第23話「プロポーズ?効果」
僕がしたプロポーズのような言葉を聞いた
「七海さん? 大丈夫? なんか……ボーっとしてるけど……」
「うん……」
「七海、明日のお弁当はこの餃子を使うのね? 冷蔵庫入れとくわね? 一緒に作るなんてもう立派に夫婦ね?」
「うん……」
「七海……
「うん……」
何を聞いても心ここにあらずで「うん……」としか言わなくなってしまう。
お母さんと
それから七海さんはしばらく、その顔にニヤニヤとした笑みを浮かべたまま戻ってこなかった。
……まぁ、これはこれで可愛いけどさ。
「ふむ……七海は陽信君の言葉に感激して、妄想の世界にトリップしてしまったようだね。我に返るまでしばらくかかるだろうから、車で家まで送っていくよ」
「あ、すいません……厳一郎さん……お言葉に甘えます」
「陽信君、いつでも遊びに来てね? 今度は七海の部屋でおうちデートとかしていいからね? あ、でも高校生らしい範囲でお願いね?」
「えっと……七海さんのお母さん……」
「あらあら、私も名前で呼んでくれないのかしら? ……そういえば、自己紹介してなかったわね。七海の母の
「あはは……よろしくお願いします……睦子さん」
睦子さんは可愛らしい仕草で自身の頬に指を当てて首を傾げていた。
その仕草はやっぱり七海さんそっくりだ。七海さんは睦子さん似みたいだし、並んだら姉妹と言っても通用しそうなくらい若々しい。
妹さんの方は名前は何て言うのだろうか? ……七海さんの妹だから仲良くできると良いんだけど。
「それじゃあ、お邪魔しました。七海さん、僕帰るね? また夜に連絡するね?」
僕のその一言で我に帰った七海さんは、先ほどまでのことはよく覚えていないようだった。
ただ……
「え? 陽信どこに帰るのさー? だって私達もう一緒に住んで……あっ……」
七海さんはそこでしまったと言わんばかりに、口元を両手で押さえる。
どうやら……七海さんの妄想の世界の中では僕と彼女は一緒に住むところまで進んでいたらしい。
……七海さんもそう言う妄想するんだ……いや、なんというか……光栄だなあ。
厳一郎さんと睦子さんは、そんな娘の様子をニヤ〜と言う表現が相応しい笑みで見ていた。
「七海……流石にお母さん……同棲はまだ早いと思うのよ……?」
「あの男子が苦手だった七海が……父親としては複雑だが……祝福しようじゃないか……」
両親のその言葉に顔全体を真っ赤にした七海さんは、それでも僕の近くに来ると、僕の手をギュッと握ってきた。
「また明日ね!」
二人のニヤニヤを吹き飛ばすように大きく元気よく叫び、僕に笑顔を見せてくれた。
辛い記憶の話をしたから心配だったけど、大丈夫そうだ。だけど……後でフォローはしてあげないとな。
「うん、また明日ね七海さん。厳一郎さん、よろしくお願いします。睦子さんも、お邪魔しました」
「え、待って待って、何でお母さんの事を名前で呼んでるの、何があったの?」
……そうか、先ほどのやりとりを七海さんは聞いてなかったのか……どう説明したものか。
と、思っていると……睦子さんは七海さんの両腋を腕で掴んで、そのままズルズルと後ろに引きずって行った。
「あらあら、七海はこっちねー。今までのこと、全部聞かせてもらうわよー。うふふ、娘と恋バナよー」
「待ってお母さん、ちゃんと説明して! ダメ! 私、腋が弱いんだからやめてー! 力抜けるー!!」
七海さんは腋が弱いと……うん、覚えておこう。
そのまま七海さんは運ばれていった……流石にあれから助け出すのは僕には無理だ。小さく手を振るに留めておいた。
「うむ……母さんは娘と恋バナをするのが夢だったから……テンションが最高潮なのだろう……」
どこか遠い目をした厳一郎さんは、微笑みながら僕にそんなことを教えてくれた。
僕はそのまま、厳一郎に車で家まで送ってもらった。道中は、彼女の父親と何を話せば良いのか戦々恐々としていたのだが……。
厳一郎さんは、気さくに僕に話しかけてきてくれた。
それこそ、昔の七海さんの可愛らしいエピソードや、高校からギャル系ファッションをし始めたときの話、自分の顔が怖いのは七海さんを守ろうと表情から作っていったら元に戻らなくなった話……。
