第47話 『伝道師』の誤算 1



◇◆◇



「ジュリアンッ!」

「おおっ、母上!ご無沙汰しておりますっ!」

「挨拶は良いのですっ!ジュリアン、どういう事か説明なさいっ!!」


喜色の表情を浮かべ、久々に再会した母親オレリーヌをジュリアンは笑顔で出迎えた。

しかし、一方のオレリーヌは、挨拶もそこそこに、怒気を孕んだ声色でジュリアンに詰め寄った。

この『貴族』らしからぬ、また、ジュリアンの記憶の母親オレリーヌらしからぬ様子に、ジュリアンは面食らってしまった。



王都『ヘドス』の『ノヴェール家』の別宅にて、ジュリアンはオレリーヌと面会していた。

オレリーヌは、『ノヴェール家』が『リベラシオン同盟』との『協力関係』を結んだ事をジュリアンに伝える『使者』としての訪問であったが、『トラクス領』の中央都市『ルベルジュ』から、王都『ヘドス』への旅の道程どうていで、オレリーヌは耳を疑う様な『報告』を受けていた。


「ジュリアンが『リベラシオン同盟アキト達』に『掃除人ワーカー』チームを差し向けた」


そう『報告』して来たのは、ジュリアンの執事兼秘書にして、公私共に彼を支える腹心のライルと言う男からであった。

それ故に、その『情報』は『信頼性』が高く、オレリーヌは一体どこから『リベラシオン同盟』と『ノヴェール家』の『関係』が漏れたのかが、まず気になった。

しかし、考えを纏めるには『情報』が不足しており、とにかくオレリーヌは、ただちにその『情報』をガスパールへと流し、『リベラシオン同盟アキト達』に注意換気する様促したのだった。

そうして、その『情報』はフェルマンを介して『リベラシオン同盟アキト達』の知る所となったのだが、オレリーヌは残りの日程の間中ずっと暗澹あんたんたる気持ちを抱えたまま、『ヘドス』まで来たのである。

その結果として、気が急いた事もあり、会うなりジュリアンに詰め寄るのも無理からぬ事ではあった。



「は、母上!どうされたのですか?まずは落ち着いて説明して頂けなければ、何を仰りたいのか分かりかねますが?」

「っ!・・・そ、そうですわね。わたくしとした事が、少し取り乱してしまいましたわ。ごめんなさいね。」


久々に見る我が子ジュリアンの戸惑いながらも姿に、オレリーヌは息を深く吸い込み、自らの感情的な行動を恥じ、心を落ち着けて謝罪した。

心の中で燻っている様々な『感情』はともかく、まずはきちんと説明して、確認して、状況を把握しなければならない。

フェルマンからは、『リベラシオン同盟アキト達』は今回の件を特に問題視していない様子だったと聞いてはいるが、それをそのまま鵜呑みにするのは『ノヴェール家』にとって良い事ではない。

アキトとしては、『交渉』が成立した時点で、『ノヴェール家』とは対等な関係であると考えているが、ガスパールとオレリーヌとしては(もちろんはあるが)、大きな『借り』がある相手だ。

それを返してもいない内に、さらに『借り』を作る事態になってしまっている。

今後の事も考えると、これ以上の『失態』は絶対に避けなければならなかった。


「よくお聞きなさい、ジュリアン。ライルから『報告』があったのです。貴方が『リベラシオン同盟』と言う『組織』に『掃除人ワーカー』チームを差し向けた、と。これは事実ですか?」

「なっ!?」

「・・・申し訳ありません、ジュリアン様。私の独断でその事を奥様に『報告』致しました。この処分は如何様にも。」

「いえ、ライル。貴方の判断は間違いではありません。むしろ、よく報せてくれました。それが無ければ、今頃『ノヴェール家私達』の『命運』も尽きる所でした・・・。」


オレリーヌからそう問われて、ジュリアンは反射的に自分の執事ライルを睨んだ。

その視線をたしなめ、オレリーヌはライルの『忠誠心』に労いの言葉を掛けた。


「なぜです、母上!?確かに私が用いた『手段』は褒められた方法ではなかったかもしれませんが、『リベラシオン同盟』とか言う『組織』の言いなりになっていては、父上や母上、ひいては『ノヴェール家』の未来に影を落とす可能性があるのでしょう!?」

