無敵

@midorisi

1

 ものすごく寒い。おんぼろの木造アパート。防寒性能なんて、無いに等しい。

唯一の友達であった石油ヒーターは5日ほど前から喋ってくれなくなった。

毛布にくるまる気力さえないが、1月の寒さは命にかかわるので、やっとの思いで毛布を身にまとう。


すきま風をBGMに、虚空を見つめる。


 最後に飯を食べたのはいつだっけか。この絶望的な空腹具合からして、きのうやおとといではないことは確かだ。とすればおととといか、もっと前か。

ペットボトルの水を飲む。あれ、入っていなかった。そういえばさっき飲み干したんだった。喉が渇いたが、当然水道は止められている。


 食べるものと水がない。とすれば買いに行かなくては。

はて、お金はあっただろうか? 毛布から手だけを出して、散らかった部屋から財布を探す。

ストロングな空き缶、首をくくる用の縄、丸めたティッシュ、弁当のトレイ、なんか生臭い物体。なんだこれ、マジで汚いなこの部屋。


 お、あった。財布を見ると10円玉が2枚と1円が2枚。作るだけ作って使わなかったポイントカードが数枚。

 

 さて、これらで何ができるだろう。

ぼんやりした脳みそで小一時間考えた結果、同じ玉だし、あめ玉とそう大差ないだろう、という結論に至ったので、10円玉を舐めることにした。

おいしい。いや、まずいのかも。まあ、そんなことはこの上なくどうでもいい。


 なんでこんなことになっているんだっけ。ああそうか、大学もバイトもだいぶ前に辞めてしまったのだった。

子供のころから飽きっぽい性格だった。昔から長続きした例がない。

腐った性根はそう簡単には変わらない。大学もバイトも、そんな感じのノリで辞めたのだろう。よく覚えていない。

あれ、10円玉はどこに行った?むむ、喉の奥に異物感。いつの間にか飲み込んでいたみたいだ。腹が減りすぎたか。

もう1枚の10円玉を口に放り込む。


 ん、視界の左がやけに明るい。


 おお。とうとう脳みそもいかれたか。

何故そう思ったのかと聞かれれば、ロリな美少女がふよふよと浮いていたから。しかもなんか光ってるから。


家賃はもちろん滞納しているが、ここは紛れもない俺の部屋だ。

今は多分深夜の3時ごろで、ロリはこんな時間に外を出歩かないし、人生終わりかけの男の部屋に入ってきたりはしない。


ついでに言えば浮かないし発光しない。

だとすれば、この女の子は俺の頭が作り出した幻覚だとするのが真っ当な解しゃk


「寒そうですね?この部屋」


 幻覚を見たのは初めてだが、語りかけてくるものなのか。

ちょうどいい、死んだヒーターの代わりに話し相手になってもらおう。

と、声を出そうとしたがうまく喋れない。

「あ、あ、あいうえお」と発声練習して、女の子に話しかける。


「さ、寒いね。と思ったけどそ、そうでもないや。感覚がなくなっな、なってきてるのかな。そ、そういうき、君は?寒くないのかい? あっ、ああ、幻覚だからだ、大丈夫か」


 よし!長いこと人と会話をしていない割にはうまく喋れた。上出来だ。偉いぞ俺。

というかこの子寒そうだなー、ってそう思うのには理由があって、女の子の服装は白くて薄そうなワンピース一枚だ。

とても1月にする格好とは思えない。お!!!パンツがみえs


「寒くはありません。生命体ではありませんから、それ故感覚もありません」

「というか幻覚って何です? 私はいたってリアリティーな存在ですよ」


ほう、生命体でもなく、幻覚でもない、と。


では女の子ではない?女の子の形をした「何か」ということか。

じゃあパンツはどうなる。「女の子の」パンツだから価値があるのであって。「何かの」パンツに一体どれほどの価値g


「あの、パンツがどうこうってなんのことですか……?」


 む、口に出ていたか?それとも読まれたか?どっちだ?


