第50話 『伝道師』の誤算 4



◇◆◇



突然だが、『魔術師ギルド』から派遣された『監視者』・ヴィアーナ・クラウゼヴィッツは、アキトの『影響』を色濃く受けた者の一人である。

傲岸不遜でプライドの高いヴィアーナであるが、それは先天的なモノではなく、周囲の環境下で形作られた後天的なモノであった。

と、言うのも、そもそも『魔術師』・『魔法使い』と呼ばれる者達は、元々は『真理の探求者』であり、言うなれば『科学者』とか『研究者』に近い。

つまり、誤解を恐れずに言うと、元々『変わり者』が多いのだ。

それが、以前にも言及した通り、『魔法技術』が衰退する事態に見舞われ、何とかその事態は回避出来たが、その後は『魔術師ギルド』を設立して積極的に『権力』と迎合した結果、ヴィアーナの様な、ある意味もっとも『真理の探求者』からは程遠い『魔術師』が多くなってしまったのである。

『魔法技術』は危険も多い『技術』であるから、当然それを扱える者達は『選別』する必要がある。

しかし、今現在のこの世界アクエラの『選別方法』は、所謂門戸の開かれたモノではなく、世襲や『特権階級』に限定されるモノで、自ずと『エリート意識』が高まるのも自然の流れだ。

しかし、本来は『才能』、この一点にのみ比重を置くべき点が歪められた結果として、『魔法技術』の保護は叶ったが、『魔法技術』の発展からは遠ざかってしまった。

もちろん、それに対して本来の『真理の探求者』も今では少数派だがいる事にはいる。

だが、主流派は己の『権力』に固執する様になってしまった、と言う訳である。

そうした環境下で育ってきたヴィアーナが、そうした性格を持つに至ったのも無理からぬ事である。

しかし、本来の彼女は、多少気は強いが何だかんだ言って面倒見の良い性格をしている。

それが、『監視対象アキト』を『監視』する課程で、一時的にでも『魔術師ギルド』と距離を置いた事で少しずつ覚醒しつつあったのだった。



『ルダの街』に潜入する課程で、当然ながら『魔術師』としての素性を明かせないヴィアーナは、『アンダーカバー』として『お針子』や『酒場の手伝い』などの職を体験していた。

以前にも言及したが、この世界アクエラの女性達は『手芸』の基本的な『スキル』を持っているので、自分達で衣服を仕立てるのが一般的であるが、これだけ発展している『ルダの街』には、『服』や『靴』、『鞄』などを作る『専門職』も必要になってくる。

そうした所の手伝いで給金を得ているのである。

もちろん、『活動資金』として『魔術師ギルド』からも出ているが、『無職』の移住者など目立つだけであるので、始めは嫌々ながらもそれを理解し働いていたのだが、『お針子』仲間のおばちゃん達や、『酒場』のおじさん達も良い人達で、段々とその環境をヴィアーナは憎からず思う様になっていた。

もっとも、『酒場』の客で、自分を気に入ったらしい『鍛治職人』・ポール・アントムの存在には、流石に辟易していたが・・・。


「なぁ、ヴィアーナちゃ~ん。俺とデートしようよぉ~。」

「寝言は寝てから言って下さい、ポールさん。私は貴方に興味ありませんから。」

「くはぁ~、厳しいお言葉っ!」


最近、あまり寄り付かなかったので相変わらず『監視対象アキト』の『監視』をこなしながらも平穏に過ごしていたヴィアーナだったが、ダールトンの『技術者移住計画』により、ようやく『地獄』の日々から解放されたポールに再び纏わり付かれていた。

ヴィアーナの擁護をする訳ではないが、彼女のキツイ性格をこの際無視したとしても、意中でもない男性に迫られたら、女性としてはあまり良い気分ではないだろう。

故に、厳しい言葉が出てくるのも無理からぬ事であったが、ポールは全く堪えていなかった。

こいつ『変態M』なんじゃ・・・!?

