2/魔術大学校 -29 男同士の帰り道
「またエイザンの恨みを買った気がするんだけど」
「恨まれたとして、逆恨みですよ。治水の歴史も面白いテーマだとは思いますけど、優勝は無理ですから」
「学士だろうと、一般市民だろうと、一票は一票。幅広い層のウケを狙わねーとな」
思わず感心する。
「皆、わりと本気なんだな。最優等クラスになると、何かあるのか?」
「何かって、なんです?」
「いや、賞金とか」
ドズマが笑う。
「なんもねーよ。名誉だけだ。でも、そういうもんだろ。くだんねーことを馬鹿みてえに頑張るのが楽しいんじゃねーか」
「──確かに」
思わず笑みがこぼれた。
「じゃあ、どっかで材料調達してこよう。上手く作れたらいいんだけど」
「学校側の食堂は昼だけだから、寮だな」
「冬華寮のぼくらの部屋で作りましょうか。他のクラスの人に、あまり見られたくないし」
「おう」
「ああ」
互いに頷き合い、高等部の母屋を後にする。
会議がそれなりに長引いたため、外は既に薄暗くなり始めていた。
「──あ、カナト!」
母屋の前で待っていたユラが、俺の姿を見つけて子供のような笑みを浮かべる。
ヘレジナとヤーエルヘルも一緒だ。
「ごめん、待たせちゃったか。クラス会議があってさ」
「ああ、参観会とやらの出し物か」
「そうそう」
「二年銀組は何をするんでしか?」
ヤーエルヘルが、純真な瞳で尋ねる。
その様子に、イオタが苦笑した。
「それは、さすがに、ヤーエルヘルさんにも言えないかな」
「そうでしかー……」
「ま、それに関しちゃ当日のお楽しみってこった。わりーがカナトは借りてくぜ。こいつがいないと始まんねーんだ、これが」
ユラが小首をかしげる。
「カナトがいなければ始まらないものなの?」
「二年銀組の出し物がどうなるか、カナトにかかってるからな」
「ほう、それは楽しみであるな」
三人に頭を下げる。
「そういうわけだから、ごめん。今日はもう寮に帰るよ。わざわざ待っててくれたのに申し訳ないけど……」
「ううん。そういうことなら仕方ないもの。二年銀組もがんばってね。わたしたちも、がんばるから」
「お前たちの度肝を抜いてやろう」
イオタが挑戦的に微笑む。
「そんなこと言っていいんですか? 期待しちゃいますよ、ぼくたち」
「その期待を超えてこその剣術士である」
「いや、剣術関係ねーだろ」
「心構えのことを言っておる!」
「じゃあ、あちしたちも寮に帰りましね。また明日、でし!」
「ああ、また明日」
三人と別れ、寮への帰途につく。
その途中、ドズマがふと口を開いた。
「思ったんだけどよ」
「はい?」
「イオタって、随分年下が好みなのな」
「──ぶッ!」
イオタが吹き出す。
「カナトさん……?」
睨まれても困る。
「言ってない、言ってない。イオタがわかりやすいだけ」
「……そんなにわかりやすいですか?」
「気付いてないの、シオニアくらいじゃね」
「いや、女の子って、案外よく見てるからな。普通にわかってると思うよ。だから、本当に何も知らないのは本人だけ」
「本人にまで気付かれてたら、恥ずか死ぬ……!」
首まで真っ赤にしたイオタが、両手で顔を覆う。
「で、どこが好きなのよ。ん?」
「俺も気になるな、それ。ヤーエルヘルの兄的存在として」
イオタが、意外そうに問い返す。
「え、普通に可愛くないですか?」
「まあ、可愛いわな。でも、ユラとヘレジナだって、とんでもねー美人だろ。三人並んだときにヤーエルヘルだけ突出してるかっつーと、どうかな」
「──…………」
イオタが、足元を見つめる。
「……最初に会ったとき、シィのこと、可愛いって言ってくれたんです。あのときのぼくの拠り所はシィだけで、シィを褒められると、まるで自分自身を褒められているような気がした。それで──」
「それで?」
「そのときの笑顔が、超可愛かったんですよ!」
ドズマが半眼でイオタを見る。
「途中までいい話かと思ったら、最終的には見てくれが好みだと」
「そういうものでしょ!」
「そういうものかもなあ……」
俺だって、最初は、ユラの天使のような外見に目を奪われたものだ。
彼女を愛していると自覚したのは、内面を知ってからだけど。
だが、外見も、内面も、ユラを構成する要素には違いないのだ。
どちらか片方しか見ないのは、相手に失礼ではないだろうか。
「ドズマさんはどうなんですか!」
「オレ? オレは胸のでかい女が好き」
外見しか見ていなかった。
「じゃあ、四人の中から一人選ぶとしたら?」
「……え、シオニアも入れんの?」
「いちおう」
「あー……」
しばし悩んだのち、ドズマが答えた。
「消去法でヘレジナかな」
「消去法なのか」
「まず、シオニアは除外だ」
「せっかく入れたのに……」
「ヤーエルヘルも、ガキっぽ過ぎて除外」
「そこがいいんでしょう!」
「イオタ……」
師匠は、喜んでいいのか悲しむべきなのかわからないよ。
「ユラはもちろん悪くねーけど、あんまり高貴な感じで手に負えなそう。あと選んだら彼氏に殺されそう」
「わかってるじゃないか」
「笑顔がこえーよ、笑顔が。つーことで、消去法でヘレジナかな。年下より年上のが好みだし」
「年上には見えませんけどね……」
思わず苦笑する。
「それ、イオタが言えたことじゃないからな。俺、初めて会ったとき、ヤーエルヘルと同い年くらいだと思ったんだから」
「え、ひどい! ぼくをなんだと思ってるんですか!」
和気藹々と、帰途を行く。
男同士の会話は、これでいて楽しいものだ。
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