2/魔術大学校 -14 違和感
周囲に生徒がいないことを確認し、俺は切り出した。
「──冬華寮にいる三ヶ月以内に編入してきた生徒は、三名。このうちの誰かがデイコスかもしれないし、違うかもしれない」
ヘレジナが頷く。
「私たちも、引き続き、三ヶ月以内の全優科への出入りを調べてみる。生徒、教官、師範を含めてな」
「気になるのは、イオタが明らかに誘拐されかかっていたことだ。暗殺ではなくて、誘拐。ツィゴニアさんを脅すつもりだったのかもしれないけど」
「そんな回りくどいこと、するでしょうか」
ヤーエルヘルが、小首をかしげる。
「ツィゴニアさんを暗殺するだけなら、いくらだって方法があるはずでし。それをわざわざイオタさんを誘拐して脅迫するだなんて、一手遠回りをするだけでしよ」
「そうなんだよね。殺すだけなら、あの血操術で事足りるもの」
ユラの言葉に、イオタが反応する。
「血操術、ですか?」
「知らないほうがいいかも。知ってるだけで暗殺者に狙われかねないもの」
「いえ、既に狙われてますし……」
それは、確かに。
「まあ、よかろう。彼奴らは一族秘伝の魔術を会得している。それが血操術だ。自らの血を操り、棘と化す。仕事のあとに残るのは、死体と血液のみ。血が出るのは当然のことであるからして、証拠も何も残らない。私は秘伝魔術とやらに詳しくはないが、操るものを自らの血液と定めることにより、より精緻で細密な制御を可能にしているのだろうな」
「──…………」
ふと、思う。
「切断術とかで人を殺したとしても、凶器も証拠も残らないんじゃないか?」
ヤーエルヘルが答える。
「はい。でしが、魔力痕が残りまし。魔術による殺人であることはすぐに判明しましから、それを元に捜査を進めていくのだと聞きました」
「なるほど」
魔力痕なんてものがあるのか。
「血操術による暗殺では、魔力痕が残らないか、あるいは判別できないほど微弱なのだと思いまし。もともと、そう長く残るものでもないでしし……」
「そうなれば、憲兵や警邏官は凶器を探す。そのあいだに悠々と逃げおおせるわけか。さすが──って言うのもなんだけど、本当に暗殺者って感じだな」
パドロ=デイコスの言う通りだ。
戦闘になった時点で、仕事としては下の下。
御前試合で戦ったルアンは、デイコス家の最終兵器のようなものだったのだろう。
下の下であっても遂行しなければならない仕事は、やはりあるはずだ。
「そうなると、あの誘拐はやっぱりおかしいね。なんだか浮いてるもの。本当にデイコスだったのかな」
小首をかしげるユラに、答える。
「それは間違いないと思う。デイコスの名前を出した瞬間、顔色を変えた。俺の名前を出したら、怯えた。カナト=アイバの名が伝わっているんだ」
イオタが、いっそ呆れたような表情を浮かべ、呟いた。
「……カナトさん、暗殺者に怯えられてるんですか?」
「はは……」
苦笑で返す他なかった。
ネルにジグ、ヴェゼルにアーラーヤ。
ラーイウラ王国での出来事は、出会いは、俺にとって本当に大切なものだ。
だが、武勇伝以前に、俺が人を殺した記憶でもある。
俺が殺人者であることを、あまり吹聴したくはなかった。
「ともあれ、俺がイオタを護衛している時点で、状況は大きく変わっているはずだ。パドロ=デイコスの言葉に嘘がなければ、彼らはこう考える。俺がいる限り、イオタの暗殺及び誘拐は不可能であると」
「不可能、ですか……?」
イオタが不可解そうな表情を浮かべる。
「でも、数を頼みにとか、そういうこともあり得ます。五人で駄目でも、十人、二十人でかかればと考えるんじゃないでしょうか」
「いや、考えない」
ヘレジナが断言する。
「暗殺はわからんが、誘拐に関しては事実として不可能だ。お前は、お前の師匠の強さを甘く見ている」
「そ、……そんなに、強いんですか?」
「いや、どうだろう……」
ルアンが二十人出てきたら、さすがに苦戦すると思う。
「はー……」
イオタの視線に、これまで以上の憧れが含まれている。
そこまで大した人間でもないんだけどな。
「ふふん。その強い強い師匠より、さらに強い剣術士がいるのだぞ」
「えっ、誰ですか?」
「目の前にいるであろう」
「──…………」
目を白黒させたのち、答える。
「へ、ヘレジナさん、ですか?」
「ああ。ヘレジナは俺より強いよ」
「ちょ、ちょっと、よくわからない世界の話になってきました」
だろうなあ。
「……そっか」
イオタが、右手を握り締める。
「ぼくも、強くなるんだ」
ヤーエルヘルが微笑む。
「イオタさんなら、きっとなれましよ。頑張ってるの、わかりましから……」
「ありがとう、ヤーエルヘルさん」
イオタの武は、まだ始まったばかりだ。
ウージスパインに生きる上で、武は必ずしも必要なものではないのかもしれない。
だが、いざというとき、より多くのものを守れる力は持っておいたほうがいい。
俺が、三人を守る力を求めたように、イオタにもいつか守りたいものができるはずだ。
ヤーエルヘルはあげないけれど。
こそこそと会話を交わしていると、高等部の母屋が近付いてきた。
「じゃあ、またお昼にでも」
「はあい」
「またあとで、ね」
「居眠りするでないぞ」
「はい、あとで」
皆と別れ、俺たちは、二年銀組の教室へと向かうのだった。
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