バージョン6.2 カメラ効果

 スマートシティーにも小説家はいる。その数、およそ2億人にのぼる。自分では小説を書かないが、小説をこよなく愛し『ヨミセン』と呼ばれる活動をするものは、実に40億人もいる。コンテストのなかにはヨミセンによる人気投票で入賞作品が決まるものもあるが、ほとんどの場合はAIが独断で入賞作品を決める。



 清がエレベーターを降りて、最初に出会ったのは佐智子だった。気まずさを覚えながらもなるべくそれを隠して、朗らかに低姿勢にはなしかけた。


「佐智子さん。今朝は、ごめんなさい……。」

「あら、良いのよ。私の方こそ貴方の親切を踏みにじろうとして、悪かったわ」

「佐智子さん、良かったら俺のこと、清って下の名前で呼んでくれませんか」

(幼少期も清って呼ばれてたから、違うと何だかよそよそしいんだよなぁ)


「お断りいたします。貴方のように濁った存在を! 口が裂けても言えません!」


(何だ急に。俺、なんか地雷でも踏んだかな……それにしても恥ずかしい……。)

「そ、そうですか。とほほ……。」

「私は、男という男がキライなんです! 無闇に私に関わらないでください!」


 そこへ、晴香がやってきた。晴香は清と佐智子が一緒にいるのを見て言った。


「珍しいわね! 佐智子が男の側にいるなんて。(雨でも降んなきゃいいけど!)」

「通りすがりよ。晴香ったら揶揄わないでよ。(好んでいるんじゃないから!)」

「ど、どうも。こんにちは。晴香さん。(通りすがりの便所掃除王です。)」

「こんにちは、清くん! (あら。近くで見るとイイ男。王ってよりも王子!)」

「晴香、あっちへ行きましょう!」


 そう言うと佐智子ははるかの左手を取りつかつかと歩き出した。晴香はそれに従いながらも、振り向く姿勢で歩き、清に手を振った。おっぱいは揺れてはいなかったが。清は晴香に向かって手を振り返し、見えなくなるまで見送った。


 清がしばらくその場所にいると、AIの予測通り高井姉妹が通りかかった。清は、声をかけた。


「こんにちは……お2人さん! (やば。どっちがどっちか分からない……。)」


 区別がつかないのを、清はお2人さんと言って躱した。すると、高井姉妹が返事をした。同じように扱われたのが、嬉しかったのだ。


「あら、王様じゃないの? ザギンの中トロは美味しかった?」

「本来なら、私たちのものだったはずなのに! 臥薪嘗胆!」

「あはははは。とても美味しかったよ。ミルクともよく合うから……。」

「へぇーっ。面白い取り合わせね。普通はお茶でしょう!」

「普段から良いもの食べてると舌が肥えるっていうけど。暖衣飽食?」

「お茶は最後にいただいたよ。普段、そんなに良いもの食べてないんだけどね!」


 取り留めのないはなしの途中も、高井姉妹の視線は1点に集まっていた。それは、清が持ってきたカメラだった。


「清くん、これから撮影にでも行くの?」

「そのカメラ、超高級品!」

「まぁね。撮らせてくれる人がいればだけどね。(カメラは効果覿面!)」

「良いわ! 私たちを撮影してもね」

「ちょうど出かけるところだったのよ。撮影旅行!」

「あはははは。させてください、是非同行。(四文字熟語、楽しいかも!)」


 こうして、清は高井姉妹と撮影に行くことになった。2人は西にある入江に行く予定だった。その場所を聞いて、清はピンと来た。今朝、ひかりを連れて行った大きな建物の直ぐ近くであること。そこまでは地下トンネルを通ると直ぐに着くこと。だから清は、2人を地下駐車場まで連れて行って、バスに乗せることにした。


「随分と大袈裟よね……。」

「何だか、3人だけではもったいないわ! 豪華絢爛」

「ほら、俺の所有物って、全部トイレ付きだから」


 取り留めのないはなしは、途中で終わった。今まで高井姉妹が自動運転車で移動した際は20分弱を要したのに対して、トンネル内を移動するバスは、3分足らずで着いてしまった。道のりが短いのと速度が速いのがその理由。


「は、早過ぎるわ……。」

「これじゃあ、旅行じゃないわね。超超特急!」

「兎に角、撮影場所に急ごう!」


 ここから先は徒歩。20mくらいの崖を蛇行しながら降った。そこには、サッカーがギリギリできるかなくらいの小さな入江の小さな砂浜があった。


「すげー! なんか、プライベート感があって、良い!」

「大きいだけで価値があるのはおっぱいくらいでしょう!」

「そうそう。私たち、Iカップだからね! 天下無敵!」

「そりゃーすげー! 乳乳乳乳! (俺、何言ってんだろ……。)」

「ふっ。本当、バカね!」

「分かり易すぎるわ。単純明快!」


(なんなんだ、この雰囲気。すごい和む!)


 入江の浜には、打ち上げられた流木や貝殻や塵の類が散乱していた。高井姉妹はそれらを1つ1つ丁寧に取り除いていった。こうしておかないと撮影中に思わぬ怪我をしてしまうからだ。清もそれを手伝った。ようやく片付いたと思ったとき、雷鳴とともに雨が降ってきた。清たちは行き場を失い、洞窟へと逃げ込んだ。


「あーあ。折角片付けたのに……。」

「仕方ないわよ。自然には抗えないわ」

「森羅万象!」

「へぇーっ。2人とも随分と諦めが良いんだね」

「諦めてなんかいないわ。今日は偶々駄目だってだけでしょう」

「いつかは必ず撮影してみせるわっ! 禍福倚伏」


 清は、高井姉妹を見る目が変わっていった。はじめは、気難しいねんねたちだと思っていたが、2人の撮影にかける執念を感じ、尊敬できる女性だと思うようになった。同時に、自分の身を省みると流されてばかりの安直な暮らしをしていると思えた。だからせめて、この撮影を成功させたいと思った。だが、その願いは虚しく、雨足は増すばかりだった。洞窟の奥で、退屈な時間を過ごすしかなかった。


「上に行けば、休憩室があるのになぁ」

「無茶よ。この雨じゃ滑落の恐れがあるわ」

「安全第一!」

「おやっ! こんなところにボタンがある。押してみよう」

「あぁーっ。それ、何にも起こらないただのボタンみたい」

「私たち、何度も押したのよ。平穏無事!」

「そうでも、ない……けど……。」


 清が言うように、少し前までは真っ暗だった洞窟の奥に真っ直ぐに光がさしていた。壁が開きその中の空間から光が漏れている。清たちが走り寄り確認するとエレベーターだった。


「兎に角、行ってみよう!」


 不安がる2人を促し、清はエレベーターに乗った。ゆっことまなこは顔を見合わせたあと頷き合い、清の後に続いた。エレベーターは音もなく動き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る