第9話「巣」という名前の診療所
武具屋には定点監視用カメラを残すことにした。マップの上には、武具屋の位置に小さな画面が出ていて、ライブ映像が流れっぱなしになっている。これで強そうな人が来たらすぐに見られるよね。
再びお城のてっぺんに設置したカメラを選択すると、メインスクリーンの映像が切り替わって俯瞰した町の様子が映し出された。さっきまで僕が覗いていた武具屋が小さく見えている。
武具屋の前の通りは城に続いている。
その道は城に近づくにしたがって徐々に勾配がきつくなり、お屋敷が立ち並ぶ要人居住エリアを蛇行しながら抜け、そして最後はつづら折りになってようやく岩山の壁面を削り出して作られた武骨な城門にたどり着く。
城門を入るとすぐに、芝生の広場に出る。
岩山の上にも関わらずそこそこ広く、サッカーコートの1面くらいはスッポリと収まりそうだ。
その広場の隅っこの方、城門の側に石造りの建物が見える。
マップを見ると、その建物の中に母さんのマーカーが見えるので、これが医療施設『
見たかったんだよね、ここ。
僕はその建物の前にカメラを追加した。
映像を切り替えると、玄関が大写しになる。
上から見たときはそれほど大きくは見えなかったけれど、近づいてみればなかなか立派な建物だ。
入口の上には『
一つは青地に黒の盾、その中に銀の鷲と獅子の紋章。これは僕の部屋にもあるからわかる、タキトゥス家の旗だね。もう一つは白地に金の刺繍で3つの星と2つの月、そして太陽が描かれている。おそらくローテンブルム国旗だろう。
入口の横には1台の幌馬車が置かれていて、その水色の幌には『
荷台を覗いてみると両側に座席が見えるから、どうやら町と『
これなら体の弱った人やお年寄りもここに通うことができるだろう、あの坂を徒歩で登ってくるのは健康な人でも大変だからね。
馬車の横に立てられている時刻表によると、午前に2回、午後に2回の運行らしい。
それにしても、領民のためにこれだけの施設を用意して運営しているなんて……慕われるはずだよ。
建物の横にカメラを移すと小さな菜園がある。
いくつもの種類の草がエリアごとに植えられていて、そのそれぞれに名札が立てられている。
カロル草にドロル草……おそらく薬草なんだろうけど、名前は読めるものの、効用は見当もつかないや。
“チンチロリン”
軽やかな音が響き、画面上に解説文が現れた。
〈カロル草:薬草。解熱効果がある。発熱時には乾燥させた葉を煎じて服用し、関節などの炎症には、すりつぶして幹部に湿布する。治癒ポーションの原料としても使われる→詳細はこちら〉
〈ドロル草:薬草。鎮痛効果がある。内服、外用ともに使用することができ、効果は高いが、養分の抽出には複合魔力が必要。治癒ポーションの原料としても使われる→詳細はこちら〉
チロリ……先生、ありがとう。
久しぶりに登場してくれた先生に僕は頭を下げた。
それにしても、先生、進化している……
カメラで映した映像の横に説明が出るようになったし、説明文の最後に詳細情報へのリンクがくっついた。
せっかくなので詳細のリンクを押してみると、薬草の学名や歴史、製剤方法、症状ごとの服用・使用方法などなどが、これでもかと言わんばかりに表示された。中でも製剤方法の記載はとても充実していて、薬の精製手順を解説する動画や、魔法が必要な場合は、その詠唱までもれなく記載されている。
思わず熟読してしまいそうになったけど、今はその時じゃない。
僕は、読みたい気持ちを抑えてウィンドウを閉じた。
とにかく、ここ『
僕はカメラを建物の中に進めた。
すると、玄関を入ったところでカメラの映像に文字が浮かびあがる。
〈光・風魔法展開領域:レベル1〉
なるほど、光と風で入場者の身を清めているのか……
ここを通るだけで身体に付いた悪い細菌類は浄化される。
衛生に関してはもっと無頓着なイメージがあったけど、意外と前の世界の考え方と近い気がする。
ホールに入ると、そこが待合室になっていて、ざっと見たところ20名ほどの人たちが長椅子に腰掛けて自分の番を待っている。
内訳は、お年寄りと、親に連れられた子供たちがほとんどで、他には妊婦さんであろうお腹の大きな女の人が2人と、怪我をした男性が1人。
入ってすぐに気がついたのは、皆の表情が明るいことだ。
頭に包帯をグルグル巻きにしていようが、腕をつっていようが、杖を突いて足を引きずっていようが、赤い顔をして咳をしていようが、老若男女みな一様に目がきらきらと輝いている。
どう見ても病院に来る人の表情じゃないよね。
どうやら、病気やけがの辛さよりも聖女様に会える喜びの方が上回っているらしい、これだけで治癒力上がっているんじゃないかな? 母さんおそるべし……
そんなことを考えていたら、診察室のドアが開いて、母親と5才くらいの女の子が出てきた。
その親子は出てきた部屋に深々と頭を下げてドアをゆっくりと閉めると、バッと待合室の方に向き直った。
「本当に若返っていらっしゃる!!」
声を潜めてはいるけど、興奮は隠せていない。
母子がそっくりの身振り手振りで自分が今見てきたことを伝え、それを待合室の皆は身を乗り出すように聞いている。
「次の方お入りください」
看護師に呼ばれて、よし、次は私だ! とばかりにお婆さんが勢いよく立ち上がったその時、“カーン、カーン、カーン”と鐘を叩く音が城門の方から鳴り響いた。
何事だろう?
僕が映像をお城のてっ辺にある俯瞰カメラに切り替えると、一台の馬車がすごい勢いで城門を通り抜けてくる様子が映し出される。
4頭の白馬に引かれたその馬車は、少し風変わりな様子をしていた。
車輪の上に白い箱がただ乗っかっているだけのシンプルな形で、普通であれば昇降用のドアと窓があるはずの側面には、その代わりに『
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