2/魔術大学校 -8 弟子
「おい、あんた」
「──…………」
男子生徒が、立ち上がる。
「剛剣っていうのは、無闇矢鱈に正面から斬り掛かることじゃないよ。俺のように避けるのが上手いやつに当たれば、それで終わりだ。なら、どうすればいいと思う?」
「──…………」
「隙を突くんだ。隙がなければ、それを作ればいい。どんな手段を使ってもな」
「ああ」
男子生徒が頷く。
「つまり──」
その左手が握り込まれているのが見えた。
「こういうことかあッ!」
男子生徒が、何かを投げつける。
それは、グラウンドの砂だった。
目潰しだ。
俺は、感心した。
その通りだ。
今、彼ができる最適解が、目潰しだった。
だが、当然、その手は読んでいる。
俺は、姿勢を極限まで低くすると、目潰しの砂の下をくぐり抜けた。
そして、弁慶の泣きどころを木剣で痛打する。
「ぎゃッ!」
男子生徒が、たまらず尻餅をついた。
「そう、上手い上手い。よく目潰しに気付いたな」
「……~~ッ!」
「あんた、ちゃんと頑張れば強くなれると思うよ。保証する」
男子生徒が、体操着が汚れるのも構わず転げ回る。
強く打ち過ぎたかな。
「師範、治癒術は使えますか?」
「……あ、ああ」
呆然としていた師範が、男子生徒のすねに触れる。
剣術の師範だけに治癒術はさほど上手くないのか、一分ほどの治療でようやく落ち着いたようだった。
「ほら、二本目」
そう言って、男子生徒に木剣を差し出す。
「ヒッ……」
「やらないのか?」
「──…………」
男子生徒が、木剣を受け取り、立ち上がる。
だが、その構えは萎縮してボロボロであり、最初の勢いは既にない。
しまったな、やり過ぎたか。
挫折を知らない生徒だったのかもしれない。
「……ええと、どうする?」
「あああああああッ!」
男子生徒が滅茶苦茶に打ち込んでくる。
速度はある。
しかし、そこに理はない。
相手がいる場所に木剣を振り回しているだけだから、すこしでも動けば避けられる。
しばらく避け続けていると、
「──はッ、……ぜひ、……はァ……、ハァ……」
体力が尽きたのか、男子生徒が膝をついた。
まあ、こんなところだろう。
「師範、組む相手を変えても──」
周囲を見渡す。
「──…………」
「──……」
男子も、女子も、全員が、呆然とした顔で俺を見つめていた。
「……あー」
やってしまった。
思いきり目立ってしまった。
「編入生──いや、カナト=アイバ君と言ったな」
「あ、はい」
師範が、木剣を手に俺の前に立つ。
「私と手合わせをしてもらえないか。私に勝てば、無条件で単位を与えよう」
「えー……、と」
どうしよう。
べつに単位はいらないんだけど。
「手加減は無用だ。私は、一人の剣術士として君に挑んでみたい」
「──…………」
そう言われると、弱い。
俺は、神眼という下駄を履いてここにいる。
一足飛びで、この高みにいる。
だからこそ、武術を志す人たちの努力を否定したくなかった。
相手を軽んじて手加減なんて、侮辱だ。
男子生徒に言ったことと、根本は同じである。
使える手段をすべて使って、勝つ。
それが敬意だと、俺は信じている。
「わかりました」
木剣を正眼に構える。
「──燕双閃・自在の型」
「燕双閃……?」
「俺の持つ、唯一の技です。師範が手加減をするなと言うのであれば、俺はこの技を使う」
「……ああ」
師範が、木剣を右肩の上で構える。
テオ剛剣流の構えだ。
「──いつでも打ってこい」
「はい」
俺は、高々と構えた木剣を、師範の頭上へと振り下ろした。
師範が、右足を下げる。
ギリギリで避けるつもりだと理解する。
燕双閃・自在の型は、初撃に対する反応を見てから、その反応が作り出した隙に対し即座に二撃目を叩き込む技だ。