「ジュリアン・・・。どうしたのです?聡明な貴方からは考えられない浅はかな行動と言動・・・。一体何があったのですか?一体何処の誰にその様な事をのですか?」


オレリーヌは、ジュリアンと改めて冷静に対面した事で、彼のがおかしい事に気が付いた。

オレリーヌとジュリアンは、ジュリアンが『ロマリア王立魔法学院』に入学してからは、王都『ヘドス』と『トラクス領』の中央都市『ルベルジュ』とで離れて生活していたが、それでも年に数回は会っていた。

確かにこの少年期から青年期にかけて、印象が『別人』の如く変貌する事はあるが、それでもその『根底』にある部分まではそうそう変わらない。

ましてや、全く会っていない訳でもなく、さらにオレリーヌは、『侯爵夫人』として様々な人物と会って来た『経験』から、人を見る目にはそれなりに自信があった。

その『経験則』から、オレリーヌは、ジュリアンの『内心』の変容をだと直感した。


「・・・『リベラシオン同盟』の事は、誰から聞いたのですか?」


その為、オレリーヌは順を追って説明を求める事にした。


「・・・覚えておりません。」

「ジュリアンッ!」


しかし、ジュリアンはその質問に答えなかったので、オレリーヌは再び激昂した。

普段であれば、オレリーヌもここまで感情的にはならないのだが、相手が我が子であり、しかも、『状況』は非常に悪い事も手伝って、あまり心に余裕が無かった。


「お待ち下さい、奥様!ジュリアン様の仰っている事は本当です。我々も覚えてないのです。家人にも聞き取りをしましたが、大半の者が同じでした。ただ、本当にごく少数でしたが、『ライアド教関係者』を名乗る人物が訪ねてきた様な記憶がある、と。その者の証言もかなり曖昧なのですが・・・。」

「なんですって・・・!?」


ニコラウスの『魔眼』の『効果』は絶大であった。

特に、自身の『保身』にかけては、より一層念入りに『暗示』をかけていた。

しかし、一方でそれもやはり『絶対』では無い。

人によっては、『暗示』や『催眠術』にかかりにくいタイプの者もいる。

そうした『耐性』を持つ者の存在には、ニコラウスはある意味無頓着であった。

なぜなら、ニコラウスは独学の『催眠術』モドキの『技術』は一応持っているが、その『技術』レベルは素人に毛が生えた程度であり、もっぱらその『催眠効果』も『魔眼』に依存しているからである。

これは、まだこちらの世界アクエラでは『心理学』などに関する『学問』が体系化していない事、ニコラウスが『平民』出身である故に高い『教育』を受けてきていない事も大いに関係する話であった。

さらに、ニコラウス自身の『経験則』も関係してくる。

人は『多数派』の『意見』に流される傾向にある。

それ故、こうした事態の場合は「自分の『記憶』が間違っているのではないか?」などと、自身の『記憶』を改変してしまう事、あるいはその『記憶』自体を飲み込んで表に出さない事も往々にしてある。

そうでなくとも、『少数派』の『意見』は軽視される傾向にあるのだ。

それを、ニコラウスは自身の『』からそう理解し、今回もそうなると

しかし、


「なるほど、『ライアド教』・・・。フフフ、『ノヴェール家私達』が『リベラシオン同盟』と『協力関係』を結んだのはやはり間違いではありませんでしたね。一度ならずも二度までも、よくも『ノヴェール家私達』を虚仮コケにしてくれたモノですわっ!」

「は、母上?」


今回のニコラウスの行動は、完全に失策であった。

もちろん、ニコラウスが『ハイドラス派』から期待された『トリックスター』・『扇動者アジテーター』としての『役割』的にはある意味間違った『方法』では無い。

『リベラシオン同盟』と『ノヴェール家』を引っ掻き回し、その『関係』を悪化させれば、アキトに対する『妨害工作』としてはこの上ない成果であるだろう。

しかし、これも一種の『賭け』である事には気が付いていなかった。

もちろん、これは『リベラシオン同盟アキト達』が持つ『規格外』とも言える『武力』あってこそであるし、アキトが『異世界人』である事も大きい。

・・・おそらく、これ以上調べても今回の『仕掛人』に関する『情報』は出てこないだろう。

オレリーヌは直感的にそう読んだが、これは残念な事ではあるが、『ライアド教関係者』と言う『キーワード』だけでもある意味、オレリーヌにとっては十分だった。

以前『リベラシオン同盟』から、『ハイドラス派』が『ノヴェール家』に対して何をして、その結果『ノヴェール家』が窮地に立たされる事となった事、『ハイドラス派』が今後何をしようとしているかの『推測』を聞いているのだ。

