第48話 『伝道師』の誤算 2



◇◆◇



「そ、そんなバカなっ!?父上がそんな事をする筈が・・・!?」

「・・・これに関しては『ノヴェール家私達』にも責任があります。ジュリアンの為だったとは言え、フロレンツ候の『印象操作』に加担したのは『ノヴェール家』全体ですからね・・・。しかし、貴方ももう大人ですから、これが『事実』である事も理解出来るわかるでしょう?フロレンツ候の『功績』までは否定しませんが、その『裏』で、がどれだけの『罪』を重ねたのかが・・・。」


『リベラシオン同盟』から提供された『資料』を示しながら、母親オレリーヌ息子ジュリアン父親フロレンツの『本当の姿』を説明していた。

『ノヴェール家』と『リベラシオン同盟』が『協力関係』を結ぶ事となった背景として、この問題を避けては通れない。

ジュリアンも、感情では否定しつつも、頭ではこれが『事実』なのだと理解していた。

この葛藤と衝撃は、ジュリアンに施されていた『催眠効果』を吹き飛ばす一助となるのだった。



世間一般に知られているフロレンツの『功績』は、特に『政治』に関わる者としては、称賛に値するモノであろう。

鉱山開拓、特産品の開発・流通に新たな販路の開拓、治水などの『インフラ整備』、『領民』への税収の還元などなど、彼が遺した『功績』は計り知れない。

しかし、当然ながら『人』は完璧ではないから、『偉人』と呼ばれる『人』にも『裏の顔』がある。


(『地球』でも、『神話』から始まり、『伝説』・『伝記』に至るまで様々な『英雄譚』・『偉人伝』があるが、その『功績』ばかり『フューチャー』されて、その『人となり』までは示していない事もままある。

だが、少し調べれば一人の『人間』として見た場合、決して誉められた『人格者』では無い事も往々にしてあるのだ。

浮気癖があり方々で子供を残しているとか、金遣いが荒く、『パトロン』からの『資金援助』を酒・女・博打に注ぎ込み一晩で遣いきるとか、まぁ、『功績』が無ければただのクズなんて事もザラである。

もっとも、意外とそういう所もある種の『人間性』として好意的に受け入れられる面もあるが、結果として後世に様々な『問題』を遺しているケースも多いのであった。)


もちろん、中には素晴らしい『人格者』もいるだろうが、既存の『何か』を変えた者達であるから、そうした既存の『範囲』から逸脱する事もあるのだろうし、遺した『功績』は素晴らしいので、今日まで語り継がれた結果として、何となく『素晴らしい人』だったんだろうなぁと言う『イメージ』に引っ張られるのはある意味仕方の無い事であった。

しかし、大抵の場合は、本当の『』とは、そうした者達をの事を言うのかもしれない。

まぁ、それはともかく。

フロレンツの場合はもっと単純で、彼の遺した『功績』も、突き詰めて言ってしまえば全て『自分自身』の為の結果に過ぎず、たまたまそれが他者にも恩恵をもたらすモノだっただけである。

と、言うのも、フロレンツは『大貴族』の『地位』では満足しておらず、その『野望』は『ノヴェール家』が『ロマリア王国この国』の『権力』を『簒奪』にする事にあったからである。

ただ、フロレンツも、流石に自分の代でそれが叶うとも思っておらず、『力』を蓄える為に『領地経営』に励み、中央政治で『貴族派閥』の『権力』を増大させ、その『下地』を作っていたのだった。

フロレンツは、ある種の『功名心』と言うか、『承認欲求』とか『自尊心』の大きい男で、『歴史』に名を遺したいと言った『欲求』が強く、しかもタチが悪い事に、それだけの『能力』があった。

『ノヴェール家』としても、『権力』の『簒奪』はともかく、『ノヴェール家』の『発言力』が増大するのは歓迎すべき事態だった事もあり、それを黙認していたのである。

『組織』を運営していくのは、綺麗事だけではなく、常に進化・発展していかねばならない側面があるからだ。

一番不幸なのは、そうした『思惑』に踊らされる『ジュリアン後継者』であったかもしれない。

もっとも、ある意味フロレンツの『操り人形』として育て上げる予定だったジュリアンだったが、その『印象操作』が裏目に出て、に成長してしまったのは予想外の事であっただろう。

