3/ペルフェン -6 パレ・ハラドナから来た男

 曰く、銀髪の女性を見たが火傷はまだ確認していない。

 曰く、そこらを歩いていた子供の手に包帯が巻いてあった。

 曰く、行きつけの定食屋の大将が火傷をしたからそれに違いない。

 そんな箸にも棒にもかからない証言ばかりが次々と届く。

「……三百人は、ちと多すぎたかもしれんな」

「たしかに。ここまで情報の質が落ちるとは思わなかった。成功報酬も、金貨百枚くらいに抑えたほうがよかったかもしれない」

 もっとも、それでも十分過ぎる額だとは思うけれど。

「もう、賽は投げてしまった。ノイズのような情報の中に、きっと求めている答えがあるはず。それを見逃さないようにしないとね」

「はい。三百人もいれば、ペルフェンの隅から隅まで目が届くはずでしから」

 そんな会話を交わしていたときのことだった。

「──お、おい! ワンダラスト・テイル!」

 革鎧が寸断され、腹からかすかに血を滲ませた若い冒険者が、大会議室に飛び込んできた。

「!」

 ユラが立ち上がる。

「怪我をしているの?」

「いや、いいんだ。皮一枚しか切れてねえ。──って、それより!」

 冒険者が、まくし立てるように続けた。

「俺の仲間が、長い銀髪を束ねた男に声を掛けたんだ。左手に火傷のあるやつだ。華奢な優男だったから、見ようによっては女に見えるんじゃないかと思ってよ」

「……銀髪を束ねた、男」

 ヘレジナが、神妙な顔で、冒険者の言葉を繰り返す。

「そしたら奴さん、いきなり斬り掛かってきやがった!」

「なんだって!」

 思わず声を荒らげる。

「ありゃあ、間違いねえ。すねに傷のあるやつだぜ。今は、そこらにいた冒険者たちで追い込んでる。あんたらもさっさと来い!」

「わかった、案内してくれ」

「ああ!」

 俺たちは、手早く荷物をまとめると、冒険者の後について駆け出した。




 現場は思ったより近かった。

 迷宮特区と産業区のあいだにある大通りだ。

 大勢の野次馬を掻き分け、その中心へと向かう。

 そこにいたのは、

「──……ぐ、う……」

「かは……ッ」

 十数人の、倒れ伏す冒険者たちだった。

 ユラが、いちばん血を流している冒険者の元へ駆け寄る。

「いま、治癒を!」

「い、いや、いい……」

 冒険者が、なんとか言葉を絞り出す。

「……あ、あんたら、金貨五百枚も、出してんだろ……。だ、……たら、目的、果たせ。あとで、危険手当──、くれたら、いいからよ」

「──…………」

 ユラが、数秒だけ目を閉じ、息を整える。

「わかった。すぐに終わらせて、戻ってくる」

「……や、つは……、国境のほうへ、向かった……。急げ……!」

「ああ!」

 再び野次馬を掻き分けて、国境へと続く長い坂道へと走り出す。

「──はッ、ひい、ひ……」

「き、つい、でし……」

 体力のない俺とヤーエルヘルが、どんどん遅れていく。

「先へ行くぞ!」

 しばらく並走してくれていたヘレジナが、痺れを切らしたのか、平らな地面と遜色ない速度で駆け出した。

 だが、ヘレジナばかりを危険に晒すわけには行かない。

 十数名の冒険者を一方的に嬲ることができるほどの実力者だ。

 奇跡級以上であることに疑いはない。

「だ──……ッ、っしゃあ!」

 俺は、気合いでユラを抜き去ると、ヘレジナの後を追った。

 ほんの数分ほどで、パラキストリとの国境線を示す城壁の前へと辿り着く。


 ──そこに、いた。


 銀髪の男性だ。

 左手に火のついた葉巻をぶら下げ、こちらに背を向けている。

 この距離でも見える。

 その手には、大きな火傷の痕がある。

「──左手に火傷を負った銀髪の"男"。あるいは、と思っていた」

 ヘレジナが、双剣に手を掛ける。

「やはり貴様だったか」

「──…………」

 男性が、こちらを振り返る。

「アイヴィル=アクスヴィルロード……ッ!」

 両膝に手をつき、呼吸を整えながら、尋ねる。

「……アイ、ヴィルって、リンドロンド遺跡の……?」

「ええ」

 ユラが頷く。

「パレ・ハラドナ騎士団〈不夜の盾〉の副団長」

 アイヴィルが、端正な顔に作り笑顔を貼り付けて、口を開いた。

「──やあ、ハルユラ様。ヘレジナ。ご機嫌うるわしゅう。こんなところで如何いたした。あなたは、地竜窟にて朽ちているはずではあるまいか」

「皇巫女は、もうやめました。わたしは他の生き方を選んだのです」

「それは困る。あなたが死んでくれないと、パレ・ハラドナは千年帝国たり得ない」

「……神託は、既に外れた。地竜は斃れ、その古き血脈も絶たれた。この先に何を求めると言うのです」

「はっ」

 アイヴィルが、鼻で笑う。

「実のところ、僕個人としては、パレ・ハラドナの隆盛になどさして興味はないのだ。僕がここにいる理由は、ふたつ」

 右手の人差し指を立てる。

「ひとつは、"銀琴"の奪取。もうひとつは」

 続いて、右手の中指を立てる。

「──ルインライン様の弔いだ」


 ビキッ


 アイヴィルの端正な顔に、無数の血管が走る。

 一瞬でその目が血走り、鬼か悪魔の形相と化す。

「ヘレジナ=エーデルマン。ルインライン様を殺したのは、貴様だ。さりとてルインライン様が、貴様程度をまともに相手取って負けるはずがない。どれほど汚い手を使ったのだ。弟子であることを利用して油断させたのか。それとも、その貧相な"女"でも使ったのか。いずれにしても──」

 アイヴィルが葉巻を投げ捨て、懐から、十センチほどしか刃のない小刀を取り出す。

「死ね」

 ヘレジナが、大きく息を吐く。

「カナト、覚悟しておけ。アイヴィル=アクスヴィルロードは、奇跡級上位の剣術士だ。私などより、遥かに強い」

「……わかった。ユラ、ヤーエルヘル。離れていてくれ」

「うん」

「わかりました……!」



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