4 悪役令嬢、少年に出会う
アイデアスケッチを描き続けて数日後。
やっと納得のいく構図ができたので、アイデアスケッチを描いたノートを片手に昨日作ったキャンバスへ下書きをしていた。
描き始めて2時間が経つと、ずっと同じ姿勢をしていたためか肩が凝り少し疲れも出てきていたので、休むことにした。
長い髪を束ねていたリボンを振り
太陽の光が差し込む窓際に丸椅子を移動させる。そして、メイドに紅茶を入れるように頼んだ。
取りに行こうと食堂に顔を出すと、メイドたちが「ああ。やっとお顔を……」「エステル様、お身体は大丈夫ですか?」と声を掛けてくれた。メイドもママと同じくたまにご飯を食べなくなる私のことを心配していたようだった。
なんと優しい方たち。でも、心配しないで。集中してるからご飯を食べることを忘れてしまうのよ。
というと「エステル様! 紅茶は持っていきます! お待ちくださいませ」と言われたが、断った。
アトリエにはあまり人を入れたくないのよ。ごめんなさい。
メイドたちに用意してもらった紅茶とお菓子を乗せたお盆を持ってアトリエに入る。窓の近くには小さな丸テーブルがあったので、その上にお盆を置いた。
丸椅子に腰を掛けると、あることに私は気づいた。
「少し空気が悪いかも……」
さっきは絵を描くことに集中していたし、絵の具特有の臭いには慣れているから気づかなかったが、アトリエの空気はどこかよどんでいる。
私は気分転換と換気のため、ガラス張りの扉を開けた。
いつか資料のために見たベルサイユ宮殿。扉を開くとそれを思い浮かべさせるベランダが私のアトリエにもあった。
さすが公爵家。豪勢な作りだわ。
「?」
アトリエの前にある庭から草を踏む音が聞こえる。アトリエは2階にあるので、下の庭の様子も見ることができた。私はそのままベランダへと足を運ぶ。
下を見ると白い髪の男の子がこちらを見上げていた。少し赤みがかったピンクのような瞳を真っすぐこちらに向けてくる。アルビノの子みたいだわ。こんなに日光が照っている場所にいるのだから、アルビノではないのだろうけど。この世界特有の姿かしら。
こちらにそんな特徴的な瞳を向ける彼はこの家では見たことのない人物。
どちら様だろうか? パパのご友人のご子息かしら。でも、どこかで見たことがある顔だわ。
私が首を傾げていると、少年はパクパクと口を開けていた。何か言っているようだけど、何も聞こえない。少年が鯉のごとく口パクをしているようにしか見えなかった。
「そちらに行くわ!」
私は軽やかに手すりを乗り越えて、2階から少年がいる場所へジャンプする。
「わっ!」
少年は驚いたのか、声を上げる。
心配ご無用。このくらいの高さは大したことないわ。
クルリと空中で一回転した私は体操選手のごとく柔らかな芝生の上に華麗に着地する。
前世ではやんちゃな方だった。特に小学生の頃は。木を上るわ、川を泳ぐわ、と好き放題していたわ。たまに猿だと言われていたっけ?
だから、2階から飛び降りることはなんてことない。
「え、えーと。あなたがエステル様ですか?」
「ええ。そうですが……あなたはお父様のご友人のご子息ですか?」
私がそう尋ねると、少年は小さく「い、いいえ」と呟く。
いいえ?
じゃあ、一体……。
「…………申し遅れました。私はデイン・クランレス・ステラート。今日からあなたの弟となります。よろしくお願いいたします」
デインと名乗った彼は丁寧にお辞儀をする。
弟ですって?
そういや、エステルには血のつながらない弟がいたっけ?
私はそんなにプレイしていない乙女ゲームの知識を振り絞って出す。
白髪とピンクの瞳を持つ少年。彼も攻略対象者だった。
アルビノのような姿のせいで周りから気味悪がられるんだっけ?
もちろん、エステルも気味悪がって嫌がらせをデインにもやっていた。
そして、そのまま姉のエステルと学園に通うことになるんだけど、嫌がらせのせいで性格が歪んでいたはず。どんな風に歪んでしまったかは忘れちゃった。
ともかくこのデインとヒロインちゃんが仲良くなって、そのことに気に食わないエステルがまたさらにヒロインちゃんに嫌がらせ。そのことに怒ったデインは魔法でエステルに攻撃して、エステル死亡。なんてこった。
彼は魔法で私を殺した…………私よりだいぶ魔力持ちだったような。
でも、どんな属性か忘れちゃった。
ということで私は尋ねるついでに魔法を見せてもらうことにした。
「ねぇ、魔法が使えるんでしょ? 使ってみて!」
「魔法……ですか?」
「そう!」
私がニコニコ笑顔で言うと、デインは恐る恐る魔法を使う。
彼の片手から出てきたのは水。調整しているのか、ちょろちょろと水が流れでていた。
これが魔法なのか……いいなぁ、使えて。
片手から水が流れるだけの光景はとてもシュールかもしれない。それでも私はデインの片手が輝いて見えた。
私は別に魔法が欲しくないわけではない。使えたら、そりゃあ文句ないよ。きっと、楽しいだろうし。でも、魔力があるけど属性が分からないままだから使えやしない。
ママとパパはいつか使えるようになると言っていたけど。
私は魔法を目の前に思わずため息をつく。
「あの……お気に召しませんでした?」
「そんなことないよ! ただ、私は魔法が使えないからいいなって……」
私がそう言うと、デインは何を思ったのか、両手を空に上げた。
その様子は彼が手に意識を集中させているように見える。
すると、空から雨が降り始めた。
えっ!? これ、デインが降らしているのっ!?
私はヤッホーというばかりに雨の中をクルクル回る。
デインの方を見ると、彼の手からは大量の水が出ていた。目を合わせると、彼はニコリと笑う。
さすが、攻略対象者とでも言っていいだろうか、可愛らしい笑みだった。きっと将来は全ての女子を虜にするイケメンに育つんだろう。
これが彼、義弟デインとの出会いだった。
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