第76話「罰ゲームで告白してきたギャルは、僕にベタ惚れです」

 偽らざる本心を言う……人生経験の浅い僕が言うのもなんだけれども、これが実は最も世の中では難易度が高いんじゃないだろうか?


 相手がその本心を受け入れてくれるか保障はなく、もしかしたら受け入れられないどころか、嘲笑されたり、手酷く拒絶されるかもしれない。


 そう言う拒絶からの恐怖から素直になれず……破局したり、機会を逃したり、大切なものを取り零したりするということが多い。


 今日……僕と七海ははじめてお互いの隠していた事実をぶつけ合った。


 僕が隠していたことを七海に言うことで……もしかしたら拒絶されるかもしれないという恐怖が僕にはある。もしもこれで……と思ったら身体が震えてくる。


 だからこそ、僕は素直に言う。


 僕は七海が大好きだ。


 これは嘘から始まった関係だけど、積み重ねきたこの一ヶ月は……絶対に嘘じゃない。


 僕にはもう、彼女無しの生活なんて考えられない。それくらい彼女が大好きで、大切な存在になっている。誰よりも、何よりもだ。


 とにかく僕は……それを彼女に素直に伝える。


 嘘の告白、僕の隠していた対応、彼女の罪悪感、僕の罪悪感……色々とゴチャゴチャと考え過ぎていたけれども、本来これはシンプルな話なのだ。


 ただ相手を好きなのか嫌いなのか。


 それくらい単純な問題に、僕はこの話を落としこんだ。僕の頭はあんまり良くないからね。それくらいがちょうどいいんだ。


 僕の素直は言葉に対して彼女は……一瞬だけきょとんとした表情をしたものの、躊躇いも、戸惑いも無く……僕の言葉に、七海の素直な言葉で返答してくれた。


「……大好き……大好きだよ!」


 七海は叫ぶ。その感情の赴くままに、僕の疑問に応えてくれる。


「嫌いになんてならない! なるわけがない!! なれるわけがない!! 私も陽信が大好き! 大好きなの!! でも……でも……!!」


「うん、それが聞ければ十分だよ。僕は七海が大好きで、七海は僕が大好き……それだけで十分なんだよ……」


 でもと言いかける彼女の言葉を遮って……僕は満足げな笑みを浮かべる。


 あぁ、良かった。彼女は僕を……大好きだと言ってくれている。拒絶されなかった。それだけでもう、安心感が段違いた。


 彼女は僕の言葉に納得がいっていないのか、未だに困惑した表情を浮かべている。もしかしたら、僕の考え方に戸惑っているのかもしれない。


 そんな表情をする必要は無いのに、彼女は涙を流して苦しげな表情を浮かべている。


 そんな表情を浮かべないで欲しい……だって……僕等はお互いが大好きなんだ。問題なんて、何もないじゃないか。


「七海……この一ヶ月間さ……楽しかったよね。とっても楽しかった。少なくとも僕は、大げさじゃなく、今までの人生の中で一番楽しい……最高の一ヶ月間だったよ」


「え……?」


 涙を流していた七海が、僕の言葉に反応を示すのだが……突然話が変わったことに、ついていけていないようだった。だけど、僕はそんな七海をしり目に言葉を続ける。


「告白した次の日に、いきなりお弁当を作ってきてくれたよね。まさか食べさせてくれるなんて、予想外だったなぁ。それからお昼は毎日、七海の手作りのお弁当で……味気なかったお昼ご飯が、学校での一番の楽しみになったんだよ」


「私も……陽信のためにお弁当を作るの……楽しかったし……幸せな気分になれたよ……」


 学校のお昼ご飯なんてお腹が膨れれば良いや程度の認識だった僕だったけど、七海のお弁当で認識がガラッと変わった。それに、お弁当の手作りの大変さと言うものを知ることができたのは大きな財産だった。


 今までの当り前が一つ……彼女によって覆されたんだから。


「デートもさ、毎週したよね。最初のデート……僕は服なんて持ってないから標津しべつ先輩にアドバイス貰って……そういえば、先輩と知り合えたのも七海がきっかけだったよね」


「……あの時は……陽信、バスケ勝負なんてしだすんだもん。ビックリしたよね……」


 まさかね、まったく世界が違うと思っていた運動部の先輩と仲良くなるなんて思っていなかった。先輩は今では……僕の数少ない大切な友人だ。


 そうやって僕の世界が広がったのも、七海のおかげだ。


「映画に行ったり、僕の家で一緒に夕食を取ったり……そうそう、僕等の家族全員でお花見も行ったよね。まさか付き合って一週間も経たないで、七海のお父さんとお母さんに挨拶することになるなんて思わなかったよ……」


