【番外編】ハロウィンは危険がいっぱい
ハロウィンという日は、正直に言うと僕にとっては非常に縁の無い日だった。
ニュースなんかに映っている街中の交差点でコスプレしている陽キャの人達や、騒いで逮捕される人が出るとか、そんな程度の認識だ。
もちろん、家でもハロウィンだから何かをするということも無かった。
いや、母さんがコスプレしたところで楽しくはないしむしろ恥ずかしいだろう。父さんは喜ぶかもしれないけど。
なんか、カボチャのケーキとかを買ってくるくらいはあったかな?
ともあれ、今までの僕のハロウィンに対する記憶というのはその程度のものだ。
そう。
今の僕はちょっと違ったりする。
今日の僕はハロウィンの当事者だ。
まさにハロウィンの中心にいると言っても良いだろう。なんというか……たぶんこれは世界で一番幸せなハロウィンではないだろうか?
なぜかって?
「よ~う~し~ん~……トリックオアトリートー?」
その理由は明白だ、僕の目の前には、コスプレをしてそんなことを言ってくる僕の彼女……七海の姿があるからだ。
僕は何と言うか……そのコスプレ姿を見た時に、驚きすぎて固まってしまった。
きっかけは七海からのお誘いだ。
『陽信、家でハロウィンパーティするから来ない? お母さん達も陽信に参加してほしいなって言ってるし、私もコスプレするよ?』
『行きます』
もう二つ返事である。いや、決して七海がコスプレするからとかそういう邪な目的ではなくあくまでも純粋なハロウィンのお誘いを断っては悪いという事で……。
ごめん、嘘です。七海のコスプレ超見たかったんです。どんなコスプレをするかは当日のお楽しみって教えてくれなかったし。
そんなわけで、ハロウィン当日は昼間から
『それじゃあ衣装を着ましょうか♪ 男性陣はお部屋で待っててね?』
と睦子さんに言われて、僕は七海の部屋で一人待たされていたわけである。
ちなみに
そしてしばらく待っていると……ノックも無しに七海が部屋に入ってきて開口一番『トリックオアトリート』である。
いや、ノックをしないのは七海の部屋だからいいんだけど……問題はその衣装だ。
いや、これは衣装なのか?
なんせ七海は
どうやらミイラ女のコスプレのようなんだけど……。
もうそれ、ただの布でしょう? 布巻きつけた彼女が部屋にいるって……思考停止して固まっても仕方ないよね?
「あ、間違えた……えっと……今の無し! 陽信から先に言って、ほら早く」
呆然と七海を眺めていると、七海は先ほどの発言を取り消して自身を指さして僕に発言を促す。えっとこれは……トリックオアトリートって言えばいいのかな?
「えっと……七海……トリックオアトリート?」
僕の言葉を受けて七海は、わざとらしく大げさに驚いたリアクションをする。
「あ~……私はいまお菓子を持っていないから陽信に悪戯されちゃう~……どーんな悪戯されちゃうのかなぁ~?」
彼女は満面の笑みを浮かべているが、完全な棒読みだ。わざとらし過ぎる。
「いや、七海……。なんで包帯だけ巻いてるの……。えっと……下に何か着てるよね? チューブトップとか、短パンとか……」
「ん? 着てないよ? 包帯オンリーだよ?」
「着てないの?!」
「さぁ、どっちでしょー?」
ニヤニヤと楽しそうに七海はその場でくるりと回転する。
包帯は割ときつめに巻かれているからか崩れることは無いのだけど、太腿とか露出してるし、身体にピッタリフィットしてるから七海の素晴らしいスタイルが非常に強調されていて、目のやり場に困る。
いや、困るって言うかガン見してるけど。それでも心理的には困る。困っているという事にしておこう。
「さぁ、着てるか着てないか……悪戯すればわかるんじゃないかなぁ……?」
衝撃的なことを言われてしまい僕の思考は混乱する。いや、待ってそれはおかしい。下に何も着てないとかそんな格好を睦子さんが許すわけが……。いや、逆に睦子さんならありえるのか?
