【番外編】彼の内心
漠然と思っていたことがあるんだけど、夫婦と言うのはとても不思議な関係だと僕は思う。
元々は他人だった人達がひょんなことから出会い、惹かれて、愛し合い、最終的に結ばれて家族になるんだ。
もちろん、家族になってから別れてしまい他人になるとかそういうケースもあるにはある。それは色々な理由があるので、それを一概に不幸と決めつけてはいけないだろう。
だけども幸いにして、僕の両親はそんなことは無かった。仕事が忙しくてお互い顔を合わせる機会が少ないけど、すれ違いとかそういうのは少なくとも僕の前では見せていない。
そして僕も両親と顔を合わせる機会はとても少なかった気がするけど、それでも二人は顔を合わせた時には僕との時間を大切にしてくれていたと思う。
そしてこれが最も大事なことかもしれないのだけれど、両親がイチャつく事もよくあったと思う。
子供の頃の僕はそれを「父さんと母さんは仲が良いなぁ」程度にしか捉えてなかったけど。
二人は普段なかなかゆっくりと会えないからか、とても素直にお互いの気持ちを吐露し合っていたのを覚えている。
それはきっと、僕の七海に対する態度の原点とも言えるかもしれない。
まぁ、成長するに従ってそれがだんだんウザいと思うようになったけど……。それでも、仲が悪いよりは良いに決まっている。
だからこそ僕は、そういう時はなるべく二人っきりで過ごしてほしいと思って部屋に一人で籠ることが多くなったんだっけ。
まぁ、一人でゆっくりゲームをやりたいとかそういうのも理由としてないわけじゃなかったけど、基本的に中学になった頃には二人の邪魔をしたら悪いなと思っていたものだ。懐かしい。
そんな感じで部屋で一人で過ごすうちに、ふと考えることがあった。
きっと僕には、両親のように愛する人なんてできないんじゃないかな……とかそんなことだ。
今にして思えばそれは全くの杞憂だったんだけど……。
それでも、当時の僕はそんなことを考えていて。それを別に辛いこととは思っていなかった。
別に女の子に興味が無いわけではないんだけど……そんなことを考えたきっかけは何だったのか、今ではよく覚えてない。
僕は特別に顔が良いわけではないから、たぶん告白とかしても相手は嫌がるだろうなとかそんなことを考えていた。我ながら自己評価が低い。
だから……良い夫婦の日とかは、僕にはきっと縁が無いことなのだろうと勝手に結論付けていた。
「いや……何言ってんのさ陽信……。私は逆に、なんで陽信に今まで彼女居なかったのかがすっごい不思議なんだけど?」
そんなことを言ってきたのは、僕の彼女である七海だ。今日も可愛い僕の彼女だ。
七海は現在、僕のベッドの上にうつ伏せで寝っ転がって足をパタパタとさせながら、顔だけをこちらに向けて僕の事を呆れたように半眼で見ていた。
今日はタイトなミニスカートに肩を大胆に露出したトップスを着ていて、脚をパタパタとさせているものだから何と言うか……太腿が露出してその奥の見てはいけない部分が見えないか気が気でなかったりする。
過去の僕にこんな可愛い彼女ができるという事を告げたらどう思うだろうか? 多分信じないだろう。きっと罰ゲームだろとか言うはずだ。
……それはある意味では正解だったんだけどね。正解だった。あくまで過去形だ。今や僕等はごく普通の恋人同士だ。
なんでこんな話になっているかと言うと、遊びに来た七海が何気なく呟いたのがきっかけだ。
『そう言えばさぁ、良い夫婦の日ってあるよね。11月22日だっけ? だいぶ先だけど。陽信のご両親も良い夫婦って感じだよね。将来、ああいう仲良し夫婦になれるといいなぁ』
それは僕との夫婦生活だと思っていいのだろうかとか思いつつ、僕は改めて自身の両親に対しての考えとかを今までの行動を整理して口にしたのだ。