「あれは……私もビックリしたよ。でも陽信、お父さんに凄い事言うんだもん……ビックリしたよ……」


 確かにね……プロポーズまがいのことを言ってしまったのは思い出しても赤面する。でもそれで、七海のことを知ることができたし……そこでまた一つ、僕等の関係は膨らんでいった。


 そうやって楽しい思い出を語っていくことで、だんだんと七海の顔にも笑顔が戻ってくる。まだまだその笑顔はぎこちないが、悲しみから出ていた涙は少しだけ収まっていた。


 それからも僕は、彼女との楽しかった思い出を語り合う。


 水族館では迷子の女の子と出会ったこと……七海と一緒に料理をしたこと……。彼女の家にはじめて泊まって七海と一緒に寝る……それはまぁ、変な意味じゃなくて本当に健全に一緒に寝ただけだったけど……同じ部屋で寝起きに七海の顔が横にある……そんなドキドキした記憶もあった。


 テーマパークに行ったり、動物園に行ったり……神社で祈願をしたり。


 はじめてのことやトラブルが起こって、失敗はしたけれども……それは次に来た時に見れば良いじゃないとお互いに笑いあった。


 僕等にはまだまだ見ていない景色があるし、別な時期にまた一緒に行こうねと約束した場所が沢山あることを、思い出す様に僕等は話す。


 そんな一ヶ月の思い出を……約束の積み重ねを僕等は共有しているのだ。


 それを思い出したことで……七海も落ち着きを取り戻したように、少しだけ穏やかな表情になる。


「正直な話をするとさ。七海が……僕の事を嫌いになったんなら仕方ないとは思ってたんだ。」


 僕の言葉に、七海はほんの少しだけ戸惑うようだが……穏やかな笑顔は崩れない。気持ちはだいぶ、落ち着いたようだった。


「僕は嘘の告白だって知っていたからさ。今までのこの一ヶ月間の関係も嘘で、実はイヤイヤ僕に付き合ってくれていただけって言うなら……僕等の関係はここまでで終わらせる……。そう言う選択も、僕は選ぶべきだって思っていたんだよ。君の幸せのために……僕は身を引こうとね」 


 僕の言葉に、七海は静かに首を横に振った。


「……今日はね、私も覚悟してたんだ。嘘の告白だったことを告げて、陽信が私を嫌いになって……私と別れるって話になったら……私はそれを受け入れるつもりだったの。」


 その言葉は悲痛な覚悟に満ちていた。僕が七海と別れる選択をする? 冗談じゃない……そんなこと……


「嘘を吐いて、貴方を傷つけて……そんな許されないことをした私が……陽信と一緒にいる資格なんてないって考えてたの。だから私は……貴方の幸せのために何でもするつもりだったんだ」


「なんでもするって、そんなこと安易に言っちゃっていいの? 僕がその……ちょっとエッチなことを要求してたらどうするつもりだったのさ?」


「んー……そうだね、もしも怒った陽信に身体を要求されたら……陽信になら何をされても良いって思ってたよ? 陽信の心の傷が少しでも癒えるなら……私の身体くらい安いもんだよ」


「ほっぺたにキスするのにも一ヶ月近くかかったヘタレな僕が、いくら怒ったからってそんなことできないよ。七海はどれだけの覚悟を決めてたのさ」


 ほんのちょっとだけいつもの調子に戻った僕等は、お互いに笑いあう。七海の本気の覚悟が伝わってきたけど、僕はそれを冗談めかして笑い飛ばす。


 そして、少しだけ笑いあった後……僕は微笑みを浮かべて七海に改めて確認をした。


「それじゃあさ……七海……。僕等のこの一ヶ月間の思い出は……。僕が最高に楽しいと感じていた思い出は……嘘じゃなかったってことでいいんだよね? 七海は僕といて……僕は七海といて……幸せだったって思って……いいんだよね?」


 その言葉をきっかけに、七海は立ち尽くしていた場所から我慢の限界と言わんばかりに駆け出した。


 七海は僕に向かって真っすぐに、一直線に走ってくる。


 それはまるで、あの時の僕のようだ。


 違うのは、落ちてくるバケツが無いってことくらいかな?


