第31話 幻世からの来訪者
地下鉄が廃線となり湿った空気が漂う地下トンネルには、闇と人目を避ける為に巣を作ったネズミのあやかし達が居た。彼等はこの混沌とした現世の“あやかし問題”を調査し、解決する為に人間に化けていた者達であり、“あやかし探偵事務所”として活動していた者達でもあった。
けれども、彼等は“闇喰い”に襲われたのである。
人間に化け共存していた“彼等“を、それは巣食い“狂暴化”させ、群れすらも共喰いで根絶しようとしていた。
それに助けを求めた長の如月。
そして、助けを求められた退魔師“玖硫葉霧”。
この世界に生きるハメになった“平安時代の鬼娘”楓。訪れたネズミの巣。だが、その巣穴の奥から……“幻世”の来訪者はやって来たのである。
「………なんだ?」
楓は葉霧の前に着地した。
鎮音に呼ばれ、直様に夜叉丸を構えて退魔師葉霧の前に飛び降りたのだ。
そしてその蒼い眼は、未だ様子を伺う様にコチラを見ている紅い眼をしたネズミのあやかし達ではなく、その向こう側のコンクリートの壁を見据えていた。
彼女にもそれは視えていた。
コンクリートの壁は大きく黒い穴が開き、その向こうから巨大な黒い影が歩いて来るのが。
それを見て言ったのだ。
葉霧は、白い光を両手に光らせていた。碧の眼が黒い影を見据える。
「
「は?? なんで? だって、“封印”は!?」
楓の声に葉霧は 呆れた様に言った。
「だから、破壊されてる。」
葉霧は言うと少し先の地面を指差した。楓は直ぐに視線を移し、壊された地蔵を見た。
「あ。さっきも聞いたわ。」
「お前な。」
楓の納得した様な声に葉霧は、はぁ。と、溜息ついた。彼女は、“鬼”。とても強く頼りになるが……“ポンコツ”なのだ。脳年齢が……とても幼い。
そして……彼女の前には、“鎮音”の隠し者、化猫が居る。真っ白な毛に覆われた大きな猫だ。
顔はブリティッシュショートヘア、それに良く似ている。愛らしい顔立ちだが、体調は6メートルを越す。なので、このトンネルの高さもそれなりにギリギリだ。
そして、彼女達は真っ白な化猫だが、額にそれぞれ真紅と、深蒼の勾玉の“呪印”が施されている。
そして、その眼も蒼と紅。
楓と葉霧の前に立ち毛を逆立てた。
「楓、来る。間違いない、“幻世の者”。つまり……“あやかし”の本質。現世のあやかしとは“異なる存在”。」
そう言ったのは蒼い眼をした化猫であった。
楓は夜叉丸に蒼い鬼火を放つ。日本刀に似た形状の刃に蒼い炎が纏う。
「んなことは解ってんだよ。つか、オレの傍に居る必要はねぇ。葉霧とばーさんを守れよ、てめぇらは。」
楓は黒い穴から出てくる大きな影を見ながらそう言った。
「…………解った。」
蒼い眼をした“蒼”は頷いた。
黒い穴からその者は姿を現す。
何故か穴の開いてる脇のコンクリートの壁を手は掴む。ミシッ、と、掴んだだけでそのコンクリートは亀裂が入り、ボロっ。と、壁から破片が落ちた。
穴は低いのか少し頭を下げて潜って来たのだ。
「へぇ? “人間”と、“退魔師”……鬼娘……、いや? “修羅姫”。」
巨体は、穴を潜りコンクリートの壁から出て来た。ぎろり。と、楓達を見るその眼は光る。不気味なグレーの眼。
穴から出て来たその者は、頭を起こし楓達を見据えた。
白い着物。右肩を開けさせて着崩した姿だが、大きなその右肩には、角が生えていた。白い角が右肩に生えている。
更に、白い着物には柄がある。
曼珠沙華である。別名……“ヒガンバナ”。
真っ赤なその華の柄をした白い着物姿の、巨体な男は右手に大きな鎌に似た刃をした大刀を持っていた。
155センチの楓など一太刀で切り裂きそうな刃だ。
赤茶色の髪は短髪だが、その顔は面長。至って人間と何ら変わらぬ顔立ちだが、巨体、そしてグレーの眼。何よりも顔付きが人間とは異なる。明らかに“犯罪者”、そんな顔付きをしている。謂わば、近寄りたくない顔付きだ。
葉霧、灯馬は180を超えるが彼はその倍であった。
そして、その身体付も。
不気味に笑う。
「“東雲”の言った通りだな。どーしたよ? “修羅姫”。お前はコッチだろ? あ。
フハハハっ。
その者の笑い声に灯馬が言う。
「“しゅらき”?? なんだ? ソレ。」
すると、その者はグレーの眼で灯馬を見据えた。
「あ? 知らねーの? “人喰い鬼の長”、伝説の鬼姫。それが修羅姫。お前ら人間と何で一緒に居んのか知らねぇけど。」
化猫である蒼、紅。それと同等の身長だが、威圧感はそれを上回る。巨人……その体格であり、楓、いや体長30㌢~40㌢程度のモグラのフンバなど、彼からしたら石ころであろう。
その大きな黒いアンクレットブーツで踏み潰せてしまうだろう。
そして、何よりも今迄、水月やフンバ、そしておかっぱ頭のあやかしの幼女お菊を喰らおうとしていたネズミのあやかし達が、皆、一斉に彼から離れたのだ。