七海の夫婦像を固めるために役立つかなと思ったんだけど、結果はちょっとだけ呆れられてしまったというものになってしまった。
「いままで彼女って……。七海も知ってるでしょ? 僕、教室でも目立たなかったし、特に女子とは接点なんて全く無かったんだから」
「そだね。まぁ、そのおかげで私は陽信と付き合えたから良いんだけどさ……。陽信、優しいしカッコいいし可愛いし。好きとか可愛いとかちゃんと言ってくれるし……。言えば言うほど今まで彼女いなかったのが不思議だなぁ」
うつぶせに寝っ転がっていた七海が、ゴロンと転がって仰向けになりながら僕に対する過大評価を口にする。いくらなんでも贔屓目が過ぎるよそれは。
「ほんとにさ、今まで彼女とかいなかったんだよね?」
「いないよ、僕の初彼女は七海だよ」
「そっか。ふーん……そっかぁ。エヘヘヘヘ」
そのままコロンと横になった七海は、両手を頬に当てて少し恥ずかしそうに、でも……ニマニマととても嬉しそうに顔を綻ばせていた。
彼女が幸せそうな何よりだ。
「私も、陽信が初彼氏だよ」
「知ってる。それはとても嬉しいし、光栄だよ。最初で最後になれるよう頑張るよ」
「……良い夫婦になるために?」
「そうだね、良い夫婦になれたら最高だよね……。僕も愛想つかされないように頑張らないと」
「ホント、ブレずに照れずにそーゆーこと言うよね陽信は。そこが好きだけどさー」
ちょっとは照れると思ったのにとか可愛いことを呟きながら、七海は僕の枕をギュッと胸元に抱きしめていた。
いや、照れてるよ。照れてるけどそれよりも嬉しさが勝ってると言うか……。顔に出さないようにしているだけ。
このあたりは幼い頃からの両親を見てるから、僕の言い方は両親譲りなんだろうなきっと。
それにしても……果たして僕は今夜ちゃんと寝られるだろうか?
いや、七海が僕のベッドに寝っ転がって枕やら布団やら、色んなものを抱きしめてるからさ……。
……今は考えないようにしとこう。
「まぁ、そもそも僕が告白しても相手に迷惑だったんだろうね……なんて言うか、臆病で自信が無かったんだよ」
だから一緒にいてくれてありがとうと僕は七海に改めてお礼を言うのだけど、その時に七海の顔がちょっとだけ驚いた表情に変わる。
ん? 何だろうかその表情は?
変なことを言ったつもりは無いんだけど……。
キョトンとした顔から七海は少しだけ眉を顰め、そして躊躇いがちに僕に対して聞いてきた。その瞳にはちょっとだけ不安そうな気持ちが感じられる。
「陽信……もしかしてだけどさ、もしかしたら……ひょっとしたらなんだけど……好きな女の子に……告白したことってあるの?」
「へ……?」
いきなりの七海の質問はとても不安気で、だけどどこか確信を持っているような響きがあった。僕が? 女の子に告白?
そんなこと……って……あ……。僕は記憶を巡らせて、そして思い出した。あー……思い出しちゃったよ……。
いや、思い出さないようにしていた記憶を改めて意識してしまったというのが正しいだろうか。そして先ほどの言葉が失言だったと後悔する。いくら無意識にとはいえ、この発言は迂闊だった。
……僕、中学の時に女の子に告白してフラれているんだったよ。いや、厳密に告白って言っていいのかわかんないけど……。
あの時のことを考えると胸が締め付けられるというか、苦い気持ちになってしまう。
七海に出会ってからこんな気持ちになったことは無い。幸せな気持ちしかならなかったから、すっかり忘れられていたよ。
「ご……ごめん、陽信……私、変なこと聞いちゃった? なんか顔色が……」
僕が黙ってしまったことで七海が上体を起こして少し心配そうに僕を見てきた。そんなに顔色悪いかな?
