妹をなだめてみるテスト
その後、小百合はなにやら沈んだようなそうでもないような感じで。
どういう心境なのかは測りかねている、兄の俺。
ま、持地少年を許してしまうことは十分に考えられるにせよ、いちおう釘は刺しておかないとなるまい。
というわけで、小百合と二人、リビングで向き合う。
「小百合」
「は、はい」
「持地少年のこと、許せそうか?」
「……」
黙り込む小百合。即答しないあたり、葛藤がうかがえる。
まあ今までのことをああいうふうに潔く謝罪されてしまうと、いくら心の中で許せないと思っていてもはっきりと拒絶はできないだろう。
だがな。
男だからこそわかる、あの謝罪は下心満載だ。
小百合には男の下心というものを詳しく理解してもらわないと、この先いつ悪意という毒牙にかかってしまうか不安しかない。
「……小百合。確かに今までのことを素直に謝罪してきた持地少年に対し、そのことだけは認めてもいいのかもしれない。だがな」
俺が語尾に不必要な力を籠めると、小百合が身構えて次の言葉を待つような姿勢をとる。よし、真剣に聞いてくれそうだ。
「小百合には、ちゃんと持地少年の下心がわかっているか?」
「……下心?」
おい、そこでなぜ拍子抜けしたような返事をするんだ。自分の貞操を守るうえで、ここが一番重要なところだぞ。
「そうだ。男はみんなオオカミなんだ。気を付けろ。年頃になったなら用心することだ」
「オオカミ……? 年頃? 用心?」
だからさらに呆けたようにならないでくれよ。
「男ってのはな、羊の皮をかぶっていても、心の中では不埒なことを考えている、オオカミみたいなものなんだ。油断していたらいつか牙をむかれるぞ」
「……油断?」
「そう。例えば、小百合が誰かオトコに親切にされたとしよう。そうすると、『この人は優しい、だから大丈夫だ』などと信用してしまうのかもしれない。それが罠なんだ」
「……罠?」
「ああ。男が小百合みたいなかわいい女の子に親切にするというのは、『性的なアレやソレをしたい』という下心があるからなんだ」
いちおう濁しながら、必死でそう伝える。
ようやく理解したのか、小百合がそこで顔を赤く染めた。よしさらにたたみかけよう。
「いいか、小百合はまず自分の可愛さを理解したうえで、世間一般の男から向けられる好意というものを疑ってかかる必要がある。騙されないようにな。無警戒に親切な男を信用してしまったら、絶対に自分の純潔を散らされてしまう展開が待っているんだぞ」
「あ、あうぅぅ……」
兄の忠告を聞き入れてくれたのだろうか、小百合は耳まで真っ赤にしてうつむいてしまった。おそらくは、見知らぬ男に自分が襲われている想像でもしているのだろう。
「わかってくれたならそれでいい。いいか、お兄ちゃんからのお願いだ。無警戒に男を信用しちゃだめだからな。裏を疑え。質問はあるか?」
「……あ、あの……」
最後に締めくくろうとしたら、小百合がおずおずと手をあげてきた。
「なんだね、小百合くん」
「し、下心っていうのは、男の人全員が持っているんですか……?」
「そうだ、もれなく男なら、多かれ少なかれ下心っていうのは持っている」
断言。
「じゃ、じゃあ……もしその男の人の下心に応えてあげたいと思っているときは、どうすればいいんでしょうか」
「なにいッッッッ!?」
「ひっ」
小百合の発言で思わず身を乗り出してしまった俺。いかんいかん、カワイイ妹がビビってしまった。咳払いでもして落ち着こう。
「コホン。な、なんだ小百合。ひょっとして、誰かそのような思いを抱いている相手でもいるのか?」
「あ、あぅぅぅ……む、無条件で優しくしてくれる人は、明らかにいます……」
「……まじか」
さすがに魔性の女、小百合。転校初日ですでにそのような男子生徒からの好意……いや下心を受けているとは。
なるほど、そのせいで持地少年が焦って謝罪しに来たのかもしれない。ライバルが多いと危機感を持ったんだろう。ま、今までのことを思い返せば、そう簡単にはいかないと思うけどな。
はぁ。
ま、自慢の妹だ。それもある程度仕方ない。
「よし、じゃあ、もしもそんな男がいるならば、付き合うとかの前に、俺に会わせてくれ。下心がどの程度か、俺が判断するから」
「……え?」
というわけで妥協案を出したが、肝心の小百合が何言ってんだこいつ、という表情になっている。
「なんだ、不満か? でも俺なら男の下心を小百合よりも正確に判断できると思っているのだが」
「い、いいいいいえ、そういうわけじゃなくて……会うとかそういう以前の問題で……」
「ほう……俺に会わせられない、と?」
兄の眼光が思わず鋭くなるようなことを言う小百合よ。ヒミツにしたいっていうのか?
まあ思春期なら当然と言えなくもないが、警戒心皆無の小百合をみすみす危険な目に遭わせるとは兄の沽券にかかわるぞ。
「だ、だからそうじゃなくて……」
「だめだ。今日もまた小百合のピンチになってしまうじゃないか。その時になってSOSを出しても誰も助けてくれないんだぞ、せめてデートとかをするなら兄の許可を得てからにしなさい」
「あぅぅ……なんて言えば……」
「いいか、下心なしに小百合を気遣える男は、兄である俺だけだ。だから俺は兄として全力で小百合を危険から守りたいんだ」
「えっ……」
断言して小百合の抵抗をこれ以上許さない意思を見せる。
そこで小百合が残念そうな──いや、絶望に染まったというのが正しいのか。そんな顔を見せ、俺としてはかなり複雑な心境になったが。
そんなに好きな相手ができたのか、小百合よ。
だが突然、小百合が思い直したように表情を引き締める。
おお、なにやら決意がこもった眼だな。
「じゃ、じゃあ、お兄ちゃんが一緒なら、誰かとデートしても……?」
「はぁ?」
「お兄ちゃんと一緒に、誰かとデートするのは、無条件でオーケーなんですか?」
「……」
だが、兄には小百合の決意が理解できなかった。どゆこと? 保護者つきならいいだろ、って意味か?
「……まあ、もし小百合がデートするなら、兄として一緒に行くことはやぶさかではない」
さすがに小百合にデートするなとはいえん。濁そう。
「本当ですか!?」
「あ、ああ」
濁したせいでよくわからない展開になってきた。ここまで必死な小百合を見るのは珍しい。
「じゃ、じゃあ、逆にお兄ちゃんがデートするときも、わたしが一緒に行っていいんですよね!?」
「へ!?」
「お兄ちゃんがわたしを心配してくれるように、わたしもお兄ちゃんが心配です! だから、お兄ちゃんが下心満載のデートで大変な目に遭わないように、わたしがお兄ちゃんのデートについていくことにします!」
「いや、それは……」
「それが、お兄ちゃんを下心から救う、妹の気持ちです!」
「……すまんかった、小百合」
俺の負けだ。全力で頭を下げた。
まさか小百合に言い負かされるとは思わなんだ。兄の道は険しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます