【番外編】疑似的ホワイトデー
「ホワイトデーって……何すればいいんですかね……?」
『いや突然どうしたの、キャニオン君。今年はもう終わってるよ?』
『ホワイトデーって……もしかして来年のですか? 気が早すぎません?』
ボイスチャットでポツリと呟いたら、バロンさんとピーチさんからツッコまれた。うん、そうだよね。そうなるよね。
疑問が出るのは当然なので、僕はそこで先日のバレンタインについての事情を説明する。二人とも、何と言うか呆れながらも黙って聞いてくれていた。
『はぁ~……面白いことやるねぇ。ラブラブだねぇ、相変わらず』
『え、え、ええ、え、あの、えと、あのその、うんと』
ちょっと羨ましそうに、でも冷静に返すバロンさんに対して、ピーチさんはなんだか慌てた様子で言葉が定まらなくなっている。どうしたんだろうか?
「ピーチさん、どうしたの?」
『ピーチちゃん?』
しばらく彼女からの声が途絶える。なんだろうか? 何も変なことは言ってないと思ったんだけど……。僕もバロンさんも不思議に思っていたら、彼女はおもむろに口を開く。
『えっと……チョコを塗ったシチミちゃんを食べちゃったんですか?』
「ピーチさん!?」
『ピーチちゃん!?』
僕もバロンさんも彼女のから飛んできた爆弾に絶句する。そうだった、そういえば七海、ピーチさんからチョコ塗って私を食べてとかそんなこと教わったって言ってたな。
いや、中学生だよねこの子?
『……最近の若い子は何と言うか……過激なことをするんだね、キャニオン君。僕も妻とそんなことしたことないよ。男として尊敬するよ』
「いや、してませんからねバロンさん? 男として尊敬しないでください」
まるでやったことが事実であるような雰囲気を醸し出してくるバロンさんを牽制しつつ、ピーチさんにはやっていないことを説明する。
『……やってないんですか。……男の子は喜ぶと思ったんですけど違うんですね』
「実際にやられたら喜ぶより困惑するかな……? と言うかピーチちゃん、普段どんな漫画見てるのさ……」
『友達から借りた、普通の少女漫画ですけど?』
普通とはいったい。まぁ、最近は少年漫画でも割と過激だしあり得るのか? それはともかく、ホワイトデーである。話に出たついでだし、二人にそれぞれアドバイスでももらってみようか。
バロンさんは妻帯者だし、ピーチさんは年下だけど女性からの意見と言うことで。
「バロンさん、ホワイトデーはどんなお返ししてます? 僕は今までチョコを貰ったことが無いから、参考までに聞かせてもらえれば」
『んー……僕は妻をちょっと良い所に食事に連れてったりかな? 休みだったら家事を代わったりもするね。主に、イベントが無いとなかなか照れくさくて実行できないことをするかな』
ちょっと情けないけどね最後にと付け加えるけど、なんだかその言葉でバロンさんは大人なんだなと実感する。
確かに普段できない照れくさい事を実行するのに、イベントというのはうってつけだ。普段照れ臭くてできないことは思いつかないけど、デートで何か奮発するってのもありかもしれない。
……バイトでもしようかなぁ? バイトをすると一緒の時間は減るけど、その分こういう時にお返しはできるし。
「バロンさん、ありがとうございます。ピーチさんは、ホワイトデーのお返しに貰って嬉しかったものとかってある?」
年下の学生だけど……女性側からの意見だ。これは、かなり参考になるかもしれない。そう思ってピーチさんに聞いてみたら、ピーチさんからは意外な答えが返ってきた。
『義理チョコしかあげたこと無いんで、普通のお菓子とか貰えると嬉しいですねぇ。お返しは……ちょっと困っちゃうこともありますし』
……お返しで困るとはどういう事だろうか?
