アスリリーリャ〜神の使いはチートも赦されていますから〜
いんなみさんとこのおくさん
第1話 プロローグ
その日は雪もちらつく寒い日だった。その寒さが前を通る人を暖かい店内へと誘うには十分で、学校帰りの啓太と寛人、そして仕事帰りの綾とその婚約者もそのファーストフード店へと自然と足を向けていた。
注文を受けるカウンターからは少し離れた、そして奥まった席、ソファーのボックス席が3席しかない場所。啓太と寛人はハンバーガーのセットメニューを、綾と婚約者は暖を取るためにコーヒーを飲んでいた。
「引退したとはいえ、俺ら進路決まってんだから道場使わせて欲しいよな」
片桐啓太はポテトを頬張りながら、やれやれ、と肩を竦めた。
「仕方ないよ。もう部員じゃないんだし」
林寛人がそうなだめると、啓太は「わかってるけどさあ」と、ため息をついて、これからどこで剣道をやるんだ、と大げさに机に伏す。
「まあまあ、4月になれば解決だ!今は忘れようよ」
寛人がそう言ってハンバーガーをかじると、隣からは少し声を抑えているようだが、それでも堪えきれないといった怒りの声が飛んできた。
「こんなところでする話?!」
ボックスのソファー席。その声の主は啓太と寛人からはみえないが、手前の席だったその2人の前を通った時に髪の長いキリっとした女性と、そんな彼女にあまりお似合いとは言えないヒョロっとした男性だったことは覚えている。
啓太も寛人も、修羅場的な状況に目配せし、思わず黙り込んで耳を澄ませてしまっていた。
「こんなところでって……しかたないじゃない? 君に会って話す機会全然ないんだもん」
男性は絞り出すようにそう言った。
「仕事なんだからしょうがないでしょ! こっちだって帰れるものなら早く帰りたいわよ! 今は新商品任されてるって言ったわよね?」
女性は明らかにイライラしている。今はそれを隠すつもりもないらしい。
「わかってるよ、だけどこれ結婚してからもずっと続くんだよね? 新商品終わったらまた新商品、また次の新商品って君の会社のやり方じゃないか。まともに夫婦としてやっていけると思えないよ」
男性は反対にどんどん縮こまり、啓太と寛人にはシンと聞き身を立てて、どうにか聞こえる程度だ。
「じゃあなんで私にプロポーズしたわけ?」
ものすごい剣幕だ、と啓太と寛人はまた顔を見合わせ、やべぇな、と口パクした。
「君と付き合い出した頃は、こんなに忙しくなかったし、プロポーズした時も君は少しの残業で帰ってたし……。それが今じゃ、式の日にちも決められないじゃない」
途中から消えていきそうな男性の声。対する女性の怒りのオーラは顔を見なくても感じられる。
「あっそ、もういい。サヨナラ」
カツーンと何かが落ちる音がした。転がってきたそれは寛人の足元近くで転がるのをやめ、きらりと光って見せた。
――婚約指輪ぁあ〜!!!
啓太も寛人も心の声をハモらせた。一粒ダイヤの光るそれは、高校生が見てもはっきりと婚約指輪だとわかる。輝きがワタシコンヤクユビワ! と主張してくるのだから仕方がない。
「…じゃ、じゃぁね……いままでありがとうね」
男性はいそいそと立ち上がり、指輪を拾って逃げるように1番近い方の出入口から店を出て行った。
――拾うのかよ〜!
またも2人が心の声をリンクさせていると、拾いやがったクソ野郎、と怒声がとんだ。
「あ〜もう! なんであんなやつ相手にしたのよ! 私の4年間返せ」
自分に対する怒りも混じっているのだろう。彼女、吉田綾はしばらく深呼吸をし、立ち上がる。元・婚約者と鉢合わせない程度に時間を置いた様子だ。
歩み始めた彼女の足は、自然と元恋人が出て行ったのとは反対側の出入り口を目指し、啓太らの方へ踏み出す。その間も静かに食べ続けていた啓太と寛人も、数本のポテトを残すのみとなっていた。
綾が2人の横を通り過ぎる瞬間、黒いパーカーのフードを深めにかぶった男の子……、小学校5、6年生くらいだろうか、そんな男の子が綾の進路を塞いだ。
「え?」
誰が言ったのだろうか。
3人か。己だけか。
その男の子に話しかけたり、触れたり、また顔を見るよりも前に、視界は白く包まれてなにも見えなくなった。
霧でも光でもなく、真っ白に、そうさながら白い紙を視界目一杯みるかのように、白くなった。自分の体の感覚もなく、天地もわからないし叫ぶのはおろか声を出す事すらできない。次に何か起こるのをじっと待つしか出来なかった。
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