怯み脅えた様子でその身体を丸く縮こませたのである。
「鬼の長? や、楓が人喰い鬼って言うのは聞いてたし、鬼が人間を喰らうってのは調べて知ってるけど……。鬼の長は初耳だわ。」
そう言ったのは夕羅である。驚いた様な顔をしていた。すると、沙羅が言った。
「あ。そか、貴女達は見てないんだったね、あたしと拓夜は楓が“修羅姫”になったの見てんのよ、ルシエルタワーで。」
沙羅と拓夜は楓の“覚醒”した姿を見ている。勿論、葉霧も。だから、彼女は特に違和感なくそう言ったのだ。それに、沙羅は家系が“死霊狩り”をしていた霊能力者一族である。夕羅達よりもその世界に強い。だからこそ、楓にとってはこの世界で“最も理解ある葉霧”の次に信頼出来る存在なのだ。
「葉霧……お前、知ってんのか? ソレ。」
沙羅の言葉を聞いても尚、聴いたのは秋人であった。葉霧はそれを聞くと、目の前の来訪者を睨みつつ答えた。
「知ってるよ、“穂高”の言う通り俺はその姿を見たからな。」
すると、ネズミのあやかしを攻撃し、今も水月の隣で彼女を護る様に居る水竜が口を挟む。
煌めく水色の長い胴体を折り曲げ、まるで目の前に居る秋人に目線を合わせる様にその頭を近付けた。
狐に似た顔は秋人の顔より数倍も大きい、何よりも宝石の様に水色の眼が煌めき見据えたのだ。
「それだけ“力”があったから、この鬼娘は封印されたんだ、“最強の退魔師”螢火の皇子に。お前達はまだ“浅い”から解ってない、アイツは強いよ?」
え? と、秋人が言うと水竜は彼から“来訪者”に眼を向けた。水色の大きな頭は動かず、赤茶色の髪をした男を凝視する。
「僕には解るんだ。お前達にもそのうち解ると思うけど、“感じる”んだよ、“強者”の匂い、威圧感、存在感、そして“眼ヂカラ”。」
水竜が言うと秋人、灯馬、水月、夕羅は曼珠沙華の柄の単衣を着て、太い右腕に携える大きな鎌の様な刃を持つ大刀。それを持つ来訪者を見据えた。
水竜は言う。
「解らないだろうけど、螢火の皇子は“コレ”を予測していた。子孫である退魔師に降り掛かる災難。それは何時になるか解らないけど、その時の為に当時最強と言われてた退魔師が認めた“最恐の修羅姫”。鬼の長を封印したんだ、いつか来る“厄災”の為に。」
水竜の言葉に水月が言う、葉霧の傍に居る楓を見て。
「葉霧くんを護る為に……楓ちゃんは封印された……。」
水竜は うん。と、頷いた。
「螢火の皇子が先見の眼、予知能力者だったのかは解らない、でも、きっと“予測”してたんだ。彼は当時の“時代”よりも未来を選択した。護るべきは……“現代”だと。そして……護るべきは子孫だと。」
水竜が言うと秋人が葉霧と楓を見て言った。
「ああ……何かやっと全てがしっくりきた。“あの男”を見て。そうか……コイツらが居る世界があって、そこから出て来んのはやべぇってハナシか。」
秋人はそう言うと右手に黄色の光を放つ。宝石で言えばトパーズの様な煌めく光だ。
(だから“ヌシの力”を借りろ。か。なるほどな……、俺らみてぇな“只の人間”じゃ到底立ち向かえねぇ連中が居る世界。それが、“幻世”。)
秋人は葉霧の背中を見据えた。
(んで? アイツはそれを倒す為に“生命”賭けてんだよな。鬼娘の楓も……、葉霧を守れるのが自分しか居ねぇから無茶苦茶してるってハナシか。)
秋人は黄色の光を放つ右手を見つめた。こんな事が出来る様になったのはつい最近である。それまでは普通の高校生だ。と言うか、平凡な人間であった。特に霊感などもなく、心霊体験などもした事がないし、彼は信じてない。そもそも、お化け屋敷も出て来るお化けを見て鋭くツッコむぐらいだ。彼女❨夕羅❩にはそれで“オモロくないっ!!”と、ガチ切れされる。
だが、彼はその右手に煌めく黄色の光を見つめて思う。
(有るんだな……“視えねぇ力”ってのは。しかも、それを……“使える”、今の俺は。)
秋人は葉霧と楓を見てその右手を握り締めた。
(だったら……“幻世”の連中に今の時代にも居る。ってのを解らせてやんよ。葉霧と楓だけじゃなく、俺らも居るってのを。)
秋人は右手に黄色の光を溜める。その力の反動で震える右手を、左手で掴んだ。
右手首を掴み力を溜めた。
(全面戦争してやんよ。クソがっ!)
秋人の全身を竜巻が包んだのは直ぐであった。
楓は、その気配に振り返ったが何よりも驚き、ほぉ? と、目を輝かせたのは“来訪者”であった。
雨水秋人の“本領発揮”の時であった。
楓と葉霧のあやかし事件帖3〜そろそろ冥府へ逝ったらどうだ?〜 高見 燈 @Tikuno5806
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