ヴィアーナがそう疑うのも、当然の結果と言えた。


「ねぇ~、待ってよぉ~。・・・あれっ?」

「もうっ、しつこいわねっ!って、どうかしましたか、ポールさん?」


それでもメゲないポールは、再びアタックを再開しようとしたのだが、ふと、顔見知りの子ども達を見つけて足を止めた。

ポールを避ける様に移動していたヴィアーナは、知らない内に普段人が寄り付かない東南側の住宅街の裏側に出ていたのだ。

そのポールの様子に、ヴィアーナも足を止め、釣られてそちらを見る。


「まったく、あの子達はまた『街』を抜け出して・・・。」

「あれ、ヴィアーナちゃんもアイツらの事知ってるの?」

「え、ええ、まぁ・・・。」


本当は、『監視対象アキト』を『監視』している課程で知ったのだが、後に『お針子』仲間のおばちゃんの中にバネッサの母親がおり、その母親を通じて知り合ってもいる。

その後、妙に懐かれてしまった為、レイナード達とは“口うるさいお姉さんと悪ガキども”と言う関係性が出来上がっていた。

一方のポールは、ヴィアーナと違い、元々『ルダの街この街』の住人であるし、モリー母親の影響もあってアキトよりもレイナード達とは付き合いが長い。

言うなれば『親戚』に近い感覚で、会えばからかったり、(女性関係で)からかわれたりする間柄だった。

そのレイナード達は、『例の抜け道』から『街側』に戻る所で、それを遠めに見ていたヴィアーナは、これはまた叱らなければならないな、と考えていた。

しかし、どうも様子がおかしい。

木製のバリケードを越えようとした所で、リベルトがレイナードを引き留めていた。

何かトラブルでもあったのかと、顔を見合わせ、心配になったヴィアーナとポールは現場に駆け付けるのだったーーー。



◇◆◇



「待った、レイナード。」「止まれ、レイナード。」

「あんっ?どしたん、リベルト、テオ?」


いつもの様に堤防を渡り、木製のバリケードの綻び部分から『街』に戻ろうとしていたレイナードに、リベルトとテオから制止の声が掛かった。


「お前、もうちょっと緊張感持てよ・・・。様子がおかしい。」

「ちょっとした『トラップ』を仕掛けて置いたんだが、掛かった形跡がある。」


リベルトとテオの言葉に、レイナード・バネッサ・ケイアは顔を見合わせた。


「どーゆー事?」

「あぁ~、つまり、ぶっちゃけ僕らが『抜け道』使って『外』に出てるのは皆知ってるんだ。『秘密基地』は『街』の周辺にあるし、そこら辺には田畑もあるから、僕らが『森』にでも入らない限り黙認してくれていたんだよ。」

「ただ、以前と違って『ルダの街この街』も人口が増えたし、俺達も知らない人が増えたから、念の為に『トラップ』を仕掛けて警戒していたんだ。子どもを狙う『変質者』がいないとも限らないからね。」


アキトに以前知らされていたリベルトとケイア、それと独自に勘付いていたテオはともかく、熱血漢だが猪突猛進な所のあるレイナードと、基本能天気なバネッサは驚きの表情を浮かべていた。


「なんだよ、バレてたの?」

「びっくり~。」

「いや、もうちょっと危機管理意識を持とうよ、二人とも・・・。」


呆れた様にリベルトはレイナードとバネッサに注意した。

以前にも言及したが、この世界アクエラの人々は一般人でも危機管理意識が高い。

『都市内』や『街中』は比較的治安は良いが、『外の世界』は『モンスター』や『魔獣』、それに『盗賊団』などが跳梁跋扈ちょうりょうばっこする世界であるし、治安が良いとは言え、『犯罪者』や『犯罪者予備軍』が『街中』にいない訳では当然ない。

まぁ、もっとも、レイナードとバネッサがある種油断しているのも無理からぬ話だ。

以前の『ルダ村』時代は、比較的小さい部類の集落であったし、ダールトンの手腕と、何より村人達が非常に平和的で善良であった事もあり、平和そのモノだったからだ。

それ故、たまにちょっとしたトラブルを起こす者は『外』から来た者達、この場合は『冒険者』や『商人』などが大半だった。

しかし、『ルダの街』発展に伴い人口が増加するにつれて、『街中』の事情も変わり、治安が悪化するのも当然の流れだ。

当然、ダールトンや町議会の間で対策を打ってはいるが、人口が増えるにあたって、水面下で『犯罪者』や『犯罪者予備軍』の流入を塞き止めるのは難しい話である。

そうした訳もあり、特にリベルトは『町長の息子』と言う立場上、『誘拐』などには警戒する様になっていった。

テオは、そうしたリベルトの立場を理解して、その警戒に協力してアキトに教わった『トラップ』を仕掛けていた。

と、言っても、相手を死傷させるたぐいの『トラップ』ではなく、自分達に近寄る不審人物を警戒した『トラップ』である。

所謂、『感知系』の『トラップ』であり、近寄る者を音で知らせる『鳴子・引板』などに近いモノだ。

しかし、テオが仕掛けたのはもっと単純かつ簡単、それ故にそれが『トラップ』と見分け難いモノで、具体的には、木製のバリケードの綻び部分にちょっとした『目印』を置いておくだけである。