僕はそんな七海を安心させるように笑顔を浮かべると、彼女の隣に腰を下ろす。それから、安心させるように彼女の頭に手を置いて撫でながら口を開いた。
たぶん、これは言わなくてもいいことだ。でも、七海の前では嘘はつきたくない。
それに下手に嘘を吐いて後々……って言うのも嫌だしね。ここは正直に何があったかと言っておこう。
「正直、すっかり忘れてた話なんだよね。もう平気な僕の個人的な話で……。だけど、七海に嘘は吐きたくないから言っておくよ」
「そうなの……? でもなんか辛そうだけど? 嫌なら無理して言わなくても……」
「いや、もう七海がいるから平気だよ。それと、前置きしておくけど僕はもう七海の事が大好きで、コレはあくまでも過去の事だからね?」
「ふぇっ……?!」
ちょっとだけ間の抜けた声を出した七海に、僕は中学の時にとある女の子に告白……のようなものをしてフラれた話をした。
本当に、よくある話だ。
ひょんなことから女の子と仲良くなって、その子は僕にとても優しくしてくれて、その子の事が好きになって……僕が告白する。
だけど彼女にそんな気は全く無くて、フラれてしまう。
よくある話だ。
「……陽信、ほんとにそれだけ? なんか……それだけじゃなさそうだけど……」
「んー……まぁ、その時にちょっと言われた言葉がショックと言うかね。よくあるでしょ、優しくしたくらいで勘違いするなとかそういうの。それをみんなの前で言われちゃってねぇ」
「みんなの前?」
「うん……僕が告白した時に周囲にみんな来ててね……それでほら、身の程知らずとか笑われたり、色んな事を言われてね……」
あぁ、そうだ。それで僕は愛する人ができることは無いんだろうなとか思うようになったんだ。
今にして思うと、くだらないことで思い詰めた気もするけど……。
当時の僕には色々とショックだったんだろうな。それで高校ではほとんど友達も作らず、浅い付き合いしかしなくなったんだっけ。
そこまでを言った瞬間、僕は物凄い力で引っ張られてしまう。それが七海の両腕だと気が付いたのは彼女の胸の中に抱かれてからだった。
「ちょっ……七海?!」
「陽信も、そんな辛いことがあったんだね……。ごめんね、変なことを聞いて……」
僕の両頬に非常に柔らかい感触が当たり、そして七海の両手は僕の頭をとても優しく撫でてくれている。
まるで子供をあやす様に、その手は優しくて暖かかった。
「もう気にしてない過去の事だよ。今の僕には七海がいるしね……今日だって言われなきゃ忘れてたよ」
「ごめんね、変なことを聞いて……。嫌なこと思い出させたお詫びに、今日は何でもしてあげるよ?」
「こうやって抱きしめてくれるだけで充分だよ。それにほら、僕も初告白が七海じゃなかったってのは……ショックだったでしょ?」
「確かにほんのちょっとショックだったけど、昔の事だし。陽信の事をまた一つ知れて嬉しかったよ?」
「ホント? 嘘じゃない?」
「嘘じゃないよ?」
そっか、それなら良かった。
そして僕等はそのままお互いを抱きしめ合って、そのままコロンとベッドに寝っ転がった。
なんだか暖かくて、良い匂いがして……このまま眠ったらとても幸せだろうなと僕は考える。
「なんか眠くなってきたねぇ……このまま寝ちゃおっか……」
そんな僕の考えに同調するように七海が呟く。声も少しだけトロンとした響きで、なんとも色っぽい感じがするけど、純粋に眠たそうでもあった。
二人で抱き合っているけど、このまま変なことをしようという気分にはならないのは……七海がきっと僕の事を純粋に思って抱きしめてくれているからだろう。
だから僕も変に我慢する気持ちは起きずに、普通にこのまま眠ってしまいたい気持ちになる。
「そうだね、少し眠ろうか。眠ると嫌な気分も落ち着くって言うしね……」
「うん……そうだね。おやすみなさい、陽信」
そう言うと七海が僕のおでこに軽くキスをする。僕はお返しに、七海の頬にキスをした。
そのまま僕等は目を閉じて、心地良いまどろみに身を任せる。
ウトウトとしながらも、僕等は途切れ途切れの会話を続ける。
「……ねぇ、私達って良い夫婦に……なれるかなぁ?」
「気が早いよ七海……でもそうだね……僕等なら大丈夫だって……僕は思ってるよ」
「……陽信……お爺ちゃんお婆ちゃんになっても、一緒にいようね……」
「……うん、そうだね。ずっと……一緒に……」
「大好きだよ……陽信」
眠りに落ちる瞬間に聞こえてきた七海の言葉に、僕は答えられたのか分からなかった。だけど、幸せな気分になって眠りの世界へと旅立ったのは確かだった。
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