もちろん、所謂フロレンツと『ノヴェール家』の『印象操作』のせめぎ合いもあったのだが、子どもが親の思惑通りに成長するとは限らないと言う結構単純な話でもある。

さて、こうしてジュリアンは理想的な『貴族』、王家に仕え、また王家が暴走・迷走する様ならこれを正し、『市民』を導き、寄り添い、共に生きる、清廉潔白で心優しい『偽者のフロレンツジュリアンの理想像』に近付いていくのだった。

こうなると面白くないのがフロレンツや『貴族派閥』の老人連中だが、フロレンツはジュリアンの『矯正』をする前に、ニルと『ハイドラス派』に関わった事で歴史の表舞台から姿を消し、フロレンツが消えた事で『貴族派閥』は『ノヴェール家』が『王派閥』に鞍替えしたのではないかと疑心暗鬼になり、以前述べた通りジュリアンに対する風当たりを強くしていった。

しかし、若い世代が前の世代に反発する事はよくある事で、そうした者達の『受け皿』・『旗印』として、ジュリアンと『若手貴族派閥』は台頭していったのである。

もっとも、このジュリアンのフロレンツに対するある種の『盲信』と、『貴族派閥』から受けた『精神的ストレス』をニコラウスに利用され、ジュリアンは『リベラシオン同盟』と、ひいては『ロマリア王国』に混乱をもたらす火種となる可能性もあった。

形は違えど、フロレンツの『操り人形』から、ニコラウスの『操り人形』に姿を変えていたからである。

まぁ、しかし、ニコラウス、あるいは『ハイドラス派』は『英雄アキト』の『能力』をまだまだ過小評価していた。


「嘘だ、ウソだ、ウソダ・・・。」


ジュリアンはフロレンツの『裏切り』に混乱し、頭を抱えてブツブツと呟いていた。

ジュリアンにしてみたら、信じていたモノが土台から覆ったのだ。

取り乱すのも無理からぬ事であった。

オレリーヌとライルは、それを痛ましい表情で見ていたが、ふと、オレリーヌは以前アキトから贈られた『アイテム』の存在を思い出した。


「・・・まさかっ!?あの少年はこうなる事を見越してっ!?」


その存在を思い出して、オレリーヌは驚愕の表情を浮かべた。

まぁ、結論から言うと、それは全くの偶然なのだが、アキトの持つ神秘的な容姿、神々しい『雰囲気オーラ』を想起させていたオレリーヌは妙に納得してしまったのであった。

やはり『イメージ』に人は左右されるモノである。



◇◆◇



※『掃除人ワーカー』・ドゥクサスの場合



その『職業柄』、『冒険者ギルド』には常に誰かしら常駐している。

と、言うのも、『緊急事態』はいつ起こるか分からないからである。

パンデミックモンスター災害』の例にもある様に、『緊急』の依頼・要請はこの世界アクエラではいつ起こってもおかしくないので、そうした事態に対応し、職員を招集し、各所に連絡を回す人員はどうしても必要になってくるので、『冒険者ギルド』では、職員達が持ち回りで所謂『宿直』をするのが通例であった。

それは『ギルド長』たるドロテオも例外ではなく、その日は、宿直明けで通常の業務をこなし、業務終了と共に家路に着くのだった。

『冒険者ギルド』の通常業務時間は、前述の『インフラ整備』や『魔獣』・『モンスター』の生態から、日の出から日の入り前であり、これは季節によっても変化するが、雑務を終えてドロテオがギルドを出たのは夕方である。

掃除人ワーカー』・アルファーがダールトンを襲撃する数時間前の事であった。



ドゥクサスが襲撃するにあたって、ドロテオが宿直明けだったのは全くの偶然であった。

ギールの決定で襲撃を決行する日が、たまたま今日だっただけである。

それならば、アルファーと同じくドゥクサスも夜間に同時多発的に襲撃をすれば良いのだが、生憎ドゥクサスの得意分野はむしろ所謂『普通』の戦闘の方で、アルファーほど『暗殺術』は得意分野ではなかった。

その為、ドロテオの家に襲撃をすると、高確率で家族に気付かれる恐れがある。

これは、『ターゲット』が『元・上級冒険者ドロテオ』である事も大いに関係してくる。

もちろん、ドゥクサスも高い『隠密技術』や『気配遮断技術』を持っているが、『元・上級冒険者』の『経験値』は侮れない。

『上級冒険者』ともなると、『村』や『街』の外で夜を明かす機会も多くなり、必然的に『危機察知能力』も高くなる。

そうした『環境』で生き残ってきた者は、『直感』も鋭いので、前述の通り『ドロテオターゲット』に気付かれてしまうと、ドゥクサスは『暗殺術』が不得意である分、家族にも気付かれやすくなる、と言う訳である。