先程もリベルトが言及していた様に、この街の住人はレイナード達がこの『抜け道』から外に抜け出しているのを知っている。

それ故、わざわざ彼らを付け回す様な真似はしないが、それが『外』から来た者なら話は別だ。

悪しき者なら、こんな人気のない場所なら『犯罪行為』には打ってつけだろう。

レイナード達を付けていた『何者か』は、自身もこのバリケードを越えようとするが、そこではたと気付く。

周辺には田畑があり、そこで働く者達がいる事に。

少しでも頭の回る者なら、そんな見通しの良い場所で『犯罪行為』に走るのは得策では無い事に気付く。

それ故、この場で『待ち伏せ』をする方針に転換する可能性が高かった。

とまぁ、こんな感じにリベルトとテオは予測していたのだが、見事にシュマイトはその『トラップ』に引っ掛かっていた。

まぁ、そもそも『トラップ』であったとも気付いていないだろうが・・・。

しかし、逆にレイナード達も、まさか彼らを狙っているのが『変質者』などと言う生易しいモノではなく、『掃除人ワーカー』などと言う『裏稼業』のプロである事は流石に予想外だっただろうが・・・。


「そんな訳で、『フォーメーション』を組んで警戒しながら『街側』に入ろう。テオ、レイナード、僕、バネッサ、ケイアの順で。」

「了解。」

「はいよ~。」

「分かった~。」

「テオ、気を付けてね。」


方針が決まり、テオが慎重に歩を進めた。

先程までののんびりした散漫な動きではなく、テオからケイアに至るまで、歴戦の猛者の如く淀みなく素早くバリケードを越えた。

ブルッ。

レイナードは怖気おぞけを感じた。


「やべぇな。」


レイナードの感想に皆も無言で頷いた。

と、そこに音もなく一人の男が現れた。


「やぁ、おかえり~♪早速で悪いんだけど、大人しく捕まってねぇ~♪」



◇◆◇



シュマイトは、レイナード達の雰囲気の変化を感じ取り、『掃除人ワーカー』としては面倒だと思いながらも、シュマイト本人としては密かにほくそ笑んでいた。

先程までの騒がしい子ども達とは同一人物と思えないほどに、すでに臨戦態勢を整え、警戒心を露わにしている。

シュマイトは自身が『気配』を発していないので、この子ども達は何らかの方法で自分の存在を察知したのだと結論付ける。

シュマイトも、ドゥクサス同様に厄介な悪癖を持っていた。

ただ、ドゥクサスが『戦闘狂バトルジャンキー』なのに対して、シュマイトは『嗜虐趣味』、所謂『サディスト』であった。


「やぁ、おかえり~♪早速で悪いんだけど、大人しく捕まってねぇ~♪」


煽る様にシュマイトは軽い調子で声を掛ける。

無抵抗な者をなぶるよりも、精一杯足掻く者を『暴力』で押さえ付ける事に悦びを見出だしているシュマイトは、『掃除人ワーカー』の『セオリー』を忘れ、自身の『目的』も一時忘れ、目の前の憐れな『子羊』達の精一杯の抵抗を、ある種期待していた。


「フッ!!」

「やぁっ!」

「シッ!」


しかし、シュマイトはレイナード達を甘く見ていた。

レイナード達はもはや『ただの子ども』レベルを完全に逸脱しているし、下手をすれば『幼馴染み』と言う関係性から、『チームワーク』だけで言うと『中級冒険者』パーティーに迫る『実力』をすでに持っている。

