第61話「予想外のアクシデント」

 僕等はミニ鉄道に乗ることはできなかったが、それはそれでお互いの気持ちが通じ合えた気ができたし、とても良い思い出になったと思う。時間をギチギチに決めているデートではなかったからこそできたことでもあるが。


 今僕等は、最後の……と言ってもメンテナンス前ではあるが……その周回している鉄道を背景に写真を撮っている。


 わざわざスタッフさんが、走るミニ鉄道を背景に僕等の写真を撮ってくれたのだ。撮ってくれたのは……先ほどの乗車券を買う際の受付の店員さんだ。泣きそうな男の子を見るのは、この人も忍びなかったらしい。


 鉄道のメンテナンスには約1時間ほどかかるらしく、写真を撮ってもらった僕等はその頃にまた来ることにしてその場を去った。


「さて……鉄道はダメになっちゃったから……どうしようか? 七海は次、どこに行きたい?」


「んー……陽信はどこ行きたいとかある? 私はそうだね……工場見学してみたいかも」


「良いね、工場見学! そう言うのってテンション上がるよ!!」


 なんだろうか、工場見学って言う響きだけでテンションが上がってしまう。たぶん、色んな機械が動いているんだろうな……小学校の時にあんパンを作っている工場を見学した時も、なんだかテンションが上がったし。あぁ言う機械が動いている所って無駄に心が躍るよね。


「やっぱり男の子ってそう言う工場って好きなの? 私はお菓子がどうやって作られてるか興味があるんだよねー。それじゃ行ってみようか」


 ちょっとだけ僕のハイテンションに呆れたような七海だったが、目的地は決定した。


 工場が見学できる場所はこの鉄道の場所とは完全に逆方向で……途中にスタッフの人に教えてもらった無料のチュダーハウスとやらがあったけど、僕等はそこをスルーして真っ先にそこまで移動した。


 なんだか、さっきから施設の端から端までをいったりきたりしているけど……それもまた楽しかったりする。


 七海と二人だからかもしれないけど、こういう効率的ではない移動時間がとても大切なものに感じていた。手を繋いでのんびりと歩くって言うのが良いよね。


 二人でさっきまでの鉄道のことを話しながらのんびりと歩いていると、工場見学できる場所に到着した。場所は時計塔のすぐ近くで、僕等はもうすでにこのテーマパークを三往復くらいしていることを今更ながら実感する。


 そのことに気づいて、ちゃんと調べてたら、もうちょっと効率的に周れたかもねなんて言って二人で笑いあった。それすらも僕等は楽しんでいた。


「さて、工場見学にはチケットの購入が必要みたいだけど……これは……」


「結構……並んでるねぇ。チケットセンターって書いてるし、あそこで買うんだね」


「まぁ、これくらいの人なら10分か20分くらい並べば買えるかな?」


「そうだね、陽信とお喋りしてれば、それくらいならあっという間かな?」


 僕等は大人しくその行列に並んで、スマホでこの施設の全体図を表示してどこに行こうかなんてのを二人で話し合う。正直、今更かもしれないけど……こうやってワイワイ話している時間が事態がとても楽しいし、並んでいることを忘れてしまいそうになる。


 そんな風に僕等がお喋りしていると……僕等の2つほど前の人達から怒声が聞こえてきた。


「んだよー、10分も並んでいるのに全然進まねえじゃねえか! お前が見たいって言うから並んでるのによぉ! もう別のところ行こうぜー!!」


「仕方ないじゃない! いっつも私が付き合ってるんだからたまには我慢してよね!! 今日は私、楽しみにしてたんだから!」


 どうやら一組のカップルが、行列に耐えかねて言い争いを始めてしまったようだ。


 って……もう10分も経ったのか。七海と話をしてて気づかなかった。確かにその割には列は進んでない……のかな? もしかしたらあと10分くらいは待つのかもしれない。でも、あぁやって言い争うのはどうかと思うんだけど……。