『えっとその……。友達と一緒に義理チョコしか渡してないのに、個別で豪華すぎる物を貰うのは悪いなって感じます』
「豪華すぎる?」
中学生らしからぬ言葉に、僕は首を傾げる。だけどバロンさんは何かを察したのか、あーと言うどこか納得したような声が聞こえてくる。
『ハンカチとか、ちょっとしたアクセサリーとか、ストラップとかくれるんです。他の子にもあげてるって言うけど、チョコしかあげてないのにそういうのは悪いんで、お断りしてるんですけど……』
『そういうの僕も覚え有るなぁ……。やりがちだよね、その年頃の男子って……』
バロンさんはほんの少しだけ後悔を滲ませるような、苦悩に満ちた声で呟いていた。その後、少し実感の籠った声で彼は呟く。
『たぶんまぁ……ピーチちゃんから義理チョコを貰ったことで舞い上がったか、ピーチちゃんの事が好きな子のお返しだろうね』
『え……? でも、友達と合同で配った義理チョコですよ? 男の子とはあんまり喋った事ないですし……』
『うん、いやほら……男って単純だからさ。合同で配ってても自分に気があるんじゃないかとか、勘違いしちゃうんだよ。しちゃいがちなんだよ』
あぁ、なるほど。それはちょっと分かる気がする。
なんて言うか、ちょっと優しくされると自分の事が好きなんじゃないかと思っちゃうよね。ピーチちゃんは大人しめの女の子だろうし、そういう子に義理とは言えチョコを貰ったら勘違いしちゃうかも。いや、会ったこと無いから声の感じでしかないけどね。
なんか僕も古傷が……。うぅ……。
『うーん……そうなんですかね? みんな割と素っ気ない感じで渡してきますよ? だから悪いなって余計思っちゃって』
『たぶんそれは……こう……カッコつけてるつもりなんだよ。うん、いや……ちょっと古傷が……』
ちょっとだけ不思議そうにピーチさんは呟くけど、バロンさんもなんかの古傷が開いたように苦しそうな声を出した。
まぁでも……好きな子に、プレゼントってあげたくなるよね。今なら分かるよ。
『まぁ、今の話でも分かる様に……お返しってのはあんまり度が過ぎると相手が引いちゃうから気を付けてね』
そんな忠告をバロンさんは僕にしてくれる。確かにピーチさんの話を聞くと、それはあるかもしれないな、慎重にしないと。舞い上がって相手が申し訳なく思ったら本末転倒だもんな……。
そうなるとやっぱり……。
「ホワイトデーは食べ物系が無難ってところなんですかね」
『まぁ、付き合ってる間柄ならプレゼントも良いと思うけどね。だけど相手に気を使わせないって意味では食べ物が僕は無難だと思うよ。何より食べ物なら相手と一緒に食べれるんだから。キャニオン君だってバレンタインのチョコ、シチミちゃんと一緒に食べたんでしょ?』
「まぁ、そうですね……。って……なんで知ってるんです? シチミから聞きました?」
『あ、ほんとにやったんだ。聞いてないよ。カマかけしてみるものだね』
『ラブラブですねぇ。羨ましいです』
スマホ越しに二人の笑い声が聞こえてきた。どうやら僕はひっかけられたようだ。確かにチョコレートは七海と一緒に食べた。そっちの方がより美味しく感じると思ったからで、事実二人で食べたチョコは美味しかった。
……洋酒入りのチョコを食べた僕がちょっと酔っちゃって大変なことになったけど。まぁ、それは置いておこう。報告することもあるまい。
うん、二人に相談したおかげでホワイトデーの方向性は掴めた気がする。
「二人ともありがとうございます。初ホワイトデー頑張ってみます」
『いや……正確には初じゃ無いでしょ。でも頑張ってね』
『頑張ってください!! ……でも、言われてみると初じゃない初ホワイトデーって何なんでしょうねこのお二人は』
二人につっこまれてしまった。良いんですよ、僕は七海がイベントを楽しんでくれれば。
それから……二人に相談をしてから少し経過したある日、僕は学校で七海とお昼を食べ終わった後におもむろにソレを取り出した。
青い三角形で、オレンジ色のリボンの装飾がされた箱だ。その箱を、まるで王女様に献上するかのように優しく手に乗せて僕は七海に渡す。
「七海、はいこれ。ホワイトデーのお返しでございます。お納めください」
「あれ、だいぶ早くない? チョコ渡してから一月経ってないよ?」
不思議そうに首を傾げる七海に僕は苦笑を返した。七海の言う通りちょっと早くて、一月は経過してない……どころかその半分ほどでのホワイトデーである。まぁ、それには実は理由があったりするんだけどね。
「いや実はね、ちょっとお菓子作りに挑戦してみたんだよ」
「へぇ、お菓子作り!? 何々? 何作ったの? ていうか形からしてケーキっぽいけど、ケーキ?」
「それは見てのお楽しみで。開けてみてよ」
