消化不良試合・場外格闘
結局、なんとなく危険物が入ったバッグを置いたままにしておくのもアレなので、俺は平野さんが帰ってくるまで待つことにした。
講義が終わって十分ほどしてから、やつれた平野さんが現れる。
「……マジ大丈夫?」
「……なんとか……失敗した、翌日の魚介類なめてたわ……」
結構参ってるなこれ。
「今は落ち着いたの?」
「なんとか……とりあえず危険因子は身体から追い出したから……上から下から逆流してくるような真似はもうたくさんよ……死んじゃう……」
「後ろから前から、的な言い回しになってるな……」
そういう意味では死んじゃうってのも官能的な表現、しかも言葉の主は平野さん。
しかしその惨状を想像して不埒な妄想はすぐに吹っ飛んだ。
「この体調じゃもう帰ったほうがいい気もする。つか帰れる?」
「むり……ちょっと……ちょっとだけ、わたしに休息を頂戴……」
これほどまでに弱った平野さんがすごく新鮮ではあるけど、ここで見捨てたらさすがに俺はおにちく認定されるよねえ。
うーむ、大学内の医療センターに連れてってもいいけど……
―・―・―・―・―・―・―
というわけで、仕方なく。
「もう少しだから頑張って耐えてね、平野さん?」
紗英を巻き込み、平野さんを我が家に連れていく。
何故我が家かというと、平野さんがシャワーを浴びたがっていたからだ。
ま、上からも下からも叛逆の物語を紡がれてはそう思うのも致し方あるまい。このままでは絶望にさいなまれやがて断頭台が現れてしまう。
あと、バッグの中の本を俺と胡桃沢が目にした、ってことだけは隠し通そう。発覚したらクールビューティーが悪魔堕ちするの確実だもんな。円環の理を守らねば。
「平野さんがここまで弱ってるの、初めて見たよ……」
「だからこそ深刻だと分かるだろう。ま、一番近いのがウチだからな、少し休んでもらうか」
「そうだね。なんかふらふらしてるし」
平野さんを中心に、紗英と俺が並んで歩いている光景は、かなりレアではないだろうか。
―・―・―・―・―・―・―
「おかえり睦月……あら? えーと、そちら平野さんよね? どうしたの、かなり弱ってるみたいだけど」
喫茶店入り口から平野さんの肩を支えて帰宅。
一応おふくろは俺の同期生ならある程度把握している。おまけに平野さんはおふくろにとって印象深いほうだからな。
「ただいまおふくろ。いやねえ、平野さんがネギトロテロに遭ったみたいでさ。ちょっとシャワー貸してあげたいんだけど、いいよね?」
「テロって……ああ、なるほどわかったわ。取り込んだ洗濯物、浴室に置きっぱなしでまだたたんでないから少し散らかってるけど……」
「ま、そんくらい気にしないでしょ。じゃあ、平野さん、シャワーどうぞ」
「……うう、ごめんなさいね……少し借りるわ……」
紗英はここに着くなり、そのままバイトに入った。店は紗英に任せて、俺はまずセーロガンを準備しておこう。
―・―・―・―・―・―・―
しばらくして、正規の玄関から足音が聞こえる。小百合の帰宅かな。
「あ、お兄ちゃん、ただいまです!」
「お帰り、小百合」
俺がリビングに現れた小百合の頭をなでようと近寄ると、小百合がびくっとしてそそそと距離をとる。
「……どうした?」
「あ、あの、い、いえ、最後の授業が体育だったので、結構汗をかいてしまいまして……今のわたしは汗臭いので近寄らないほうが」
一瞬嫌われたのかと焦った。よかった。
まあ思春期だし、女子はそのあたりを気にするのだろう。
「そんなことないぞ」
「に、においをかがないでくださいっ! シャワー浴びてきますから!」
俺が鼻をクンクンと鳴らすと、小百合は慌てて浴室のほうへ向かっていった。
「……あ」
しまった、赤くなってシャワー室に向かう小百合がかわいくて頭からすっ飛んでたけど。
今、ちょうど平野さんが……
「……きゃああああああ!!」
……遅かったか。
「なんですか、お兄ちゃんなんで女の人がいるんですか!? 事後ですか! 事後ですね!?」
事後って何の事後だ、おい小百合。
「落ち着きなさい小百合。事後だったら下着をチェックすればわかるかもしれないわよ」
「いや、そこで話をややこしくしないでくれないですかねえ、恵理さん」
いつのまにか姿を現していた恵理さん。
その言葉を受けて平野さんの下着を調べようとしたんだろう、浴室へ戻る気満々だった小百合の肩を押さえて止める俺。
そして暴れる小百合。
二人ともさ、事後は事後でも飯テロの事後なんだから、平野さんに対して慈悲の心くらい見せてあげてよ。
―・―・―・―・―・―・―
「……シャワーありがとう」
「あ、い、いいやまあ別に大したことではないけど」
シャワー上がりの平野さんが少し色っぽい。髪の毛が湿りを帯びてるとこうまで色気を感じるもんなのか。
そして眼鏡をはずした平野さんはかなりのレア度である。おもわず動揺した。
ま、我が家のリビングに平野さんが座っていること自体が、かなりのレアケースなんだけどさ。
一方、そんな平野さんをひたすらにらんでいる小百合。
「……じー」
何を疑ってるのは知らないが。
「ま、まあそれはともかく。平野さん、どうぞ」
俺は小百合をけん制するかのように、平野さんの前にセーロガンをずずずいっと差し出す。
「あ、ありがと……なにからなにまで」
「ああいやいや、気にしなくていいよ」
「……さすがに酸っぱい逆流したらそのままでいるのはね……顔面だけでもシャワーを浴びれたのはよかったわ……」
ああ、ゲロ吐くと鼻から口から胃酸が出てくるからな。なんとなくすっきりしない気持ちはわかる。
「顔面シャワー!?!?」
「小百合おちつけ、都合よく切り取って妄想するな。平野さん、好きなだけ休憩してていいからね」
「ご休憩!?!?」
「……小百合、頼むから少しだけ自重してくれ」
小百合のスマホを取り上げたほうがいいのだろうか。そんなことを本気で考えてしまった。
どこからそういう妄想ネタを手に入れるのか、推して知るべしなので。
「……ふっ、コドモね」
「平野さんもなんで
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