「ほら、陽信……ここー……気にならなーい? 悪戯したくならない?」
七海がわざとらしく継ぎ目というか、包帯が一部分だけ垂れている部分を指さしてきた。これもう……僕が悪戯するまで収まらなさそうだ。
いや、下に何か着ているはず。絶対着ている! だから……僕は七海に悪戯をする!
言葉だけで考えると最低なんだけど、僕は決意をしてゆっくりとその包帯部分に手を伸ばす。ちょうど胸の上あたり……僕は七海の胸に触れないように注意しながらその部分をつまんだ。
そして僕はその部分をゆっくりと引っ張ると……七海の身体に巻かれていた包帯が一気に重力に負けるように地面に落ちた!
えぇえぇッ?! どうなってるのこれ?!
目が離せずにその光景を直視した僕の目の前には下に何も着てない七海は……いなかった。いなかったんだけど……。
「アハハハッ! ビックリした? ちゃんと下に着てるよー?」
そこに居たのは……
「いや、ビックリしたけどさ……えっと……七海……その……水着?」
「うん。今日ってほら、お母さんに聞いたんだけど競泳水着の日なんだってさ。だから下には競泳水着着てみたんだー。可愛いでしょ?」
「うん、いや可愛いよ。可愛いんだけど」
「あー、陽信ってば下に何も着てないと思った? エッチなんだからー。裸……見たかったぁ?」
僕を揶揄うように七海は得意げにしているのだけど、七海これ……テンション上がり過ぎて気が付いていない? いや、だって……。
「えっとさ……七海……僕は裸じゃなくてむしろ安心したんだけどさ……」
「えー? そうなの? ほんとは裸の方が良かったんじゃないの? もー……陽信ってば……素直じゃない……」
「いや、七海……その……。部屋で二人っきりで彼女が競泳水着を着ている状態って……十分になんて言うか……エッチだからね? 下手したら裸よりエッチだからね?」
ちょっと言い方が直接過ぎただろうか……。しばらく僕と七海の間には沈黙が流れ……。
一気に七海の顔が真っ赤になった。
あー……やっぱり気づいて無かったのね……。
たぶん、僕をびっくりさせようと思ってテンション上がり過ぎてたんだろうなぁ……。
真っ赤になった七海はそのままその場にへたり込んで、地面に落ちた布を抱えると、身体を隠す様に抱きしめる。
「よ……陽信のエッチ!!」
「いや、僕のせいじゃないでしょ……七海が自分でやったんでしょ……」
相変わらずの自爆芸である。冴え渡りすぎて心配になる。
とりあえず、競泳水着とはいえその姿でへたり込んでいるのは目に毒なので……僕は上着をおもむろに脱ぐと彼女にかけてあげた。
上着を脱いだ時に、ちょっとだけ七海がビクッと身体を震わせたのを可愛いいと思ってしまったのは内緒だ。
「ありがと……」
ポツリとお礼を言う七海は、僕の上着をギュッと握りしめて照れ臭そうに笑みを浮かべた。
それから、僕らはベッドに腰掛ける。ちょっと肌寒いのか、七海は僕にピッタリとくっついてちょっとだけ頬を擦り寄せてきた。
その姿も可愛いけど、肌が出てる分密着具合が凄いので、僕は冷静になろうと自らに言い聞かせる。我慢しろよ僕……。
「それで……七海はなんでそんな格好してきたのさ?」
「えっとね……陽信ビックリするかなぁって思って」
うわぁ、当たってた。確かにビックリはしたよ、ビックリしたけどさ。本当にそれだけなのかな?
僕がそう考えていると、七海は唇に手を当てながらその後にも言葉を続ける。
「あとね、こういうカッコしたら陽信もこう……私に手を出す気になってくれるかなぁって思って?」
「何それ……どういうこと?」
不穏な言葉に僕はちょっとだけ冷や汗が出てしまう。それは予想外の言葉だった。
まさか……ストレートに誘惑しにきてただなんて誰が思うだろうか?