だが、明らかに実戦経験や『地力』ではシュマイトに遠く及ばないし、シュマイトの放つ『雰囲気オーラ』に気圧されているが、それでも動けなくなるほどでは無かった。

と、言うのも、彼らはパンデミックモンスター災害』を、当然参加した訳ではないが、間近で目撃しているのだ。

あの時に感じた圧倒的な恐怖感・絶望感に比べれば、目の前の男など大したモノではない。

もっとも、その『胆力』自体は素晴らしいが、現実的にはレイナード達とシュマイトの『実力差』が埋まる訳でもないが・・・。


「いひっ♪いいねぇ~♪」

「クッ!?」

「テオッ!?」

「くそっ!」


シュマイトの出現と彼のセリフに危機感を覚え、間髪入れずにバネッサは矢を射掛け、リベルトは『スリングショット』、所謂『パチンコ』で石の弾を放った。


(弓矢は言うまでもないが、『パチンコ』も子どもの『玩具オモチャ』の様に感じるかもしれないが、『地球』でも狩猟用にも用いられるほど歴史のある『道具』である。

以前に『鬼人族』のレルフも発言していたが、『投擲』・『投石』はこちらの世界アクエラでは『レベル制』・『ステイタス』由来の身体能力故に十分な殺傷能力を持ち、しかも射程が長いし扱い易く、『弾』などもそこら辺に転がっている。

当然ながらある程度の『技術』も必要になってくるが、それでも『武術』に比べれば短期間での習熟が可能だ。

それ故、こちらアクエラでも比較的ポピュラーな『道具』の一つであった。)


その『援護射撃』を受けながら、レイナード達の中で一番ガタイの良いテオが阿吽の呼吸で『盾役』として、背負っていた木の盾を前面に展開してシュマイトを強襲する。

しかし、逆にシュマイトは彼らのこの『先制攻撃』を歯牙にも掛けず、アッサリ矢を迎撃して、石の弾を避け、流れる様にテオにケリを喰らわした。

何とか木の盾でシュマイトのケリを防いだテオだったが、流石にその衝撃までは防げずに弾き飛ばされた。

しかし、レイナード達の『連携攻撃』はこの程度で終わりではない。

すぐに『速射』により、次の攻撃に転じるバネッサと、時間差で次の『牽制射撃』を繰り出すリベルト。

レイナード達の中で、唯一『魔法技術』を持つケイアが、『砲台』として『詠唱』を開始し、テオの『穴』を埋める様にレイナードが短剣で攻撃を仕掛ける。


「ケイア・ランジュレの名において命ずる・・・。」

「うっそ、『魔法』使えんの~?」


レイナード達を軽くあしらっているシュマイトだったが、流石に『魔法』の脅威は彼も理解している。

すでに復帰したテオとレイナードの挟撃をいなしながら、『人質』の『ターゲット』をケイアに見定めた。

確かにシュマイトに取っても『魔法技術』は脅威であるが、経験上『魔法使い』が近接戦闘を不得手としている事を知っている。

シュマイトほどの『使い手』なら、『魔法発動前』に『術者』を捕らえる事は大して難しい事では無かった。

しかし、


「油断し過ぎだぜっ!」


『格上』ならではの油断の隙を突き、レイナードはアキトから伝授された『散心』を仕掛ける。

バネッサ、リベルトの『牽制射撃』、テオとの挟撃、さらにケイアの『魔法』に気を取られたシュマイトに、『剣撃』+『足技』をお見舞いしたのだ。

実戦において『ルール』など無い。

『剣士』・『騎士』だからと言って、『武器』しか使ってはいけないなんて『ルール』はなく、『連続技』としての『剣撃』からの『打撃』・『足技』・『体当たり』などの『コンボ』も時に有効だ。

特に、レイナードほどの『剣術』の『使い手』なら、『格上』であっても、彼の『剣撃』は片手間でいなす事は難しい。

他の様々な『条件』も重なっているが、レイナードはその『剣撃』を『フェイント』に、シュマイトへのスネ蹴りの強襲(レイナードの現在の背丈では『金的』などは少し難しい)、『散心』を成功させた、かに見えた。

しかし、レイナードの熱血漢っぷりが悪い方に出て、余計なセリフを発したせいで、シュマイトにそれを勘付かせてしまった。


「バカッ!」

「いってっ!良い『攻撃』持ってんじゃねぇかっ!!」

「ぐあぁぁぁっ!!!」

「レイナードッ!ぐはぁぁぁっ!!!」


咄嗟の足さばきで、スネと言う人体の急所への攻撃を回避したシュマイトだったが、レイナードのケリ自体は回避出来ずにローキック(トゥキック)をモモに喰らった。

思わぬダメージに激昂したシュマイトは、レイナードを殴り飛ばし、レイナードに気を取られたテオもケリ飛ばす。

『盾役』・『壁役』となる『前衛』二人がやられ、バネッサとリベルトの『射撃』もシュマイト相手では決め手とならず、『詠唱』が完成する前にケイアはシュマイトに捕らえられてしまったのだった。