もちろん、ドゥクサスとしては皆殺しする事に何ら抵抗はないが、『掃除人ワーカー』の『セオリー』として、騒ぎを大きくする事は悪手だ。

ギールも言及していた通り、撤退を困難なモノとするからである。

そんな訳で、ドゥクサスは『ドロテオターゲット』が一人になる『街中』での襲撃を計画していたのだった。


「・・・。」

「(・・・。)」


夕暮れ時は、別名『黄昏時』とも言い、「誰そ彼」から来ているそうだ。

「誰そ彼」とは、もう薄暗く目が慣れていない事もあり、近付かないと相手が誰か分からない=「貴方は誰ですか?」と言う意味だ。

つまり、視界が悪くなる事もあり、『掃除人ワーカー』の『仕事』的には『目撃者』のリスクも減らせるし、『街中』には死角も存在するので、襲撃するのには悪くない条件なのである。

もちろん、夜間の方が全てに置いて都合が良いのは言うまでもないが。

しばらく『尾行』を続けていたドゥクサスだったが、ふとドロテオがどんどん人気のない裏路地に突き進んでいる事に気が付いた。

こりゃ、都合が良いな。

ドゥクサスはそう思った。

もちろん、『ドロテオターゲット』に気付かれた可能性も否定出来ないが、その場合、わざわざ人気のない方向には行かないだろう。

は、その限りではないが・・・。

しかし、ドゥクサスとしては都合が良い状況である事には変わりない。

ドゥクサスは、ここらで決行すると決めた。

後は、そのタイミングを見計らうだけだった。


「ふぅ、やれやれ。何もに来んでも良いのになぁ、。姿を現しちゃどうだい?」

「っ!」


が、機先を制して、ドロテオがそう呟いたのを聞いて、と理解した。


「何だ、バレていたのかい・・・。」

「まぁな。これでも、俺ぁ『元・上級冒険者』なんでね。面倒事にもそれなりにあってるから、まぁ、そん時の勘みたいなモンよ。んで、何か用かい?」

「やっぱ、『元・上級冒険者』様は伊達じゃねぇな。しかし、わざわざ人気のない所に来たのは自信の表れかい?大通りの方に行けば良いのによぉ。ま、俺としては都合が良いんだけどな。アンタに恨みはねぇが、『仕事』なんでね。ここで死んでくれやっ!」

「っ!」


ドゥクサスはセリフを言い終わる前に、一気に間合いを詰めて、右ストレートの拳をドロテオに叩き込んだ。

ドロテオは、それを咄嗟に体捌きと防御でいなし、回避したが、ドゥクサスの拳は、逸れて建物の壁に深々と突き刺さっていた。


「うひょー。とんでもねぇ、バカ力パワーだなぁ。格闘家グラップラーかっ!」

「よく避けたなぁ。それでこそ仕留め甲斐があるってモンだぜっ!」


『スイッチ』の入ったドゥクサスは、不気味に微笑み悦びの声を上げた。


「しかも、『戦闘狂バトルジャンキー』かよォッ!」

「セイッ!」


一度『スイッチ』が入ると、それまでの慎重さは鳴りを潜め、『ターゲット』を殺すまで止まらない。

ドゥクサスには、そうした悪癖があった。

まぁ、もっとも、仲裁に入った者や目撃者なども、『スイッチ』が入った状態だとまとめて『肉塊』に変えてきたので、これまではそれで問題無かった。

そう、

一撃一撃が、『必殺』の威力を秘めた攻撃をラッシュで打ち込んでくるドゥクサス。

一方のドロテオは、『街中』である事もあり、『得物』は腰に差した『短剣』だけであった。

本来、ドロテオの得意な『スタイル』は所謂『盾役』、『A級冒険者パーティー』、『守護者ガーディアン』の異名を持つ『デクストラ』のメンバーである重戦士アーマー・ゴドウェルと同じである。

