6 悪役令嬢、パパに頼み事をする

 いつも通り起きて支度をした私はアトリエに向かいながら、昨日のデインの発言について考えていた。

 デインが星光騎士ね……。

 星光騎士。それは私たちのいる国 ダウィンチゲート王国の中で最もトップに位置する騎士13人のことである。


 その星光騎士にデインがなりたいのか……。

 別にデインはその星光騎士になれないわけではない。魔法もかなり使えるし、練習すればどうってことないだろう。


 でも、星光騎士になれば戦地に行くことになるかもしれないのよね……。

 戦争が起きれば星光騎士は必ず戦地に派遣される。当然、星光騎士はトップの騎士であるため、簡単に死なないとは思うが、心配なものは心配。デインの夢を応援したいけど、なんだか複雑な気分だわ。


 少し憂鬱な気分でアトリエに入る。

 壁に立て掛けられた絵を見るなり、その前に置いてある丸椅子に腰を掛けた。

 でも、デインの夢は否定したくない。邪魔したくないわ。


 …………祈るしかないわね。

 そんでもって、私は自分の夢を叶えるしかないわね。可愛い弟のためにも死ぬわけにはいかないわ。

 私は木炭を再度手に取り、途中にしていた下書きを続けた。




 ★★★★★★★★




 数日後。

 作品を完成させていた私はすぐにアトリエに向かうのではなく、パパがいる書斎の部屋に向かっていた。パステルカラーの紫髪の三つ編みを揺らしながら行くと、予想通りパパの姿があり、書類整理をしていた。

 確か……エステルのパパは星光騎士だったはず。


 案の定、エステルのパパの胸には序列1位の“ナイト・オブ・ソリス”の勲章があった。

 友達から教えてもらった情報によると、この乙女ゲームはアーサー王伝説の騎士の仕組みをモデルにして取り入れているらしく、序列によってそれぞれ名前が異なっている。エステルのパパは序列1位であるので、この国の最強の騎士と言ってもいい。


 そんなパパが書類と格闘していた。なんだか苦しそう。デスクワークは苦手なのかな?

 私はパパの顔を窺いながら、話しかける。


 「パパ。今日、時間ある?」

 「うん。あるけど……どうしたんだい?」


 へ? あるの?


 「えっと、私の絵を見てほしいの……」

 「ほう。よし、今すぐ見に行こう」

 「え? いいの?」

 

 仕事あるんじゃないの?

 パパは手に持っていたペンを置いて、立ち上がる。

 

 「可愛い娘の頼み事だ。ママに見つからないように行こう」

 「パパ……」


 ママに見つからないようにって……。それってサボっているところ見られたらお終いじゃない。

 …………まぁ、いいっか。怒られるのはきっとパパだけだろうし、私が怒られることはないわ。

 そうして私はパパとともに書斎を出て、ママに見つからないように隠密にアトリエへと移動した。

 扉の前で左右を確認すると、アトリエの扉を開く。後ろにいたパパが話しかけてきた。


 「思えば、エステルのアトリエには初めて入るね」

 「許可したときしか入れないからね。今日は特別。今日だけ」


 道具をいじって壊されたらたまったもんじゃないもの。


 「そうか。特別か」


 パパはそう呟くと、少し笑みをこぼす。

 私は部屋に入り、ベージュの布がかぶせられた板の前で立ち止まった。私の後ろについて入ってきたパパも私が止まると、1歩後ろで足を止める。

 私は少し緊張した手でその布の端をぎゅっと掴む。


 「パパ。これなんだけど……」


 保護のため掛けていた布をはらりとのける。そこには私が先日に描いた絵が姿を現した。

 天空に浮かぶ島から晴れた空へと飛ぶ妖精の少女。島では友人の妖精たちが彼女を見上げている。島の下には広大な輝く海が広がっていた。


 「これ、エステルが描いたのかい?」

 「うん。そうだよ」


 パパはじっと私の絵を見つめる。その眼差まなざしは真剣さを感じた。


 「一体…………どこで勉強したんだい?」


 えーと。

 私は悪役令嬢エステルで、成人はまだしていない13歳の子ども。

 語学や歴史についてはよく勉強していたけれど、彼女は絵の勉強なんてあまりしていなかった。パパが疑問に思うのも不思議じゃない。

 でも……何か答えなきゃ。


 「な、なんか……頭に浮かんできたから……そ、そのまま思いついたアイデアを描いたの」

 