「さっ、チェックメイトだ♪」

「うっ!」

「ケイアッ!」

「ダメッ、リベルトッ!」

「・・・うぅ、ちきしょう・・・。」

「・・・ケ、ケイアッ!」


善戦したレイナード達だったが、流石にその『実力差』は容易には埋められなかった。

乱暴にケイアの首根っこを掴み、本心ではもう少しこの『子羊』達をいたぶってやりたかったシュマイトだったが、本来の『目的』を思い出していた。

ケイアを連れて逃走しようとしたシュマイトだったが、そこに突如『氷の弾丸』が飛んできた。


「うおっ!?」

「そのを放しなさいっ!!!」


見ると、息を切らした金髪碧眼の美女が、腕を伸ばした格好でシュマイトを睨み付けていた。


「『魔法』かっ!?」

「うおぉぉぉぉっ!!」

「チッ、今度は何だぁっ!?」


そこに駆け付けたのは、レイナード達の様子を訝しんだヴィアーナとポールだった。

ヴィアーナの『魔法』に驚きながらも、ポールはへっぴり腰でシュマイトに『タックル』を仕掛けた。

しかし、『鍛治職人』でありそれなりに腕っぷしのあるポールだったが、レイナード達と同様に実戦経験に乏しく、シュマイトに軽くあしらわれてしまった。


「ふっ!」

「へぶぅぅぅっ!!??」

「ちょっ、ポールさんっ!?」


カウンターをモロに喰らいズザーッと転がるポール。

彼だけ何だかギャグみたいだが、状況は全く好転していなかった。


「『アイスショット』!」

「おっかない『魔法』だけど、当たらなければどうと言う事はないねぇ~♪」


ヴィアーナは、再び『氷の弾丸』を打ち出すが、バネッサとリベルトの『射撃』を軽々とかわしていたシュマイトにはさして脅威では無かった。

己の『準備不足』にヴィアーナは下唇を噛んだ。

ヴィアーナの使用する『魔法』は、アキトやケイアが使用する『詠唱魔法』とは系統が異なる。

ヴィアーナが使用している『魔法』は、『魔法発動体』である『宝玉』のサポートの元、『魔道書』や『符』などの『魔法陣(魔法式)』に『魔素』を送り込み『魔法』を発動させる方式である。

言うなれば、『詠唱魔法』が『マニュアル方式』なのに対し、ヴィアーナ達『魔術師』が使う方法が『オートマチック方式』と言う違いがある。

これは、どちらにも一長一短がありどちらが優れていると言う事ではないが、利便性や扱い易さから今現在の『主流』は『オートマチック方式』であった。

『マニュアル方式』だと、多種多様な『魔法』を使用可能(もちろん『術者』の知識量や『力量』にも寄るが)であるが、『詠唱』を必要とし、『印』・『魔法陣(魔法式)』を一々構築する必要がある。

それに対して『オートマチック方式』は、『魔法発動体』である『宝玉』(『宝玉』の種類は様々。それを加工し指輪、ペンダント、イヤリングなどにして身に付けるのが一般的である)と『魔道書』・『符』などの『触媒』が必要であるが、『行程』を簡略化出来る利点があった。