それ故、一番の得意分野は『斧術』と『盾術』を組み合わせた『戦闘技術』である。

もちろん、『上級冒険者』ともなると、複数の『武術』に精通している為、ドロテオは見事な『体術』、『剣術』で応戦していた。

また、これはドロテオの『経験』にも由来するモノだが、所謂『ゲリラ戦術』も駆使して、ドゥクサスと互角以上に渡り合っていた。

ドゥクサスを裏路地にわざわざ、無関係の者達を巻き込まない為もあったが、こうした『戦術』に向いた地形でもあるからだ。


「どうした、どうしたっ!アンタの『力』はこんなモンかっ!?」

「言ってろっ!」


アドレナリン全開のドゥクサスは、ドロテオのそのコソコソとした『戦術』にそう煽ってくるが、ドロテオは相手にしなかった。

お互い致命傷になるダメージを与えられてはいないが、『戦術』と『経験』で勝るドロテオの方がやや優勢だ。

とは言え、本来ならドロテオはドゥクサスと真っ向勝負で戦り合っても勝てる『使い手』なのだが、如何いかんせん加齢による体力の衰えは否めない。

まぁ、それをカバーする『経験』と『知識』がドロテオにはあるが、

「俺も『護衛』を付けねぇともうキツイかね~。」

と考えるくらいには、宿直明けでのこの襲撃はドロテオにとっても堪えるモノだった。

まぁ、しかし、このまま何事もなければ、ドロテオの『戦術』勝ちで幕を閉じる。


「・・・ヒッ!こ、ここで何をしているんですかっ!?」

「あんっ!?」

「何っ!?」


そこに、『闖入者リオネリア』が現れなければ、であるが。



◇◆◇



ダールトンに張り付いていたジークと同様に、アキトの指示で、ドロテオにもハンスが張り付いていた。

もっとも、ジークも言及していた様に、ドロテオとドゥクサスが戦闘状態に入っても、ハンスは『伏兵』の存在を警戒し、迂闊に介入には入らなかった。

もちろん、ドロテオが危機的状況ならその限りではないが、ハンスの目から見ても、ドロテオの方が優勢である。

まず間違いなく、ドロテオの『勝利』で決着が着くと見ていたハンスは、その勝敗の行方を見守っているのだった。

しかし、戦況が膠着状態になった時、ふと見ると、フラフラとまるで足取りでこの場に近付いてくる影に気が付き、状況が一辺した。

辺りはすでに薄暗く、『掃除人ワーカー』達以上に夜目が効く『エルフ族ハンス』を持ってしても気が付くのが遅れるくらいだ。

確かに、『街中』は『外』の世界よりかは治安が良いが、この世界アクエラの人々は一般人でも高い危機管理意識を持っている。

薄暗く、人気のない路地裏で、争う様な喧騒がしていれば、普通の人ならわざわざ近寄らない。

『危険地帯』の渦中に、わざわざ飛び込んで行くのはただの自殺行為だからである。

自分の身は自分で守る。

それが、この世界アクエラ(もちろん、『地球』でも同じだが)の『ルール』である。

まぁ、中には野次馬根性で覗きに行く者などもいるのはこの世界アクエラでも変わらないが、その場合もトラブルに巻き込まれたとしても自己責任である。

とは言え、この『闖入者』はどうも様子がおかしいとハンスは感じていた。

喧騒に怯えて慌てて踵を返すでもなく、こっそり様子を窺うでもなく、本当にボーッと『渦中』に向かっているのだ。

それ故、ハンスは何かしらの『罠』を警戒して、より一層周囲の索敵に意識を持っていった。

しかし、これが一瞬のタイムラグを生む出す結果となったのだった。


「・・・ヒッ!こ、ここで何をしているんですかっ!?」

「あんっ!?」

「何っ!?」


突然現れた『闖入者リオネリア』に、ドロテオもドゥクサスも一瞬ポカンとする。

しかし、『スイッチ』の入っている状態のドゥクサスは、即座にこのを始末するべく動いた。


「チッ、結構いい女で勿体ねぇけど、見られた以上は仕方ねぇ。死になっ!!」

「キャアァァァァァッ!!!」

「くそぅっ!!」


位置関係上、ドゥクサスの方がリオネリアに近かった事もあり、ドロテオは咄嗟に彼女を引っ張って逃げる事が出来なかった。

出来た事と言えば、『必殺』の一撃をリオネリアに喰らわせ様としていたドゥクサスとの間に、身体を滑り込ませる事だけである。

ドゴォッ!

