小百合の不安
「それにしても!」
小百合が突然、こぶしを握り締めながら、俺に話しかけてきた。
うむ、可愛い仕草ではあるのだが。
「……どうした?」
「お兄ちゃんの周りには、美人さんが多すぎます!! なんででしょう!?」
「……」
「おかしいですよ! こんなに美人さんばかり集まってたら、中には勘違いする人がいそうです!! 誰が彼女さんになるんですか、気が気じゃありません!!」
力説してきた内容がアレである。そんなにぶり返したい話題なのか、小百合にとっては。
いやまあ確かに思い返してみれば、紗英に胡桃沢、サーシャ、平野さん。数に入れたくはないが米子、そして今の唐橋。
みんな、見た目だけなら偏差値70くらい出してもいいんだ。見た目だけならな。
だが、誰もかれもが、彼女にするにはハードルが高そうに思うのは俺だけか?
紗英は男だし。
胡桃沢やサーシャは何考えてるかわからないところが多すぎて、振り回されっぱなしになりそうだし。
平野さんはお嬢様で気後れしそうなところあるし。
唐橋はあくまで黒歴史な扱いだし。
米子に至っては無人島で二人きりになっても絶対にごめんだし。
そうなると、一番の理想は。
「……小百合みたいな彼女だったら、一番いいんだけどな……」
「へっ!?!?」
おお、なんで不意打ち食らったような顔してるんだ、小百合。
「いやだってそうだろ。小百合はかわいいし、考えてることもわりとわかりやすいから振り回されても許せるし、一緒にいて落ち着くし、黒歴史どころか小百合が妹としていてくれたことはうれしかったし、無人島で二人きりになっても楽しく過ごせそうだからな」
とりあえず『もし、小百合みたいな子が彼女であったら』というときのメリットを羅列してみた。
「あわ、あわ、あわわ……」
「どうした小百合、金曜日のあわわ状態になってるぞ」
ばこんっ!
「いてっ!」
そこで恵理さんから頭を叩かれた。おぼんで。
「なにすんですか恵理さん!」
「こーら睦月くん。小百合をたぶらかさないで。さすがに兄妹でそんな関係になるのは看過できないわ」
「……は?」
何を勘違いしてるんだろう。
あくまで小百合のような彼女だったらいいな、という話で、小百合と付き合いたいとかそういうことを言ったわけじゃないのだけど。
「いや、もしも小百合みたいな子が、っていう話でして、もちろん小百合とそうなるつもりとかがあるわけじゃないですよ」
「なーんか言い訳がましいわねえ……」
「だいいち血のつながった兄妹でそうなるわけにいかないでしょう。な、小百合?」
恵理さんを納得させようと、そこで小百合に同意を求めたのだが。
「がーん……そ、そんなぁ……」
なぜか小百合が、今度は顔を真っ青にしていた。
「……まあ、睦月だしね……」
紗英は紗英でなんかあきらめたような言い方してるし。
「なんだよ、俺なんかやっちゃったか?」
「睦月さ、そんな言い方しちゃったら、言われた子のほうは深読みするに決まってるでしょ」
「……そうなのか、小百合?」
「へっ!?」
よくわからん。別に小百合に付き合ってくれ、って言ったわけじゃないし、第一俺たちは兄妹なんだから、小百合もそんな勘違いしないだろう。
なんて思って直接尋ねたら、また小百合の顔が真っ赤に変化した。顔色の変化が激しい。
「ああ、あ、あの、えと、そ、そんなことは……」
「あるわよね、小百合?」
「……は、はい……」
おお、母娘の絆がここで成立しておる。
「そうなのか。いや勘違いさせたならすまない。でもあくまで、もしも小百合みたいな子が身近にいたら、という仮定の話であって」
「などと容疑者はわけのわからない供述をしており」
「恵理さん、ちゃかさないでください。だから小百合とどうこうしたいとか、そういうわけじゃないので、誤解しないでもらえれば」
真面目に言ってるのかふざけてるのか、恵理さんという人間がわからない。
そして小百合は小百合で、やはり我を見失っていた。
「お、お母さん! 実はお兄ちゃんとは血がつながってないとか、そういうオチはないんでしょうか!?」
「小百合……もしそうだったら、あたしたちここから追い出されるんだけど?」
「あ」
ここに住む経緯が経緯なので、恵理さんが言ってる意味に小百合も気が付いた様子。
いやさすがにもう追い出すような真似はしないけどさ。
「しょぼーん……」
なにか訳の分からない空気が漂う喫茶店内であった。
いやこれどうやって収拾つければいいの。
……したかないけど、しかたないな。
「小百合、ちょっといいか」
「は、はい。なんでしょう」
「いいか。小百合と俺が兄妹だからこそ、一緒にこうやって生活できるんだぞ」
「……」
「つまり、妹は彼女よりも大事な存在なんだ!」
ということで落ち着かせよう。うん、いいアイデア。
「……」
「おーい、小百合?」
「……ということは、お兄ちゃんに彼女ができても、
「え、いや、うーん、まあケースバイケースだけどさそれは」
「じゃあ、わたしと彼女さんが死にそうだったら、彼女さんよりも妹の死に目に会うことを優先してくれるんですよね!?」
「なんでいきなりたとえが重くなるんだ?」
こりゃだめだ、と思って紗英へとアイコンタクトを試みるも。
「……小百合ちゃん、そんな心配しなくて大丈夫だよ。少なくとも、小百合ちゃんより睦月のほうが早く死ぬと思うから」
親友甲斐のない言葉しか投げてくれなかった。
そこへ恵理さんと、なぜかおふくろも便乗してくる。
「……そうね。睦月くんは、おそらくそう遠くない未来に刺されて死にそう」
「それに関しては否定できないわ……全く、父親の悪いところはしっかり受け継いでるのね、血は水よりも濃いってことかしら」
俺の味方がいない。
しかし、小百合と同居し始めてから、こんな扱いを受けるのは何度目だろうか。
俺って、そんなにダメ人間かな?
だから彼女とかできないのか?
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