神眼を利用した究極の後出しジャンケンとも言える。
体操術を使えない俺の身体能力は、低い。
ならば、遅くとも絶対に避けられない攻撃を繰り出せばいい。
俺は、木剣を胸の前まで振り下ろすと、勢いを減じずそのまま斬り上げた。
師範の首筋に、木剣の刃が触れる。
「な──」
師範の額から、一筋の汗が流れ落ちた。
「模擬戦だから、ここまでです」
木剣を下ろす。
「単位、いただけますか?」
「──…………」
師範が、木剣の切っ先をグラウンドの土に預けた。
「……参り、ました」
その瞬間、
「す……ッ、げー!」
「師範に勝っちゃった!」
「これ、絶対奇跡級だろ! うわー、初めて見た!」
周囲の生徒たちが、わっと沸いた。
艶めく黒髪をサイドでまとめた一人の女生徒が、きらきらとした目で俺に尋ねる。
「ね、ね、カナト君、何流なの!」
「あー」
何流なんだろう。
「……まあ、我流ってことで」
「何それ、カッコいい!」
あ、これは不味い。
ちゃんとフォローしておこう。
「──でも、師範は強いよ。教え方も上手いし、指導者として一流だと思う。今回はたまたま初見殺しの技で勝てたけど、あれを避けられてたらわからなかった。師範の元でしっかりと学んだら、皆も強くなれると思うよ」
師範を、テオ剛剣流を、馬鹿にしてほしくなかった。
積み重ねてきた努力。
積み重ねてきた歴史。
そこには理と価値がある。
ぽっと出の我流と比較してはいけないのだ。
俺の言葉に、皆が、そういうものかと顔を見合わせる。
「……ありがとう」
俺の意図を理解してか、師範が微笑んで礼を言った。
「さあ、見物は終わりだ! アイバ君のように強くなりたければ、皆もしっかりと修練に励むことだ!」
生徒たちが、快活に返事をする。
その様子に胸を撫で下ろしていると、あの大柄な男子生徒が俺に近付いてきた。
「……あの、さ」
「うん?」
「……悪かったよ。イオタのことも」
「いいって。目立つようなことをした俺も悪かったし」
「その」
男子生徒が、言いにくそうに口を開く。
「オレが、強くなれるって、本当か?」
俺は、素直に頷いた。
「ああ、なれると思うよ。実戦では生き残れば勝ちだ。その場にあるものすべてを使って相手を退ける。だから、あんたが目潰しを選択したとき、やるなあって思った。もちろん試合では駄目だけどな」
「それは……、うん」
「頑張れ、応援してる」
「──ああ!」
男子生徒が晴れ晴れとした顔で別の相手と組むのを見送り、俺はイオタへと向き直った。
「……ごめん、また目立っちゃった」
「──…………」
イオタは、真面目な顔で俺を見上げている。
「もしかして、怒ってる……?」
「カナトさん」
イオタが、深々と頭を下げる。
「ぼくに、剣術を教えてもらえませんか。ぼくも、あなたのように強くなりたい」
意外だった。
イオタがこんなことを言い出すなんて、思わなかった。
だが、その目には意志の光が宿っている。
思いつきではない。
彼は、真剣に、強くなろうとしている。
「俺、教えるの、そんなに上手くないよ。たぶん、ヘレジナに習ったほうがいい」
「ぼくが──」
イオタが顔を上げて、俺の目を見つめる。
「ぼくが憧れたのは、あなたです」
「──…………」
後頭部を、ぼりぼりと掻く。
困った。
だが、同時に、嬉しくもあった。
「……強くなれるか、保証はしないぞ」
俺の消極的な許可に、イオタが満面の笑みで答えた。
「──はい!」
ジグが見れば、なんと言うだろうか。
こうして、俺に、初めての弟子ができたのだった。
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