鈍い音が響き渡り、ドゥクサスの一撃はモロにドロテオを捉えた。


「ゴボォッ、ガハッゴホッ、こりゃ、まずったぜぇ・・・。」


数メートル吹き飛ばされ、何とか体勢を起こすも、口から血ヘドを吐き、荒い呼吸を吐くドロテオ。

あまりに咄嗟の事だったので、流石のドロテオもガードが間に合わず、かなり深刻なダメージを負ってしまった。

しかも、状況は全く改善していない。

人が吹き飛ばされる恐ろしい光景と、ドゥクサスの『殺気』にあてられたリオネリアは、その場でへたりと腰を抜かしている。

一方のドゥクサスは、『ドロテオターゲット』に良い一撃が入った事を確信し、見る者を恐怖に陥れる壮絶な笑みを浮かべている。


「マズイッ!」


周囲の索敵に気を取られ、一瞬目を離した隙に最悪の状況になっている事に気付いたハンスは、全速力で現場に急行した。

ドゥクサスは、ドロテオのダメージを確認し、まず始末するべきはこの目撃者リオネリアであると判断した。

ドロテオは、荒い呼吸をしてマトモに立ち上がれもしない状況だ。

一方のこの目撃者リオネリアは、腰を抜かしているが無傷である。

万が一逃げられるとしたら、可能性としては彼女の方が高い。

戦闘狂バトルジャンキー』モードに入っていても、事戦闘に関する事は冷静に判断出来るドゥクサスは厄介な存在だった。

場違いなほどの歪んだ笑みを浮かべるドゥクサスに、リオネリアはただガクガクと震える事しか出来なかった。


「に、逃げろーっ・・・!」


掠れた声で何とかそう叫ぶドロテオだったが、一般人であるリオネリアには無理な相談だった。


「死ねっ!」

「いやあぁぁぁぁぁぁっ!!!」


ドロテオをほぼ行動不能に陥らせたドゥクサスの一撃が自分に振るわれる。

リオネリアの『耐久力』ではとても耐えられないだろう。

リオネリアは、恐怖のあまり絶叫しながら思わず目を閉じてしまったのだった。

・・・しかし、いくら待っても一向に痛みも衝撃もない。

自分は、痛みも感じる事もなく死んだのだろうか?

恐る恐る目を開いて見ると、そこには、かつて『英雄アキト』と共に自分達を助けてくれた『エルフ族ハンス』が、自分とドゥクサスの間に頼もしく立ちはだかっていた。


「ば、バカなっ!」

「いやぁ~、危なかったぁ~。主様あるじさまに叱られるトコだったよぉ~。」

「・・・えっ?」

「ハ、ハンス、さん・・・?」


場違いなほど明るい声に、リオネリアもドロテオも呆然としていた。

ただ、一番ショックを受けていたのはドゥクサスだろう。

元・上級冒険者ターゲット』さえ吹き飛ばした自慢の一撃を、

ドゥクサスは身長が180cmを超える男で、格闘家グラップラー故に全身が鍛え上げられた鋼の筋肉に覆われている。

一方のハンスは、『エルフ族』の特性上バランスの良いしなやかな肉体を持っているが、ドゥクサスに比べれば小柄であるし、どちらかと言うとスラッとした印象さえ受ける青年である。

この世界アクエラではありえない事ではないが、その光景はある種衝撃的だろう。

しかし、『高レベル』かつこの目の前の男ドゥクサスを軽く凌駕する『膂力りょりょく』を誇る『鬼人族』のアイシャと普段『稽古』などをしている『エルフ族ハンス達』に取っては、この程度は造作もない事である。

アキトの『仲間達』は、アキトに関わる様になってから、確実に(一般人から見たら)化け物染みた『力量』を持つに至っていた。


「は、はなせぇいっ!!」

「とりあえず、悪いが眠っていて貰おうかっ!」


慌てて捕まれた拳を振りほどこうとするドゥクサスに、ハンスはその腕を軽くに捻り、次いでケリを

所謂、『かかとおとし』である。


「はれっ?」


ぐるんっと、いつの間にか仰向けに転ばされたドゥクサスの腹に、その足技がモロに直撃した。


「ぐはぁぁぁぁっ!!!」


ハンスの見た目に似合わぬ『パワー』と地面との間に挟まれたドゥクサスは、その衝撃を他へと逃す事が叶わず、何ともアッサリと撃沈したのだった。


「助けるのが遅くなってしまい申し訳ありません、御婦人。お怪我はありませんか?」

「は、はい・・・。あ、あの、ありがとうございました。」

「いえいえ。」


地面に白目を剥いているドゥクサスを放置して、ハンスはリオネリアに微笑みその身体を助け起こしていた。

恐ろしい事に、この状態でもハンスとしては『手加減』をしており、その証拠にドゥクサスは、半死半生ながらもかすかに息があった。

フラつくリオネリアを支えながら、次いでハンスはドロテオに近付いた。


「ドロテオ殿、大丈夫ですか?これ、『シュプール』特製の『ポーション』です。服用すれば、大分楽になりますよ。」

「・・・ああ、すまない、ハンスさん。」


以前にも言及した通り『魔獣の森』は『薬草の宝庫』であり、さらにその深部には非常に貴重な薬草も多く自生している。

アキトは、その環境柄、またアルメリアの指導により『薬師』としても研鑽を積んでいるし、それプラス『森の民』たる『エルフ族』の独自の知識や、『鬼人族』・『ドワーフ族』の持つ知識が集結する『シュプール』は、ある意味この世界アクエラでもトップクラスの様々な知識を持つ集団だろう。

