第13話「挑戦者は断られる」
悔いはないと思ったんだけど。僕は朝には早速悔いてしまっておりました。
「夜のテンションって怖いなー……」
ベッドの上で起き上がり頭を抱えながら呟いた。なんで僕、夜にいきなり誘ってるのさ。めちゃめちゃガッついてる男じゃないか。
男子に慣れてない
でもまぁ、少なくとも声色は嬉しそうだった……と思いたいから、失敗では無かったとしておこう。
それでも、今日は会ったらその辺りを謝罪しておこう。
とりあえず起きて登校の準備をすると、珍しく母さんが居間にいた。既に出社してると思ったのだが、珍しい。
「おはよう、母さん」
「おはよう。昨日といい今日といい……随分早いね
……鋭いな。もしかしたらそれが聞きたくて出社せずに残ってたのかな?
僕は素直に「彼女ができた」とは言えず、学校にちょっと用事があってねと適当に誤魔化して、今日の昼食代を久々に手渡しで貰ってそのまま登校する。
出がけに母さんが声をかけてきた。
「土曜日は父さんも母さんも夜は一緒に食事が取れそうよ。だけど二人とも、日曜に朝から出張でね……悪いけどご飯は一人で食べてね」
「あぁ、分かったよ」
僕はそれだけを聞くと七海さんとの待ち合わせ場所へ移動する。待ち合わせは時間は7時半……だけど、僕は30分前に着くように移動する。
昨日話したのだが、流石に1時間前は止めようと言うことになった。
だからか今日は30分前に着くように移動して……待ち合わせ場所には僕の方が先に着いた。
「良かった、これなら待たせることはないかな」
「残念、もう着いちゃってますー」
背後からの声に驚き身を震わせ振り向くと、そこには笑顔の七海さんがいた。
今日は編み込みプラスサイドポニーの髪型で、それも確かあのキャラの髪型だった気がする。わざわざ変化を付けて来てくれたのか……なんか嬉しいな。
「おはよー、陽信。早いねー。私は先に来て「遅ーい」って文句言うのやってみたかったのに」
そんな可愛いことを考えていたのか。
いや、そんなことよりもなんで僕はいきなり驚かされたのだろうか。
それを尋ねると、彼女は昨日ビックリさせられたお返しと言ってきた。あぁ、確かにほっぺたを突っついて驚かせちゃったもんな僕……。納得だ。
いや、それよりも挨拶だ。七海さんのどこか期待した目に臆して誤魔化してしまったが、僕も覚悟を決めなければ。
「おはよう七海さん。……その髪型も似合ってて……か……か……か……可愛いね」
今日は言えた。すんなりとはいかないけど言えた。そして七海さんのご満悦の表情を見るに、僕の答えは正解だったようだ。
「ありがとー。そんな君には私と手を繋いで登校する権利と、今日のお昼のお弁当を進呈します」
「……ありがたき幸せ」
僕の返答に満足したように極上の笑みを浮かべている。さっきから……なんだろう、彼女の対応が昨日と違ってどこか余裕そうだ。
いや、これは余裕と言うよりも、テンションが高いというべきか?
何か良い事があったのかな……? まぁ、彼女が楽しそうならそれでいいか。僕も嬉しくなる。
僕等はそのまま手を繋いで登校する。
昨日より人が多いが、昨日よりは奇異の目で見てくる生徒が少ない。いよいよ、噂が浸透したと言う事なのだろうか。変なこと起きなきゃ良いけど。
「そうだ、七海さん。……昨日はごめんね、いきなり誘っちゃって」
僕の言葉に、彼女は頬に指を当てて首を傾げる。
「なんで謝るの?」
「いや、ほら……七海さんって男子に慣れていないんでしょ? 昨日は勢いに任せて誘ったから、怖がらせちゃったら申し訳ないなと思って……」
「んー……大丈夫だよ。確かに男の子には慣れてないし、ちょっと怖いけどさ、陽信からのお誘いは嬉しかったよ……うん、とっても嬉しかった」
彼女はそう言ってはにかんだ笑顔を向けてくれた。もしかして、さっきからテンションが高いのは僕がデートに誘ったからだろうか?
