第4部「僕等と周囲のみんなの後日談」
第78話「彼女の親友達の謝罪」
バロンさん達へと報告をした日から、少しだけ時間は遡る。
少し蛇足的な話になるかもしれないけど、僕らが正式なお付き合いをスタートさせた……と言うことで、僕等の周囲にも多少の変化は発生することになる。
これはその最初の変化だ。
互いの秘密を打ち明け、改めてのお付き合いをスタートさせたその日、教室で僕等を……。
いや、正確には、僕を待っていたのは謝罪の言葉だった。
「簾舞……申し訳なかった」
「ごめんなさい、簾舞……」
音更さんと、神恵内さん……この二人が教室に入るなり、開口一番で僕に対して深々と頭を下げてきたのだ。
二人で話しながら教室に戻った矢先の出来事だ。
もう誰も残っていない教室だと思っていたのに、これには僕も面食らった。
隣の七海も、彼女達が残っていたのは意外だったのか驚いている。が、彼女は二人に対して声をかけない。
あくまでもこれは、僕に対する謝罪だと言うのがわかっていたからだろう。
周囲に人がいないのも、彼女たちなりの配慮なのかもしれない。
「……七海から全部聞いたよ。僕に対しての告白は罰ゲームだったって……」
その一言に、頭を下げたままの二人の身体がピクリと少しだけ跳ねる。
少し意地が悪い言い方だったかもしれないと反省し、僕は改めて二人に結果を告げる。
「心配しないで。安心してよ二人とも。僕等はこれからも……この先もずっと一緒だから。別れたりとかはしないよ……」
頭を下げているから見えないだろうけど、僕は七海をそっと抱き寄せる。
彼女はほんの少しだけ照れ臭そうに、でも嬉しそうに笑った。
そんな顔をされると……僕まで嬉しくなる。
僕の言葉に二人は一瞬だけ頭を上げて、抱き寄せられた七海を見ると、心から安堵した表情を浮かべていた。
だけどそれも一瞬で、再び彼女達は頭を下げた。
「ありがとう……アタシらが言えた義理じゃ無いけど……本当にありがとう」
「ありがとう……七海を選んで……許してくれてありがとう」
二人の声は、隠してるようだけど涙声だった。
許すも許さないも……これはお互い様の話なんだ。
僕は七海を許したように、七海も僕を許してくれた。これはそれだけの話だ。
と言っても……二人にそれを言ってないから、二人には僕が一方的に七海を許したようにみえるのか。
しかし、こんなに真面目な表情の二人は初めてみるな。
それだけ七海が大切だって言うことなのか……。
それなら僕も、彼女たちに本当のことを告げようか。
「二人とも、頭を上げてよ。それに白状するけどさ……僕、罰ゲームのこと知ってたんだよね」
僕の一言に、二人は勢い良く顔を上げて僕の方へと目を見開いて驚きの表情を見せる。
うん、よかった。頭を上げてくれた。
ああやって頭を下げている状態で誰か入ってきたら変な噂になっちゃうしね……。
「し……知ってたの?」
「なんでー?!」
実はこの二人は気付いてるかなとか思ってたけど、そんなことはなかった。気づかれてなかったのか。
ちょっと予想外。だったら、そんなリアクションにもなるよね。
「まぁ、立ち話もなんだし……座ろっか」
適当な席について、僕はあの日教室にいたことを……七海にしたのと同じ説明を二人にする。
少し涙目で真面目だった二人の表情が、ポカンとなっていくのが……少しだけ面白かった。
「あの日いたって……マジで? ぜんっぜん気がつかなかったんですけど……」
「簾舞凄いねぇ〜!! もしかして忍者だったりするの?! 実は忍者の家系?!」
「いや、両親共に普通のサラリーマンだよ……」
音更さんは唖然として、神恵内さんは少し興奮したようにしている。何で忍者?
「でもそっかー……罰ゲームは最初から破綻……。違うか、簾舞の協力あってのものだったんだねぇ……」
「そもそもさぁ、なんで僕だったの? 罰ゲームの告白相手……。結果的に僕は良かったけど、そこだけがわかんないんだよねぇ」
感慨深げに言う音更さんに僕は疑問をぶつけた。
これだけは本当に……僕のことに気付いていなかったのなら尚更疑問が残る話だ。
すると彼女は、鞄から一冊のノートを取り出した。
それを僕へと手渡す。神恵内さんも同じく一冊のノートを僕に渡してきた。
「何これ?」
「それ、うちらが調べた男子たちの情報ノート。なんとかして七海の男嫌い……と言うか、苦手を克服させたくてさ、二人で調べたんだ」
パラリとノートをめくると、男子生徒の情報が文字だけだけど、かなり書き込まれていた。
「七海がねぇ……恋愛対象が男子じゃないって言うなら、するつもりはなかったんだけどね〜」
「でも七海は……うちらが彼氏といるのを見て……羨ましいって言ってたからさ……だから私らにできることをやったんだ」
そこには可能な限りの細かい情報が書かれていた。
例えば、ある男子は二股をかけてるとか、ある男子は女子を取っ替え引っ替えしてるとか……。
よくまぁ、ここまで調べたよねって情報が詳細に書き込まれてる。
この二人、探偵になれるんじゃ無いの?