 七海もそれを感じたのか、ほんの少しだけしかめっ面をしていた。やっぱり喧嘩は人前でやっちゃダメだよね……と僕が思ってたら……。


「……ねぇ、陽信。私達もさ、あんな風に喧嘩しちゃう時っていつか来るのかな? この間もちょっと喧嘩しちゃったけどさ……。あれはどっちかって言うと、私が一方的に拗ねちゃっただけだし……」


 彼女は人前での言い争いをしている二人を見て、僕等がもしかしたら辿るかもしれない未来を想像してしまったようだった。少し不安げに、喧嘩しているカップルを見ていた。


 せっかくの楽しいデート中だというのにしょんぼりとしてしまった彼女を見て、僕も少しだけ胸が痛む。


「……流石に未来がどうなるかまでは分からないけど……もしかしたら喧嘩したり、もめたりする時は、来るかもしれないよね」


「……そうだよね、いつかは来る……よね」


 僕の言葉に、彼女はますます顔を曇らせてしまう。そんな顔をさせてしまい申し訳ないけど、僕はさすがに、未来のことについては無責任に保証することは言えない。


 だけど同時に、目の前で喧嘩しているあの二人が僕等の未来だとは思いたくなかった。


 だから僕は……ほんのちょっとだけ大きな声で……七海を安心させるように彼女の目を見ながら宣言する。


「だからさ、僕等はそんな喧嘩する時がまず来ないように、努力していこうよ。理想論かもしれないけど、普段からお互いの考えを言い合って、相手を思いやって尊重していけば、きっと大丈夫だよ」


「うん……でもさ……それでも、喧嘩しちゃう時は来るんじゃない?」


 よっぽど不安なのか……彼女は僕のその答えにも不安気なままだ。僕は……彼女を安心させるための言葉を続ける。今日のデートに、そんな不安気な顔は似合わないんだから。


「そうだね、喧嘩する時は来るかもしれない。100%喧嘩しない関係なんて流石にありえないよ……。だからさ、今のお互いが好きだって気持ちを忘れないようにすれば、ちゃんと仲直りできるよ」


「……うん……そうだね! 喧嘩しても仲直りすればいいんだもんね!! そうやって良い関係になりたいって、言ったのは私だもんね!! ちょっと弱気になってた!!」


 そういえば、いつかの水族館デートの時にもそんな話を七海としたな。あの時は……お互いに膝枕しながらだっけ。思い出すとちょっと赤面してくるな……。


 そう思っていたら……カップルの喧騒がいつの間にか止んでいるのに気が付いた。あれ、なんか二人がこっちをチラチラ見ている気が……。


「……ごめんな。あんな子供のカップルでさえあんな考えできるのに……。お前にはいつも世話になってるのに……俺の配慮が足りなかった」


「……私こそ声を荒げてごめんね……。あなたが行列そんなに好きじゃないのに、無理矢理付き合わせちゃったのは私だし……」


 僕等の方をチラチラ見ていたカップルは……お互いに謝り合っている。どうやら……僕等の会話が聞こえてたらしい。


 ……そりゃ、向こうから聞こえるんだから、こっちの声も聞こえるよね。


 いつの間にか喧嘩は止んでいて、二人は腕を組んで仲直りしているようだった。


 そして男性と女性は……僕達に苦笑を浮かべて頭を下げてきた。


 気のせいかもしれないけど……周囲はなんだか和やかな雰囲気になっていた。僕等もお互いに笑ってそのカップルに頭を下げる。


「聞かれてたのかな?」


「……聞かれてたっぽいね。ちょっと恥ずかしいけど、喧嘩を止めてくれたなら良いよね」


 七海はそう言うと僕に笑顔を向ける。その表情には、先ほどの不安な感じはどこに見られなかった。確かにちょっと恥ずかしいけど、七海のこの笑顔が見られたなら良しとしようか。


 それからほどなくして、僕等の番が回ってきてチケットを購入する。今回はとりあえず一番安いチケットを買って、見学できる施設へと二人で移動した。


 流石に工場見学だということもあって、場所はこのテーマパークで一番大きな建物だ。その三階が見学できる工場、四階はカフェやお土産屋……製菓体験できるイベントなんかをやっているらしい。