「人間の心を読むことくらい、造作もありません!」


「えっへん!」と胸を張る。読まれていたらしい。スゲー。


「うーん、よくわからないや。君はどういう存在なんだい?俺を迎えに来た天使とか?」


 見れば見るほど思うのだが、この子はやっぱり綺麗だ。髪はサラサラの銀色だし、光源の分からない光がキラキラと舞っている。

この世のものとは思えない、って感じだ。多分天使とか神とか、そこらへんなんじゃなかろうか。


「んーなんでしょう?ちょっと待ってくださいね?」


 口元に指をあて、小首をかしげる。うーんかわいい。


「むむむ……。人間にも分かるように説明するのってやっぱり難しいんですねえ……」


 ああ、なんか別次元のことを考えてたっぽい。やっぱ神かな。


「ものすごーく分かりやすく、端的に言うとですね。"なんかすごい存在"です。わかります?」


 いいね。とってもわかりやすい。じゃあ神だね。神神。そういうことにしとこう。


「じゃあ神様はなんだってこんなところに?人間社会の底辺層を視察に来たのか?」


 そう、底辺とは俺のことだ。自分をそう呼ぶのに嫌悪や恥じらいは感じない。自覚が芽生えてきたってことだ。結構結構。


「はて? もしや神様とは私のことですか? ふむふむ、神ですか。……まあ、そういうことにしておきましょう」


 うむ、きっとそれがいい。


「えっと、私はですね、あなたを無敵にしに来たんです。わかります?」


 へー俺を無敵にしに来たのか。なるほどなるほど。


「これからあなたには無敵になってもらいます。わかりますか?」


 で、これから俺が無敵になると。大変理にかなった説明だな。


 「というか、もうなってるんですけどね。理解できましたか?」


 わお。めっちゃ急じゃーん?

お?そういえばさっきから寒くないし腹減ってないし気持ちも前向きになってQOLが8割増しになった気がする。

てかめっちゃ理解できてるか確認してくるな。この子。

年端もいかぬような少女に気を遣われるのは、なんというか心に刺さるものがある。

ま、いっか。俺無敵だし。気にしなーい。


 俺は無敵なので、その確認のため包丁で掌をぶっ刺してみることにした。

無敵というのが正しいならば、包丁は俺の肌に触れた瞬間にペキン、と折れるはずだ。

右手で振りかぶって、左手の甲にズドーン。ぶっすり。

バッチリ刺さった。ブシャっと血が吹き出た。は?ダメじゃーん。


「おい!おい、神様!嘘ついちゃいけないんだぞ!」


 って言いながら気づいた。全然痛くない。しかも傷口がうにゃうにゃと塞がって、飛び散った血も肉の中にうねうねと戻っていく。

「おー!すごいすごい!」ってはしゃいでいたら、


「あなたは金輪際、痛みを感じることはなくなりました。体が粉々に弾け飛んでも肉片が結合して完璧に再生します。細胞が消滅しても無から復活します」


なんて、神様はグロいことを真顔でのたまう。


 ふーん、無敵じゃん。そいつはプラナリアもびっくりだね。って納得してたら、


「更には身体能力の限界を34789885倍に引き上げました。あとおまけに超能力10点セットも付けておきました」


なんて、神様は奇天烈なことを真顔でのたまう。


 数値の設定が適当すぎるし、超能力はおまけに付けるものじゃないし、セットにもしない。

なんてことを言うのは野暮なので、ありがたく貰っておくことにする。


「ご理解いただけたようですね!では、よろしくお願いしますね!」


 神様はそう言うと、より一層まばゆく発光し始め、ついにはふわっと消えてしまった。

なにが「よろしく」なのかは全く分からないが、神なのでしょうがないのだろう。

何の説明もなしに放り出されてしまった。

何をすればいいのかわからない状況になると、俺は非常に困る。クソゲーだ。

とりあえず生きればいいってことか?そうだよな?そういうことにしておこううんそれがいい。

寝よう。寝て起きれば何かが見えるはずだ、多分。


おやすみ神様。

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