拡散する種

七川夜秋

拡散する種

その種は眠っていた。

誰にも見つかることなく地中に埋まっていた。

この種は芽吹く時を待っている。

この寒い冬を越えて春が来るのをじっと土の中で待っている。

そしてその間に根を伸ばす。

春になって芽が出たときに大きく育っていく体を支えられるように。

土の上に雪が積もっているおかげで土の中の熱が逃げずにちょうど良い温度に保たれてもいる。

だが、発芽するにはもう少し温かくなる必要がある。


そうしているうちに2か月が経った。

気温も上がり始め雪も少し解け始め、土の中にも雪解け水が染み込んできた。

これからこの水を吸収する。

雪がたくさん積もっていた分、土の中に含まれている水分もかなり多くなった。

そのおかげでこれから大きくなることができる。

温かくなって外の世界を見るのが楽しみだな。


さらに2か月が経った。

もう雪もなくなり、発芽してからも少し経った。

もう草丈は5センチメートルくらいにまで成長した。

地中に比べて地上はかなり景色が良い。

地中は狭いし、どの方向を見ても土ばかり。

それに比べて地上では上を見るときれいな空が見える。

空は大好きだ。

時間、によって見せる顔が違うからだ。

空を見ているのは飽きない。

「あ、なんか生えてる!」

そこへ小さな男の子とおじいさんがやってきた。

男の子は四歳くらいだろうか。三輪車に乗っている。

「これはドングリだな。まだ小さいが数年経つと大きな木になるぞ。」

「へえ、じいじよくしってるね。」

二人の会話は微笑ましい。

子供にはよく踏みつぶされてきたので嫌いだったがこんな人たちもいるんだな。


それからまた2か月。

あれからまた大きくなった。

季節は夏に差し掛かっていた。

日差しも強くなり気温も上がってくる。

あの男の子とおじいさんはどうしたかな、背も高くなったから景色も良くなって気持ちがいいな、と思って日々を過ごしていた。

「サッカーしようぜ!」

今度は小学生が来たらしい。

背が高くなって気づいたがここは公園だったらしい。

まだ子供たちよりも背が低いがもっと高くなって上から眺めたらとても楽しそうだな。


そんな日々を過ごしているうちにいつしか数年が経っていた。

その頃には立派な木になっていた。

このくらい大きくなるとまわりの景色もさらによく見えるようになった。

特に季節の違いがはっきりとわかるようになった。

春には近くの小学校から桜の花びらがひらひらと飛んでくる。

夏には日差しも強くなり、公園のベンチで子供たちがアイスを食べながら涼んでいる。

秋になると俺の葉も赤く染まり、実を落とす。その落とした実を子供たちが投げて遊んだりもする。

冬にはよく雪がふるすると子供たちだけでなく高校生くらいの人もよく雪だるまを作りにくる。

こうして見てみると公園の与える影響の大きさがわかってくる。

この景色を見ていると楽しくもあるが切なくもある。

例えば、おじいさんと男の子は今でもたまにきてくれる。男の子は背がのび、三輪車ではなく自転車に乗っている。乗っているといってもまだ練習中なのかふらふらではあるが。

一方でサッカーをしていた子供たちは来なくなってしまった。その代わりに別の子供たちがサッカーをしているが。成長したということなんだろうな。


公園を見ていると時の流れをよく感じる。

いつか俺も枯れるときがくるんだろうな。

そのときまでにたくさんのどんぐりを落とそう。

それも俺の役割の一つだ。

他の木たちにもこの感情を知ってもらいたい。

そして俺は今年もどんぐりを落とした。

この思いがどんぐりたちとともに拡散しますようにという思いも込めて・・・

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拡散する種 七川夜秋 @yukiya_hurusaka20

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