それを合わせて考えれば、十中八九『妨害工作』である事は容易に想像が付く。

これは上手い手だ。

本来なら、ジュリアンがからと言っても、『ノヴェール家』が『リベラシオン同盟』に対して『裏切り行為』をした『事実』は変わらない。

それ故に、『掃除人ワーカー』チームの『成果』次第では、『リベラシオン同盟』と『ノヴェール家』の『関係』は決定的に決裂。

最悪、『リベラシオン同盟』と『敵対関係』にもなり、その『報復』として『ノヴェール家』の『御家取り潰し』が現実味を帯びた話になってしまうのだ。

そう、

アキトは自身が『幻術系魔法』の『使い手』であり、『前世』の記憶から『心理学』に関する事も、もちろん専門知識がある訳ではないが何となく知っている。

それ故に、ジュリアンの『暴走』の可能性として、当然他者からのを受けているケースも想定出来た。

その事も踏まえた上で、今回の件を特段問題視しない様にしているのだ。

そうした『知識』の『差異』を(オレリーヌ自身が持つ『貴族』故の高い『教養』からくる『洞察力』と、『異世界人アキト』が持つ『未知』の『知識』)、ニコラウスは完全に見誤っていた、いや想像もつかなかったのだった。


「よくお聞きなさい、ジュリアン。そしてライルも。なぜ『ノヴェール家私達』が『リベラシオン同盟』と『協力関係』を結んだのか。そして『ライアド教ハイドラス派』が『ノヴェール家私達』に何をしたのか、今後何をしようとしているか、を。」

