第3章 退魔師と幻世
第21話 あやかし事件帖3nd
“
何故なら彼女は彼をキレさせるからだ。
「
普段……穏やかでいて優しい微笑みばかりの人が、全人格を崩壊させて“キレる”と、それはそれは恐ろしい者になる。
眉間に縦じわは言うまでもなく優しい微笑みなど一切無い。更に常に穏やかで冷静沈着な口調すら、今は“鬼神”の様にドス効かせ怒鳴っているのだ。しかも鬼娘の黒Tシャツの胸倉掴んでいるのだから、最早別人格が形成されている。
鬼娘は鬼だ。
白い角も生えてるし、牙だって八重歯の如く申し訳程度だがきちんと生えている。眼だって一度睨めばあやかしは恐れるぐらい鋭い眼光兼ね添えた蒼き光放つ。
の……だが、
「わぁぁっ!! 落ち着けって! ちょい待ち! 葉霧っ! ちゃう! 違うって!!」
とても今は恐ろしい鬼娘とは思えない程に、焦り慌てふためいているのだ。目の前の美しい少年は“退魔師”。つまり、自分を殺せる存在でもあるのだから。
「だったら言えっ!」
ぐいっ。と、胸倉掴むその右手が楓の黒Tシャツを引っ張り、鋭く尖る眼の真ん前に顔面は近づく。
至近距離で更に葉霧は怒鳴る。
「秘術遣いとは? お前が隠してる事を全て話せっ!! 殺すぞ?」
ぎらり。では無い、ぎろり。ともまた違う。ゾッとする様な凍てついた眼で睨まれるのだ。楓は。至近距離で。
「ハイ! はい! すみませんっ!! 言いますからっ! お願いだから“氷の王子様”降臨させんといてっ!! おっかねぇんだわっ!!」
楓は最早、冷や汗だらだら。額に意味の解らない汗が滲み垂れる。全身から血の気などとっくに引いている。慌てて彼にそう叫んだのだ。
葉霧はそれを聞くとするり。と、楓の黒Tシャツから手を離した。けれども、その眼は未だ鋭く彼女を睨み言った。
「秘術遣いとは?」
ふーっ。 楓は大きく息を吐き、目の前の“氷の王子様”を見て情けない顔をしながら言った。
「だからですね……、“
楓が情けない顔で懸命に説明すると、は? と、物凄く冷たい眼で睨まれるのであった。楓は即座に慌てて言う。
「や、だから解かんねって! ソイツらは人間やあやかしから隠れた里、山、森とかに身を潜めてっしさ! オレらだって用ねぇもん。会いに行かねぇし、そもそもアイツら出て来ねぇんだよ。だから解かんねぇの!」
楓が必死に言うと葉霧は じぃっ。と、彼女の蒼く光る眼を見据えた。そのライトブラウンの瞳で。
う……。と、まるで威圧されてる気分になったのか鬼娘は、退く。彼から半身退いたのだ。
するとここで“天の声”ならぬ楓にとっての救いの声は響く。
「あ。良く解かんねぇ存在ゆーなら、
ブロンド髪の異国混じりの美形男子、
「鎮音さんと?」
葉霧は灯馬を見て聞いた。あー。と、灯馬は頷いた。
「居たんだよ、ばーさんの傍に。“蒼い髪”した女と“紅い髪”した女、双子みてーだったな。すげ似てんの、そっくり。で、アレ……なんつーの? “くノ一”みてーな格好してた。そーいや。」
灯馬は思い返す様にそう言ったのだ。それに食いついたのは楓だ。灯馬を見て聞いたのだ。
「ソレってあやかしか??」
ん? と、灯馬は彼女を見て首を傾げた。
「解かんねぇわ、俺には。人間と違う“気配”みてーのは感じたが、ソイツが何モンなのかまでは。」
彼が言うと葉霧が少し考え込む様に俯いた。
(灯馬達は“あやかし”に出会って日が浅い。それに力を持ってからも。まだ“気配”は解らないのか、“違和感”程度には感じてるみたいだが……。)
葉霧もまだ覚醒してから日が浅い。自身の力の全てを知ってる訳ではない。特に“人間”の中で特殊な存在は、祖母の鎮音だけであった。彼にもまだ計り知れない部分が多々あるのだ。
「兎に角、アレだな。」
ここで、ずっと楓と葉霧のいつもの“痴話喧嘩”を眺めていた
その声に誰もが秋人に視線を向ける。
「ココにいつまでも居ても仕方ねぇだろ、つか…外の様子を見た方がいいんじゃね? 特に葉霧。お前にとっては“現実”を知るいい機会なのかもな。」
秋人は少し低めの声である。背は葉霧よりも低いがその存在感は彼、灯馬よりある。何故か口調もそうだが至って無表情、威圧感ある眼の鋭さもあるからであろう。
「え?」
葉霧が聞き返すと秋人は言う。強い眼差しを向けて。
「さっきお前はあやかしの存在が人間に公表されればいいと言ってたな。外を見れば解る、パニック状態だ。受入てんのは実際に視たモンだけ。視てねぇ連中はソイツらを“気狂い”だと思ってる。楓が言うのも解るけどな、俺は。アレを見れば。」
秋人の言葉に葉霧は少し驚いた顔をしていた。けれども、モグラのあやかし“
「葉霧殿っ! 秋人殿の言う様にココに居ても何もなりませぬっ! 下に行きましょう! このフンバがお供しやすっ!!」
努めて明るくそして場を和ませようとしての発言だが、楓にブッた切られる、その気遣いは。
「や? お前はお供じゃなくてお邪魔者だよな? 居ても何もしねぇで逃げ回ってるだけだし。」
「楓殿っ!! そりゃひでぇっ! おいらはしっかり案内係を勤めてるじゃねぇですかっ!」
モグラのあやかしは体長40㌢程度である。その小さな身体をジャンプさせて必死に訴えるのだ。
「あ? 案内係? いっつもフードの中に隠れてんじゃねーかよ。」
「え? あれは居心地問題っス。ゆりかごみてぇで気持ち良くて眠くなるんですわ。はい。」
ぷっ。と、葉霧は吹き出した。それを合図に誰もが笑う。
あははははっ。
「ゆりかごて。楓タクシーは暴走気味だけどな。」
葉霧が言うと灯馬が、確かに。と、笑いながら言った。
「揺れるし激速で顔面イテーしな、あんなタクシーあったらクレームだわ。」
へぇ? と、秋人は葉霧を見て目を丸くした。
「秋人も乗れば解る。楓タクシーは最悪だ。」
葉霧がそう言うと楓は憤慨したのだ。
「ざけんなっ! きっちり運んでやってんだろーがっ!」
ところがココで葉霧の賛同者はまだ居たのだ。
「あ〜……確かに。楓タクシーは荒いし、揺れるし、ムダに速いから、がくん、がくん。すんのよね。」
「あ? お前が遅せぇんだよっ!!」
楓は怒鳴ったのだ。そしてここで、葉霧は言った。
「降りよう。それに……“これから”の事も話さないとならない。
その1言に笑いは止み、面々は頷いたのだ。そう、モグラも。
うん。と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます