9 悪役令嬢、王子とお茶をする
重い足で大理石の上を歩く。
今、私が歩いているのは自分のアトリエへと続く廊下ではなく、王城の廊下。
そして、今日の格好はいつも着るシンプルなホワイトのワンピースじゃなくて、装飾が施された萌黄色のミニドレス。
足には髪色と同じ紫のヒールの靴と普段とのギャップが凄く、違和感があった。
現在、歩いている王城の廊下はステラート家の館とは異なって、これまた広かった。
ああ、お金が掛けてあるだけあって、本当に綺麗なお城。
サクト王子に会わずに王城を観光したいなぁ。
そう思いつつもパパの約束したことなので、はぁと溜息をつき、のそのそとメイドに付いて行く。
メイドに案内された部屋に入ると、金髪の少年が静かにソファに座っていた。
私は彼に一礼して部屋に入る。
顔を上げると、彼の青眼がこちらを真っすぐ見ていた。
…………綺麗な瞳。海みたい。
「…………お久しぶりです、殿下」
「久しぶり。エステルと会うのは1ヶ月ぶりくらいだね。さぁ、そこに座って」
「はい、失礼します」
私がサクト王子に向き合って座ると、王子の後ろに立っていた執事がお茶を入れる。
そして、執事はできた紅茶を私とサクト王子の正面にそれぞれ置く。
ティーカップの底を覗くとバラにカットされたリンゴがあった。
綺麗…………。
私は下手なことをしないようにそっとティーカップを手に取って1口飲んだ。
その瞬間、口の中で優しい上品な甘みが広がる。
うわぁ、美味しい。ほんのりと漂うリンゴの香りもいいわ。
ゆっくり目を上げると、サクト王子はこちらにスマイル。
うわっ、眩しい。
動揺で片手に持っていたお茶をこぼしそうになる。
ゲーム内でも人気の攻略対象者だけあって、彼も美形であった。
「どう? そのアップルティー、フルーティーでいいでしょ?」
「ええ、本当に美味です」
私がそう答えると、彼はニコリ。でも、私はついその笑みにはどういう意味があるのか考えてしまう。
「ステラート家では最近展覧会をしたみたいだね?」
「あ、はい」
パパからきっと聞いたんだろうな。せっかくだし“エドワード”のことを尋ねてみよう。
「殿下は“エドワード”っていう画家の方の作品をご覧になりました?」
サクト王子とはできるだけ関わりを避けたいけれど、作品の買い手となるのであれば別だ。
王族の彼が私の絵を買ってくれれば、“エドワード”の名前が必ずと言っていいほど拡散される。
彼は展覧会に訪れていない。
しかし、私が王族の方にもできれば売り込んでと頼んでいたので、パパは殿下に写真を見せたはず。
サクト王子は私の質問に唸った。
「うーん。写真で見たのだけど、なんだか彼の作品は……つまんないと思った」
…………!?
つ、つまんない!?
前世でネットに投稿したイラストでアンチみたいなコメントを貰っことはある。
その時は、いい気分はしなかったけれど、ネットでの意見だからってスルーすることができた。
でも、こうやって面と向かって軽い感じで言われると、さすがに頭にきそうだわ。
爆発しそうな怒りを抑え、営業スマイルをなんとか作る。
「へ、へぇ……そ、そうですか。つまんないですか」
「そう。変わっている絵を描いているなとは思ったけど、僕にはつまらなく見えた」
…………殴っていいだろうか?
思わず右手に拳を作る。
でも、これは彼の率直な感想。
怒ってはいけないわ、エステル。感情を押し殺しなさい。
グッと堪え、「アハハ……そうですか」と口角をピクピクさせていると、彼は首を傾げた。
「エステル……。君は彼の絵を気に入っているの?」
「……ええ。まぁ……」
自信なさげに答えると、サクト王子は「そうなんだ」と小さく呟く。
一体、彼は何を考えていたのだろうか?
「エステル、話は変わるんだけどさ」
「はい」
「なんで彼がいるの?」
サクト王子は私の隣の方を向いていた。
そこにはちょこんと大人しくデインが座っていた。
そう。今日のデインは私の後ろについてずっと付いていた。彼曰く「王城での騎士の様子を見てみたい」ということなので、一緒に王城に来ていた。
デインは出されたアップルティーを黙って飲んでいる。
「彼は私の弟ですので」
「僕は婚約者である
デインはティーカップを机に置く。
そして、「失礼します」と言ってサクト王子に名乗った。
なぜかデインから変なオーラを感じる。
緊張しているのかしら。
デインは王城なんて初めてだものね。
「殿下、ご心配なく。僕は
デインがそう言うと、サクト王子は顔をしかめた。
はて、何か気に食わないことでもあったのだろうか?
「…………少し抜けてもらえる? 邪魔したくないのなら」
そうだったのか。
サクト王子はこの可愛いデインと話がしたかったから、少し不機嫌になっていたのか。
私は邪魔だったのね。
「分かりました。男性同士でお話したいですものね」
ナイスだわ、デイン。
聞けることは聞いたし、私は王城の観光がしたいし、もうサクト王子に用はない。
私が立ちあがると、2人は驚き戸惑っていた。
顔からは動揺が滲み出ている。
…………あれ?
もしかして、2人はすでに知り合いで関係を隠していた?
もう……そんなことならさっさと言ってくれればいいのに。
「ね、姉さん!?」
「エステル、君じゃないよ!?」
「ご遠慮なさらず」
私はサクト王子に向かって頭を下げる。
「殿下、今日はお茶をありがとうございました。では失礼いたします」
2人に背を向け、ドアノブに手をかざす。
サクト王子。
あなたが言った「つまらない」って言葉、二度と忘れない。
次、会う時は“エドワード”の作品が最高だって言わせてやるわ。
カツっとヒールを鳴らし、力強い1歩を踏み出して部屋から退出した。
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