色々な事を教えてもらった。
七海さんが聞き上手なのは、厳一郎さんに似たんだろうかとその時に僕は感じていた。
顔はお母さんに、性格はお父さんに似たのだろう。良い家族だ。
そして最後に……こんなことを厳一郎さんは僕に告げた。
「今回……七海の過去のことを話したのは家族以外では君がはじめてだよ。陽信君。このことは七海の友達すら知らないことだ」
あの二人すら知らないことを僕に教えてくれたという事実に、僕の背中は震える。
「……なんで僕には教えてくれたんですか?」
厳一郎さんは、少しだけ間を溜めると……優しい声色で理由を教えてくれた。
「そうだね……君は常に七海のことを考えて行動してくれているように見えたんだ。私が突然出てきたときは七海を真っ先に庇い、不安な時は抱きしめて、寄り添って……そんな君の姿を見て……私は君を信頼に値する男だと判断した」
「恐縮ですけど……僕は厳一郎さんとは今日が初対面ですよ……いいんですか?」
「人を見る目はあるつもりだよ……それに……そういうことを言う君だから信頼できる」
なんだかすごくプレッシャーをかけられた気がする。
どんどんと外堀が埋まっていく感覚とでも言うのだろうか?……でもそれが嫌ではない自分がいるのも確かだった。
それから色々会話を続けて……話の流れで厳一郎さんとも連絡先を交換したのは、我ながらビックリした。
彼女のお父さんと連絡先を交換するって普通なのかな? 困ったことがあればいつでも相談してくれって言われたけど……。
まぁ、頼もしい味方ができたと前向きに捉えておこう。
僕はようやく家について……いつもの通りパソコンをつけてソシャゲにログインした。
今日のイベントは、もうほぼ終盤だ。ちょっとだけ参加しよう。
そして僕は、バロンさんに今日の出来事をかいつまんで報告する。
「……と言うわけで、僕と彼女の交際は、彼女の両親公認となりました」
『もう結婚しろよ』
報告した途端、バロンさんが投げやりに言ってきた。こんな反応は珍しい。
他のメンバーも次々に『結婚しろ』『爆発しろ』『祝ってやる!』など、短文でのメッセージを次々に送ってきている。
いや、僕も彼女もまだ結婚できる年齢じゃないですからそれは無理です……って、たぶんそういうことを言いたいわけじゃないんだろうけど。
「……バロンさん、気が早すぎません?」
『明日で交際からほぼ一週間だよね?! どんだけ進展速いの?! いや、もうそこまで行ったらあとは結婚しかないよ?! うわー……若い子怖いわー……』
珍しくバロンさんが嘆いていた。
『キャニオン君、絶対に彼女いなかったとか嘘でしょ? 絶対にプレイボーイで、僕が教えることは実は何も意味なかったでしょ?』
いや、僕としてはそんなことを言われても困る。七海さんが初彼女だし、僕のファッションについての事件を忘れたのだろうか?
まだまだ、バロンさんには教えてほしいことが山ほどあるのだ……。
「そうは言ってもですね、僕は彼女と手は繋げてもキスとか全然してないんですよ。と言うか、そんな度胸ありませんし」
『順番おかしくない? なんでキスとかすっ飛ばして、ご両親に挨拶してプロポーズしてるのさ。君の方がよっぽど気が早いよ!』
いや、ご両親に会ったのは不可抗力ですし、あの言葉もプロポーズってわけでは無かったんですけど……。
まぁ、その辺の説明は大部分を省いているから、プロポーズしたようにしか聞こえないよな……。
流石に、七海さんの過去については報告していない。あれは完全にプライベートなことだし、軽々に話して良いことではない。
あれは家族とそれに近しい人達だけが知って良い話だ。だから報告したのは、当然それ以外になる。
『それにキスねぇ……僕は正直なところ……今日は行けたんじゃないかと思うよ、キスまで』
「そうでしょうか……?」
『うん、キャニオン君が夕飯のメニューに餃子を選ばなければ行けたと思う』
……なるほど……ニンニクたっぷりの餃子は美味しかったけど……お口の匂いが気になってしまうか。
僕はあんまりそういうことを気にしなかったけど、もしかしたら七海さんは気にしていたのだろうか?