それくらいは自惚れてもいいだろうか。もしもそうなら、それだけで僕はとても救われた気分になったんだけど……。
「あれ? でも私……男の子に慣れてないってこと、陽信に言ったっけ?」
僕は自分の失態にそこで気づく。
彼女は僕に対して男子に慣れていないことを告げていない。その情報は、僕が初日に偶然に得た情報だ。
あの日、盗み聞きしてたから……とは言いにくい。と言うか絶対に言えない。
「……ほら、昨日さ、男子と付き合うの初めてって言ってたじゃない。七海さんくらい可愛い人が初めてってことは、実は男子には慣れてなかったのかなーって思っただけだよ、予想が当たったみたいだね」
僕はちょっと早口で捲し立てるように言って誤魔化した。ついついごまかすためとはいえ可愛いとまた口にしてしまったのは非常に照れ臭いが、彼女はその一言に「可愛い……」と呟いて頬を赤くしている。
うん、問題なく誤魔化せたようだ。
でも、なんで七海さんは男子が苦手なんだろうか? これくらい可愛い人なんだから……むしろ男子なんていくらでも手玉に取れそうだけど……。過去に何か嫌な思いをしたんだろうか……。
もしそうなら、僕で少しでも男子に慣れてくれればいいんだけど。世の中、変な男子ばっかりでは無いんだから。僕が変じゃない男子だとは言いづらいけど……。
「あ、別に深刻な理由があるわけじゃないから安心して。ちょっと……なんとなく苦手って言うか、怖いって言うか……そんな感じなだけだから」
彼女は僕の顔を覗き込むようにして、安心させるように僕の頬を突っついてくる。これが昨日の意趣返しだろうか?
そのまま僕の頬をつつきながら、七海さんは言葉を続ける。感触が気に入ったのかな?
「小学校の頃って、私よく男子に意地悪されたんだよね。でも、そこまで怖いとか苦手意識は無かったんだけど……六年生くらいから、急にそんな感じになっちゃってさ……」
それは男子特有の好きな子に意地悪すると言うあれだろうな……。子供の頃の七海さんも、きっと可愛かったんだろうな。
いや、それよりもだ……。
「……よく、僕の考えてることが分かったね?」
「まだ3日目だけど、彼女ですから」
得意気に胸を張る彼女に、僕は空いている方の手で自分の顔に触れた。そんなにわかりやすく顔に出てたかな?
だったら気を引き締めないと……罰ゲームを知ってることを……知られちゃいけない。
しかし……七海さんが胸を張ったらすごい事になるな……なんて言うか……揺れの暴力と言うか……ちょっと、これだけで今日一日の元気が満タンになる気がする。
僕の視線に気づいたのか、彼女は身を捻って片手で胸部を隠してしまった。
「……えっち」
頬を染めながら半眼で告げるその一言の破壊力はすさまじく、僕は悶えそうになるのを必死でこらえながら謝罪したのだが……
「男子の視線は嫌だけど、陽信の視線は嫌じゃ無いから……許してあげる」
……その一言は反則です七海さん。
それから僕等は一緒に登校し教室へ到着する。僕は今日は質問攻めにあうことは無かったのだが、七海さんはまたもや音更さんと神恵内さんの二人に、どこかに連れていかれて行った。
罰ゲームの進捗でも確認しているのだろうか? 大丈夫、今日も七海さんは完璧でしたよと、僕は言いたい。
話が終わったのかニヤニヤとした笑みを浮かべる
……音更さんと神恵内さんは僕にもそのニヤニヤとした笑みを向けて来ていた。七海さん、何を話したのかな?
そうして実害がないままに授業は進み、あっという間にお昼の時間となる。僕が楽しみにしていたお昼だ。
お昼が楽しみなんて僕が思うなんて……と感慨深くなってしまったのが悪かったのか……。
事件はそのお昼に起こった。
彼女が僕用の青いお弁当箱を手渡してくれた……昨日、一緒に買ったお弁当箱だ。
黄色い卵焼きにウインナー、大きなハンバーグが二つも入った幸せを具現化したようなお弁当……当然写真は連写で撮った。
「これだけの量なら足りるかな?」
「十分です。ありがとう七海さん。今日も美味しそうです」
「良かった。でも、そうなると足りなくなった時にあーんってしてあげられないね」
その言葉に僕は昨日の事を思い出し赤面するのだが、同時に七海さんも思い出して頬を染めていた。
僕を揶揄うつもりだったようだが、完全に自爆である。小さく「ごめん、なんでもない」って訂正しているし。
そんな風に僕等が談笑しながらお弁当を食べ進めていると……一つの大きな影が僕等の前に突如として現れる。
「失礼……七海君。今ちょっといいかな?」
「彼氏とお昼を食べているので良くないです。
そこには長身のイケメンが立っていた。
かなりでかい。座っているからか立っているより大きく見える。190センチ近くあるんじゃないだろうか?
