3/ラーイウラ王城 -13 本戦開幕

 先程と同じ道を辿り、玉座の間へ通ずる大扉の前へと再び辿り着く。

「おっきいでしー……!」

「中はもっと広いよ」

 玉座の間は、ちょっとした体育館の倍以上の広さを誇る。

 祭儀などでも使用されているのかもしれない。

 兵士が、無言で大扉を押し開く。

 そこに広がっていたのは、先程よりも物々しい光景だった。

 玉座の間の周囲をぐるりと囲む二階通路に王立弓軍兵士がずらりと並び、左右両端にはそれぞれ参加者のための待機場所が八ヶ所ずつ設置されている。

 玉座は血のように赤いカーテンで隠されており、その先を見通すことはできなかった。

 兵士に案内されるがまま第十三組の待機場所へ向かうと、一人の男性が俺たちに一礼した。

「ネル=エル=ラライエ様。カナト=アイバ様。お目通り叶うこと、至上の喜びでございます。私はカナト=アイバ様を担当させていただく治癒術士でございます。名は──」

「ごめーん、あたし治癒術できるんだわ。あんまり頼まないと思う」

「えっ」

 治癒術士が当惑する。

「し、しかし、私は師範級第三位の治癒術士でして、実力的には──」

「あたし、二位」

「──…………」

「大怪我のときは、一緒に頼むね」

「はい……」

 すこし可哀想だったが、こればかりは仕方ない。

 周囲を見渡す。

 第一組から順に案内されているらしく、第五組の待機場所にはジグとダアドの姿があった。

 ダアドは既に勝利を確信しているようで、優雅に足を組みながら紅茶を楽しんでいる。

 ジグは、石柱に背を預け、静かに目を閉じていた。

「ジグ=インヤトヮ。当たるとすれば決勝か。奇跡級上位でもいれば話は別だが、第一組から第八組までにジグ以外の奇跡級はおらんようだ。余程の番狂わせがない限り、ジグが勝ち残るのは間違いない」

「ああ」

 これは、体操術による実力の底上げを加味しても、という意味だ。

 ヘレジナやアーラーヤ級の体操術の使い手であれば話は別だが、その場合でも奇跡級中位には届かないだろう。

「強者が多いのは、こちらのブロックだな。八名中六名が奇跡級と来たものだ。もうすこしバラけてくれればよいものを」

「こういうのって、案外偏るからな。シャッフルしてくれればいいんだけど……」

 ネルが答える。

「しないと思うよ。十年前もしなかったもん」

「そっか……」

 望み薄のようだ。

 しばらくして、第十四組──ヴェゼルとアーラーヤの一行が玉座の間へとやってくる。

 ヴェゼルはこちらに一瞥もくれない。

 対してアーラーヤは、三本の爪痕が刻まれた厳めしい顔に笑顔を乗せて、こちらへと手を振ってみせた。

 こちらも会釈を返す。

「愛想のいいひとだね」

 ユラの言葉に、ネルが答える。

「強い人は、往々にして余裕があるものだわ。余程、自分の腕に自信があるのね」

「俺なんて、緊張でガチガチなのにな」

「自分で口にできるだけ、ましになったではないか。先刻など、ひどいものだったぞ」

「今はもう、いつものカナトさんでし」

「そう見えるなら、みんなのおかげだ。ありがとう」

 自分の右手に視線を落とす。

 剣ダコだらけの手のひらは、一ヶ月前よりも遥かに皮膚が厚くなっている。

 俺は、強くなった。

 その証拠が、掌中にある。

 もう大丈夫だ。

 あとは、俺のすべてをぶつけるだけでいい。

 十六組全員が玉座の間へと集った頃、重苦しい太鼓の音が張り詰めた空気を震わせた。

 拡声術によって増幅された澄んだ女性の声が、冷たく響く。


「──その名を口にすることすら憚られる尊き王の御前である。一同、平伏せよ」


 その場にいる全員が──貴族までもが頭を垂れ、最服従を行う。

 俺たちも、それにならった。

 威圧感が質量を伴ったかのような無音の中、カーテンのさざめく音が耳に届く。

 そこに、王がいる。

 ネルの母親が、いる。


「慈悲深き王は、面を上げよと仰った。皆の者、王の慈愛に感謝せよ」


 顔を、ゆっくりと上げていく。

 ラライエ四十二世が玉座に腰掛けていた。

 その顔は、御簾に隠れていて、確認することができない。

 だが、レイバルの言う通り、袖から覗くその手には皺が寄っているように見えた。

「──…………」

 ネルが、無言で、ラライエ四十二世を見つめている。

 その心中を察し、俺はいたたまれなくなった。

 ラライエ四十二世が、側近の耳元に顔を寄せる。

 しばしして、側近が拡声術を用い、その御言を皆に届けた。


「最も偉大な王は、仰った。皆、命を懸けて戦い、その火花をサザスラーヤに捧げよ、と」


 側近が、高らかに右手を挙げる。


「──御前試合の開幕である」



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