じゃあ、夕飯にもしも違うものを指定していたら……。
キ……キス……してたのかな?
しちゃってたのかな!?
うっわ、妄想だけでなんかにやけてくる。恥ずかしさと嬉しさが混同してしまう。妄想なのに。
『キャニオン君、妄想してるところ悪いけどさ……君、彼女さんに連絡しなくて良いの? 自分から連絡するって言ったんでしょ?』
だからなんで分かるのバロンさん。とりあえず、ほんの少しだけ参加したゲームもそこそこに、僕は七海さんに連絡を取ろうとした時……。
メッセージが一件、追加された。
『キャニオンさん……』
ピーチさんからだ。
また苦言を呈されてしまうのか……そう思っていたのだが、彼女から送られたメッセージはいつもとは異なっていた。
『キャニオンさんが幸せなら、私は言うことないです。でも……もしも傷つくようなことがあったら慰めますから、ここに来てくださいね』
『お、とうとうピーチちゃんも認めたかい。そうだね、そんな時は来ないと思うけど、もしもそうなったらここにおいで。僕等がいくらでも慰めてあげよう』
僕はこの人達の顔も本名も知らない。
だけど、ゲームを通じてできた大切な友達だと思っている。だからだろうか。とても嬉しくなり心が暖かくなってくる。
他のみんなも、次々に同じようなことを書き込んでくれていた。本当にありがたい。
目頭が熱くなるが、七海さんに連絡する前に泣くわけにはいかないので、僕はそれを我慢する。
「ありがとう皆。そうならないように、僕は頑張るよ」
それだけを書き込んで、七海さんへと連絡する。
……そう言えば、最初に僕から夜に連絡するって何気に初めてな気がする。
メッセージのやり取りは毎晩やってたけど……こうやって自発的に通話しようとするのは……うん、思い返してみても初めてだ。
そのことに、少しドキドキしながら僕は彼女が出るのを待つ。
今回はコール音が数回鳴っても七海さんが出ることはなく、もしかしてタイミングが悪かったかなと思った瞬間、通話が繋がった。
『陽信?! 良かった助かった! もう〜連絡遅いよ〜……私、今まで大変だったんだからね!?』
「へ……?」
電話口に出た七海さんの声は、息を少し切らしたように焦っていて、ほんのちょっぴりだけ怒っていた。
『もうもうもう!! すっごい恥ずかしかったんだから……こんな事なら陽信に家に泊まってもらえば良かったよー!』
「七海さん!?」
お泊りと言う衝撃のワードが僕の耳に飛び込んできた。あの状況で家に泊まるとか……えっと……七海さんの部屋で一緒に寝るとか?
パジャマとか……いや、そもそも明日は学校だしどっちにしろ泊まれない。うん、違う、そうじゃない。落ち着け。
『……うん、ごめん……お泊りは違うよね……うん……つい、初美達とはよくお泊りするから……』
どうやら七海さんも自分の発言の自爆加減に気が付いたようで、声がちっちゃくなっている。
そう思っていると、後方から声が聞こえてきた。
『な~な~み~……逃がさないわよ~……』
『お姉ちゃん教えてよー……私の未来のお義兄ちゃんのどこが好きなの?』
……後ろから聞こえてくるのは七海さんの家にいる他の女性二人の声……そっかぁ……あれからずっと恋バナをしていたんだね、七海さん……。
『あ、良い機会だからスピーカーで陽信君にも参加してもらって……』
『陽信!! また明日ね!!』
そういうと七海さんは唐突に電話を切ってしまった。うん……僕もさすがに女性陣の恋バナに混ざる勇気は無かったんだけど……。
直後……七海さんからメッセージが一つ飛び込んできた。
『今日はありがとう、楽しかったし嬉しかった。改めて、これからもよろしくね。それと……来週もデートしようね』
その一言に、僕はニヤニヤと笑みが浮かぶのを抑えられず、『もちろん、来週もしようね。また明日。お休み』と返信するのだった。
明日から……僕はまた七海さんとの日々を過ごす。今度は家族公認だ。後ろめたいことは一つずつ無くなっていっている……。
「七海さん……また明日ね……大好きだよ」
スマホを見ながら、我ながら自分らしくない独り言を呟いた僕は、少し赤面しながらもそのままベッドにもぐりこんで眠るのだった。
この言葉が、七海さんに届いているといいな。
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