七海も、このノートの内容にはビックリしている。うん、七海も知らなかったのね。
そしてノートの中で、僕は自分の名前を見つけた。
僕の名前は……七海を男子慣れされる候補の第一位に上がっている。
それはなんだか光栄である。
あ、ついでに見ると標津先輩の評価もそんなに悪く無いや。
「それで罰ゲームの告白……か。随分とまぁ、手が込んでると言うか、よくここまで労力をかけたね」
これは常軌を逸しているとも言えるくらい、入念に調べている。
「ウチらは七海のおかげで今の彼氏と付き合えたからね……少しでも恩返しがしたくてさ」
二人とも、頷きながら感慨深げだけど、当の七海はなんだか首を傾げている。僕だけに聞こえる声量で、なんかしたっけ? とか言ってる。
……まぁ、当事者が知らない所で誰かが救われるというのはよくある話……だと思っておこう。
「そう言えば、標津先輩達の告白は止めなかったんだ?」
僕は少し話題を変えた。
「比較的、安全かなって人たちは七海の判断に任せたんだ。陰からはこっそり見てたよ。本当にヤバい奴らは……事前にね?」
底冷えするような笑みを浮かべた音更さんに、僕は少し……いや、かなりビビってしまう。
そっか……言い方は悪いけど七海はだいぶその……何というか……見た目の割に純粋だ。
一見すると派手だけど、心根は本当に純粋で……。これが漫画とかなら、ぶっちゃけチョロインと呼ばれる分類だ。
そこが可愛い所だけど。
だから、悪い男に引っかかる可能性もあったけど、その可能性は事前に二人に排除されてたわけだ。
そのことに僕は……安堵と共に感謝の気分が湧き上がってきた。
「そっか、二人のおかげで僕は七海と恋人になれたわけだ。感謝しかないね」
自然とそんな言葉が口が出てくる。
でも、僕の言葉に……二人は驚いたように目を見開いた。
「いや……うちらのこと……怒らないのか?」
「……正直、すっごく怒られると思ってたんだけど……なんで?」
二人はうろたえたように僕の方を見る。
いや、僕に怒る理由はどこにもないし。それどころか、怒る機会はすでに逸しているんだ。
本当に怒る気なら、僕はあの日に怒らなきゃならないし。
そうでなくても、怒るなら告白を受けたときに何かを言わなければならない。
でも、そうしなかった。
僕は七海を許したし、七海は僕を許してくれた。
それでこの話はおしまいだ。
「まぁ……そう言うわけだからさ。実は僕って、二人に感謝こそすれ、怒る理由はどこにもないんだよね」
僕の言葉に、二人は呆けたように口を半開きにしていた。
なんだか複雑や表情を浮かべながら、僕と七海を交互に見ている。
「正直……許してくれるなら、なんでもするつもりだったんだけどな……」
「私も〜……なんでもするつもりだったよ……」
「二人とも……簡単になんでもするって言っちゃダメだよ。僕がエッチな事を要求したらどうするつもりなの」
「許してくれるなら……受け入れたよ」
即答だ。
神恵内さんもそれに同意する様に何度も頷く。えぇ……そこまでの覚悟だったの?
「陽信……?」
あ、ヤバい。七海の声色と視線がちょっと怒ってる。いや、僕悪くないよね?
「例え話だから。七海、心配しないで」
「わかってるけど、私にだってまだ明確に何もしてないのに……したいのかなって思っちゃうじゃない」
「えーっと……それはそれとして話を戻そうか」
二人を嗜めるつもりが墓穴を掘ってしまった……。
七海は「もうっ」って言いながら僕の裾をクイクイと引っ張っていた。
「じゃあさ……なんでもするって言うなら……僕と七海の写真を撮ってくれないかな? 改めて……僕等のお付き合いを記念して」
「そんなんで……良いのか?」
「お安い御用だけど……もっとないの?」
「良いんだよ。これからも二人とは七海の友達として長い付き合いになりそうだ。だから、変な負い目はこれで無しにしよう」
僕は自身のスマホを音更さんに渡す。七海もそれならと、二人にスマホを渡した。
「初美、歩……ありがとうね。私と陽信を引き合わせてくれて」
「僕からもありがとう。七海と出会わせてくれて」
僕等のその言葉に、二人の目から涙が零れ落ちる。きっと色々な感情がごちゃ混ぜになってるのだろう。
僕等も少しだけ泣いて……それでも笑顔を浮かべていた。
二人は泣きながら僕等からスマホを受け取ると、そのまま笑顔を浮かべて僕等の写真を撮ってくれた。
少しだけ目が赤くなって、それでも僕等二人は幸せそうな笑顔を浮かべて……写真を撮ってもらう。
最後に七海の提案で、タイマーを使って四人でも写真を撮る。
四人とも目元は赤くて、泣いてたのが丸わかりだけど……それでも笑顔を浮かべた写真。
それが僕らのスマホに納められた。
「うん、良い写真だ。ありがとう。これで全部許すよ……これでもう……この件に関してはおしまいだ」
僕の一言に二人は苦笑を浮かべる。
もしかしたら二人は自分を許せてないかもしれないけど、それは彼女達の中で、徐々に折り合いが付いていくだろう。
「それじゃ、改めてよろしくね。音更さん、神恵内さん」
「こちらこそよろしく……簾舞。ウチら、もうこれでちゃんとしたダチだなー」
「よろしくね〜簾舞〜。今度さ、うちらの彼氏も誘って遊ぼうねー」
今日この日……僕に新しい友達が二人できた。
二人は僕の彼女の親友で、僕と同じく七海が大好きな……とても頼もしい二人だ。
女性の友人だけど、七海も喜んでくれている。
喜ぶ七海を見て、改めて僕はこれからも彼女のために頑張ろうと決意するのだった。
余談だけど……この時に撮ってもらった写真が自分の部屋に飾られることになるなんて……この時の僕は夢にも思っていなかったよ。
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