 そんな七海を僕は迎え入れる準備をして……そして、飛び込むように抱き着いてきた七海を、僕は力いっぱいに抱きしめ返す。


「嘘じゃない……嘘じゃないよ!! 始まりは嘘だったかもしれないけれど……お弁当に込めた愛情も、デートした時の嬉しさも、陽信にキスした時の愛しさも……キスされた時の幸せな気持ちも……全部、全部本当だよ!! 私は陽信と一緒にいられて……幸せだったよ!」


 あぁ、良かった……本当に……良かった……。


 嘘から始まって、お互いに嘘を吐き続けてきた僕等だけど……この一ヶ月間の気持ちはお互いに嘘じゃなかった。


 それが分かっただけで……十分だ……だけど……。僕にはまだやることがある。


「ありがとう七海……僕も……この一ヶ月間は幸せだったよ……。本当に心からそう思う……ありがとう……七海……」


 再度力強く彼女を抱きしめた僕は……一度その手を離した。


「……陽信?」


 彼女を抱きしめていた僕はその手を離すと、ほんの少しだけ彼女から距離を取る。僕の行動の真意が分からない彼女はちょっとだけ不安そうにするけど……僕は安心させるように笑顔を浮かべた。


「本当はね、今日……僕はこれをするつもりだったんだ。校舎裏に来れたのは……偶然とはいえ、正解だったかな?」


 僕は制服のポケットに入れていた一つの布製の包みを取り出す。そして、表情から笑みを消して見得を切るように僕にできる最高に真剣な表情を七海に向けて、彼女の瞳を見つめる。


茨戸ばらと七海さん……」


 改めて七海の名前に『さん』付けをするのが今となっては逆に照れくさいけど……それでも僕はあえて彼女の名前にさん付けをする。あの時を、僕が再現するように。


 まぁ、あの時は苗字呼びだったけど。それくらいは誤差範囲だ。


「僕は七海さんが好きです……大好きです。僕と改めて付き合ってくれませんか? できれば……これからずっと、僕は七海さんと一緒にいたいです」


 そして僕は、ゆっくりと彼女に手を差し出す。


 彼女は僕の手に一度だけ視線を移すと、僕と目線を合わせて真剣な表情を浮かべる。


「私は……陽信に嘘の告白をしたんだよ? そんな私を……許してくれるの?」


「許すも何も、それを僕は知ってたんだから。でもあえて言うなら……許すよ。僕は七海さんの全部を許す。七海さんは、それを知っていて黙っていた僕を……許してくれる?」


「当り前じゃない……許すよ……私に許す資格があるかわからないけど……許すに決まってるよ……」


「それじゃあ僕等の間には何の問題もこれで無くなったわけだ。改めて……七海さん。僕と付き合ってくれますか?」


 僕の改めての告白に……彼女は薔薇色に頬を染めて……そして、ゆっくりと差し出した僕の手を取り握り返し……


「私なんかで良ければ……喜んで」


 今日一番の笑顔を、僕に向けてくれた。


 僕の好きな……彼女の笑顔。それを見た幸福感、握り返された手の温かさ……。すべてが幸せで……僕は何もかもが報われた気分になる。


「七海……『なんか』ってのは禁止なんじゃ無かったっけ?」


 手を握ったまま言った僕の言葉に目をパチクリと瞬かせた。それから吹き出す様に笑いだす。


「……よく覚えてたね陽信、そうだね……『なんか』は禁止だったね」


「うん、七海とのことは……全部覚えてるよ」


「じゃあ言い直すね……。陽信……喜んでお付き合いさせていただきます……末永くよろしくお願いします」


 嘘から始まった僕等は……本当の関係を築き上げて……そして今、改めて本当のお付き合いを始めることができるまでになった。


 それはとても幸せなことで……僕も七海もお互いに望んでいた未来に辿りつけたんだと思う。


「じゃあ改めてのお付き合いと、一ヶ月の記念日と言うことで……これ……受け取ってくれる?」


 僕は彼女に布で梱包した一つの包みを手渡す。僕が全部自分でやったから不格好だけど……それを彼女は受け取ってゆっくりと包みを開く。


「これ……ネックレス……? こんな高価なもの……受け取れないよ……?」


「いや、安心してそれ僕の手作りだからさ。不格好で申し訳ないんだけどね、付けてくれると嬉しいな」


「手作りなの?!」


 それは中央にイルカの形……かろうじてイルカの形に見える装飾があり、周囲は色づいた透明の球が着いたネックレスだ。


 中央のイルカや球の色はオレンジで、七海に似合うと思った色に統一している。そして、一部分は透明で中にピンク色の花弁を入れている。


 記念日に送ると決めてから僕が頑張って作ったもので、所々に粗があって恥ずかしいんだけどね……。


「これ……桜の花弁?」


「うん……お花見に行った時の花弁を閉じ込めてみたんだ」


 僕等の思い出を詰め込んだネックレスとして作ってみた……それを彼女は涙を流して胸に抱く。その涙は先ほどまでの悲しみではなく……嬉しさからの涙だろう。


「ねぇ、陽信……せっかくだからさ……このネックレス……付けてくれないかな?」


「あぁうん。そうだね、せっかくだから……」


「正面から付けてくれた方が良いかな? こういうのって胸元のバランスが大事だから」


 後ろに回ろうとした僕を制止して、七海は僕にネックレスを手渡してきた。確かに正面からの方が場所のバランスとか確認できるし、そっちの方が良いか。


ネックレスと受け取った僕はちょっとだけ悪戦苦闘しながら彼女にネックレスを付けてあげる。初めて作った不格好なものだけど……それでも、七海には良く似合っているな……自画自賛かな?