「うん!! 梱包凄いね、陽信、自分でやったの?」
「百均で材料揃えて、ちょっと頑張ってみた」
そう言ってオレンジ色のリボンをほどいた七海は箱を開けてその中にある、パステルカラーの装飾が付いた包み紙にくるまれたお菓子を取り出した。
「本当、すごい凝ってるね……。前にもアクセ作ってくれたし、陽信ってすっごい手先器用だよね」
「そうかな? いつも七海に喜んでもらおうと必死だから、器用って感覚は無かったかな」
「あはは、私の為に必死になってくれて嬉しいなって言うところかな? 無理はしないでね」
七海は僕を気遣う一言を言ってくれた後に、包み紙を開く。甘く香ばしい香りが僕のところにまで漂ってきて、彼女は嬉しそうに頬を綻ばせた。
「チーズケーキだ!! 凄い美味しそう!!」
「何回か練習して美味しく作れたから、早く食べて欲しくてさ」
今回のホワイトデー、僕は七海に手作りのお菓子をあげる事に挑戦してみた。
七海が僕にチョコをくれるときに手作りを渡したかったと言ってた事と、バロンさん達に相談した内容からその結論となった。幸い、僕には練習する時間ができたからね。少しの驚きと、重すぎないお返しにはこれが一番かなと。
七海からは料理は教わってたけど、お菓子作りは完全に独力だ。こればっかりは相談できないから。
まぁ、本当は一月後に向けて練習していたんだけど、昨日の練習で『これは?! 会心の出来なのでは?!』と言うチーズケーキが出来上がったのだ。
いやもちろん、素人の作成したものだからそこまでじゃないかもしれないんだけど、少なくとも自分の中で一番と言える出来だったのだ。正直、一ヶ月後にこれを同じものが作れるかどうか……分からないくらいには美味しく作れた。
これはもう七海に食べてもらうしかないだろうと、即断即決で少し早めのホワイトデーを決行することを僕は決めて、今に至るというわけだ。
「うわぁ……ほんとに美味しそう、食べて良い?」
「もちろん、食べてみてよ」
……表面上は平静を装っているけど、実は内心でドキドキしたりする。今更ながら『これは美味しい!! 是非七海にも!!』とテンション高くラッピングまでして……実は失敗してたらどうしようとか思い始めているのだ。いや、きっと大丈夫だ。……大丈夫だと思いたい。
七海はチーズケーキの包装紙を丁寧に剥がすと、そのまま先端の部分を自身の口にもっていき小さくかぶりついた。
その様子を、僕はドキドキしながら注視する。彼女の綺麗な形の唇が僕の作ったケーキを挟み込み、その口元がモグモグと動くさまを眺めていると……彼女はちょっと照れ臭そうに、だけどとても嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。
「凄い美味しい!! 陽信凄い!! 今まで食べたチーズケーキで一番美味しい!!」
「ホント?! あー、よかったー……七海の口に合って」
「あ、でも……」
「え?! なんか変だった?!」
「いやその、食べてる所をジッと見られるのはちょっと恥ずかしいなと」
七海は頬を染めてチーズケーキの二口目を齧る。僕もちょっとだけ照れくさくて、だけどその姿を言われると逆に気になって見てしまう。
「もー……見ないでって言ったのに……。ハズイんだけどー」
「あ、ごめん。でもさ、言われると逆に見ちゃわない?」
「もー!! じゃあホラ、陽信も食べて。あーんしてー」
「え、僕自分で作ったから……。家にまだあるし……」
やんわりと断るんだけど、七海はチーズケーキを差し出したまま僕に悪戯っぽい笑みを向けて来るだけでそれ以上動こうとしない。観念した僕は差し出されたチーズケーキを一齧りする。
その様子を、七海はジッと見てきた。その凝視は僕がケーキを飲み込むまで続く。うん、確かにこれは……。
「……うん、これは照れるね」
「私の気持ちが分かったー? もー、ほんとにもー」
そんな風に微笑み合って、改めて七海はチーズケーキにかぶりつく。美味しそうに、嬉しそうに食べてくれて僕の心の中も嬉しくなってきた。そんな風に幸せを感じていると……。
「あー、二人してなんかいいもん食べてるー。
「ケーキだー!! ケーキ様じゃー!! 私も食べたーい」
「これは私が陽信に貰ったホワイトデーのお返しだからー。特別なのー」
七海は見せつける様に二人にチーズケーキを頬ぼるのだけど、二人はそんな七海を目を点にして、キョトンとした顔で見てくる。
「……時期ちがくね?」
「え? なんでホワイトデー?」
疑問符を浮かべて首を傾げる二人がなんだかおかしくて、僕と七海は笑いあった。
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