「「は、はいっ・・・!」」


オレリーヌから漏れ出る不気味な『雰囲気オーラ』に圧倒されて、ジュリアンとライルはただただそう頷くしかなかった。



◇◆◇



※『掃除人ワーカー』・アルファーの場合



ダールトンは、その夜『リベラシオン同盟』の本部兼施設に詰めていた。

と言うよりも、アキトから『通信石つうしんせき』で『掃除人ワーカー』からの『襲撃』を警告されてから数日間は、こちらの方で寝泊まりをする様にしていたのだった。

と、言うのも、当然ダールトンの家族に被害が及ばない様にする事はもちろんだが、とある理由から、こちらの方が

さて、ではアクエラの『生活環境』に関する話であるが、当然ながら『地球』の特に『先進国』と違い、『インフラ整備』が進んでいないのが現状である。

そうなると、当然夜間は真っ暗だ。

もちろん、『街灯』に相当する物はあるし、晴れていれば、の月明かりもあるし、各家庭でも『照明』に相当する物はある。

しかし、やはり『地球』の様に、夜の闇を煌々こうこうと照らせるほどではもちろんない。

故に、こちらの世界アクエラの大半の者達は日の出と共に起き、日の入りと共に寝るのが一般的であった。

夜の『世界』は、夜行性の『魔獣』や『モンスター』の独壇場であり、そして夜の『住人』の独壇場でもあった。

そう『掃除人ワーカー』の様な。


「・・・。」


寝込みを襲うのは、『掃除人ワーカー』の様な存在にとっては、ある種『セオリー』の様なモノだ。

『地球』でも、深夜帯は目撃情報が減る。

大半の者達は寝入っている時間帯だし、『明かり』があるとは言え当然視界も悪い。

こちらアクエラでは、前述の『インフラ整備』の問題から、よほどの夜目が効く者でない限り、顔を見られるリスクはほぼ無いと言っても過言ではなかった。

それ故、アルファーもその『セオリー』に乗っ取り、ダールトンに『夜襲』を仕掛けるのだった。



アルファーはひそかに『リベラシオン同盟』の本部兼施設に潜入していた。

事前の『下調べ』で、大体の建物内の構造は把握している。

現在ダールトンが、『盟主用』の『執務室』に併設している『書斎兼仮眠室』にいる事も把握している。

他の者達に気取られない様、素早くアルファーは『書斎兼仮眠室』に移動していた。


「Zzz・・・。Zzz ・・・。」

「・・・。」


ニヤリと顔を歪ませて、アルファーは『ダールトンターゲット』の存在を確認した。

掃除人ワーカー』達は、その『職業柄』比較的夜目が効く。

夜の『住人』の名は伊達ではないのだ。

歪んだ表情を引き締め、アルファーは『一撃』で仕留めるべく、慎重に『ダールトンターゲット』との距離を詰めた。


「・・・おや、こんな時間に『お客さん』とは、礼儀知らずだね。」

「っ!!」


が、ふいに『ダールトンターゲット』が身体を起こし、声を発した事にアルファーは驚いた。


「さて、何か用かな『掃除人ワーカー』くん?あまり時間を掛けていると、君の『命運』は尽きると思うが?」

「フッ!!」


ダールトンターゲット』の『挑発』に、アルファーは気を取り直して攻撃を仕掛ける。

ダールトンターゲット』に気付かれたのは予想外だったが、アルファーは自分の方が彼より『強者』である事は疑っていなかった。

この『判断』は正しい。

ダールトンは『政治家』なので、事戦闘においてはアキトとドロテオには及ばない。

しかし、だからと言って

ダールトンは使用していた毛布でアルファーにを仕掛ける。

『悪あがき』の様に見えるが、歴とした『計算』あっての『行動』だ。

アルファーはそれをすでに抜刀していた『短剣』で咄嗟に切り裂こうとするが、中々上手くいかない。

空中に浮いている『物質』、特に柔軟性のある布製品を切断する事は容易ではない。


「くっ!?」


仕方なく毛布をひっぺがすが、その『ワンアクション』は致命的な隙になってしまった。

ダールトンはすでに迎撃体勢を整えているし、しかも、アルファーの『』に反応して、ダールトンの執事・ヨーゼフがすでに駆け付けていたからだ。


「旦那様っ!」

「問題ありません。彼は単独の様です。無力化して下さい。」

「畏まりましたっ!」

「チッ!」


アルファーは、この執事ヨーゼフには警戒していた。

アキトも言及していたが、見る者が見ればヨーゼフはかなりの『使い手』と分かる。

『貴族』とは違い、ダールトンは大掛かりな『セキュリティ私兵』を持っている訳では無いが、この執事ヨーゼフの『力量』はそれらと遜色ないとダールトンは考えていた。

時に『護衛』とは、『量』より『質』の方が重要であったりする場合もある。

夜間だと言うのに、しっかりとした身形に身を包んでいるヨーゼフは、手慣れた様子で『暗器』を投擲した。


「クッ!」


それを避けるアルファーだが、これは陽動だ。

室内であるから、回避する場所も限られてくる。

誘われた格好になったアルファーに、ヨーゼフは素早く間合いを詰め、容赦なくケリをお見舞いした。


「シッ!」

「ガッ!!」


アルファーもやはり『腕』の立つ男であるが、咄嗟にガードするも体勢が悪かった事もあり、その衝撃までは受け流せなかった。

小さくない『ダメージ』を負い、なおかつ『状況』は悪かった。

すぐに体勢を立て直そうとするが、それを待つほどヨーゼフは『襲撃者』に優しくはない。

ダールトンも、『アルファー』の『勝利条件』が自分の『命』である事を理解しており、下手に逃げ出さずに邪魔にならないスペースに移動して警戒体勢を取っている。

これをやられるとキツイ。

逆に逃げてくれた方が、アルファーとしてはの『状況』に持ち込みやすくなり、どうにかヨーゼフさえ振り切れれば、『ダールトンターゲット』を仕留めて後は逃げれば良いだけだ。

しかし、この場に残られると、ただ逃げるだけでも容易な事ではなかった。

やはり二対一では、数の上でも『精神的』にも不利であるし、アルファーも『腕』の立つ男だが、どちらかと言えば『暗殺術』に特化している為、所謂『普通』の戦闘はあまり得意分野ではない。

