10 悪役令嬢、バラの香りに誘われる
逃げ出すように部屋を抜け出した私は王城の外廊下を歩いていた。
美しい外廊下のデザインに夢中になってたし、慣れないヒールで歩きづらかったので、足をゆっくり進めていた。
さすが王城。
柱の一つ一つでさえ美しい。
白い柱にそっと触れる。ここだけ見るとパルテノン神殿の柱みたいね。
そうして、外廊下を満喫していると、どこからか甘い花の香りが風に乗って流れてきた。
いい香り……。
バラっぽいわ。
周囲を見渡すが、バラが飾れた花瓶などはない。
うーん?
近くにでも花畑でもあるのかしら?
バラの香りに誘われて廊下を進んでいくと、庭の方につながりそうな赤レンガの道があった。
その道に沿ってピンクや白、赤のバラが植えられている。
入念に手入れがされているようだった。
私は外廊下を外れ、そのバラの道を歩いていく。
やっぱり王城の庭園は広いわね。
足が痛くなりそう……ヒールなんかで来るんじゃなかった。
穏やかな風が吹くその場所には草木が揺れる音も耳に入ってくる。
奥には木々が見えた。
ワクワク気分で芝生に踏み入れる。
そこは寝転んだらすぐに眠ってしまいそうなぐらい地面が柔らかかった。
まぁ、ドレスを汚すとママに怒られそうな予感がしたので、寝転びはしなかったけど。
「あれは……」
奥を向くと、木の陰で木刀を持ってひたすら振っている少年が。
一体誰だろう?
目を細めてじっと少年を観察してみるとと、見えたのはサクト王子とほぼ瓜二つの少年。
………ああ、彼はきっと弟のレン王子だわ。
でも、彼はこんなところで何をしているんだろうか?
私はレン王子に近づいて試しに話しかけてみる。
「殿下、こんにちは」
「おわっ!?」
背後からそっと声を掛けると、彼が持っていた木刀が軽い音を立て地面に落ちる。くるりと振り向いた彼は驚いたのか慌てふためいていた。
こちらを向く彼の瞳は右目が兄と同じ青、左目が緑のオッドアイ。
兄弟揃って綺麗な瞳ね。
オッドアイなんて初めてみたわ。
彼は見開いた目でこちらをジロジロと観察していた。
私たちの間に風が吹き、彼の銀髪と私の前髪がふわりと揺れる。
「君は……」
「私はエステル・ステラートと申します。突然申し訳ございません」
相手は王族なので失礼のないよう、すぐさま一礼。
顔を上げると、動揺していたレン王子は落ち着きを取り戻していた。
「うん。大丈夫だけど……君は兄さんの婚約者だよね? なぜこんなところに?」
「私の弟と殿下が話したそうにしていたので、空気を読んで抜けてきました」
そう答えると、彼は何を思ったのか首を傾げ、腕を組む。
やっぱ、抜け出すのはいけなかったかしら。
でも、サクト王子がいるあの空間にはあまりいたくなかったのよ。
じっと黙っていると、レン王子はすっと目を瞑る。
「へぇ……ステラートの子息と兄さんが……なんか意外」
「あ、殿下もそう思われました?」
「うん。どこで繋がりがあったんだろうって疑問に思ったよ」
あ、それは私も同じかも。
王城に行ったことがないデインがサクト王子と接点をどこで持ったのか不思議でならないわ。
養子になる前に出会ったのかしら。デインに後で聞いてみよう。
「ところで、殿下はここで何をなさっていたんですか?」
私はコクリと首を傾げる。
どうやら木刀を振っていたけど、剣術の練習でもしていたのかしら?
すると、レン王子は肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。
「エステル嬢、『殿下』はやめてくれないか。僕は敬称で呼ばれるのが嫌なんだ。レンと呼んでくれない?」
……………うーん。
呼び捨てはさすがにできません。
まぁ、でも本人が敬称を嫌がっているのなら「レン様」とでもお呼びしようかな。
「では、レン様。ここで何をなさっていたんですか?」
「練習だよ。僕は星光騎士の1人になりたくてね」
レン王子も星光騎士?
確かに過去に王族がラウンズになった事例はあるが、レン王子が星光騎士とか想像つかない。
だって、レン王子にはどこかチャラさを感じるんだもの。
「レン様も星光騎士を?」
「そうだよ。もしかして……エステル嬢も目指してるの? じゃあ、僕のライバルだ」
「…………いえ、私は騎士になるつもりはございません」
星光騎士には女騎士もおり、憧れて貴族の令嬢が星光騎士を目指すものは少なくない。カッコいいとは思うけど、戦場に行きたくないわ。
「私の弟が目指しているんです」
「へぇ、エステル嬢の弟くんも星光騎士を……。やっぱりライバルは多いね。でも、その弟くんに僕も会ってみたい」
「今、サクト殿下のところにいらっしゃいますが、会われますか?」
レン王子は空を見上げてる。
そして、数秒考えると彼はこちらに微笑みを向けてきた。
なんだろう?
その微笑みにはどこか切なさがあった。
「いいや、止めておく。また別の機会にしておくよ。…………それにしてもエステル嬢こそこんな所を歩いて何をしていたの? こんな所歩いても帰れないと思うけど」
レン王子は無垢な瞳を向けてくる。
…………レン王子、嫌味なしで言ってるんでしょうけど、私はそこまでバカじゃないわ。王城の庭園を綺麗だったから、足を運んだだけよ。
「弟を待っている間、王城を観光しようと思いまして」
「え? 王城って観光スポットになってるの? 初耳」
観光スポットにはなってないけど、私にとっては観光スポットかも。
美術品がわんさかあるし、王城自体が作品だし。
「エステル嬢は兄さんに会いによく王城に来ていたから見飽きたと思ったんだけど」
「確かにここにはよく足を運んでいましたが、王城自体はそんなに歩き回ったことはありませんので」
「なるほどね」
確かにレン王子の言う通り、前世の記憶を取り戻すまではここに何度も来ていた。まぁ、真っすぐ婚約者の部屋に向かっていたのだけれど。
王城によく来ていたといっても、どんなものがあるのか全然知らない。
だから、今見に回りたいと思ったのよね。
きっとまだデインとサクト王子は話しているだろうし、観光できる時間はたっぷりある。
挨拶をして立ち去ろうとしようとした時、レン王子は「それなら……」と言ってきた。
なんだろうか?
私に用事があるのか?
デインと話す日にちを決めてほしいとか?
とか思っていたが。
「僕が案内しようか? 丁度休憩しようと思っていたし」
レン王子はそう言ってきた。
まぁ、王城を知り尽くしている彼なら隠れスポットを知っているかもしれない。
…………うん。きっと素敵なインスピレーションが沸くわ。
「では、お言葉に甘えてお願いします」
素直に頼んだ私はレン王子の案内で王城を回ることにした。
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