴走』する様ならこれを諌める様にと『任務』を言付かっていたのである。


「もとより主様あるじさまに仕える事は、『エルフ族』にとっては“一大プロジェクト”ですからね。『十賢者』様達も出来れば不安の種を排除したかったのでしょう。まぁ、主様あるじさまは私達よりはるかに『大人』でしたから、主様あるじさまと合流してからは私も出る幕がありませんでしたけれど。」

「なるほどな。」

「確かに、時々お前に誘導されていた事があった気もするなぁ。あまり気にしてはいなかったが・・・。」

「しかし、なんだってそんな『演技』してたんだよ?普段からその感じでいりゃよかったろ?」

は癖みたいなモノよ。人によって個人差があるのだけれど、私は人より『精神』の成熟が早かった様なの。『エルフ族』にとっては、『精神』の早熟は必ずしも良い事ばかりではないわ。『肉体』と『精神』の解離に耐えられず、『精神崩壊』や『人格崩壊』を引き起こす恐れもあるもの。それ故、グレン様に対処法を乞い、その結果『自己暗示』ではないけれど、若干大袈裟な『演技』をする事で、『肉体』と『精神』のバランスを保っていたのよ。まぁ、相手を油断させる為でもあるんだけどね?」

「ほぉ~。」


イーナの説明に曖昧な返事を返すユストゥス。

他のメンバーも似たような表情だった。

このメンバーの中では、レルフだけがイーナの言わんとする事を何となく理解していた。

『自己暗示』、所謂『催眠療法』の一種である。

“思い込み”の『力』は意外とバカに出来ない。

実際に、その『力』は『肉体』や『精神』にも影響を与える事があるからだ。

イーナの『演技それ』は、長命な『エルフ族』特有の『精神疾患』に対する『対処療法』みたいなモノであった。


【・・・『高次生命体』と・『到達者』の“アクセス”を確認。これより・『加速空間』での“最終調整”を開始します。『管理者』は『モニター』にて・“最終調整”の様子を確認して下さい・・・】

「んっ?」


と、そこへ、アイシャ達には理解不能な言語で、機械的な『音声』が響き渡り、立体投影の『モニター』が起動した。

その『映像』には、どこかの広野で巨大な『ドラゴン』と対峙するアキトの様子が映し出されていた。


「これはっ!?」「っ!?」

「アキトっ!?」「主様あるじさまっ!?」「ダーリンっ!?」

「・・・もしや、あれが『山の神』の真の姿なのだろうか?」

「おそらくそうだろう。」

「つまり、これが『限界突破』の『試練』ってヤツなのかっ!?」

「しかし、『山の神』も主様あるじさまもそちらで気を失っていらっしゃる。・・・これはどういう事だろうか?」

「・・・。」

「あっ、う、動き出したぞっ!?」


今、アイシャ達が見守る『モニター』の中ではエキドラスとアキトが激突するのだったーーー。



◇◆◇



現状に若干の混乱はあるものの、『限界突破』の『試練』の内容をある程度アルメリア様から説明を受けていた僕は、素早く自己診断と装備のチェックを済ました。

どうやら、準備してきた物は問題なく手元にある様だ。

色々と疑問もあるのだが、目の前のエキドラス様は、それを考える余裕は与えてはくれないだろう。

今はとにかく目の前の戦いに集中しなければ、本気で死んでしまうっ!


〈いくぞっ!いきなり倒れてくれるなよっ!?〉

「っ!『防壁』っ!」


エキドラス様の口元に『魔素エネルギー』が増大していった。

それを感知すると、僕は即座に回避行動に移りながら、使い捨ての“御札”を使用し、『簡易防壁』を構築した。

ゴアァァァァッ!!!と、家一軒さえ飲み込むほどの巨大な炎の球が放たれる。

ドラゴン』の代名詞とも言える『ブレス攻撃』である。

しかし、僕も伊達に長年この世界アクエラで生き抜いてはいない。

それをしのぎながら、『カウンター』を入れる様に、エキドラス様にリサさん作の刃渡り60cmほどの『短剣』で一撃入れる。


〈あいたっ!〉

「っつぅ~。かってぇ~。」


今現在の僕が“レベル500カンスト”に到達した身体能力を有するとは言え、今のエキドラス様と僕の質量差は軽く十倍以上はある。

例えるなら、アリがゾウに挑む様な感じであろうか?

それでも、多少手傷を負わせる事が可能だったが、『物理攻撃』は有効打にはほど遠い。

まぁ、『魔闘気』を駆使すればその限りではないだろうが、ダメージを蓄積させる為にはそれ相応の手数が必要になってくるので、明らかに非効率的である。

僕の得意な『戦闘スタイル』を鑑みれば、『近接戦闘』は早々に選択肢から除外すべきだろう。


〈クハハハッ、良いっ!良いぞっ!儂を恐れぬかっ!〉

「やらなきゃ殺られますからねっ!『自然の摂理』、『大地のおきて』でしょっ!?」


軽口を交わしながら、僕はエキドラス様の『有効射程範囲』から即座に離脱する。

しかし、今のエキドラス様のそれはとてつもなく広い。

次々と繰り出される『ブレス攻撃』に、近付いても圧倒的な防御性能を誇る装甲外皮

さながらそれは、高火力重装甲の『戦車』を軽く凌ぐほどの『戦闘力』であった。

マジで自然災害並みだな。

今現在の『地球』の軍事力をもってしても、エキドラス様を沈黙させるまでには、軽く都市部は壊滅させられるだろう。

こちらの世界アクエラならばもっと深刻で、『国』すら容易に破壊出来るかもしれない。

やはり、これほどの『存在』と一対一サシで戦り合うのは、はっきり言って無謀である。


〈やはりたまには身体を思いっきり動かさんとのぅ~♪〉

「もうちょっと手加減してくれるとありがたいんですけどー・・・。」


とは言ったものの、エキドラス様がまだ全然『本気』を出していない事は明らかである。

その証拠に、エキドラス様は

質量的な問題で動きが鈍重である可能性もあるにはあるのだが、希望的観測は御法度であるし、『竜種』の真の脅威はその『飛翔能力』にある。

『戦術』的にも、『制空権』を押さえられるのは、圧倒的に不利だからな。

『魔術師ギルド』との一部『技術提携』により得た『技術』から、『オートマチック方式』の『符術』を駆使して、比較的安全圏から『魔法攻撃』を加えているが、エキドラス様の装甲外皮はそれらにも耐性がある様で、『ファイアーボール』や『アイスショット』、『ストーンショット』による『速射』ですら、豆鉄砲みたいなモノであった。

おいおい、チートもいいとこだよっ!

誰か僕に“モビル〇ーツ”用意してくれませんかねぇ~!?


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