ミツバの扱い

樹坂あか

ミツバの扱い

 奴等を侮ってはならない。

 刈り取っても刈り取っても奴等は増え続ける。根から叩こうと何故か増え続ける。一体一体がほとんど不死身に近いのにそれでも増え続け、着実に侵略を進めていくのだ。

 どうにかこちらが利用し尽くしてやろうと企んだところで、機を逃せば途端に食えない奴となる。食えぬくせにその存在ばかりが心を占め、我等の行動の自由を奪うのだ。

 我等はいずれ来る機を待ち、狙うしかない──


「……でもやっぱり親子丼にミツバは欲しいよ」


 しゅんと眉尻を下げつつミツバを持つ彼女に、彼は言葉を詰まらせた。

 現在地はアパートの近所のスーパー。今日は部屋でまったりしていようかと録り溜めていた映画など見つつ、なんとなくお昼の情報番組にチャンネルを回したところ映ったふわとろ親子丼に二人して心奪われて馳せ参じた次第である。

 冷蔵庫に卵と玉ねぎはあったので鶏肉と、ついでに何か甘いものでも。ほのぼの始まった買い物で彼女に何故冒頭のような壮絶壮大な物語を語らねばならなくなったかというと、野菜売り場にて彼女が半額のミツバを発見したからである。税抜き六十円なり。


「……春になったら実家の庭にわさわさ生えてくるよ」

「親子丼は春まで待ってくれないんだよ」

「いや親子丼はオールシーズン対応の万能ごはんだろ」

「今夜の親子丼は今夜にしかないの! 私は今かつてなく親子丼の口と胃になってるの!」

「まあそれは俺もだけど……なんか、最早全力で雑草扱いしてるものを買うのがさ。その量だと親子丼で使いきれないし」


 数年前に離れた実家であるが、いつからか庭では芝生とミツバによって群雄割拠の戦国時代が繰り広げられていた。元々は母がプランターで小ネギやら紫蘇やらと一緒に薬味として育てていたのが、種が飛んで根を張ったらしい。気づけば芝生から背の低いミツバがぴょこぴょこと姿を覗かせていた。

 そしてあっという間に大繁殖。おまけにしぶとい。抜いても抜いても抜いても抜いても生えてくる。

 摘んで調理できるのは柔らかい春と秋だけで、摘みきれずに少し季節を逃すと口にあたるようになって使えなくなるため夏場など完全なる雑草である。背丈も高くなり知らぬ間に種を飛ばして増えていくそれを昔は一家総出で地道にむしっていたのが、今となってはもう面倒になって父が芝を整えるついでにある程度刈っている。芝刈りがちょっといい匂いになったけど癒されも和みもしない、というのは昨年刈り終えた父の話だ。

 今は冬の終わりかけでミツバの季節ではない。だがしかし一度『ミツバというのはいくらでも生えてくるもの』と認識してしまった人間として、ミツバを買うという行為に躊躇してしまう。


「ないとダメ?」

「我が家の親子丼は必ずミツバが乗っかってたから、できればほしい」

「俺んちも春と秋はそうだったけど……余ったらどうしてた?」

「さっと茹でて冷凍してた。後はサラダにしたりかな」

「サラダ?」

「うん。ツナ入れて、塩コショウとお酢とマヨネーズ入れて」

「その調理法は初耳」


 へえ、と純粋に興味を引かれた彼に、彼女が目を瞬く。


「おうちではどうしてたの?」

「延々薬味として使ってた。だから時期になると吸い物がミツバだらけで具が見えない」

「わあ。薬味っていうかそもそも香味野菜っていうジャンルの野菜なんだから、色々使い道あるんだよ。おひたしにしてもおいしいよ」


 ミツバを掲げて話す彼女は楽しげだ。私の方がレシピ教えるなんて珍しいね、と笑っている。


「私が食べたいんだから、ミツバの分は私が全部出すよ。半額だし。ついでにサラダも作ってしんぜよう」

「ありがと、楽しみ。でも会計は俺も払う」

「え、いいよ。我が家もゴーヤ育ててたから買うのなんかなっていうのわかるし」

「俺もミツバ乗っけた親子丼は好きなの。食べたいの。……一人の時だったら別にいいやってなるし、二人してまあいっかなってなるなら買わないけど、欲しいなら俺も欲しいから、買う」


 なんだか自分でもよくわからないことを言っているような気がするが、彼女は上手いこと汲み取ってくれたようで。


「生半可な覚悟でミツバを買うべからずってことだね」

「……うん、まあ、覚悟とまではいかないけど多分そういうこと」


 剣の師匠のような台詞回しに自分でころころと笑って、彼女は彼の持っていた買い物カゴに半額のミツバを入れた。





 必要なものを買い揃え、会計を済ませて外に出ると陽が傾きかけて寒さが増していた。暖冬と言えど冷たい風は耳に痛い。


「ミツバの季節はまだ遠そうだねぇ」


 スーパーでのミツバプチ議論が地味に気に入ったらしく、彼女は彼の手に手を預けながらいたずらっぽく笑む。彼女と繋いでいない方の手から提げる買い物袋には、しっかりと半額にミツバが入っている。

 そうだなぁと返して、彼も小さく笑った。


「そういえば、ミツバの花って見たことないけどどんなの?」


 不意に首を傾げて問うてきた彼女に、彼ははてと首を捻る。


「……見たことない、かも」

「そうなの?」

「うん」


 言われてみれば、何年もミツバと共生(?)してきたというのにミツバの花の存在は知らない。毎年しれっと新芽を生やしては知らぬ間に種を拡散させて、またしれっと生えてくる。それが実家のミツバだ。

 無花果でもあるまいし、きっと花はあるのだろう。にわかに気になってきた。帰ったらネットで検索してみようか。

 彼女もやはり気になるようで、むぅと顎に指を当てていて。


「そっか……。ちょっと見てみたいね」


 無邪気に発された何気ない言葉に、一瞬の間を置いた彼は半ば無意識の内に返していた。


「──見に行く?」


 彼女がきょとんと目を丸くする。


「え?」

「咲くとしたら夏くらいだと思うけど。ここからそうかかんないし……」

「え、行くってその、ご実家に?」

「うん」

「え、その、それは流石にその」

「……結構前からそろそろ紹介したいなって思ってたから」

「へ」


 一拍の後に、彼女の頬がぽふ、と赤くなる。じわじわともかあっとも言えない、ごく稀にあるこの色づき方が理由もなく好きだったりする。

 あーとかうーとか小さく唸りながら片手で軽く顔を覆ってしまった彼女は、呻くように呟く。


「……なんか、ミツバ云々からすごい急展開」

「俺も薬味が切り出すきっかけになるとは思ってなかった」


 もっと別のやり方もあったのだろうけれど、自然と出たのだから多分これがベストだったのだ。

 とりあえずは春、母親から大量のミツバを取りに来いと連絡が来るだろうから。今日彼女に教えてもらうレシピを土産に、夏のアポイントを取ろう。あとは父親に、今年の夏はミツバを刈らないよう言わなければ。そうしてやって来た暑い季節に、二人で花を探すのだ。

 今年は暖かいらしいから、彼女と訪れる時にはもう種を拡げてしまっているものもあるだろうけれど。

 次の秋には彼女のレシピがあるから、彼女も一緒にいるだろうから、多少増えてもきっと摘みきれるだろう。


「……楽しみ」


 隣で頬の火照りを冷ましていた彼女は、しばらくすると彼を見上げて照れ臭そうにはにかんだ。

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