何もしてないけど威圧感があり……ちょっと怖い。
僕と七海さんの身長は同じくらいだ。男の僕で少し怖いのだから、彼女はもっと怖いかもしれない。
だから僕は、座っている位置を七海さんに近づけ、ほんの少し彼女に身体をくっつける。
無言で驚く彼女を尻目に、僕は自分の隣を指差した。
「先輩、立ち話もなんですしここに座ってください。僕の隣、スペースありますから。あと、もう少しでお弁当食べ終わるんで、それまで待ってもらえます?」
「ふむ……君は?」
「あ、
僕の一言に先輩の頬がピクリと引きつった。先輩は少しだけ迷うそぶりを見せるのだが、先輩に一瞥もくれない七海さんをチラリとみてから、素直に僕の隣に腰かけた。
「七海さん、こんなに大きなハンバーグ良くうまく焼けるね。僕も前に気まぐれで料理を手伝ったことがあるんだけど、中が生焼けでさ。結局、二つに割って焼いたからパサパサになっちゃったよ」
「そんなに難しい事はしてないよ。大きいけど厚さはそうでもないでしょ? 後は火加減とか気を付けたり、蒸し焼きにしたりすれば誰でもできるよこれくらい」
「卵焼きも綺麗だよね、甘さもちょうど良くて好きだよ」
「本当? 良かったー。うちってお父さんが出汁の入った卵焼きが好きなんだけどさ、他は皆甘いのが好きで、いっつも二種類作るの面倒なんだよね」
「わざわざ二種類作ってるの? お父さん思いだね、七海さんは」
「そんなこと……」
僕は素直に思ったことを口にしたのだが、七海さんはプイとそっぽを向いてしまった。本当に、良い子だなこの子は。微笑ましくなった僕は、思わず顔に笑顔を浮かべる。
「すまない……簾舞君……だったかな? 一つ聞かせてもらえないか?」
「なんです? 先輩?」
唐突に口を挟んできた先輩は、僕のお弁当を凝視していた。もうほとんど残っていないお弁当だ。あと残っているのは、せいぜいが卵焼きとハンバーグひとかけくらいなのだが……。
お昼、食べてから来なかったのだろうか?
「もしかして……もしかして何だが……そのお弁当は七海君の手作りなのかな?」
「へ? ……そうですけど?」
僕の言葉に先輩の目がこれでもかと言うくらいに見開かれる。そして先輩は、突然口を挟まれたからか少し膨れている七海さんと、僕のお弁当を交互に見ていた。
……なんだか嫌な予感がしたので、僕は先輩に構わず最後に残った卵焼きとハンバーグを頬張った。
「あぁ……くそう……ちょっともらいたかったのに……」
やっぱりか。言う前に頬張って正解だった。いや、言われたところであげる気はなかったが。これは僕のだ。一欠片たりとあげるものか。
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」
「お粗末様でした」
昨日と同じやり取りをすると、僕はお弁当箱を七海さんに渡してから先輩に身体を向けた。
「それで先輩、何の用事ですか?」
「いや、用事があるのは君ではなく七海君の方なんだが……いや、君にも関係があるか」
「僕にも?」
そう言うと先輩はベンチから立ち上がると、再び僕等の前に移動する。そして、腕を組んで少し不機嫌そうに僕と七海さんとを交互に見ると……僕の方を横目で見ながら七海さんに対して口を開く
「七海君……君は僕よりもこの男の方が良いと言うのか?」
「……そうですけど? あと先輩、私の事を七海って呼ばないで苗字で呼んでください。名前で呼んでいいのは彼氏である陽信だけです」
あっさりとぶった切られた先輩は、七海さんに睨まれる。そして、プルプルと震えながら顔を真っ赤にすると、今度は僕の方を指差しながら体育会系らしく腹の底から周囲に響くような大声を発する。
「勝負だ、簾舞君!! 僕が負けたら二人の交際を認めよう!! だが、僕が勝ったら七海君を貰うぞ!!」
「え、嫌ですけど」
僕があっさりと断ったことで、先輩は指を指したままのポーズで固まった。
「あ、陽信……ほっぺたにおべんと付いてるよ?」
「へ?」
七海さんはそう言うと、僕の頬にくっ付いていたご飯粒を取って……自分の口にパクリと入れた。
その思いがけない行動に、僕も先輩同様に固まってしまうのだった。
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