あれもこれも一流である、『S級冒険者』ほどデタラメな『実力』は流石に有していなかった。

それでも、ヨーゼフの的確な攻撃をしのぎ、どうにか『離脱』する隙を窺っていた。

そして、そのチャンスは思わぬ所からやってきた。


「投降する事をオススメしますが?」

「・・・フンッ!」


ヨーゼフが攻防の合間にアルファーにそう呼び掛ける。

勝敗はすでに決していた。

アルファーのボロボロな様子がそれを物語っている。

アルファー』をこの場で『処分』するのなら話は簡単だが、『リベラシオン同盟』としては『掃除人ワーカー』の『処分』は『ノヴェール家』がする事が望ましい。

もちろん、そんな『政治的』な話は、切迫した『状況』なら無理をしてでもする事ではないが、あいにくとそれが出来る『状況』だった。


「・・・あのぉ~、ダールトンさん?どうかなさいましたかぁ~??」

「「はっ!!??」」

「っ!!」


故に、まだ『アルファー』を無力化していない『状況下』で、予想外の『闖入者』が現れた時に、ダールトンとヨーゼフの対処が一瞬遅れてしまう。


「し、しまっ!」

「フィオレッタさんっ!?」

「えっ!?キャアァァァァッ!!!」

「フッ、運が良いぜっ!」


かすかな物音に気付き寝ぼけ眼で『執務室』にやって来たフィオレッタは、アルファーにいち早く捕らえられてしまった。

アルファーに取っては、これは『脱出』する為の千載一遇のチャンスだった。

もちろん、ダールトンもヨーゼフも『リベラシオン同盟』で保護されているフィオレッタ達の事は考慮していた。

しかし、『パニック』になってはいけないと事前にフィオレッタ彼女達に『情報』を開示しなかったのが裏目に出た形である。

そもそも、『執務室』と『書斎兼仮眠室』は、『情報漏洩』の観点から『防音仕様(もちろん完全なモノではないが)』であるし、こことフィオレッタ彼女達が滞在している建物は、一応繋がってはいるが別棟である。

なので、まさかフィオレッタが就寝中にトイレに立ち、寝ぼけていた事も手伝って軽い迷子になり、別棟まで来て、かすかな物音が気になり、『執務室』を訪れると言うのは、いくつもの偶然が重なった想定外の不運であった。

アルファーは、フィオレッタに刃物を突き付けた。

所謂『人質』の状態である。


「ムゴッ、フタイ、ハファフィテッ!!」

「騒ぐなっ!騒ぐと、殺、しやしねぇけど、キズモノになっちまうぞ?顔とか、身体とかよ・・・。」

「ファッ、ファイッ!!」


フィオレッタの叫び声をすぐに手で塞いだアルファーは、低い声のトーンで『脅し』を掛ける。

アルファーに取ったら、折角掴んだ『脱出』の『人質チャンス』だ。

『人質』は生きていてこそ『利用価値』がある。

が、逆に生きていてさえいれば、多少いたぶってもアルファーとしては問題なかった。

フィオレッタは青ざめた表情になり、ガクガクと足を震わせながらも、懸命に頷いた。


「待ちなさい、『掃除人ワーカー』くん。君の『狙い』は私だろう?彼女は無関係だ。彼女は放しなさい。」

「旦那様っ!?」


ヨーゼフを制止を振り切り、ダールトンはアルファーの前に立ちそう告げた。

一瞬考えたアルファーだったが、すぐに頭を横に振り、じりじりとフィオレッタを連れて『執務室』の出口に向かった。


「ダメだ。コイツを放したらお前を殺れても、俺もソイツに殺られる。いくら『仕事』とは言え、自分の『命』までは懸けたかないぜ。」

「そうか・・・。残念だ。」


交渉は決裂した。

後は、アルファーがフィオレッタを連れて『脱出』するのを、ダールトンとヨーゼフは指をくわえて見ている事しか出来なかった。

まぁ、普通なら。


「全く、悪運が強くて往生際の悪い『』だな。」

「はぁっ?ガハァァァァッ!!!」


突如発生したに、一瞬気を取られたアルファーだったが、次の瞬間にはしたたかにボディブローを喰らい、『くの字』に身体を折り曲げて倒れこんだ。

『人質』に取っていたフィオレッタも、突如発生した声の主に簡単に掠め盗られ、今度こそアルファーの『命運』はあっさりと潰えたのだった。


「ゴホッ、だ、誰だっ・・・。」


意識を失う前に、アルファーが辛うじて誰何すいかし見たモノは、森や夜に溶け込む様な服装に身を包んだ、どこか『忍者』の様な印象を受ける『』の青年の姿であったーーー。



「大丈夫ですか、お嬢さん?」

「は、はひっ!あ、ありがとうございましたっ///。」


ニコリと笑ってフィオレッタの無事を確認したは、気絶したアルファーを『確保』しているヨーゼフと、それを見守っていたダールトンに向き直った。


「遅れて申し訳ありません、ダールトン殿、ヨーゼフ殿。『伏兵』がいないかどうかの確認に手間取ってしまい、対応が後手に回ってしまいました。」

「なぜジーク様がここに・・・?」

「私も、さっき『通信石つうしんせき』に連絡が入るまで知らなかったよ。まさか、。」

「何ですってっ!?」


驚愕を露わにし、ジークを再度見たヨーゼフに、彼も申し訳なさそうに謝罪した。


「すいません。主様あるじさまから『口止め』されていたモノで・・・。主様あるじさまが仰るには、敵を騙すにはまず味方から、だとか・・・。」

「いや、アキトくんの考えは大体想像が付くよ。大方『掃除人ワーカー』を?」


ダールトンの言葉にジークは頷いた。

ある種『チート』染みた『英雄の因子』の『能力』で、『掃除人ワーカー』達の『存在』に気付いたアキトだったが、『掃除人ワーカー』達のその優れた『隠密技術』と『気配隠蔽技術』の前に、『掃除人ワーカー』達の『特定』までは流石に無理だった。