特に、『白狼』との関係により深部に入り放題であるアキト達は、通常ではありえない効果の各種薬草を取り扱う事が可能だ。

もちろん、中には『麻薬』とか『猛毒』に匹敵する危険な薬草も存在するし、比較的慎重派なアキトがこの知識を開示する事はないが、『ルダの街』の住人や『リベラシオン同盟』の者達なら、この『シュプール』特製の『ポーション』が何やらとんでもない代物だと言う事を理解している。

ハンスに手渡された『ポーション』を一気に飲み干したドロテオは、この『ポーション』の効能を体感していた。


「こいつは、すげえなっ・・・!」


『ライアド教』が独占している『回復魔法』ほどの効果は見込めないが、しかし、こちらの方が色々な意味で優秀である。

材料を必要としない、外傷や内傷に対して絶大な効果を発揮する『回復魔法』だが、当然デメリットも存在する。

まず、そのをすぐには消す事が出来ない点、そして、対象者の自然治癒力に依存する為、体内の栄養素を一気に使う為空腹になるし、下手をしたら生命力すら使用してしまう恐れがあり、寿命を縮める恐れがある点だ。

その為、知識のない者が使用するには非常に危険な『魔法』なのである。

『ライアド教』が独占しているのも、様々な思惑もあるだろうが、そうした面では理にかなってもいるのだった。

さて、では一方の『ポーション』だが、『薬物治療』はこの世界アクエラでも一般的な療法だが、『シュプール』特製の『ポーション』となるとその効能は折り紙つきである。

流石に『ゲーム』の様に、瞬時に『完全回復』とまではいかないが、貴重な薬草が必要である、高度な知識が必要である点を除けば、『回復魔法』に迫る効果、かつ『回復魔法』のデメリットも一切無いのである。

まぁ、いずれにせよ本当に『全快』するには、栄養のある物を摂取して、安静にするのが一番なのは『地球』でもこの世界アクエラでも、『回復魔法』でも『ポーション』でも変わりないのだが・・・。

立ち上がるのもおぼつかなかったドロテオは、数分後には自身の力で立ち上がる事が可能になっていた。

ドゥクサスに貰ったダメージも引いていて、身体がポカポカとする以外は、健常の状態に近い感覚であった。


「いやぁ~、すみません。どうやらこっそり『護衛』に付いていてくれた様ですな?」

「ええ、まぁ。こちらこそすいません。主様あるじさまに『口止め』されていたモノで・・・。」

「いや、正直助かりました。俺もまだまだ若いつもりでしたが、今回の事でやっぱり『護衛』の必要性を感じましたよ。アキトがどういう思惑で『口止め』していたかは知りませんが、助かったとお伝え下さい。」

「はい、承りました。ドロテオ殿の立ち回りはお見事でしたが、流石に無関係な女性が狙われると、お一人では分が悪かったですよね。ああ、そう言えば、御婦人は、ええと、確かこの間『リベラシオン同盟』で保護した方でしたね?なぜこの様な場所に?」


ドロテオの『回復』を確認して言葉を交わすハンス。

その時、ふと先程のリオネリアの様子が気に掛かり、そう質問した。

リオネリアは、ハンスに支えられている事に恥ずかしげに顔を赤らめながらも、その質問には表情を曇らせてこう応えた。


「私はリオネリアも申します、ハンス様、ドロテオ様。先日の件といい、今回の件といい、助けられてばかりですわね。重ね重ねお礼申し上げます。ただ、今回の事は私にも何が何だか・・・。そもそも私は『リベラシオン同盟』の施設に居りました筈ですのに、気が付いた時にはそちらの男性が暴れている所でしたし・・・。頭の中に霧が立ち込めた様に記憶がハッキリしませんわ。色々あって疲れているのでしょうか?」

「ふ~む。」

「気になりますね・・・。」


ドロテオとハンスは、リオネリアの言葉に顔を見合わせるのだった。


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