 でも、正面から付けるってちょっと照れ臭いな……すごく近いし……そう思って彼女にネックレスを付け終わった瞬間に……それは起こった。


 彼女はネックレスが付け終わり僕の手が彼女の首元から離れた瞬間……。


 僕の唇に、自身の唇を重ねてくる。


 彼女は目を閉じて、僕は目を閉じていなかった。


 そのまま彼女は僕の首元に手をまわしてきて……驚いていた僕も彼女に対して手を回す。


 僕等ははじめて……キスをしたのだ。


 たっぷりと時間をかけてキスをしてきた彼女は僕から顔だけを離すと、恥ずかしそうに真っ赤になりながら、僕の耳元で囁いてきた。


「私からの記念日のプレゼント……ファーストキス……。私だけなんも用意してなかったから……せめてね……」


「……最高のサプライズプレゼントだよ……僕のプレゼントなんて霞むくらいね……」


 真っ赤になり過ぎて彼女の顔が見れない僕は、今の抱き合っているこの状況がありがたかった。そうやって抱き合っていると……不意に違う誰かの声が聞こえてきた。


「あ~らら~、いつかの男子生徒くんに女子生徒ちゃんじゃないの? なに? 逢引き中だった? ごめんね~邪魔して。ほら、暇な私が見回り中だったのよ」


 それはあの日に僕の治療をしてくれた保健室の先生だ。突然の先生の登場に僕も七海も慌てるけど、保健室の先生はヘラヘラと笑いながら僕等に慌てないように手で制してくる。


「慌てない慌てない。いやー、いーもんみたわー。青春だねー。君たちまだ続いてたんだ? いいねぇ、愛の嵐だねぇ」


「先生……そこは普通、不純異性交遊だって咎める場面じゃないんですか?」


「ん? キスの何が不純なんだい? 純粋に愛し合ってる二人がキスする。そこに不純な想いなんて無いでしょ? 高校生らしくて何の問題も無いじゃないか。男子生徒くんに女子生徒ちゃん、おめでとー。もっとやれー」


 ……保健室でも思ったけど、この人は本当に変わった先生だ。僕等のキスを見て咎めるどころか祝福してくれている。他の先生なら、怒られている場面だろう。


 まぁ、それに救われたのは確かだけどね。


「不純ってゆーのは……こういうのを使わない行為かな?」


 先生は僕に何か薄いものを投げて来て……僕はそれを片手で受け止めた。それは……一枚の避妊具だった。


「先生?!」


「前も言ったけどね、正しい性教育は必要だよ。私の中では使わない行為は不純、使うなら……頻度に寄るけどオーケーかな? まぁ、それも100%じゃないから、責任とれないならやらないのが一番だけどね。二人とも覚えときなよー。ヤレばできるんだからねー」


 ヒラヒラと手を振りながら、僕等の目の前から先生は去っていった。


「まったく最近はみーんなラブラブだねー。旦那君も最近私に愛してるってやたら言ってくるしー。知ってるっつーのー。たまには私からも言って見てあげようかなー?」


 先生が居なくなった後には、抱き合ったままの僕等が残る。


「変わった先生だねぇ……、まぁ……見られたのが先生で良かったかな?」


「そうだね……。でもこれは流石に使わないかな……」


 僕は受け取った避妊具をそのままポケットへとしまい込む。その間、七海は少しだけ何かを考え込むようにして……改めて僕に囁いてきた。


「陽信……愛してるよ」


 唐突なその言葉に、僕は驚きに目を見開いた。今まで大好きは聞いていたけど、愛してるなんて言われたのは初めてだったからだ。


「……どうしたの七海? 突然」


「さっき先生が言ってたでしょ……ほら、愛し合ってる二人ならキスしてもって……だから……愛してるって言いたくなったんだ」


「そっか……そうだね……」


 抱き合ったままの僕等はそのままお互いを見つめ合う。そして僕も……意を決して彼女に対して言葉を返す。


「七海……愛してるよ」


「うん……私も愛してる……」


 先ほどは七海からだったけれども、僕は少しだけ勇気を出して……今度は僕から七海にキスをする。彼女はそれを、静かに受け入れてくれた。


 こうして、互いを許し合った僕等の新たな気持ちと、継続した関係は……今日から改めて始まるのだった。

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