それ故、ダールトンとドロテオに事前に『通信石つうしんせき』で『掃除人ワーカー』達が近くまで来ている事、おそらく近々『襲撃』に見舞われるであろう事は伝えられたが、いつ、どこで、誰に、までは分からない。

ならばと、発想の転換で、『掃除人ワーカー』達以上の『隠密技術』と『気配隠蔽技術』を持つ『使い手』であるを、ダールトンとドロテオの周辺に、との結論に至った。

彼らに近付く『不審な人物』がいれば、まず間違いなくその者が『掃除人ワーカー』である、と言う訳である。

もちろん、ダールトン達の『力量』は信頼しているし、を考えれば、自分達の『戦力』をアテにされても困るのだが、物事には『不測の事態』が付き物だし、ダールトンとドロテオは『リベラシオン同盟』の中核を成す『重要人物』でもある。

まぁ、一種の『保険』であったが、今回はそれが功を奏した形だ。

アルファーは、確かにかなりの『使い手』であった。

ジークから事前に『通信石つうしんせき』に連絡が無ければ、ダールトンも『仮眠室』にまで侵入された事は気付かなかったし、ダールトンに気付かれた事でアルファーが放った『殺気』が無ければ、ヨーゼフも気付けなかっただろう。

これは『相性』の問題もあったのだが、ダールトンとしては、今回の件は自身の『重要度』が高まった事、それに伴う『警備レベル』を引き上げる必要がある事に気付かされる結果となった。


「もちろん、私達は同じ『リベラシオン同盟』の『仲間』であるし、アキトくんが『成人』するまでは『エルフ族ジークさん達』のサポートも期待出来るだろうが、『エルフ族あなた方』はあくまでアキトくんの『協力者従者』。『ハイドラス派』が『失われし神器ロストテクノロジー』獲得に本格的に乗り出せば、必然的にその『争奪戦』に参戦するのはアキトくん達になるだろう。そうなれば、当然私達も自分達の身は自分達で守らねばならない。もちろん、私達も『防衛』には気を付けていたが、今回のケースが示す様に、現状では心許ない部分もある。それに気付かせる為に、アキトくんはわざと私達に『内密』にしたんだろうね。こういう事は、自ら気が付かねば意味がないからねぇ。」

「ふむ、なるほど・・・。流石はアキト様ですな。」

「おそらく、ダールトン殿の仰る通りかと。主様あるじさまが仰るには、皆さんの事は『信頼』してるが、それでも不測の事態は起きる。との事でしたので・・・。」

「いやはや、全く、末恐ろしい少年だよ、アキトくんは・・・。」

「あぁ~、ところで・・・。お嬢さ、」

「フィオレッタと申します、ジーク様っ!!」

「・・・フ、フィオレッタさん。出来れば離れて頂きたいのですが・・・。」


アルファーを拘束し、真面目な顔で『情報交換』をしていたダールトン達だったが、ジークに引っ付いたままのフィオレッタに、流石のジークも突っ込みを入れざるを得なかった。


「申し訳ありません。恐ろしい思いをしたので、まだ一人ではフラついてしまいまして・・・。その、ご迷惑でしょうかっ!?」

「あっ、いや、そんな事は・・・。」

「ならば、よろしいですよねっ!?」

「は、はぁ・・・。」

「ハハハッ、フィオレッタさんは強い娘さんだねぇ。」

「ホホホッ、確かにジーク様の傍が一番安全でしょうなぁ。」


何かと頼りになるジークだったが、年頃の女性の前ではそれも形無しであった。

朗らかに笑うダールトンとヨーゼフを前に、バツが悪そうな顔を浮かべたジークだったが、フィオレッタを無理矢理引き剥がす事も無かった。

こうして、何だかんだでダールトン達は『掃除人ワーカー』・アルファーの襲撃を乗り越えたのであった。


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