「ほら、陽信って前にさ……高校卒業するまでは私とそういうことはしないって言ってたじゃない?」
「あー……うん、そうだね。無いって言ったね」
「でもね、私としては不安なんだぁ……。私の魅力無いのかなぁとか、我慢させ過ぎてその……他に素敵な人が現れたらそっちに行っちゃわないかなぁとか。ほら、陽信ってカッコいいし……」
うーん……随分と七海は自身への過小評価と、僕への過大評価をしている気がする。
そもそもそういうことをしないのは僕が言っているというか、僕の意地みたいなもので七海の魅力云々じゃないし、七海以上に素敵な女性が居るとは到底思えない。
でもやっぱり、態度に示さないと不安になっちゃうのだろうか? そこは素直に反省しなければならないだろう。
そう考えていたんだけど……。
「だからね、陽信。私はこれから基本的に陽信を誘惑しまくります! 陽信が誘惑に負けたら私の勝ち! 誘惑に勝ったら陽信の勝ちね!」
「何言ってんの?!」
「実は今日のこれも誘惑の一環だったんだけど……ビックリさせる方に意識が向いてて……いざ指摘されたら恥ずかしくなっちゃって……」
「本末転倒じゃないのそれ……」
とんでもない提案が七海から飛び出した。何その勝負……。今日はその勝負、僕は不戦勝したってことになるのかな?
照れくさそうに笑う七海に、僕はちょっとだけ呆れてしまう。
「えっと……それって僕が勝ったらどうなるの?」
「ご褒美に、私が陽信をたっぷりと愛してあげます。色んな事してあげます」
「……七海が勝ったら?」
「陽信には私をたっぷりと愛してもらいます。色んな事をしてもらいます」
……それって結果変わらなくない?
「七海……前にも言ったでしょ? 僕はしなくても七海の事はずっと好きだし、魅力が無いわけじゃないってさ」
「うん……それは聞いてるから知ってるんだけどさ……分かっててもやっぱり不安になっちゃうよ……」
なるほど、これは……僕の落ち度だな。沢山態度に示して言葉にするって言ってたけど、きっとそれが七海の求めるものじゃなかったのだろう。
その辺りもきちんと話し合わないといけなかったんだ。
「七海……あのね、僕が七海にそういうことをしないのは……一回しちゃったら歯止めがきかなくなって、七海に溺れて、他に何にも手に付かなくなりそうだからなんだよ」
「へ……?」
「もうね、たぶんお猿さんになると思う。七海を求めて求めて、ドロドロに甘やかして、勉強も手に付かなくなると思う。それは困るでしょ?」
「えっと……ちょっと良いなと思うけど……。確かに何も手につかないのは困るね」
ちょっと困ったような笑顔を七海は浮かべる。僕はきっと、一度してしまったらドロドロに溺れて、何もしなくなる。
そして溺れた結果……それは七海の夢にも僕の夢にも影響を与えてしまう気がしているのだ。だから自制している。
それで彼女を不安にさせてるのだから、それもそれで本末転倒だ。
「でもそうだね……たまにその……添い寝くらいはしようか……? もちろん最後までしないけど、そうやって態度に示すよ。七海がずっと好きだって……」
僕の提案に、七海は安心したような笑顔を僕へと向けて……そして感極まったように手に持っていた布も捨てて僕に飛び込んできた。
図らずも僕は七海に押し倒される形になり、彼女はまるで猫のように僕の胸に顔を擦り寄せる。
そして何かに気づいたように七海は顔を上げると、僕と視線を合わせて悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「じゃあさ、陽信……改めて……トリックオアトリート?」
「……えっと……僕、お菓子持ってないんだけど……?」
「じゃあ……悪戯だねぇ……」
そう言うと、七海はペロッと舌を出して妖艶に微笑む。
その笑みに僕はドキリとさせられて……彼女からたっぷりと悪戯をされてしまうのだった。
どんな悪戯をされたのかは……僕と七海だけの秘密である。
あ、エッチなことはしてないよ?
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