ヴィアーナも、この『オートマチック方式』の『使い手』であるが、今現在は『宝玉』以外身に付けていない。

『緊急用』に『宝玉』には、一つだけ『魔法陣(魔法式)』を刻み込まれているが、それ故、ヴィアーナには今は『アイスショット』以外の『魔法』を使えない状況だった。


「『魔法使い』なんて、捕まえちゃえば全然恐くないしね~♪」

「痛っ!!」

「う~ん、中々良い女だけど、虐めている時間は無いんだな~♪機会があれば、また遊んであげるね~♪」

「ま、そんな機会はもう二度とねぇけどな。」


ヴィアーナの髪を掴み、ケイアを物の様に乱雑に扱いサディスティックな笑みを浮かべるシュマイトの背後に、音もなく現れたのはユストゥスであった。


「フッ!」

「へっ?」


何の反応も出来ないままシュマイトは両肩の骨をアッサリへし折られ、ユストゥスにケイアとヴィアーナを掠め盗られてしまった。


「うぎゃあぁぁぁぁ~!!!」

「うるせぇよ、バカ野郎。女子供をいたぶりやがって。その程度でぎゃあぎゃあ喚くな。」

「ひぶぅっ!!!」


レイナード達相手に無双していたシュマイトだったが、ユストゥス相手では分が悪く、殺さない様に手加減されたモノの、数瞬でボロ雑巾の様な状態で気絶した。


「大丈夫か、ケイア嬢ちゃん?そっちのお嬢さんも。」

「ガハッ、ゴホッ、ハァハァッ!は、はい、な、何とか・・・。」

「え、ええ、助かりましたわ・・・。」


ボロ雑巾シュマイトを放置し、ユストゥスはケイアとヴィアーナを介抱する。

そこに、ダメージを受け、よろけるレイナードとテオを支えながらリベルトとバネッサが合流した(ポールは地面でノビている)。


「ユストゥス兄ちゃんっ!」

「助かりました、ユストゥスさん。」

「ケイア、大丈夫?」

「イタタタ・・・。」

「おう、坊主共も無事で何よりだ。」


パンデミックモンスター災害』時から何度となく顔を合わせているユストゥスとレイナード達は顔見知りである。

特に、ユストゥスはその本人の気質から、レイナード達の様な向上心のある子どもを好ましく思う傾向にあった。


「ヴィアーナ姉ちゃんも、ありがとう。」

「ポールさんは、そこでノビてるけど・・・。」

「大丈夫じゃない?頑丈だし。」

「一応脈拍測ったけど問題ないよ。」


次いでヴィアーナにも礼を言うレイナード達。

ポールの扱いがぞんざいだが、レイナード達的には平常運転だった。


「全く、今回はそちらの方がいらっしゃったからどうにかなったけど、貴方達はもう少し危機感を持った方が良いわっ!変な人もたくさんいるんだからねっ!?」

「うっ・・・。」

「すいません・・・。」


ヴィアーナに叱られてシュンッとするレイナード達。

シュマイトは確かにレイナード達より遥かに『格上』であったが、それでも簡単にあしらわれたのには悔しい思いもあった。

その事を察した訳ではないが、ユストゥスがフォローを入れる。


「まあまあ、お嬢さん。」

「あ、あら、私ったら怒鳴ったりしてはしたない。あっ、自己紹介がまだでしたわね。私、ヴィアーナ・クラウゼヴィッツと申します。お強いナイト様。」

「ああ、これは御丁寧に。俺、いや、私はユストゥス・ナート・アングラニウスと申します。見ての通り、『エルフ族』ですが、この坊主達とは知り合いでして。『他種族』ですが、お見知りおき頂けると幸いです。」

「は、はいっ///!」


若干顔を赤らめながらヴィアーナはユストゥスと挨拶を交わす。

ユストゥスはジークやハンスに比べると、結構大雑把な印象を受けるが、それでも一応礼節は弁えている。

レイナード達は、ヴィアーナのその様子に先程までの危機的状況も忘れて、ニヤニヤとしていた。

その『切り替え』の早さは、ある意味重宝するモノだろう。


「今回の間接的な原因は我々にありまして。元々の狙いは『リベラシオン同盟』の我があるじ、アキト・ストレリチアだったのですが、我があるじを直接狙うのは不利と判断した様で、坊主達を『人質』としようとした様なのです。我があるじはその事を察知し、私を護衛に派遣したのですが、対応が遅れてしまいました。坊主達もクラウゼヴィッツさんも危険な目に合わせてしまって、申し訳ありません。」

「っ!?」

「アキトの・・・。」


ユストゥスのその言葉に、種類は違うが、ヴィアーナとケイアは驚きの表情を浮かべた。

ユストゥスの発言は半分は作り話である。

事前にアキトがシュマイトの『害意』・『悪意』を察知し、彼の企みに気付きユストゥスを護衛として派遣したのは本当だが、レイナード達がシュマイト相手に『先制攻撃』を仕掛けた事もあるが、ユストゥスはレイナード達の向上心、「アキトに追い付きたい」と言うある種の意思を尊重し、なるべく試練を与えてやるべきだと独自に判断し、わざと介入しなかったのだ。

もちろん、危うくなれば介入するつもりだったが、守られてばかりでは強くなれない。

『冒険』なしで、次のステージは見えてこない。

ユストゥス自身もそうして強くなってきた経緯があるし、死にさえしなければ再挑戦は可能だ。

「獅子は己の子を千尋の谷に突き落とす」ではないが、ユストゥスはアキトの従者としてではなく、一人の『武人』として、そう自発的に動いたのだった。

こうして、アキトが意図しない所で、彼の『事象起点フラグメイカー』の『影響』を受けて、レイナード達もまた大きく成長する機会を得ていたのだった。


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