 事実だわ。

 ウソなんてついていないわ。

 うん。

 私が思いついたのは間違いないもの。


 「そうなのか……それは凄いな。こんな絵は見たことがない」


 それもそうね。私の作品はルネサンス期の絵画というより、印象派に近いわ。

 印象派――――モネやゴッホを代表とする芸術活動、また作品のことを指すのだが、私が把握するに印象派の作品はまだ世に流れていない。(厳密に言うとゴッホは新印象派だけど)

 パパが見たことないというのも頷ける。


 「それでね……この絵を売り出してほしいの……できれば貴族の方々に」

 「エステルの絵をかい?」

 「そう」

 「ふーむ」


 パパは考え込む。その様子からするに、どうやら何か問題があるみたいだけど。


 「ほら……パパはナイト・オブ・ソリスでしょ? 貴族の人に売り込むことは簡単にできるでしょう?」


 私が強く主張すると、パパは「うーん」とうなった。


 「そうだね。私が売り込むのはいいんだけどね……彼らが果たして女性画家の絵を容易くたやすく買ってくれるかが……」

 

 パパは付け加えるように続けて話す。

 

 「それにエステルは成人していない。子どもの絵を買ってくれるかどうか怪しいんだ。あ、決してエステルの絵がダメだというわけではないんだよ」

 「うん。分かってるわ……」

 

 やはりこの世界はどうも女性にも子どもにも厳しいようね。

 なら……こうするしかない。

 俯いていた私は顔をグッと上げ、パパに真っすぐな視線を向けた。

 

 「仕方ないわ、パパ。この絵は男性が描いたことにしてちょうだい」

 「なんだってっ?」

 「男の人が描いたと言えば少なくとも見てくれる。気に入れば買ってくれるかもしれないわ」

 「そ、そうだけど……」

 「そうね……名前は“エドワード”。その名前でサインしておきましょ」

 「エドワード……」

 

 パパはどうも私が男性画家としてやっていくことに躊躇いがあったようだけど、私は迷いなく自分の作品の右隅に“Edward”と白の絵の具でサインした。

 エドワードなんて名前の人はどこにでもいるだろうから、特定されるようなことはないだろうし。女性だって疑うことはまずないだろう。

 キィーと音を立て扉が開く。振り向くと、入り口には可愛い弟デインが立っていた。


 「姉さん、来たよ。あ、父さんもいらっしゃったんですね」

 「ああ。さっきデインを庭で見かけたけど、稽古していたようだったね。お疲れさん」

 

 デインは私の許可なしでアトリエに足を踏み入れる。その様子にパパはそわそわとしてなぜか困惑していた。

 

 「えっ? デインは勝手に入っていいのかい?」

 「うん。いいの」

 「パパは?」

 「ダメよ」

 「なんで……デインだけ……」

 

 パパはしょんぼりと顔を伏せる。

 だって、こんなに可愛い弟ですもの! 

 許可をしない理由はないわ。


 それにデインはパパみたいに構ってちゃんじゃないし、騎士になるため練習もしているようだから、そんなに頻繁に訪れるわけではない。

 パパは1回許可したら、ずっと居座りそうな予感がするもの。


 ゲーム内でのパパは愛娘のエステルにベタベタだった。

 エステルの言うことはなんでも言うこと聞いていた。

 そのせいでエステルは誰でも自分を愛してくれると思う勘違い人間になってしまっていたのだろうけど。


 ともかくパパはここに入れない。私の許可なしでは絶対入れない。

 鍵を厳重にしておこうかしら。

 まぁ、こうして用があれば入れるつもりだから安心して、パパ。

 

 「パパはたまに入れてあげるから、安心して」

 「たまにかぁ……」

 

 そう言ってパパは苦笑い。

 たまにと言っても、これからは結構な頻度で呼ぶと思うから、大丈夫よ。

 だって、私は有名画家になるんだから。

 右手に拳を作り意気込むと、私は目の前にあった妖精が飛び立つ絵に希望を託した。

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