 その施設に入った瞬間に……一層強いお菓子の甘い香りが充満していることが分かった。チケットと一緒に貰ったお菓子を思わずその場で食べたくなってしまうが、そこはグッと我慢する。


「良い匂いだねぇ……」


「なんかさ、甘い匂いって幸せな気分になるよね」


 僕等はまずは工場の見学……と言うことでとりあえず三階へと移動する。工場見学というから、てっきりちょっとそっけない感じに窓から製造ラインを見るだけだと思っていたんだけど、その場所はそんなことは無かった。


 白い妖精のような人形がお菓子を作っているジオラマや、白い壁画のような展示があって、まるでちょっとした美術館のような様相になっている。


「へぇ、思ったよりも色々あるんだね……」


「陽信、このジオラマ動くよ! うわぁ、可愛い。何コレ、妖精さん? この人形って売ってるのかなぁ? ちょっと欲しいかも」


 僕がちょっとだけ周囲を見回している間に、七海はもうジオラマのところまで移動していた。いつのまに……。


 七海はジオラマに興味津々で、ジオラマを動かすためのハンドルを一心不乱に回している。


 動くたびにきゃあきゃあはしゃぐ七海が可愛くて、その様子を写真……いや、僕は動画で撮っていた。いやぁ、七海も可愛いなぁ……。


 ひとしきりジオラマで遊んだ七海は、僕がスマホを向けているのに気づくと咳ばらいを一つして、気を取り直す様に工場の見学を一緒にする。


「お菓子だけじゃなくて……バウムクーヘンも作ってるんだね。工場だけど凄い丁寧に作られてる……」


「こんな風にお菓子って作られるんだね……手作りしかしたこと無いからなんか新鮮……」


「なんかこう言うのを見ると、甘いものを食べたくなってくるね」


「それはもうちょっと我慢しようよ。四階に、パフェとか食べられるお店とかある見たいだし。製菓体験もできるみたいだよ」


 製菓体験……最初はこの工場で製造ラインの体験をするのかと思っていたけど、先ほど並んでいるときに調べていたらどうも違うようで、通常のお菓子教室のようなもののようだ。結構、人気のあるイベントのようだ。


 僕等はそのまま、20分ほどワイワイと話しながら製造ラインを見学していたのだが、流石に20分も見ていると話す内容も尽きてきたので、僕等は四階へと移動することにした。


 四階に上がると、さらに甘い匂いは強くなる。


 きっと製菓体験をやっているのと、お土産屋の匂い、さらにはカフェから漂ってくるスイーツの匂い……そんな様々な匂いがミックスされている。


 甘いものが苦手な人にはつらいかもしれないけど……僕と七海にはこの四階の匂いは暴力的なまでに食欲を刺激してきた。


 甘いものは別腹……とはよく言ったもので。甘いものをすぐに食べたくなってしまう。


「ねぇ……七海……ラウンジで甘い物でも食べない?」


「えー? その前に製菓体験しようよ! 自分達で作ったものを食べられるんだよ?」


「甘い匂いでもうすぐにでも食べたい気分だけど……我慢できるかなぁ?」


「ほら……共同作業で作るんだし……。それに、今日は手作りのもの食べられて無いじゃ無い? だから良いかなって思って……」


 それは……確かに良いかもしれない。


 今日は僕は七海の手料理を食べられないと諦めていたのだ。製菓体験がどこまでするものかは分からないけど……手作りのものが食べられると言うのは期待値がとても上がるものだ。


「じゃあ、行ってみようか」


「うん♪」


 楽しみだな……どんな体験ができるんだろうか? 二人でワクワクしながら、製菓体験の受付場所に移動する。どうやら別料金でコースも色々とあるようなのだが……。


 申し訳なさそうに頭を下げる店員さんから返ってきたのは、無情な一言だった。


「申し訳ありません……本日の製菓体験は予約で全て埋まってしまっておりまして……」


 その言葉を聞いた瞬間、僕等は固まってしまい……。


「へ?」


「えぇぇ〜!?」


 僕の呆けたような一言と、七海の絶望感たっぷりの悲鳴が響き渡るのだった。

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