刀と魔法のワンダーランド

魔法使い

第壱話 衝撃の瓦版

お上から発行された瓦版を見て、私は衝撃を受けた。


『侍でありながら戦のさなかに身をくらまし、逃走した不届き者、

稲葉亜璃助いなばありすけを捕らえよ。報酬は三百文。』


待て待て待て。稲葉亜璃助だって?それは私じゃないか。

正確には稲葉亜璃数いなばありす。元侍である。

師匠に言われて男装侍として戦場で戦ってたものの、絶体絶命の戦況で駄目だこりゃと思って逃走。そして現在フリーの遊女をやっている者である。


「な、何てことになった」

ひとり呟いて手の力が緩まる。瓦版はひらりと地面に落ちる。

道行く人々の目線が一瞬こちらに向いた。

次にやるべきことは明らかである。

家に帰ることだ。



ま、ま、マジか。なんてことになってしまったんだ!!

人相描きとかなかったから顔だけではばれないと思うが大変なことになったぞ!

平均より遅いであろう速さで家へと向かって一直線に駆けていく。こんな時には自分の足の遅さを恨む。お上の発行した瓦版だぞ?つまり速報だぞ?今すぐ有り金全部かき集めて逃走しなきゃ、首が吹っ飛ぶこと確定じゃん!

家に役人が行く前に帰るのだ。稲葉亜璃数の足、加速しろ!!


私の家は家と呼べるものではない。掘っ立て小屋を通り越して洞穴である。そんな家でも知っている人は知っているのだ。例えば数少ない友人とか。

もしも、否、絶対ないと願いたいけど現在の立場上問題のある友人が多いから。

私を通報して三百文なら喜んで通報すると思うから。


こんな時は金より身の安全を優先して、家に行かずに今すぐ失踪しろという意見もあるかもしれない。


金より大事なものがあるか。

無かったらおまんまにありつけなくて死ぬぞ!

そして今私は一文も持たずにふらふらしていた!!


よって家に帰ることが最優先事項なのである。


道行く人の目線など関係ない。逆に怪しまれるかもしれないけど飛脚だと思ってくれ。今だけ飛脚だ。飛脚の稲葉だ。

一本に結わえた髪が汗ばんだ頬にまとわりつく。今紺色の袴とか来てるからうっかりしたらバレるよ。一見したら今は男装時と大差ない服装だ。寄りにもよってこんな時に。小袖とか着てくればよかった。



ん?…さっきから皆がこっちを見ているような…


「ねえ、あの人怪しくない?」

「今配られたこれとそっくりだけど」


ななな何だと。それは人相書きじゃないか。

いつ配られた。今か。走るのに夢中で気が付かなかった。


「ちょっとそこの役人さーん!そこに怪しい人がー」


待って待って言わないで。

私足遅いから。今はまだ死にたくないから。


「あっ!その顔は稲葉亜璃助っ!神妙にお縄に着け!」


着かん着かん着かん。何が神妙だ。

来るな来るな!ちょっ!

役人が全力でこっちに向かってくる!


駄目だあああ!結局どっちにしても私の人生は四面楚歌だったのかあああ!





「って…あれ、……何…?」

私も役人も足を止めたその時だった。目の前を見ると、地平線上の空に大きな穴が開いていた。

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